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異世界ケアマネジメント計画書 〜ケアマネ・三十四歳、世界(ごりようしゃ)の主訴を伺います〜  作者: もしものべりすと


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第20章「世界規模のサービス担当者会議」

三者交渉の場は王宮の謁見の間に設えられた。

 会議の日付は祝祭月の終わりの満月の日と定められた。

 準備期間は二週間。

 千鶴は二週間で全ての段取りをつけた。


 ハルディスは黒翼城から五十名の供を連れて来王した。

 大司教セヴェールは教会本部から二十名の高位神官を伴って参集した。

 ロディウスもその中にいた。彼は長年の引きこもりから出てきたばかりで肌が異様に白かったが背筋はまっすぐだった。

 国王アルフレッド三世は宰相ヴェルナーと将軍ロランドを脇に座らせていた。

 会議の中央にはハルディスとセヴェールが向かい合う形で座った。

 国王は脇に座った。

 千鶴とロディウスが共同議長として中央席に立った。

 書記はリフィが務めた。

 黒翼侯爵拓也は黒翼城を代表して参加した。

 勇者パーティのライナス。ジオ。アンナも傍聴席に座った。

 神殿長ガイウスは千鶴の補佐として後ろに控えた。

 文官カリス・ヴェレも書記の補佐に入った。


 会議は午前十時に始まった。

 千鶴が議事を進行した。

「これより〈アルディラ大陸三者協議会〉の第一回本会議を開催いたします。司会は介護支援専門員の篠原が務めます。共同議長として高位神官ロディウス猊下にもお座りいただいております」

 会議室がざわついた。

 ロディウス猊下の名前が公の場で呼ばれたのは半世紀ぶりだった。

 大司教セヴェールが目を見開いた。

「ロディウス猊下――」

「セヴェール」

 ロディウスは低い声で答えた。

「久しぶりだ」

 大司教は深く頭を下げた。

 彼は猊下の存在を知っていた。猊下が予言を流布したことも知っていた。けれども半世紀の間に彼は猊下と接触を絶っていた。今再び目の前に現れた猊下を彼は受け入れざるを得なかった。

 千鶴は議事を進めた。

「本日の議題は四つでございます。一――半世紀前の予言の真偽について。二――連合・教会・王国三者の対等な関係性の確立について。三――各組織の境界と権限の定義について。四――今後の継続協議の枠組みについて」

