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奴隷市場から始まる異世界冒険譚―第一部王都編  作者: たーけし
闘技大会へ 前編

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顔無しの騎士

準決勝 第二試合

シフォンの試合が終わると、闘技場は再び静まり返った。

「続いて第二試合!」

「ロザリア対、顔無しの騎士!」

歓声の中、ロザリアは静かに闘技場へ歩み出る。

反対側から現れたのは、鉄仮面を着けた一人の男だった。

年齢は分からない。 鍛え上げられた体。 無駄のない歩み。

その姿を見た瞬間、ロザリアの胸が小さくざわつく。

(……あの立ち方。)

男はゆっくりと腰を落とした。

膝を柔らかく曲げる。

脇を締める。

視線だけは真っ直ぐ相手を捉えている。

(王国北部の戦い方……。)

王国北部では、百五十年前までエルフとの国境戦争が続いていた。

森で生き残るために磨かれた独特の構え。

北部の騎士なら誰もが学ぶ基本だった。

(どうして、この人が……。)

「始め!」

鐘が鳴る。

ロザリアは正拳を放つ。

だが男は半歩だけ外す。

反撃はない。

距離だけを保つ。

もう一度。

突き。

蹴り。

どれも紙一重でかわされる。

(読まれている……。)

今度は男が踏み込んだ。

肩を軽く押す。

たったそれだけで、ロザリアの重心が揺らぐ。

(うまい……!)

ロザリアは半歩下がり、体勢を立て直す。 反撃はしない。 互いの間合いだけは決して崩さない。

観客席でターケシが呟く。

「技の勝負だな。」

フィリアも静かに頷いた。

「ええ。」

「どちらも焦っていません。」

再びぶつかる。

今度はロザリアが連打を見せる。

正拳。

裏拳。

前蹴り。

男は受け流し続ける。

そして、一瞬。

ロザリアの右足が止まった。

その隙を男は見逃さない。

低く潜る。

腰へ腕を回す。

(投げ……!)

ロザリアはとっさに足を開き、重心を落とした。

持ち上がらない。

男はすぐに技を切る。

(無理はして来ない……。)

ロザリアは驚く。

この判断もまた、北部の騎士そのものだった。

(この人、本当に……。)

ターケシが小さく笑う。

「面白い。」

「お互いに決め手を探っている。」

時間だけが過ぎていく。

やがてロザリアは息を整えた。

(……勝とうとするな。)

ターケシの教えが蘇る。

(稽古通り。)

深く息を吸う。

ロザリアが正拳を放つ。

顔無しの騎士は半歩だけ身をかわし、その拳を受け流した。

その瞬間だった。

受け流されることまで計算していた。

ロザリアは一歩深く踏み込む。

相手の右腕を脇の下へ抱え込み、そのまま背中を向けるように体を反転させた。

腰を深く落とす。

男の胸が、ぴたりとロザリアの背中へ重なる。

「!」

鉄仮面の奥で、男の目がわずかに見開かれた。

男が重心を戻そうとした時には、もう遅かった。

ロザリアは抱えた腕を強く引きつける。

同時に膝を伸ばし、腰を跳ね上げた。

鉄仮面の男の体が軽い荷物のようにロザリアの背に乗り、足が宙に浮いたつ次の瞬間、

その巨体が、ロザリアの肩を軸に大きく前へ回転した。

一本背負い。

轟音とともに男の身体が石畳へ叩きつけられた。

だが、ロザリアはそこで終わらない。

宙を舞った顔無しの騎士が、受け身を取ろうとした、その一瞬だった。

ロザリアが投げた腕を離さず抱える。

自ら倒れ込みながら体を九十度ひねり、男の腕に対して自分の体を十字に交差させる。

太腿で肘をしっかりと挟み込む。

片脚を首へ、もう片脚を胸へ回し、起き上がる動きを封じる。

両手で手首を抱え込んだまま、静かに腰を反らせた。

肘関節が限界まで伸びる。

「……っ!」

鉄仮面の奥で男の息が詰まる。

なおも腕を引き抜こうとする。

しかし、脚と腰で完全に固定されている。

体は動いても、肘だけは動かない。

逃げ場はない。

審判が身を乗り出す。

「そこまで!」

男が抵抗を止める。

審判はロザリアの腕を高く掲げた。

「勝者、ロザリア!」

歓声が闘技場を揺らす。

ロザリアは息を整えながら、鉄仮面の男を見つめた。

(あの構え……。)

(あの崩し……。)

(まるで、王国北部の騎士……。)

少女の心中には、勝利の安堵よりも、胸に残った疑問の方が大きかった。


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