第4話 知らない場所で
「お疲れ様です。」
夕方。
天野湊はコンビニのバックヤードへ入ると制服へ着替えながら挨拶した。
「おう、お疲れ。」
返事をしたのは大学生の先輩アルバイト、佐藤だった。二十二歳。ゲーム好きで、休憩時間になるとよく配信や動画を見ている。湊ともそれなりに仲が良かった。
「今日は暇そうですね。」
「平日だからな。夜までは多分平和だろ。」
そんな会話をしながら業務へ入る。
レジ対応。
品出し。
清掃。
いつも通りの仕事をこなしているうちに休憩時間になった。
バックヤードで飲み物を開けた時だった。
佐藤がスマホを見ながら思い出したように声を上げる。
「あ、そうだ。」
「なんですか?」
「最近さ、格ゲー見てるんだよ。」
嫌な予感がした。
最近という言葉。
格ゲーという単語。
そして今の時期。
嫌でも話題は限られる。
「へぇ。」
「結構面白いな。」
佐藤はスマホを操作しながら続ける。
「なんか今話題のやついるじゃん。」
「あー。」
「MINATOってやつ。」
危うく飲み物を吹きそうになった。
慌てて飲み込む。
「ごほっ。」
「おい大丈夫か?」
「大丈夫です。」
心臓が少し跳ねる。
まさか職場でその名前を聞くとは思わなかった。
だが佐藤は全く気付いていない。
「有名配信者倒しまくってるらしいな。」
「らしいですね。」
「ランク一位なんだろ?」
「らしいですね。」
「しかも大会ほとんど出てないとか。」
湊は平静を装いながら頷く。
「らしいですね。」
佐藤は感心したようにスマホを見つめた。
「こういうの好きなんだよな。」
「どういうのですか?」
「無名だったやつが急に出てくるやつ。」
思わず苦笑する。
「漫画みたいじゃん。」
確かに外から見ればそうなのかもしれない。
だが本人からすると全く違う。
毎日働いて。
帰宅して。
ゲームして。
寝る。
ただそれを繰り返していただけだった。
「RJも出るらしいぞ。」
「らしいですね。」
「お前さっきから反応薄くね?」
「そんな詳しくないんで。」
もちろん嘘だった。
詳しくないどころか本人だ。
だが言う気はない。
なんとなく恥ずかしいし、面倒なことになりそうだった。
佐藤はスマホをポケットへしまう。
「でも俺結構期待してるんだよな。」
「そうなんですか?」
「ランク一位ってだけでも十分すごいだろ。」
湊は黙って聞いていた。
「でもそこで終わらず大会出るのがいい。」
少し意外だった。
「どういうことですか?」
「だってランクだけやってれば評価下がらないじゃん。」
湊は少し考える。
確かにそうだ。
ランキング一位。
それだけなら肩書きとして残る。
大会へ出なければ負けることもない。
評価が落ちることもない。
「でも出るんだろ?」
「そうみたいですね。」
「だったら応援したくなる。」
佐藤は笑う。
「負けるかもしれないのに出るって結構勇気いるだろ。」
「まあ、そうかもしれないですね。」
「そういうやつ好きなんだよ。」
湊は少しだけ驚く。
自分では考えたこともなかった。
大会へ出る理由は単純だ。
勝ちたいから。
強い相手と戦いたいから。
それだけだった。
「もし世界とか行ったら熱いよな。」
「世界ですか。」
「ロマンあるじゃん。」
佐藤は笑う。
世界。
今の湊には現実感のない言葉だった。
まずはREVOLT JAPAN。
そこで勝てるかどうかも分からない。
その先など想像もしていない。
「そうですね。」
それだけ答える。
休憩終了の時間が近付き、二人は立ち上がった。
「RJ始まったら見るわ。」
「楽しみですね。」
「俺MINATO応援するから。」
「へぇ。」
「なんだその反応。」
佐藤が笑う。
湊も笑った。
まさか目の前に本人がいるとは思っていないだろう。
そしてそれでいい。
今はまだ。
ただのコンビニ店員でいたかった。
レジへ戻りながら、湊はふと考える。
もしRJで結果を残したら。
もし本当に有名になったら。
この日常は変わるのだろうか。
バックヤードを出る直前、誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。
「まあ、まずは勝たないとな。」
REVOLT JAPAN開幕まで。
残り三週間だった。




