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異世界ケアマネジメント計画書 〜ケアマネ・三十四歳、世界(ごりようしゃ)の主訴を伺います〜  作者: もしものべりすと


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第19章「真の黒幕」

黒翼城を発って五日後。

 千鶴一行は王都に戻った。

 帰着した翌朝に千鶴はヴェルナーに面会した。

 黒翼城での経緯と魔王ハルディスの提案を報告した。


 ヴェルナーは長い時間をかけて千鶴の話を聞いた。

 彼は途中で何度も眼鏡を外し額を押さえた。

 話が終わった時彼はしばらく沈黙してから低い声で言った。

「賢人殿。あなたは本当に……魔王と対話されたのか」

「左様でございます。ハルディス様は脅威の存在ではございません。連合の自治組織の長でございます」

「それを陛下に申し上げてよろしいか」

「私からも陛下に申し上げたく存じます」

「了解した。すぐに段取る」


 その日の午後千鶴は再び国王アルフレッド三世と面会した。

 千鶴は陛下に黒翼城での経緯を報告した。

 ハルディスの主訴。連合の現状。三者交渉の提案。そしてもう一つの仮説――〈ロディウス神官による予言の捏造〉。

 国王は青ざめた顔で聞いていた。

 報告が終わった後彼はゆっくりと頷いた。

「賢人殿。三者交渉の場を設けることに余は同意する。その上で――ロディウス神官の調査を進めて欲しい」

「光栄でございます」

 千鶴は深く頭を下げた。

 国王は付け加えた。

「ただし――教会との対立は深まるであろう。あなたの安全を保証することはこれまで以上に難しい」

「承知しております」


 翌日から千鶴とリフィは集中的に調査を始めた。

 調査の対象は教会本部の半世紀前の記録だった。

 幸いにも光輪教会の図書館は王宮図書館とは別に存在していた。王宮図書館にも教会の写本が一部保管されていた。

 千鶴とリフィは王宮図書館に通って三日間ずっと古い記録を漁った。

 半世紀前の予言文書。教会の高位神官の名簿。神官の任命記録。死亡記録。

 リフィは魔法使いだけあって書庫の整理術を心得ていた。彼女が膨大な記録を効率よく処理してくれた。

 四日目の夕方。

 リフィが小さく息を呑んだ。

「篠原さん。これを見て」

 彼女が指差した文書は古い神官名簿だった。

 半世紀前の名簿の一頁。

 〈高位神官ロディウス・ヴァン・ハスト/任命:祝祭月十二日/所属:教団中央評議会〉

 千鶴は息を呑んだ。

「いた」

「待って。次のページに――」

 リフィが頁を捲った。

 その十年後の名簿。

 〈高位神官ロディウス・ヴァン・ハスト/継続在籍〉

 二十年後。

 〈継続在籍〉

 三十年後。

 〈継続在籍〉

 四十年後。

 〈継続在籍〉

 五十年後――今年。

 〈継続在籍〉

 千鶴は文書を閉じた。

 半世紀以上同じ神官が「継続在籍」している。

 通常の人間の寿命を超えていた。

「不老」

 リフィが囁いた。

「ええ」

「篠原さん。これは――どういうこと?」

「光輪教会内部にロディウスという不老の神官が実在しています。彼は半世紀前に予言を発し連合への襲撃を始めました。彼の動機はまだわかりません。ですが――この戦争の発端は彼にあります」

