1回戦 鉄鎖兄弟グロム&バルド
王宮公認闘技大会、一回戦。
開会式から程なくして、二人の名前が呼ばれた。
「第一試合! シフォン&ロザリア組! 対するは、『鉄鎖兄弟』!」
闘技場に歓声が響く。
元傭兵の兄弟。
兄グロム。
弟バルド。
二人とも筋骨隆々の大男であり、木斧と木盾を構えていた。
「相手は女二人か。」
グロムが鼻を鳴らす。
「しかも獣人と貴族のお嬢様だ。元、らしいがな。」
バルドも肩を回した。
「悪いな。運がなかった。」
観客席から笑い声が漏れる。
「五分持てばいい方だ!」
「怪我しないうちに降参しろよ!」
シフォンは観客席を見上げた。
数万人の視線。
先ほどまでなら、その熱気に飲まれていたかもしれない。
だが。
隣にはロザリアがいる。
観客席にはターケシとフィリアがいる。
ターケシは腕を組み、ただ一言だけ告げた。
「いつも通りだ。」
「はい!」
「ええ。」
二人は相手へ向かい、木剣を胸の前へ立て、軽く頷いた。
試合前の騎士の挨拶。
「始め!」
鐘が鳴る。
「盾を割れ! 獣人は俺が押さえる!」
「了解だ!」
鉄鎖兄弟が同時に踏み込んだ。
元傭兵。
伊達に修羅場を潜ってはいない。
兄グロムは正面からシフォンへ。
弟バルドは盾を構えたまま、回り込むようにロザリアへ迫る。
木斧が唸りを上げた。
シフォンは右の木剣で受け流し、左の木剣で打ち返す。
乾いた音が響く。
だが、グロムも簡単には崩れない。
「いい一撃だ……!」
盾を前へ。
再び木斧を振るう。
戦場で培った、堅実な戦い方。
重い一撃がシフォンの肩を掠め、観客席から悲鳴が上がった。
「シフォン!」
「大丈夫です!」
シフォンは前を見る。
怖くない。
王宮の訓練場で、何百回も木剣を振ってきた。
「もう一度!」
一歩。
また一歩。
左右の連撃。
上下の打ち分け。
二刀から放たれる重い一撃が、少しずつグロムの盾を下げていく。
一方。
バルドは盾を前へ出し、体格差を活かしてロザリアを押し潰そうとしていた。
「おらぁっ!」
盾による突進。
だが、ロザリアは半歩だけ身を引く。
次の瞬間、木剣が流星のように閃いた。
少なくとも、この場にいる者にはそう見えた。
袈裟懸け。
切り上げ。
手首への打ち込み。
まるで流れ星のような連撃だった。
「ちっ!」
バルドが盾で受ける。
その瞬間。
「そこですわ。」
木剣を盾の表面に滑らせ逃がす。
続けて、左手の木盾が鋭く差し込まれた。
ごっ。
鈍い音。
顎先を打たれたバルドの視界が揺れる。
「何だ、この女……!」
ロザリアは答えない。
ただ静かに木剣と木盾を構え直した。
「シフォン!」
「はい!」
短い声は、制圧の合図。
次の瞬間。
シフォンが踏み込む。
右腕の木剣が振り下ろされた。
グロムは咄嗟に盾を掲げる。
カァンッ!!
凄まじい衝撃。
「ぐっ……!?」
重い。
片手剣とは思えない。
獣人の膂力と、鍛え上げられた足腰が乗った一撃は、盾ごと腕を押し下げた。
その瞬間。
左腕の木剣が、一拍遅れて真横に振り抜かれる。
ゴッ!!
「がっ!?」
盾の上から覗いた無防備な兜を、強かに打ち据える。
こめかみを打たれて視界が揺らぐ。
そして。
「喰らえっ!!」
ドォンッ!!
シフォンが地面を蹴った。
まるで弾丸のような体当たりが、グロムの巨体へ直撃する。
「がはっ!?」
大男の身体が、宙を舞った。
数メートル吹き飛ばされたグロムは、石畳の上を転がり、そのまま動かなくなる。
闘技場が静まり返る。
その頃には、手首を痛打されたバルドの木斧も地面へ落ちていた。
ロザリアの木剣が、その顎先へ突きつけられている。
「降参、してくれるかしら?」
尊大な女王のような笑み。
バルドはしばらく呆然としていたが、何とか絞り出すように呟く。
「……参りました。」
審判が旗を掲げる。
「勝者! シフォン&ロザリア組!!」
一瞬の静寂。
そして。
うおおおおおおおおっ!!
闘技場が揺れた。
「何だ、あの獣人は!?」
「二刀流だと!?」
「最後、吹き飛ばしたぞ!」
「あの金髪の娘、近衛騎士みたいな剣を……!」
「待て! 本当に初出場か!?」
観客席。
ターケシは腕を組んだまま、小さく笑った。
「言っただろ。」
「お前たちは強い。」
それは観客へ向けた言葉ではない。
地下闘技場で拳を交え。
王宮の訓練場で木剣を振り続け。
何度倒れても、立ち上がってきた二人へ向けた言葉だった。
フィリアも小さく拍手を送る。
「ええ。」
「少し、驚かせ過ぎたかもしれませんね。」
闘技場の中央。
シフォンは、信じられないという顔をしていた。
「か、勝ちました!」
「ええ。」
ロザリアが微笑む。
「まずは一勝です。」
数万人の視線が、二人へ注がれている。
もう誰も、第二王子の道楽とは呼ばないだろう。
王宮公認闘技大会。
その日、王都は二人の名前を初めて知った。




