庭園と家族
地下格闘技大会翌日。
シフォンの左脚はまだ少し腫れていた。
ヴァルドのローキックを受けた腫れは水魔法でかなり引いたものの、無理をすれば痛む。
「今日は訓練中止。」
「歩き回るのも禁止。」
シフォンは耳を伏せる。
「すみません……。」
「謝るな。」
「怪我を治すのも稽古だ。」
◇
ターケシは王宮の庭園の芝生へ腰を下ろした。借りてきたパラソル傘を2つ差す。
庭園の使用許可はアルフォンスに取った。ロザリアとガレオスにフィリアが付いて見回りをする体になっている。
ガレオスの身柄を預かり、アルフォンスに引き合わせたらすごく驚いていた。私の奴隷ですが殿下にしばらくお貸ししましょうと言ったら、な、なるほど…とか言っていた。
ガレオスは、再び王宮に仕えられるとは、と感激していた。
今日1日くらいはシフォンのご褒美でいいだろう。
庭園に初夏の風が吹く。
花壇の盛りは過ぎたがまだ花が残り、緑が濃い。噴水の水音だけが静かに響いていた。
ターケシは籠から焼き菓子を取り出す。街で買ってきた。
「優勝祝い。」
「食べるか。」
シフォンは嬉しそうに頷く。
「はい!」
ターケシは焼き菓子を一つ持ち上げた。
「ほら。」
「あーん。」
身を乗り出してシフォンの顔に持っていくと、シフォンの耳がをぴんと立った。
「えっ?」
ターケシは首をかしげる。
「ほら。」
「わ、私は手は使えますから!」
顔を真っ赤にしながら慌てて両手を見せる。
ターケシはきょとんとしている。
「いや、脚が痛いだろ。」
「だから動かなくていいかと思って。」
シフォンはさらに赤くなる。
「そ、そういう意味じゃありません!」
耳まで真っ赤だ。
尻尾がぶんぶん揺れている。
ターケシは少し考えてから、
「あ、嫌だったか。」
「悪い。」
と言って自分で食べようとする。
その瞬間。
「あっ!」
シフォンが思わず声を上げる。
ターケシが止まる。
「……。」
「……。」
シフォンは観念したように小さく目を閉じる。
「……あーん。」
ターケシは焼き菓子を口元へ運ぶ。
ぱくっ。
一口食べる。
シフォンは恥ずかしさで顔を真っ赤にしたまま、小さく笑った。
「……おいしいです。」
ターケシも笑う。
「優勝祝いだからな。」
少し離れた木陰では、
フィリアが本を読みながら微笑んでいる。胸元で子オーガのフウが寝ている。見回りはどうした。
その側で日傘を差したロザリアも口元へ手を当て、
「若いですわねぇ……。」
と小さく笑った。だから見回りはどうした。
シフォンはさらに恥ずかしくなり、
「も、もう言わないでください!」
耳をぺたんと伏せる。
「ガレオス殿は?」
「王子にチェスの相手を頼まれてましたわ。何年振りのチェスで殿下のお相手などと…とか言ってましたけど放ってきましたわ。」
薄情な娘だな。昨日はあんなに再会を感激していたのに。娘とはそういうものだろうか。
高原に位置する王都の初夏は穏やかだ。初代のエルドラシア国王はいいところに都を建てたな。元は荒野の小さなオアシス都市だったらしい。戦乱続きの白聖王家時代と一線を画したかったのだろうか。冬は厳しいが、夏は穏やかでカナートにより水も豊富だ。
シフォン達と出会ったのは春だった。今は初夏から盛夏にかけての時期。王宮公認闘技大会は毎年盛況だが、元の世界の日本の夏の野球大会のようなものなのだろう。
この穏やかな国の裏で陰謀や奴隷を始めとする違法取引が日夜繰り広げられている事など忘れそうになる。
自分も焼き菓子を齧りながらひとりごちていると、シフォンが近づくいて小声で話しかけてくる。
「ご主人様…」
「ロザリアさん、良かったです。お父さんに会えて…」
目はそらしたまま…
シフォンは目の前で父と母を殺されたんだったか。この世で再会できる可能性はない。
「安心しろ。お前の村の仲間もすぐに見つけてやる。」
と言っていいのか、慰めになるのか分からず、黙ってしまう。例え親戚が生きていたとしても、実の家族とは違うだろう。