「彼に……会えるの?」

「教会本部に申し入れます。大司教様には返答を拒否されるかもしれませんが――別の経路を考えます」


 その晩千鶴は神殿長ガイウスに密かに連絡を取った。

 ガイウスは王宮の地下回廊で千鶴と落ち合った。

 松明の明かりの下で彼は深く頭を下げた。

「賢人様。ご無事のお戻りを心より喜んでおります」

「ガイウス様。一つお願いがございます」

「お聞きします」

「光輪教会内部の高位神官ロディウス・ヴァン・ハスト氏との面会を取り次いでいただけますか」

 ガイウスの顔色が変わった。

「ロディウス猊下のお名前を……どこから」

「教会名簿でございます」

 ガイウスは長い沈黙の後で深く息を吐いた。

「猊下は……公式の場には現れません。教団中央評議会の決定にのみ関与され姿は見せません。私のような末端の神官でも一度もお会いしたことがございません」

「ガイウス様。一つだけ伺います。猊下は実在されますか」

 ガイウスはゆっくりと頷いた。

「実在されます。教団内部では公然の事実でございます」

「年齢は」

「私が知る限り――百十歳前後でございましょう」

 千鶴は深く頷いた。

 仮説は確証に変わった。

「ガイウス様。猊下と面会する手段はないのでしょうか」

 ガイウスは長く考えた。

「一つだけ……方法がございます」

「お聞きします」

「猊下は毎月十五日の深夜に〈祈りの間〉で個人の祈祷を行われます。そこに直接押しかけるしかございません。ただし――発覚すれば賢人様のお命に関わります」

「了解しました。次の十五日が好機ですね」

「明後日でございます」

 千鶴は頷いた。

「行きます」

 ガイウスは深く頭を下げた。

「私もご同行いたします。御身の盾になり申す」

「ガイウス様」

「私はあなた様を召喚した者でございます。最後までお供いたします」

 千鶴は彼の手を取った。

 骨ばった老いた手だった。

 元の世界の利用者の手のような感触だった。


 二日後の深夜。

 千鶴とガイウスは教会本部の裏門から忍び込んだ。

 千鶴は黒い外套を羽織り頭巾を深く被っていた。

 ガイウスは神官の制服のまま。彼は内部の地理に詳しかった。

 〈祈りの間〉は本部の最奥にあった。

 石造りの細長い回廊を進み小さな扉を開けると円形の部屋が現れた。

 部屋の中央に祭壇。

 祭壇の前に一人の男が膝をついていた。

 年齢を判別するのが難しい男だった。

 白髪。

 しかし顔立ちは若かった。

 四十代と言われれば四十代に見え百十歳と言われれば百十歳に見えた。

 彼は深く頭を下げて祈祷していた。

 千鶴とガイウスが入ってきた音に振り返らなかった。

 千鶴は静かに祭壇の横に立った。

 彼女はバインダーを抱えていた。

 古い聖典をその脇に挟んでいた。

「ロディウス猊下」

 千鶴は静かに声をかけた。

 男は祈祷を止めた。

 彼はゆっくりと振り返った。

 千鶴を見た。

 男の顔に微かな笑みが浮かんだ。

「異界の賢人。来たか」

 彼の声は驚くほど落ち着いていた。

 動揺の欠片もなかった。

 まるで千鶴の到来を予期していたかのようだった。

「猊下は私をご存じでしょうか」

「無論」

 ロディウスは立ち上がった。

 背は意外に高かった。

「私はこの世界に〈主訴〉という言葉を持つ者が現れることを五十年前から待っていた」

 千鶴は息を呑んだ。

「五十年前」

「左様」

 ロディウスは静かに歩み寄った。

 彼は千鶴の前で立ち止まった。

 近くで見ると彼の目は普通の人間の目とは違った。

 瞳の奥に何か別の存在が宿っているような目だった。

「賢人。あなたが来た理由を私は知っている。あなたが来た意味も知っている」

「お聞かせください」

「私はかつて――あなたと同じ職業の者を呼ぼうとしていた。だが召喚は失敗した。代わりに〈勇者〉と呼ばれる戦闘職の者が呼ばれてしまった。それがこの世界の予言の起源だ」

 千鶴は目を見開いた。

「召喚……?」

「私は半世紀前にあなたと同じ仕事の者を呼ぼうとした。失敗の結果として『魔王が現れる』という偽の予言を流布せざるを得なかった。流布した予言は独り歩きし戦争の口実となった。私は止めることができなかった」

「猊下。あなたは……何者でしょうか」

 ロディウスは小さく笑った。

「私はこの世界の前任の〈ケアマネジャー〉だ」

 千鶴は息が止まった。


 ロディウスは深く息を吐いた。

 彼は祭壇の縁に腰を下ろした。

「賢人。私の話を聞いてくれ」

「お聞きします」

 千鶴はバインダーを抱えたまま立ち続けた。

「私は二百年前にこの世界に呼ばれた。私の元の世界はあなたとは別の世界だ。けれども職業は同じだった。私は〈助言官〉として相談援助の仕事をしていた。呼ばれた当時のこの世界はあなたが見ているそれと似たような状態にあった。連合と教会の対立。王国の弱体化。民の困窮」

「あなたはそれを解決された」

「させた。三十年かけて」

 ロディウスは目を伏せた。

「私は当時の魔王と当時の大司教と当時の国王を集めて三者交渉の場を作った。合意を結ばせた。連合に自治権を与え教会には監督権限を与え王国には仲介役を担わせた。三十年の平和が訪れた」

