第28話 拒まれた約束
ユリシスは衝動的にライラック宮殿へ戻った。
本当は近くの宿で一泊する予定でいたが、どうしても帰らなければという気持ちが強かった。
レジナルドの家からライラック宮殿は遠く、時刻は深夜を回っていた。
使用人に聞くと、クリスティナはすでに就寝しているとの事だった。
仕方なく自室に戻ろうとした時、以前クリスティナと将来の夢物語を話したアルコーブがふと気になりふらりと立ち寄った。
アルコーブまで行くと、本を開いたままソファで眠っているクリスティナがいた。
月明かりに肌が青白く照らされ、銀糸の髪もあいまって月の女神のようにユリシスには映った。
すやすやと無垢な寝顔をみせるクリスティナに、ユリシスは知らず強ばっていた緊張がほぐれていくのを感じた。
ふっとなんとも言えない微笑みがもれる。
ユリシスはクリスティナの頭を撫でる。
「こんな所で寝てると風邪ひくぞ」
声をかけるとクリスティナは眠ったまま「う〜ん」と顔をしかめる。
その反動でクリスティナの頬がぷっくりと盛り上がり、それがなんだか可愛くてユリシスはクリスティナの頬をつついた。
クリスティナは何を感じたか、口角を上げると、ユリシスの腕を巻き込んで猫のように丸まった。
バランスを崩しソファの前に膝をつく。
「なんで、……の……」
「なに?」
「ユリシス、なんで帰ってこないの………」
ユリシスはバツの悪そうな顔をした。
「ごめんな……」
ユリシスはクリスティナの頭をもう一度撫でると、クリスティナを起こさないように抱えあげた。
ユリシスはクリスティナを横抱きにして彼女の部屋へ連れて行く。
ベッドへ寝かせ布団をかけてやる。
ユリシスはクリスティナをじっと見つめ、規則正しい呼吸音を確認すると、部屋を後にした。
「え!ユリシス夜中に帰ってきてたの?」
ユリシスが夜中に一時帰宅し、朝早く大学へ向かった聞いたのはクリスティナがダイアナと朝食を食べている時だった。
「なんで言ってくれなかったのよ!」
「申し訳ありません。起こすなというご命令でしたので………。あ、あとアルコーブで寝るなと申せとも申しつかっております」
クリスティナは一拍置いて、ボッと顔を赤らめさせた。
クリスティナは朝目覚めた時、なぜ自室で寝ているのか分からなかった。
最近はなかなか寝付けないためアルコーブに行くのが習慣になっており、寝落ちしてしまうことも少なくなかった。
今日はたまたま寝ぼけて部屋へ戻ってきたんだろうとも考えていた。
使用人が勝手に自分を運ぶとも考えられなかった。
「も、もしかしてユリシスが私を運んだ………?」
頬に両手をあて羞恥心を誤魔化す。
「ほ、他になにか言ってた……?」
「いえ、その他は特に何も」
「そう……」
従者はもし訳無さそうに頭を下げると、自分の業務へと戻っていった。
「ウィンダム卿の所からわざわざ戻ってきたのね。結構遠いでしょうに。珍しい」
バターをたっぷり塗った後に薔薇ジャムをのせたマフィンを頬張りながらダイアナが言う。
「ダイアナ様……。私、明日大学まで行ってユリシスを迎えに行きます。そうしないといつまで経っても会えなさそうだから」
「わかったわ。気をつけて行ってくるのよ。でも馬車から出るのは禁止よ?あなた前馬車から降りたでしょ?社交界ではあなたの容姿についてもちきりよ。縁談もたくさん舞い込むようになったんだから」
ダイアナは最近殊に増えた縁談を不思議に思い、使用人に確認をとった。
とはいえクリスティナはライラック宮殿で養育しているだけで、権利はバウスフィールドにある。
申込者も恐らくそれをわかっている。
おおかたクリスティナへのご機嫌伺いと存在の認知が目的だろう。
クリスティナは目を瞬かせた。
「縁談?馬車から降りたぐらいで?」
ダイアナは呆れ顔をする。