そんなターケシの心中を知ってか知らずか、獣人村の生き残りの少女は
続ける。
「私、奴隷になってから、いろんなところに売られました。いいご主人もいれば、嫌な…不親切なご主人もいました…」
元の世界の仕事でも、いい上司と悪い上司はいた。生殺与奪を握られてはいなかったが。
「奴隷は、財産です。自分で、自分の生き方を決められません。いつどこに行くかも決められません。そして、ほとんどの若い奴隷は、何度も売り買いされます。」
株取引や投資マンションのようなものなのだろう。付加価値をつけて元の買取価格より高く売るのは、賢いやり方だ。
「でも、初めてでした。商品としてではなく、仲間として、いろんな事を、戦い方を、一人で生きていける力すら、教えてくれたご主人様は。」
「ずっと、不思議でした。ご主人様は、私に何をお求めですか…?」
「何をすれば、お返しできます…か?…あ、いや、えっと、その、私は、ご主人様になら、何でも、いやその…」
何やら口ごもり始めたシフォンを、芝生に寝そべりながら見やる。
「…金づる。」
「え?」
「もうお前たちを買った分の何倍も稼がせてもらった。これからもっと稼げる」
「ええ…」
あからさまにがっかりした声。しょんぼりと耳が垂れている。
「なんてな。」
「ええ!?」
「お前たちといると楽しい。嬉しい。興味深い。」
「…一人では空虚だった…いや空虚だったと気付かされた。今はお前たちがいない生活は考えられないよ。」
シフォンはぽかんとしている。木陰から、フィリアとロザリアが耳をそばだてているのが気配でわかる。
ルバイヤートの一節でも歌いたかったが、思いつかんな。自分の言葉で語ろう。
「酒が美味くなった。」
「「「はい?」」」
何で三人ともハモるんだ。
「いや、酒の味みたいたもんだよって言いたいんだ。」
「はぁ…」
「子供の時は大人がなんであんなに美味そうに酒を飲むのか分からなかった。祝い事の席で舐める酒は苦いような不思議な味の水だった。果実ジュースを飲めばいいのにと思っていた。」
「大人になってすぐも美味さがわからなかった…でも馴染んだら、酒を飲まない人生なんて考えられなくなった。」
「もう!どんないい話を聞けるのかと思いましたのに、わけの分からない例えや酒の話だなんて!」
ロザリアがずかずか近づいて来て怒った。やっぱり聞いてたんだな。
「仲間や友人…家族なんてそんなもんだろう。いない時は価値も分からないが、一旦できてしまえば、離れることなんてできなくなる。俺は、お前たちを家族だと思ってるよ。」
シフォンとロザリアが同時に赤くなる。フィリアの耳も赤くなってきた気がする。そんなに恥ずかしいセリフだったか?
「永遠なんてありはしない。でも、明日や明後日に消えてなくなる絆では決してない。今は、今が続けばいいと思ってる。続かせなきゃいけないと思ってる。」
「嫌になるまでは、一緒にいてくれ。」
「もちろんです!嫌になんてなりませんから!ずっとずっと一緒にいます!」
えらい食い気味にシフォンが被せてくる。そんなに今の生活を気に入ってくれてるのか、と少し目頭が熱くなる。
「まぁ、私も、ご一緒させていただきますわ。ご恩がありますもの。」
口元を隠してロザリアも笑う。
一緒にいるためにこそ、負けるわけにはいかない。去来した決意は、胸に秘める。安らかな今日という日に口に出す必要はないと思った。
が。
「これからも……。」
シフォンは庭園を見渡した。
初夏の風。
噴水の音。
笑い合う仲間たち。
「こんな毎日を守れるように、私も戦っていきます。」
「一人で抱え込まないでくださいね。」
「私が……。」
シフォンは小さく首を振る。
「ううん。」
「私達も、ちゃんと背負いますから。」
「ご主人様の人生も。」
「 …言われてしまったな。」
娘の成長に驚く父の気持ちを思い出し苦笑した。




