第20話 越えるべき壁
最終ラウンド。
LEGACY Day3の会場は数千人がいるとは思えないほど静まり返っていた。先ほどまで響いていた歓声も実況の声も今は遠く、誰もが大型モニターへ視線を向けている。景虎とArthal。残り体力はほぼ互角。あと一度の読み合いで勝敗が決まる状況だった。
湊はモニターだけを見ていた。
観客の存在も聞こえない。実況も聞こえない。今見えているのはArthalだけだった。
KNIGHTも同じだった。
レバーを握る姿勢は微動だにしない。世界大会優勝経験者。五大大会王者。その実績を支えてきた圧倒的な集中力が対戦台の向こう側から伝わってくる。
試合が動く。
Arthalが一歩前へ出る。
景虎も距離を詰める。
牽制。
様子見。
前ステップ。
下がる。
また前へ出る。
お互いに相手の反応を探りながら少しずつ圧力を掛けていく。どちらも焦らない。どちらも安易に手を出さない。その数秒間に詰め込まれた情報量は一試合分にも匹敵していた。
「凄い読み合いです……!」
神谷レンも思わず声を抑える。
「ここまで来ると反応じゃありません。お互い相手の思考を読んでいます。」
白石アキラも頷いた。
「技術だけなら両者とも世界レベルです。今は経験と判断力、そして精神力の勝負ですね。」
画面の中では一瞬ごとに選択肢が入れ替わっていた。前に出るか。下がるか。技を置くか。待つか。その全てが勝敗に直結する。
そして。
KNIGHTが動いた。
Arthalが前へ踏み込む。
牽制ではない。
明確な攻め。
湊も反応する。
景虎が前へ出る。
ここだと思った。
今までの読み合いの中で積み上げた情報を信じた。KNIGHTならこう動く。その先に答えがある。
拳が放たれる。
だが。
その瞬間だった。
Arthalの剣が先に届く。
カウンター。
会場が揺れた。
「入ったァァァァァ!!」
神谷の絶叫が響く。
Arthal。
KNIGHT。
完璧な読みだった。
カウンター確認から一切の迷いなくコンボへ移行し、そのまま景虎を画面端まで運ぶ。追撃。さらに追撃。状況確認。最適解。体力ゲージが見る見るうちに削られていく。
それでも湊は諦めない。
受け身を取る。
暴れを狙う。
防御を固める。
生き残る可能性を探す。
だがKNIGHTは逃がさない。
世界トップクラスのプレイヤーが掴んだ流れは簡単には離れない。
最後の読み合い。
最後の攻撃。
最後の一撃。
KO。
試合終了。
大型モニターに勝者の名前が表示される。
WINNER
KNIGHT
次の瞬間、静まり返っていた会場が爆発した。
「決まったァァァァァ!!」
神谷が立ち上がる。
「KNIGHT勝利!!」
「MINATOとの死闘を制しTop12進出です!!」
拍手。
歓声。
どよめき。
誰もが今の試合の凄さを理解していた。
『名試合すぎる』
『レベル高すぎる』
『鳥肌立った』
『決勝みたいだった』
『どっちも強すぎる』
コメント欄も止まらない。
湊はモニターを見つめていた。
負けた。
その事実だけが残る。
あと少しだった。
本当にあと少しだった。
手が届きそうだった。
だが届かなかった。
悔しい。
その感情は間違いなくあった。
それでも不思議と下を向く気にはならない。
強かった。
ただそれだけだった。
湊は立ち上がる。
KNIGHTも立ち上がる。
そして二人は握手した。
REVOLT JAPANの時よりも長く。
以前よりも強く。
KNIGHTは少し笑う。
「強くなったな。」
湊は苦笑した。
「勝てませんでしたけど。」
「そうだな。」
KNIGHTは即答する。
だがすぐに続けた。
「でも今日は本気だった。」
その言葉に嘘はなかった。
湊にも分かる。
手加減された感覚は一切ない。
全力だった。
本気だった。
だからこそ悔しい。
KNIGHTは真っ直ぐ湊を見る。
「REVOLTの時とは別人だった。」
会場が少しざわつく。
五大大会王者。
日本最強格。
その男が認めている。
目の前の挑戦者を。
「ありがとうございます。」
「次は分からない。」
その言葉に湊は目を見開く。
KNIGHTは笑った。
「だからルーザーズを勝ち上がってこい。」
湊は何も言わない。
KNIGHTは続ける。
「決勝で待ってる。」
それだけ言うと背を向ける。
観客席から再び拍手が起こる。
湊はその背中を見つめていた。
負けた。
だが終わっていない。
LEGACYはダブルエリミネーション。
まだ命は残っている。
大型モニターが更新される。
ルーザーズブラケット。
そこには世界中の怪物たちの名前が並んでいた。
パク・ジフン。
ノア・ウィルソン。
ガブリエル・コスタ。
ソウル。
レオ・マーティン。
世界トップクラスの実力者たちが生き残りを懸けて争う敗者復活戦。
そしてその中に。
MINATOの名前もあった。
世界一への道はまだ終わらない。
むしろここからが本当の勝負だった。