「ユリシスといいクリスティナといい、どうしてあなたたちは自分の容姿がどう周りに影響するか考えないのかしらね」
銀糸のさらさらと滑らかな髪に白磁の陶器のような肌、アメジストの瞳に整った唇はふっくらとしていて可愛らしい。
背も伸び、華奢でありながらスラリとした手足は長く、人目を引く。
誰が見ても神が創造したとしか思えない容貌だ。
「あなたはとっても綺麗よ。それこそ傾国級だわ」
「でも、好きな人に振り向いてもらえなかったらいくら美人でも意味がないもの」
クリスティナは唇を尖らせる。
ダイアナはクリスティナを可愛らしく思い、笑った。
「でもよく考えてみなさい、あの子は見た目で人を判断しないということよ。それに比べて最近増えた縁談ときたら。クリスティナを一目見て気に入ったとかよ。どっちがいいと思う?」
確かにユリシスの周りにいる人はいい人が多いなという印象がある。
特にギデオンと会った時は体が大きくて前髪も長くて目があまり見えなかった。
それに加えてぶっきらぼうな喋り方がとても怖い印象を受けた。
しかし話してみると所々に気遣いが見え、ユリシスは気づいていなさそうだったがせっせとユリシスの世話もしていた。
彼の婚約者になったエリザもユリシスの幼なじみで、クリスティナも大好きなお姉さんだ。
彼女ははっきりと物を言う性分だが、学校にいた頃はクリスティナが孤立しないよう上級生ながら下級生のクラスまで足を運んでくれた。
お茶会にも積極的に呼んでくれて、彼女のお陰でたくさん友達ができたり、人脈を広げることができた。
「私、もっと内面を研いてユリシスに振り向いて貰えるようにするわ」
ダイアナはクリスティナの頭を撫でた。
それがいつもユリシスにされるような感覚がして、少し嬉しかった。
その後、クリスティナは馬車に乗り込むとユリシスの大学まで来た。
言いつけの通り、馬車からは降りない。
暫くすると、ユリシスが誰かと談笑しながらこちらに向かってきた。
よくよく見ると、この前ユリシスにまとわりついていた女だった。
「あの人、また……」
じっと2人の様子を見ていると仲が良さそうで、会話を楽しんでいるのがわかる。
ユリシスも特段彼女を拒絶している風もなく、この前よりも親密そうにみえた。
胸の中でザワザワと黒いものが溢れてくるのを感じる。
ユリシスは彼女を馬車までエスコートし、彼女を馬車に乗り込むのを見届けると、クリスティナのいる馬車の方まで来た。
「あれ?クリスティナ来てたの?」
驚いて目を瞬かせるユリシスに、クリスティナは怒りが込み上げてきた。
自分も行き過ぎだったとあれだけ反省して、今日は一時的に帰ってきたユリシスに胸をトキめかせていたというのに。
グッとスカートを握りしめる。
「随分、あの人と親しげなのね」
感情を抑え込み、出た声音はあまりにも冷たかった。
ユリシスの戸惑ったような表情に苛立ちを覚える。
「親しくはないって」
「絶対嘘」
「………………。そんなことより明日デビュタントのアクセサリーを選ぶ日だね。どういうデザインに………」
「どうして話をそらすの?」
「そらすって、そんなつもりじゃ………」
「私は今、その話はしてなかったでしょう?」
ダメだ、と理性が叫ぶが溢れ出た黒い感情は止まらなかった。
「明日、ユリシスはアクセサリー選びには同席しなくていいわ。宝石に瞳の色を交換するのもなし」
「なんで」
焦ったユリシスがクリスティナに手を伸ばしかけるがクリスティナは払い除けた。
「触らないで」
それっきりユリシスは話しかけてこなくなった。
クリスティナは馬車の端に寄りユリシスと顔を合わせないようにしたため、彼がどのような表情をしているかは分からない。
楽しみにしていたアクセサリー選びだったが、今ユリシス一緒に何かをするのが堪らなく嫌だった。




