15. 狂戦士の残影
喧騒に包まれていた探索者協会の広場が、その男が現れた瞬間に、水を打ったように静まり返った。
赤黒い返り血を全身に浴び、死神のような目をした男――悠馬だ。
2018年。ダンジョンが発生してから3年。この頃の彼は、周囲から「狂戦士」と忌み嫌われ、恐れられていた。
「……おい、あれを見ろ。狂戦士だ」
「またソロで特級か? 狂ってやがる」
「あいつ、何か強力な探知スキル持ちなんだろ? 罠も魔物も無視して、突っ走る姿を見た奴がいる」
「何かを探してるって噂だが、なに探してんだか……」
周囲のひそひそ声を、悠馬は一顧だにしない。
彼は無造作に、カウンターへ特級クラスの魔物の素材を叩きつけた。
「あ、あの……悠馬さん。また……こんなに……」
対応したのは、まだ制服に着られているような新人局員の望海だ。
「いいから、数えろ」
「ですが、その傷では……っ! まずは医務室へ――」
「……数えろと言ってる。耳が腐ってんのか、クソガキが」
「な、なんですって!? せっかく心配してあげてるのに!」
――ガタン、とフェリーが大きく揺れた。
「……あの頃の望海は、口の減らねえクソガキだったよ。俺がピリついてるのも構わずに、規則だなんだって噛みついてきやがって」
悠馬がコーヒーを喉に流し込む。
その腰には今も、あの時と同じ短剣が差さっている。
だが、アリスたちがその刀身を見たことは一度もない。まるで、抜く方法を忘れられてしまったかのように……ただ、ぶら下がっているだけだ。
瀬戸内海を進むフェリー『やまと』の甲板。夜風が、過去に火照った熱を冷ましていく。
「……悠馬お兄さん。そんなにボロボロになってまで、『アレ』って、何を探していたのですか?」
アリスが、ジャージの袖をぎゅっと握る。
「……さあな。今となっては、あるかどうかも分からん眉唾物だ」
悠馬はそう言って、暗い海に視線を逃がした。
2018年。あの時、悠馬は確かに『アレ』に手をかけていたのだ。
足立区 特級ダンジョン 『虚飾の揺り籠』最下層。そこに立ちはだかるギミック『真実への道』。
左右に分かれた2つの通路。その奥にある2つの鍵を、ボス部屋の前にある2つの鍵穴に「同時」に差し込まなければ、扉は開かない。
1人では、どうしても時間が足りない。片方を攻略する間に、もう片方の鍵は光となって霧散する。
何度やっても、届かない。
物理的な「対」の構造が、狂戦士を嘲笑うように拒絶する。
最短を走れるはずの自分が……たかだか数分の時間差に敗北する。その屈辱と焦燥が、悠馬の正気を削っていた。
素材を査定する窓口で、悠馬の苛立ちは限界に達していた。
「……おい、まだか。とろとろしてんじゃねえぞ」
「査定には手順があるんです! 文句があるならもっと綺麗に剥ぎ取ってきてくださいよ!」
「……黙れ」
悠馬の手が、望海の襟元に伸びようとしたその時。
「――そこまでにしませんか?」
場違いなほど穏やかな、透き通った声が響いた。
悠馬の手を、白く細い指が制する。
「彼女は自分の仕事を全うしているだけですよ、狂戦士さん」
振り向いた悠馬の視界に飛び込んできたのは、無機質な管理局には不似合いなほど、優しい微笑みを浮かべた女性だった。
「……部外者はすっこんでろ」
「あら、そうもいきません。そんなに怖い顔をして、一体何をそんなに急いでいるんですか?」
突っぱねようとした悠馬の言葉が、その顔を見た瞬間に喉で止まった。
どことなく、あの人に似ている。
その柔らかい眼差しに、張り詰めていた毒気がわずかに抜けるのを悠馬は感じていた。
「……特級の、最下層だ」
自分でも驚くほど、素直に言葉が漏れた。
「1人じゃ、どうしても扉が開かねえ。……『真実への道』。2人が同時に鍵を回さなきゃならねえ場所がある」
花は少しだけ目を丸くし、それから慈しむような笑みを深めた。
「……そう。なら、私がお手伝いしましょうか? 私、有村 花といいます」
それが、2度目の地獄へと続く、最短ルートの始まりだった。
お読みいただきありがとうございます!
今の気怠い悠馬からは想像もつかない、刺々しい若き日の姿。
そして、彼を嗜めるように現れた有村花。
彼女の登場が、悠馬の運命をどう変えてしまったのか。
「2度目の地獄への始まり」という不穏な言葉の意味とは……。
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