開会式
王宮公認闘技大会当日。
まだ朝だというのに、王都は祭りの熱気に包まれていた。
大通りには人が溢れている。
屋台からは焼いた肉や甘い菓子の香りが漂い、子供たちは木剣を振り回してはしゃいでいた。
「今年の優勝は誰だ!」
「紅獅子か!?」
「いや、アルセイン様だろう!」
「獣人の娘が出るって話は本当か!?」
王都中の話題は一つ。
王宮公認闘技大会。
国中から選りすぐられた猛者たちが集い、技と体を競い合う王国最大の武の祭典である。
ターケシたちが会場へ足を踏み入れる。
目の前に広がるのは、巨大な円形闘技場だった。
幾重にも積み重なった石造りの観客席。
中央へ向かって落ち込む、すり鉢状の構造。
白い柱と赤い旗が風にはためいている。
その威容は、まるで古代ローマのコロッセオを思わせた。
旧白聖王家の帝国時代、この闘技場では奴隷を猛獣と、時には魔獣とも戦わせる見世物まで行われていたという。
帝国は滅び、時代は変わった。
だが、人々が武に熱狂することだけは変わらない。
「すごい……。」
シフォンが耳をぴんと立てる。
「こんなにたくさんの人、初めて見ました……。」
数万人の歓声。
石造りの観客席を埋め尽くす人、人、人。
その熱気に、思わず圧倒されているようだった。
一方、ターケシは腕を組む。
「大したもんだな。」
「人間ってのは、昔から戦うのが好きらしい。」
フィリアも静かに闘技場を見渡した。
「ええ。何百年経っても、その辺りは変わりません。」
二人にとって、数万人の熱狂は背景の音に過ぎなかった。
ロザリアは、そんな闘技場を静かに見上げていた。
「懐かしいですわ。」
「幼い頃、父と姉に連れられて何度か観戦しました。」
シフォンが振り返る。
「ロザリアさんも見に来たことあったんですか?」
「ええ。」
ロザリアは小さく微笑む。
「王宮公認闘技大会は実力主義ですもの。」
「数は多くありませんが、女性の優勝者もおりますのよ。」
「昔は女性だけで編成された冒険者パーティが優勝したこともあるそうですわ。」
シフォンは目を丸くした。
「私たちが初めてになるわけじゃないんですね。」
そして、ふっと笑う。
「じゃあ、私たちも続きます!」
ターケシが頷く。
「 そのために来たんだ。」
フィリアは観客席へ視線を向ける。
王族席。
貴族席。
各地の有力者たち。
「人が集まる場所には、話題も集まります。」
「こういった催し物の場は、昔から色々なお話が集まるものです。」
ターケシが苦笑する。
「黒蛇の時と言い、噂話や裏話の収集に熱心だな。」
「性分です。」
フィリアは悪びれる様子もなく微笑んだ。
やがて、重々しい角笛の音が闘技場へ響き渡った。
ぶおおおおおおおお――。
数万人の観客が一斉に口を閉ざす。
闘技場を見渡せる最も高所のカーテンが開く。
白と金の正装に身を包んだ一人の男が、ゆっくりと演壇へ歩み出た。
エドゥアルド・フォン・エルドラシア。
王国第一王子にして、王太子。
堂々たる立ち姿。
背筋は真っ直ぐ伸び、その一挙手一投足には王家の威厳が宿っている。
演壇へ立ったエドゥアルドは、静かに闘技場を見渡した。
「諸君。」
魔道具によって増幅された声が、会場の隅々まで響き渡る。
「本日ここに、第百七十三回王宮公認闘技大会の開会を宣言する!」
歓声が爆発した。
うおおおおおおおおおおおっ!!
エドゥアルドは片手を上げる。
歓声が静まった。
「武を磨く者よ。」
「己の技を示せ。」
「己の肉体を示せ。」
「そして、その力を以て、王国と民を守れ。」
その言葉に、近衛騎士たちが拳を胸へ当てる。
観客席からも、大きな拍手が巻き起こった。
「閉会の日。」
「勝者には、父――国王陛下自らが栄誉を授けられる。」
再び歓声が上がる。
王に認められる。
それは、あらゆる戦士にとって最高の名誉だった。
ターケシは、シフォンとロザリアへ視線を向ける。
「祭りを楽しむのは優勝してからだ。」
「ハリントン家の復権。」
「シフォンの村の生き残りの捜索。」
「そのために、ここへ来た。」
シフォンが力強く頷く。
「はい!」
ロザリアも静かに頷いた。
「ええ。」
ターケシは表情を変えずに言葉を紡ぐ。
「目的は優勝だ。」
数万人の歓声が闘技場を揺らす中、
それぞれの願いを胸に。
王国最大の武の祭典が、今、幕を開けた。