 千鶴は紙を一枚一枚配った。

 配った紙には事前に整理された論点が記されていた。

 元の世界のサービス担当者会議の議事進行と同じ手順だった。

 会議は粛々と進んだ。

 千鶴は途中で何度も発言を整理した。

 「セヴェール猊下のご発言は要するに『連合の自治権拡大を許せば教会の監督権限が空洞化する』というご懸念でございますね」

 「ハルディス様のご発言は『監督権限が一方的に行使されることへのご懸念』でございますね」

 「両者の懸念には共通点がございます。〈一方的に決められること〉への恐れです」

 千鶴の整理によって対立点が明確になり共通項が浮かび上がってきた。

 ロディウスがそこに過去の経験を加えた。

 「私が三十年前に作った合意では教会と連合の双方に〈拒否権〉ではなく〈再交渉権〉を与えた。一度合意した内容も状況が変われば再交渉できる。これが平和を保つ鍵だった」

 「再交渉権」

 セヴェールが呟いた。

 「拒否権ではないのですね」

 「ない」

 ロディウスは答えた。

 「拒否権は議論を止める。再交渉権は議論を続けさせる」

 ハルディスが頷いた。

 「私たちは拒否権を求めてはいない。話し合いの場を求めている。再交渉権なら受け入れられる」

 会議は徐々に動き始めた。

 千鶴は議事録に決定事項を書き込んだ。


 午後の議題は半世紀前の予言の真偽についてだった。

 ロディウスが立ち上がり過去の経緯を告白した。

 彼は予言を捏造したことを認めた。

 その動機――三者の対立を仲介できなかった自身の力不足から禁じ手を使ったこと――を率直に告げた。

 大司教セヴェールは長く沈黙した後で深く頭を下げた。

 「猊下。我ら教会は猊下の予言を口実に連合に対して武力を行使してまいりました。これは教会としての過ちでございます。連合に対して正式な謝罪を申し上げます」

 ハルディスは目を伏せた。

 彼女は静かに頷いた。

 「謝罪を受け入れる。ただし――半世紀の犠牲は戻らない。これからの百年で双方が積み上げるしかない」

 「了解した」

 大司教は再び深く頭を下げた。

 ハルディスも頭を下げた。

 二人の老練な人間が同じ高さで頭を下げ合った。

 会議室の中の誰もが静まり返った。

 国王アルフレッド三世が最後に発言した。

 「余もまた決断を放棄してきた一人である。王国の責任を果たさなかった。連合と教会の双方に詫びる」

 彼は王座から立ち上がり頭を下げた。

 誰も彼を止めなかった。


 夕方になって会議は最後の議題に入った。

 今後の継続協議の枠組み。

 千鶴が提案した。

「三者協議会を恒常化し三月に一度本会議を開催する。本会議の間にも各組織の代表が常駐する事務局を設ける。事務局の本部はアルディラ王都とする。事務局長は中立の人物を充てる」

 誰が中立の人物となるか――ハルディスとセヴェールと国王が同時に千鶴を見た。

 千鶴は深く頭を下げた。

「私はその役には就けません」

 会議室がざわついた。

「私は近いうちに元の世界に戻る予定でございます」

 千鶴は静かに告げた。

「事務局長には別の方を推薦いたします。神殿長ガイウス様。ご経歴と中立性において最適と存じます」

 ガイウスは目を見開いた。

 彼は震える声で答えた。

「私が……?」

「あなたは私の召喚に関わったことを率直に告げ立場を変えてくださいました。あなたは三者すべてに対して中立になれるお方でございます。そして高齢ですが体力も判断力も十分でございます」

 ガイウスは深く頭を下げた。

 ハルディスとセヴェールも反対しなかった。

 国王も頷いた。

「事務局長:神殿長ガイウス様」

 千鶴は議事録に書いた。


 会議は日没とともに閉幕した。

 千鶴は最後に閉会の挨拶をした。

「本日の決定事項を改めて確認いたします。一――半世紀前の予言は誤りであったと公式に認める。二――三者は対等の立場で再交渉権を相互に持つ。三――三者協議会を恒常化する。四――事務局を王都に設置し神殿長ガイウス様を事務局長に任じる。以上に異議のある方はおられますか」

