4. エッヘン! と言っている場合ではない
成田市 中級ダンジョン 『悪魔の遊び場』。
その名の通り、死角から執拗に獲物を狙うトラップが張り巡らされたこの迷宮は、初見殺しの巣窟として知られている。
だが、その1階層から4階層までを、僅か1時間足らずで駆け抜けた一団があった。
悠馬と、彼が連れてきた異世界の2人だ。
「悠馬お兄さん、見て見て! 私、ちゃんと戦えてるでしょ。エッヘン!」
アリスリア・フォン・ガードルド――アリスは、眩い純白色のプラチナプレートを鳴らして誇らしげに胸を張った。
ダンジョン管理局の受付では、望海が「また面倒なこと引き受けて……」と呆れながらも、彼女たちが異世界人であることを承知の上で、迅速に登録を済めてくれた。
おかげで、今こうしてアリスとノーラの実戦テストができている。
「……ああ、そうだな。だが、ここからが本番だぞ」
悠馬はボリボリと面倒そうに頭を掻きながら、暗い通路を進む。
1層から4層までは、魔物の質も数も大したことはなかった。
予想外だったのはアリスの剣技のそれは、悠馬の想像を遥かに超えていた。
抜剣の速度、踏み込みの鋭さ、実戦形式の『ガードルド閃技』の前では並の魔物は、彼女の純白色の鎧に傷1つ付けることすら叶わない。
アリスの一閃のもとに塵へと変わった。
しかし、5階層に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
ここは別名『トラップダンジョン』の本領発揮と言える階層だ。壁の隙間、天井の継ぎ目、床の僅かな沈み込み、至る所に殺意が仕掛けられている。
――カチリ。
アリスが自信満々に踏み出した瞬間、嫌な音が響いた。
「アリスリア、止まれ! 右に飛べ!」
「えっ? ……わわっ!?」
悠馬の鋭い指示に、アリスは反射的に右へ跳んだ。
直後、彼女がいた場所を、猛毒を塗られた無数の矢が通り過ぎ、壁に突き刺さって火花を散らす。
「な、なんですか今のは! 騎士道に反する卑怯な攻撃です!」
「ダンジョンに騎士道なんてない。……いいか、アリスリア。あんたは腕っぷしは帝国1かもしれないが、戦術とか罠の見極めは、その……壊滅的だな」
悠馬が呆れたように告げると、横からノーラが静かに、だがどこか誇らしげに補足を入れた。
「悠馬様、フォローさせていただきます。アリスお嬢様は帝国騎士団でも純粋な武力においては間違いなくナンバーワンなのですが……如何せん、戦術や戦略を練るのが極めて不得意でいらっしゃいまして。それゆえに団長になれず、副団長の座に甘んじているのです」
「ノーラ! そんなこと今言わなくていいじゃない!」
「……事実でございます、アリスお嬢様。先ほども特定の板を踏むと罠が発動する仕組み……感圧板にすら気づかず踏み抜こうとしておりましたよ。……全く、脳筋だと何度言ったら」
「うぐ……。私、考えるのとか、細かいこととか、苦手で……。エッヘン……?」
アリスは涙目になりながら指をつんつんと合わせつつも、最後は無理やり自分を奮い立たせるように威張ってみせた。
だが、その後もアリスは苦戦した。
魔物が現れれば突進しようとし、足元の落とし穴に落ちそうになる。
それを影からノーラが魔法でサポートしようとするが、次々に連動して発動するトラップの連鎖に、2人して翻弄され始めた。
「……ったく。世話が焼ける。ノーラ、あんたも守りに専念しすぎて後手に回ってるぞ」
悠馬の視界に、鮮やかな【青い矢印】が幾重にも重なって浮かび上がる。
アリスの足運び、剣を振るうタイミング、そしてトラップが発動するコンマ数秒先の未来までを繋ぐ「勝利の線」だ。
「アリス、左へ3歩。そのまま剣を水平に。ノーラは斜め後ろの壁を氷結させろ!」
「は、はいっ!」
「仰せのままに……」
悠馬の指示は、一寸の狂いもない。
