第9話 プロと配信者
ORBITへ加入してから一か月近くが経った。
最初は何もかも新鮮だったプロ生活も、少しずつ日常になり始めている。チーム練習、ミーティング、配信活動。そのどれも忙しかったが、不思議と苦ではなかった。
この日も練習を終えた湊は帰宅するとすぐに配信の準備を始めた。以前は配信ボタンを押すだけでも少し緊張していたが、今ではその感覚もほとんどない。
「こんばんは。」
配信を開始すると、いつものようにコメント欄が勢いよく流れ始める。
『きた!』『待ってた』『今日もランク?』
『ORBITどう?』『最近配信慣れたよな』
「ORBITどう?って親戚みたいな聞き方やめてくださいよ。」
思わず笑いながら返すと、コメント欄もすぐに盛り上がる。
『草』『最近どう?』『元気してる?』『ちゃんと食べてる?』
「なんなんですかその流れ。」
湊は苦笑しながら景虎を選択する。
「元気ですし、ちゃんと食べてます。むしろ最近は前より健康的かもしれないです。」
『プロっぽい』
『意識高い』
『本当に?』
「いや、本当に。」
そう言いながらも少し考える。
確かに生活は変わった。
以前は好きな時間にゲームをして、好きな時間に寝る生活だった。しかし今はチーム練習もあるし、配信の予定もある。自然と生活リズムも整っていた。
「まあでも、まだ慣れないこともありますけどね。」
『例えば?』
「普通にREIGNさんとか。」
コメント欄が一気に反応する。
『草』
『分かる』
『世界王者だもんな』
『毎日いるの?』
「いますよ。」
湊は即答した。
「普通に隣に座ってます。」
『慣れた?』
「いや、まだたまに思いますよ。」
『何を?』
「なんでこの人と同じチームなんだろうって。」
コメント欄が笑いで埋まる。
だが半分は本音だった。
REIGNだけではない。ACEもZEROもそうだ。
以前なら配信で見ていたような選手たちと、今は同じチームで練習している。
不思議な感覚だった。
ランクマッチを続けながら雑談していると、コメント欄に見慣れた名前が現れる。
『天羽ミコト:こんばんはー!』
「あ。」
『本人きた』
『ミコトだ』
『先生呼ばれてるぞ』
「こんばんは。」
湊が挨拶すると、すぐにコメントが返ってくる。
『今日も頑張ってください!』
「ありがとうございます。」
『先生モードで草』
『急に丁寧』
『よそ行きの顔』
コメント欄が騒ぎ始める。
「いや別にそんなことないです。」
そう言った直後だった。
『今日コラボですよね!?』
「あ。」
完全に忘れていた。
時計を見る。
開始まで三十分。
コメント欄が大爆笑する。
『忘れてたw』
『先生ェ』
『ミコト泣くぞ』
『最低で草』
「いや違うんですよ。」
慌てて弁解する。
「忘れてたというか、時間を確認してなかっただけで。」
『同じです』
『アウト』
『言い訳下手』
結局何を言っても無駄だった。
配信を終えた湊は急いで準備を済ませ、ミコトとのコラボ配信へ向かう。
配信が始まると同時に、元気いっぱいの声が響いた。
「こんばんはー!」
「こんばんは。」
「聞いてください!」
開幕からテンションが高い。
「今日は違います!」
「何が?」
「今日は本当に成長してます!」
「前回も聞いた。」
「今回は本当なんです!」
ミコトは自信満々だった。
その様子に湊も思わず笑う。
「じゃあ見ますか。」
「お願いします!」
配信では武神タケルのリプレイを確認していく。
「ここですね。」
「はい。」
「なんで飛んだの?」
「いや、通ると思ったんです。」
「本当に?」
「本当に。」
「自信満々だった?」
「めちゃくちゃありました。」
「結果は?」
「対空されました。」
「されてたね。」
コメント欄が爆笑する。
『好き』
『正直すぎる』
『才能ある』
『反省してない』
ミコト自身も笑っていた。
以前なら指導配信という雰囲気だったが、最近は少し違う。お互いに遠慮がなくなり、自然と会話も増えていた。
「でも前より良くなってるよ。」
湊がそう言うと、ミコトが固まる。
「え?」
「前より全然良い。」
「今褒めました?」
「褒めた。」
数秒の沈黙。
そして。
「みんな聞きました!?」
ミコトの声が一段階大きくなった。
「先生が褒めました!」
『おめでとう』
『記念日』
『赤飯だ』
『切り抜け』
コメント欄も大盛り上がりだ。
「いや、そんな大げさな。」
「大げさじゃないです!」
ミコトは本気だった。
「前まで全部ダメ出しだったんですよ!?」
「全部じゃないって。」
「体感です!」
その返しに湊も吹き出してしまう。
こうして笑いながら話していると、初めて会った頃のぎこちなさはもうほとんど残っていなかった。
配信終了後。
通話を切った湊は椅子へ背中を預ける。
疲れているはずなのに気分は軽い。
プロとしての活動は忙しい。LEGACYの準備もある。チーム練習も日に日に厳しくなっている。
それでも楽しい。
少し前まで一人でゲームをしていた自分が、今では多くの人と関わりながら前へ進んでいる。
もちろん目標は変わらない。
世界王者。
その頂はまだ遠い。
だが焦る必要はなかった。
今は一歩ずつ進めばいい。
そう思いながら、湊は明日の練習に備えてPCの電源を落とした。LEGACY開幕まで、残り二週間だった。