 誰も異議を唱えなかった。

 千鶴は議事録に〈全会一致〉と書き入れた。

 書記のリフィが速記でそれを写本に転記した。

「これにて閉会いたします。皆様お疲れ様でございました」

 千鶴は深く頭を下げた。

 会議室の全員が同時に頭を下げ返した。


 会議の後ヴェルナーが千鶴の元へやってきた。

 彼は静かに頭を下げた。

「賢人殿。あなたは……世界の主訴を聞かれた」

「左様でございました」

「あなたが為されたことは半世紀続いた戦争を一日で終わらせる礎を築いた」

「私一人の力ではございません。皆様の力でございます」

「謙遜なさるな」

 ヴェルナーは小さく笑った。

「あなたは元の世界に戻られると申されたが――本当か」

「戻りたいと存じます。ただし方法は未だ見つかっておりません」

「ロディウス猊下は二百年戻られなかった」

「左様でございます」

「あなたも――」

 千鶴は静かに首を横に振った。

「私は戻らねばなりません。元の世界に母がおります。母の主訴を聞いていない自分のままここに残るわけには参りません」

 ヴェルナーは長く沈黙した。

 彼は目を伏せた。

 「了解いたしました。あなたの主訴を尊重いたします」

 「ありがとうございます」

 千鶴は深く頭を下げた。


 その晩千鶴の自室には人々が集まった。

 ライナス。ジオ。アンナ。リフィ。ガイウス。カリス。ヴェルナー。ロランド。拓也。ロディウス。ミラ。ティナ。ヴォルク。ソフィ。

 千鶴がこの世界で関わった全ての人が一つの部屋に集まっていた。

 部屋は狭くて全員入りきらなかった。

 扉の外にも人が立っていた。

 千鶴は立ったまま深く頭を下げた。

「皆様。本日はお集まりいただきありがとうございます」

 誰も口を開かなかった。

 千鶴は続けた。

「私は近いうちに元の世界に戻ります。戻る方法は未だわかっておりませんが――必ず戻ります」

 ライナスが顔を上げた。

 目が赤かった。

「篠原さん」

「は」

「俺たちはあんたに何かしてもらった。あんたに何か返したい。だけど――」

 彼は言葉を詰まらせた。

「あんたの一番欲しいものは元の世界に帰ることだから。俺たちには返せねえ」

 千鶴は微笑んだ。

「ライナスさん。あなた方は既に返してくださいました」

「俺たちが何を」

「あなた方は私の仕事を必要としてくださいました。それ以上に大きな返礼はございません」

 ライナスは肩を震わせた。

 ジオが彼の肩を抱いた。

 アンナが目元を拭った。

 リフィが小さく笑った。

 誰も泣き止まなかった。

 千鶴も静かに目元を拭った。


 夜更けに千鶴はバインダーを開いた。

 書きかけの手紙を取り出した。

 〈お母さんへ〉と書かれた一行のみの紙。

 彼女は今夜こそ書こうと思った。

 ペンを取った。

 書けなかった。

 書けないまま彼女は紙を畳んでバインダーに戻した。

 まだ早い。

 元の世界に戻ってから書く。

 そう決めた。


 翌朝ロディウスが千鶴を訪ねた。

「賢人」

「猊下」

「あなたが元の世界に戻る方法を私が知っている可能性がある」

 千鶴は息を呑んだ。

「猊下」

「私自身は戻れなかった。だが――召喚の術式を逆向きに使えば送還できる可能性はある。私が二百年かけて研究してきた」

「猊下は戻られないのですか」

「私は戻らない」

 ロディウスは静かに答えた。

「私はこの世界に二百年生きた。元の世界に私を覚えている人間は一人もいない。私の元の世界はもう私を必要としていない。私はここに残り三者協議会の事務局を補佐する。あなたは違う。あなたの母は今もあなたを待っている」

 千鶴は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「術式の準備に三日かかる」

「了解しました」

「三日後の真夜中。神殿の召喚の間で。私が術式を執行する」

「お願いいたします」

 ロディウスは深く頷いた。

 彼は部屋を出る前にもう一度振り返った。

「賢人」

「は」

「あなたが為された仕事を私は誇りに思う。私が二百年かけてできなかったことをあなたは半年でやり遂げた」

「猊下のご準備があったからでございます」

「お互いの仕事だ」

 ロディウスは小さく笑って部屋を出ていった。


 千鶴は窓辺に立った。

 春が近づいていた。

 空気の中に微かに花の匂いが混じっていた。

 元の世界の事業所のデスクで倒れたあの夜から半年が経っていた。

 半年の間に世界が一つ動いた。

 彼女が動かしたのか。

 あるいは世界が彼女を使って動いたのか。

 どちらでもよかった。

 書類は動いた。

 書類が動けば人が動いた。

 それが千鶴の知る唯一の世界の動かし方だった。

 彼女はバインダーを抱きしめた。

 革の表紙に半年分の傷が増えていた。

 最初の頃はピカピカだった。

 今は使い込んだ革の風合いに変わっていた。

 千鶴は深く息を吐いた。

 元の世界に戻ったらまず母に会いに行こう。

 母の主訴を聞こう。

 ずっと聞いていなかった主訴を。

 それから事業所に戻り十七件の留守電を聞こう。

 黒沢拓也のクレームはもう来ない。

 この世界に拓也の半身があるからだ。

 残った留守電をひとつずつ処理しよう。

 ひとつずつ処理することが千鶴の仕事だった。

 窓の外で梟が最後の一鳴きをした。

 明け方が近づいていた。


 ロディウスが術式の準備に取りかかった三日間千鶴は王宮の自室で書類仕事を続けた。

 三者協議会の事務局運営マニュアル。

 ガイウス事務局長への引き継ぎ書類。

 各組織との連絡網の整理。

 書くべき書類は山のようにあった。

 千鶴は黙々と書き続けた。

 元の世界の月初十日と同じ姿勢だった。

 でも今度は終わりが見える月初十日だった。

 終わりがある仕事は楽だった。


 書き終えるたびにバインダーが軽くなった。

 彼女は静かに次の章へ向かう準備を整えていた。

 準備は仕事の半分だった。残り半分は実行と振り返り。三日間の準備期間は彼女にとって長くも短くもなかった。書類が埋まる速度に合わせた時間だった。

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