エピローグ 帰る場所
LEGACY優勝から二日後。ORBITのチームハウスには久しぶりに全員が揃っていた。大会後は取材やスポンサー対応、各種配信への出演などで慌ただしい日々が続いていたが、この日は違う。世界最高峰の舞台を制したMINATOを祝うための祝勝会だった。リビングには大量の料理と飲み物が並び、普段は練習やミーティングで埋まっている空間もどこか穏やかな空気に包まれている。そんな中、少し遅れて到着した湊が玄関を開けた瞬間、クラッカーの音が一斉に鳴り響いた。
「うおっ!?」
思わず肩を跳ねさせた湊を見て部屋中が笑いに包まれる。
「世界王者のリアクションじゃないな。」
「普通にびっくりしますよ。」
「いや、もっとこう堂々としてると思った。」
「何を期待してるんですか。」
「LEGACY王者。」
「その呼び方やめてください。」
REIGNが腹を抱えて笑い、ACEも珍しく口元を緩める。ZEROは小さく笑いながら「変わらない」とだけ呟き、その一言にまた笑いが起きた。LEGACY優勝後、MINATOの名前は世界中へ広がった。海外メディアの記事、SNSのトレンド、切り抜き動画、インタビュー動画。数日前まで知らなかった海外ファンからも応援メッセージが届くようになり、フォロワー数も驚くほど増えている。それでも本人だけは以前と変わらなかった。ゲームの話になると熱くなり、普段は少し天然で、褒められると困ったように笑う。その姿を見ているからこそ、ORBITのメンバーも変に気を遣うことはなかった。
全員が席へ着くと、SAGEが立ち上がってグラスを持つ。自然と会話が止まり、視線が集まった。
「LEGACY優勝。世界大会本戦出場。そしてORBIT初の国際大会優勝。」
一度言葉を切り、SAGEは静かに笑った。
「本当におめでとう。」
乾杯の声と共にグラスがぶつかり合う。拍手が起こり、祝勝会が始まった。食事を取りながら試合の話になり、自然とLEGACYの思い出話へ変わっていく。グランドファイナルの神楽シン投入、リセット後のLEX選択、KNIGHTとの読み合い、ルーザーズで戦ったパク・ジフンとの死闘。配信では話せない裏話も次々と飛び出し、そのたびに笑いや驚きの声が上がった。
「それにしてもLEXは驚いたな。」
REIGNがピザを片手に言う。
「俺もです。」
湊が即答する。
「使う本人が驚いてどうする。」
ACEが呆れたように返した。
「いや、本当に間に合うと思ってなかったんですよ。」
「その状態で世界王者になるやつ初めて見た。」
「俺も。」
ZEROまで頷く。
「ひどくないですか。」
笑いが起きる。少し前までなら、この輪の中心に自分がいることなど想像もしていなかった。世界王者経験者のREIGN、トッププロとして長年結果を残してきたACE、韓国の精鋭ZERO、そして数々のチームを率いてきたSAGE。動画や配信の中で見ていた存在と今は同じテーブルを囲んでいる。加入したばかりの頃はどこか遠慮があったが、今は違う。冗談を言い返し、笑い合い、自然に会話へ入れる。その変化が少し嬉しかった。
祝勝会は夜遅くまで続いた。プロリーグの話、今後の大型アップデート予想、世界大会で戦うことになる海外トップ勢の分析。話題は尽きることがない。やがて時計の針が深夜を回った頃、REIGNが飲み物を置きながらふと口を開いた。
「で、世界王者になった感想は?」
部屋が少し静かになる。全員の視線が湊へ集まった。数日前まで夢だった言葉。世界王者。その称号は今、確かに自分のものになっている。それでも湊は少し考えた後、正直な気持ちを口にした。
「まだ途中って感じです。」
誰も驚かない。
「まあそう言うと思った。」
REIGNが笑い、ACEも頷く。
「らしいですね。」
湊は続けた。
「世界大会本戦もありますし、プロリーグもありますし。まだ戦ってない人もいますから。」
頭に浮かぶのは世界ランキング一位アレックス・ハート、龍の申し子リン・シャオ、TITANの皇帝イワン・ペトロフ。LEGACYを制したから終わりではない。むしろ世界を目指す物語はここからさらに大きくなる。
「それでいい。」
SAGEが静かに言った。
「満足したら止まります。」
その言葉に誰も反論しなかった。トッププレイヤーほど知っている。頂点へ辿り着くことより、頂点に立ち続けることの方が遥かに難しいことを。
やがてお開きの時間が近づく。片付けをしながらREIGNが笑った。
「次はプロリーグ優勝な。」
「その次は世界大会。」
ACEが続き、ZEROも短く言った。
「全部取る。」
無茶な目標だった。だが、不思議と笑い飛ばす気にはならない。一人だった頃なら想像もできなかった景色が今は目の前にある。共に戦う仲間がいて、支えてくれるチームがいて、応援してくれるファンがいる。
世界王者になった夜。天野湊はようやく実感していた。
自分には帰る場所がある。
そしてORBITの挑戦は、まだ始まったばかりだった。




