黒狼ヴァルド
準決勝第一試合。
シフォン対ヴァルド。
二人が闘技場へ上がると、先ほどまでの歓声とは違うざわめきが広がった。
「黒狼だ。」
「あいつが来た。」
「今年も決勝だろ。」
ヴァルドは歓声にも野次にも反応しない。
細身の体。
贅肉一つない。
頬はわずかにこけ、全身には古傷が白く残っている。
静かにリング中央まで歩くと、軽く膝を曲げた。
両拳を自然に構える。
主人公は観客席から目を細めた。
これまでの試合ではキックボクシングのような総合格闘技的な戦い方をしていた。
(自己流か。)
(……いや。)
(あれだけ戦ってきたからこその構えだ。)
審判が中央へ出る。
「始め!」
鐘が鳴る。
しかし、どちらも飛び込まない。
シフォンは低く構え、一歩ずつ距離を詰める。
ヴァルドは円を描くように横へ動く。
決して止まらない。
「……。」
「……。」
観客席が静まり返る。
先に動いたのはヴァルドだった。
ローキック。
シフォンの前脚へ鋭く飛ぶ。
だが、シフォンは一歩下がって躱す。
すぐに一歩前へ。
またローキック。
一歩距離を詰める。
また蹴りが来る。
主人公が腕を組む。
「組ませないつもりだ。」
フィリアも頷く。
「ええ。」
「距離そのものが武器ですね。」
ヴァルドは拳をほとんど振らない。
ただ脚を削る。
踏み込みを鈍らせる。
焦れて飛び込んできたところを仕留める。
地下で磨き上げた狩りだった。
シフォンも理解する。
(このままじゃ……届かない。)
主人公の声が脳裏によみがえる。
――勝とうとするな。
――稽古通りだ。
シフォンは呼吸を整えた。
また一歩。
ヴァルドの眉がわずかに動く。
(……まだ来るか。)
三度目のローキック。
その瞬間だった。
シフォンは蹴り足へ踏み込んだ。
脛で踏ん張って受けながら距離を潰す。
「!」
初めてヴァルドの表情が変わる。
組まれる。
そう悟った瞬間には遅かった。
シフォンは脇を差し込み、胸を押し当てる。
逃がさない。
相撲で鍛えた圧力。
柔道で鍛えた密着。
ヴァルドは肘で削り、膝を入れ、体をひねる。
それでも離れない。
「ぐっ……!」
そのまま土俵際――いや、闘技場の壁際まで押し込まれる。
観客が総立ちになる。
「押せぇ!」
「黒狼が止まった!」
シフォンは腰を落とした。
主人公が小さく呟く。
「そこだ。」
足を払う。
小外刈の要領で支え足を刈り取りヴァルドを倒す。
ヴァルドが起き上がろうとした背後へ滑り込む。
シフォンは腕を抱え込み、そのまま首へ腕を回した。
裸絞。
ヴァルドは肘を突き、体をひねる。
脚で床を蹴る。
なおも逃れようとする。
しかし、シフォンは主人公から何度も教わった。
一度組んだら離さない。
腕も、脚も、全身で相手を包み込む。
ヴァルドの動きが少しずつ鈍る。
呼吸が荒くなる。
なおも抵抗する。
観客席からは誰一人声を上げない。
静寂。
やがて。
ヴァルドの腕から力が抜けた。
頭がうなだれる。
審判がすぐに二人の間へ割って入る。
「そこまで!」
シフォンはすぐに絞めを解いた。
ヴァルドの瞼がゆっくりと開く。
審判が腕を掲げる。
「勝者、シフォン!」
闘技場が歓声に包まれた。
◇
シフォンが、左足をかばいながら戻ってく。
「 強かったです。」
「 受けるしかありませんでした。」
ローキックを受けた足は大きく腫れている。
「 ロザリア、水魔法で冷やしてやってくれ。」
「ロザリアさん、次の試合が…」
「氷を作っておくから冷やしてなさい。決勝までせいぜい回復しておくことね。」
ロザリアが不敵に笑う。