アリスが左へ動けば、背後の壁から飛び出した槍をかわし、そのままの姿勢で正面の魔物を一刀両断する。ノーラが氷結させた壁は、連鎖トラップの起爆スイッチを物理的に固定し、不発に終わらせた。
「すごい……悠馬お兄さんの言う通りに動くと、全部上手くいきます! 私たち、最強のパーティーですね。エッヘン!」
「……当たり前だ。俺が指すのは『最適解』だけだ。ほら、次だ。休む暇はないぞ」
悠馬の「道標」が、脳筋の最強騎士という「暴れ馬」に見事な手綱をかけた。
3人は止まることなく突き進み、ついに中層10階層の『主の間』へと辿り着いた。
そこにいたのは、悠馬がこのダンジョンで何度も顔を合わせている巨大な『大鬼』だった。
悠馬は一歩下がり、アリスに指示を出す。
「アリスリア、聞け。あいつの正面は硬い。……俺が合図したら、その右にあるタイルの端を踏め。床が跳ね上がって、あいつの体勢が崩れる」
「わかりました! 足の力には自信があります。エッヘン!」
アリスが踏み込む。
オーガが棍棒を振り上げた瞬間、悠馬の声が響いた。
「今だ!」
アリスが指定されたタイルを爆発的な脚力で踏み抜いた。
仕掛けられた跳ね橋状のギミックがいつもの数倍の速度で起動し、オーガの巨体を天井の鋭利な氷柱トラップへと突き上げた。
「――ズ、ブッ!」
氷柱がオーガの肩を貫き、動きが止まる。いつもと違う結果になったのは、アリスの脚力のせいだろうか。
「……ったく、とどめだ。思いっきりやれ!」
「はいっ……! ガードルドの名に懸けて――『純白色の断罪』!!」
悠馬はいつもと違う状況に戸惑う事無く、矢印に従って支持を出す。
アリスが全力で踏み込み、大上段から剣を振り下ろした。
次の瞬間――
――ドォォォォォン!!
鼓膜を突き破るような爆音と共に、オーガの巨体が真っ2つに割れた……だけではなかった。
剣圧の余波が部屋の奥の壁まで突き抜け、特殊な硬度を誇るダンジョンの隔壁を、巨大なクレーター状に粉砕したのだ。
「…………は?」
悠馬は、素材袋を手に持ったまま固まった。
確かに「思いっきりやれ」とは言ったが、これでは素材も何もあったものではない。
オーガの体は欠片も残らず粉々に消し飛び、回収できる角すら見当たらない。
それどころか、天井の氷柱トラップもろとも粉砕され、部屋全体が更地に近い状態になっていた。
「えへへ、やっちゃいました! 悠馬お兄さん、私、お役に立てましたか? エッヘン!」
「悠馬様、申し訳ございません。アリスお嬢様は力の加減という言葉も、本には載っていないと仰る方でして……」
アリスは剣先を鞘に納め、満面の笑みで駆け寄ってきた。
破壊された壁や床は、ダンジョンの自己修復機能によってゆっくりと元に戻り始めている。だが、悠馬の目的であった「素材による金稼ぎ」は完全に露と消えた。
「……ああ。役に立ったどころか、今日の儲けが全部飛んだぞ」
悠馬はボリボリと、これまでにないほど激しく頭を掻いた。
アリスの異常な火力は、案内人としての「最適解」と組み合わさることで、想定外の結果を生み出した。
「儲け……? あ、ごめんなさい……。でも、テストは合格ですよね?」
「……合格だ。だが次からは、もう少し加減しろ。じゃなきゃ俺が餓死する」
悠馬は空っぽの袋を片付け、出口へと歩き出した。
特級ダンジョン攻略。その可能性は、たった今、確信へと変わった。
案内人と脳筋騎士、そしてメイドという凸凹なパーティの爆速攻略が、本格的に始動しようとしていた。
お読みいただきありがとうございます!
「エッヘン!」と胸を張るアリスですが、中身はなかなかの脳筋騎士様でした。
悠馬の的確な指示と彼女の規格外の火力が合わさった結果……素材ごと粉砕という、案内人泣かせの結末に。
この「暴れ馬」な2人を、悠馬がどう乗りこなしていくのか、これからの攻略も楽しみにしていてください!
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