第29話 噛み合わぬ心
ユリシスは予定が詰まっていたので、朝早く大学へ向かった。
研究室に着いて机座り、思索を広げようとした時にヴィオラが駆け寄ってきた。
「あの、殿下」
「なに?」
胡乱な目でヴィオラを見ると一瞬ビクッと肩を震わせるが、すぐに勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい!」
ユリシスは驚いて目を丸くした。
「えっと、私最近よく考えたんです。殿下の迷惑も考えず自分勝手だったなって。私、昔から魔法理論に興味があって、女学校の頃から殿下の論文を読んでたんです。殿下の論文は今までになかった斬新なもので、面白くて時間も忘れて読み込んでました。それからずっと殿下に会ってみたいと思ってて、もちろん社交界では一方的に知ってましたけど……」
確かにラングリッジ子爵家はあまり裕福とはいえない。
商業や産業に優れた特色もなく、領地も僅かだ。
ユリシスのような王族と話をしようとなると、余程のコネが必要だ。
「なので、今回の研究で殿下とご一緒できると聞いて、私嬉しくて……。なので、舞い上がっちゃって、殿下とどうしても仲良くなりたくて…………。すみませんでした」
そう言ってもう一度頭を下げる。
ユリシスはその姿を見て、なんだか腑に落ちた気がした。
記憶にないが、前世でもこうして知り合ったのだろう。
「そういうことならわかった。研究室以外で必要以上に話しかけて来ないでもらえれば嬉しい」
「研究室ならいいんですか?」
ユリシスが頷くとヴィオラはぱっと顔を明るくした。
それからヴィオラは研究室でこれでもかと話しかけてきたが、その殆どが研究に関することだったので、ついつい話し込んでしまった。
気づけばあたりも暗くなり、帰る時間になっていた。
「じゃあ。私はそろそろ帰るから」
「はい!お疲れ様でした!お気をつけて」
「君もそろそろ帰ったら?」
ヴィオラは時計を確認すると頷いた。
「そうですね、そうします」
「それなら馬車まで送るよ」
「いいんですか?!」
ヴィオラは嬉しそうに笑った後、いそいそと帰る準備を始めた。
そして一緒に馬車を停めてある場所まで向かう。
その道中は領地のこと、興味のある研究分野についてなど他愛もない世間話をしていた。
「そういえば明日、クリスティナのデビュタントの宝飾品を選ぶ日なんだよね」
ヴィオラはピクリと眉を動かした。
「そうなんですね!クリスティナ様はお美しいからなんでも似合ってしまわれますね」
ヴィオラはにこにこと微笑んでいる。
ヴィオラのなんとも言えない反応に、ユリシスはこの前のクリスティナの事を思い出した。
「この前は悪かったね、普段はああいう態度はとらないんだけど」
ヴィオラは慌てて手を振った。
「いいえ!気にしないでください。私が殿下に付きまとってたから嫉妬されたんだと思うんです」
「嫉妬?」
「ええ。きっとクリスティナ様は大好きなお兄さんがとられると思ったんじゃないかしら」
ユリシスは顎に手を当てた。
よくある解釈だとも思いながら、何となく腑に落ちない気がした。
「クリスティナとは学校が違ったっけ?」
ふと思ったことを口にする。
彼女は今年この大学に入学してきた。
クリスティナと学校が同じであれば見たことはあるはずだ。
2人は全くの初対面のようだった。
「はい。私の家は東側にありますので」
王都は中央、東、西、南、北で学区が区切られている。
居住区により割り振られる学校は違う。
その中でもクリスティナは中央の学校に通っている。
王宮は中央にあり、家が中央に近くなるほど地価が高く高位貴族の居住区が多い。
高位貴族でも中央の喧騒を避けて自然の多い場所に住みたがる者もいるが、貴族は基本的に見栄を重視する。
その為、自然と中央の学校へ通う生徒は古くからの家柄の良い者が多い。
そして外に出るほど、下位貴族や豪商の子など中流階級の子供も増えてくる。
「なるほどね」
「殿下は、クリスティナ様になにかアクセサリーを選ばれるんですか?」
おずおずとヴィオラはユリシスの顔色を伺うように言ってくる。
「そうだね、ティアラはお母様がなにか用意があるみたいだし、ネックレスとイヤリングを選ぶことになるかな」
「そうなんですね……」
ヴィオラは俯き表情が見えない。
するとヴィオラは思いついたかのように顔をあげた。
「あ、そうだ、ネックレスやイヤリングの宝石は小ぶりの方がいいですよ」
「なぜ?」
「最近は装飾品を小ぶりに抑えるのが流行ってるんです」
にこにことヴィオラは微笑んでいる。
「小ぶりねぇ……」
確かに最近は華美な装飾は好まれない傾向がある。
ユリシスはうーんと首を捻る。
「考えておくよ」
ヴィオラは目を輝かせて頷いた。
ヴィオラに別れを告げ、馬車に乗り込むと暗い顔をしたクリスティナがいた。
「あれ?クリスティナ来てたの?」
驚いてユリシスは目を瞬かせる。
「随分、あの人と親しげなのね」
感情を削ぎ落としたような声だった。
クリスティナからは静かな怒りを感じた。
クリスティナがなぜ怒っているのか分からなかった。
前と同じ状況に戸惑う。
「親しくはないって」
「絶対嘘」
取り付く島もなく、ユリシスは視線を彷徨わせる。
それでも、ここにクリスティナがいるということは自分のことを気にして迎えに来てくれたんだろうと考えた。
ユリシスはなぜクリスティナが怒っているのか分からないから、解決方法が分からない。
クリスティナの機嫌が少しでも良くなるように、何かクリスティナの好きそうな話題を探す。
「………………。そんなことより明日デビュタントのアクセサリーを選ぶ日だね。どういうデザインに………」
「どうして話をそらすの?」
ユリシスは狼狽える。
「そらすって、そんなつもりじゃ………」
「私は今、その話はしてなかったでしょう?」
クリスティナの目はどこまでも冷たかった。
「明日、ユリシスはアクセサリー選びには同席しなくていいわ。宝石に瞳の色を交換するのもなし」
「なんで」
ユリシスはクリスティナがアクセサリーを選ぶ日をずっと心待ちにしていたのを知っている。
焦ったユリシスがクリスティナに手を伸ばしかけるがクリスティナは払い除けた。
「触らないで」
クリスティナの拒絶にユリシスは呆然とした。
クリスティナに拒否された事など一度もなかった。
ユリシスは跳ね除けられた手を握りしめ、ただ馬車に揺られていた。