「素晴らしい仕事をされましたね」

「ところが」

 ロディウスは皮肉な笑みを浮かべた。

「私は元の世界に帰る方法を見つけられなかった。三十年経ち四十年経ち五十年経った。私は不老になっていた。理由はわからない。この世界に呼ばれた者の一部に起きる現象らしい。私は老いずに生き続けた」

「拓也様は不老ではございませんでした」

「個体差がある」

 ロディウスは答えた。

「私は不老を呪いと感じた。あの三十年で築いた平和を私は見守るだけの存在になった。次第に役割を失った。役割を失った者は忘れられる。私が生きていることすら誰も知らなくなった」

「それは……お辛うございましたね」

「賢人。あんたにもいずれわかる」

 ロディウスは静かに告げた。

 千鶴はその言葉を受け止めた。

 受け止めながら自分の中に小さな恐怖が芽生えるのを感じた。

 彼女もここに留まれば不老になるのか。

 元の世界に帰れずに数十年を一人で過ごすのか。

「猊下」

「ん」

「半世紀前に何が起きたのですか」

「私が築いた平和が崩れた」

 ロディウスは答えた。

「次の世代の魔王は連合の自治権の拡大を求めた。次の世代の大司教は教会の監督権限の強化を求めた。次の世代の国王は仲介役を放棄した。三者の利害が再び衝突した。私は仲介に入ろうとしたが――もはや誰も私の話を聞かなかった。私は『前任者』に過ぎなかった。新しい世代に発言権はない」

「それで……予言を捏造されたのですね」

「左様」

 ロディウスは恥じ入るように頷いた。

「私は禁じ手を使った。『魔王の脅威』という予言を流布し王国と教会を結束させようとした。連合に対して圧力をかけ交渉に応じさせる狙いだった。だが――予言は独り歩きした。教会は予言を口実に連合への襲撃を始めた。戦争が始まった。私はそれを止められなかった」

「五十年間止められなかったのですね」

「そうだ」

 ロディウスは深く息を吐いた。

「私はあんたを呼ぼうとした。私と同じ職業の者を。新しい〈ケアマネジャー〉を。今度こそ正しい仕事ができる者を。十五年かけて召喚の術式を準備した。神殿長ガイウスはその一翼を担う者だ」

 千鶴はガイウスを振り返った。

 ガイウスは深く頭を下げた。

「申し訳ございません賢人様。私は猊下のご指示で動いておりました。あなた様を召喚するために」

「ガイウス様」

「ですが――私はあなた様にお会いしてからは猊下の手駒ではなくあなた様の同志となりました。あなた様の仕事を見て私は確信いたしました。猊下の道は誤っておりました。あなた様の道こそが正しい」

 ガイウスは深く深く頭を下げた。

 千鶴は彼の頭を見つめた。

 彼を責める気にはなれなかった。

 彼もまた一人の利用者だった。

「ロディウス猊下」

「ん」

「あなたの真の主訴を伺います」

 ロディウスは目を見開いた。

 彼は数秒沈黙してから笑った。

「私の主訴か」

「はい」

 ロディウスは小さく息を吐いた。

「私は……忘れられたくない。それだけだ。二百年生きて誰一人として私の名前を呼ばなくなった。私はもう人間ではない。記録の中の文字に過ぎない。それが――辛い」

 千鶴は深く頷いた。

 彼女はバインダーを開いた。

 ペンを取った。

 ロディウスの主訴を書き取った。

 〈ロディウス・ヴァン・ハスト/二百歳前後/前任ケアマネジャー/真の主訴:忘れられたくない〉

 書き終えてからペンを置いた。

「猊下」

「ん」

「あなたは記録の中の文字以上の存在です。あなたが呼んでくれたから私はここにいます。あなたが書いた書類の上に今の交渉が成立します。あなたは消えていません」

 ロディウスの目が湿った。

 彼は祭壇の縁に座ったまま顔を覆った。

 二百年生きた人間が泣いていた。

「賢人」

「は」

「私を……仕事に戻してくれるか」

「もちろんです」

 千鶴は深く頷いた。

「あなたは前任のケアマネジャーです。あなたの経験は今の交渉に必要です。三者交渉の場に共同議長として加わっていただきたい」

 ロディウスは深く頷いた。

 頷きながら泣いていた。

 千鶴も静かに目元を拭った。

 長い長い夜だった。

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