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悪女から聖女に育て直します!  作者: 久世千景
第2章 クリスティナ16歳〜

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第27話 綻びはじめた記憶

ユリシスはアーサーに紹介状を書いてもらった通りに1件の家の前まで来ていた。


そこは王都を少し出た郊外にあった。


石造りの門扉は苔むし、庭の木がめいっぱいに枝を広げ、敷地外に飛び出しさわさわと揺れている。


家も木造の平屋作りで、建ってから相当時間が経っていることが伺い知れる。


大魔法士の邸宅にしては質素な印象を受けた。


ユリシスは家のドアを叩く。


「ごめんくださいレジナルド様、いらっしゃいませんか」


何度も声をかけるが応答はない。


ユリシスは諦めて帰ろうかと思ったが、ふと扉を開きたいようなそんな感覚になった。


頭ではそんな無礼な事などしてはならないと分かってはいるが、まるでそうしなければならないとでもいうように腕がドアノブを掴んだ。


手をひねりドアを開ける。


そして足を1歩踏み出した時、ユリシスは玄関とは違う空間にいた。



「ここは………」


天井にまでつくほどの大きな本棚に、中央に置かれた机には薬草とそれをすり潰したり配合するための機器が雑多に置かれている。


「ようこそおいでくださいましたね。殿下」


ユリシスは勢いよく後ろを振り向く。


そこにはアステリア書店で出会った、腰の曲がった小さな老人がいた。


「あなたは………」


「ほほほ、また会えましたの。人と人の縁とは必要な時に巡り会うもの」


「………」


ユリシスが言葉を紡げないでいると、老人は指を鳴らした。


するとまた空間が切り替わり、今度は応接室へ移った。


中央に置かれた椅子に座るよう言われる。


「あなたが、宮廷魔法師の元老であるレジナルド・ウィンダム様?」


「いかにも。国王陛下から話は伺っておりますよ。そしてわしに敬称は結構ですよ。レジナルドとお呼びください。」


顔のほとんどを長く伸びた眉や髭で覆われているため表情は分かりにくいが、にこにこと微笑んでいるように見えた。


「ではレジナルド、先程の空間が切り替わる魔法入ったい……」


「おお、これかね」


レジナルドがまたパチリと指を鳴らすと、今度は庭の東屋にいた。


ユリシスはしきりに目を瞬かせていた。


「これはの、古代魔法の一種で時空を歪ませ瞬時に場所を移動することができる魔法でしてな。わしの一番得意な魔法です。歳をとってからは移動するにも一苦労だから有効活用させてもらっておりますのじゃ」


ほほほと笑うと、気づけばまた応接室へ移動していた。


「では、書店であなたが急に現れたり消えたりしたのは」


「この魔法のためですな。なんぞ、お化けとでも思いましたかな?」


「………否定できない自分もいました」


「素直でよろしい」


笑うレジナルドに、緊張の溶けてきたユリシスもふっと微笑む。


「レジナルドは私のことを知っていたのですね」


「もちろんですとも、貴方様はアーサー様の若い頃そっくりですからね」


「なるほど………」


父の若い頃を知る人間はみな口々に自分がアーサーにそっくりだと言うので、ユリシスはすっとそれを飲み込めた。


「今日ここへこられたのは頭上に絡まりついている黒い糸についてでしょう」


「………まだ見えますか」


「ええ、はっきりと」


レジナルドがユリシスの頭上をじっと眺める。


「………わしも、あれから少し調べてみましたがなんとも。蘇りに近いものかとも考えましたがまるで違う。別の大きな力が働いたような気がするのです。なにか、わしに話していないことはありませぬかな」


ユリシスは黙り込む。


この人に前世と言える話をして良いのかと。


荒唐無稽な話だ。


レジナルドを見ると、怒るでも急かすでもなく、ただ泰然とユリシスが口を開くのを待っていた。


長く生き知見を積んだ人間特有の、全てを優しく包んでくれそうな居心地の良さを感じた。


ユリシスは恐る恐る口を開く。



「実は、私は過去に戻ってきたのです」


「過去……?」


ユリシスはレジナルドにこれまでの経緯を話した。


未来でこの国は闇魔法を使うクリスティナによって破壊の限りが尽くされること。


王や王子たちは処刑され自分だけが残り、クリスティナはそんな自分を殺さずにバウスフィールドに旅立ったこと。


自分は今クリスティナにそのようなことをさせない為に彼女を養育していること。



レジナルドはこそまで聞くと、驚くでもなく深く頷いていた。



「そうして、あなたは変わられたのだな」


「変わった?」


「ええ。以前のあなたはこの世界に飽いているようだった。何をするでもなく、ただ他人事のように物事を眺め自分のしたいことだけをしているような方だった」


「…………」


レジナルドは微笑む。


「責めているわけではありませんよ、誰もしも失敗や後悔を抱えて生きているものです。……でも、そうですか、あの子が闇魔法を………」


「なにか気になることでも?」


「闇魔法は誰しもが使える魔法です。しかし、威力を出そうと思えば心に攻撃性と絶対的な闇を抱えていないといけない。私が以前お見かけした彼女は、天真爛漫に笑いあなたの後を追いかけていた。とても、闇魔法を国家転覆にまで使いこなせるような子には見えなかった」


ユリシスは目を伏せる。


ユリシスを見て、花のほころぶような笑顔を見せるクリスティナが思い浮かぶ。


「ええ、彼女は、とてもそういう人ではない」


レジナルドは魔法で入れた紅茶と茶菓子を勧めてきた。


一口口に含むと、ほっと心が落ち着いたような気がした。


それはずっと独りで抱えてきた思いを誰かに共有できたからだろうか。


「過去に戻るような、古代魔法は存在するのでしょうか」


「ありますよ」


ユリシスは勢いよくレジナルドをみた。


「本当ですか?!」


「わしが管理している古代魔法の蔵書に記載があります。そして幾度となく試されてきた魔法であるとも聞いています。成功したというのは聞いたことがありませんが。しかし、本の記載に足りないところがあるのだとしたら、そこが揃わぬ限り発動しない魔法であるということです。発動時の記憶はありますかな?ご自身が発動したか、それとも他者にかけられたか」


ユリシスは頭を振る。


「私は回帰魔法が存在するということ自体知りませんでした。もしかしたら忘れているだけかもしれませんが」


レジナルドは腕を組み考え込む素振りをした。


「試しに、その糸の絡まりを緩めてみましょうか」


「可能なのですか?」


「解くことは難しいことですが、緩めることならば。そうすれば、何か記憶の断片が蘇るかもしれない」


レジナルドはユリシスの頭上に手をかかげ呪文を唱え始める。


古代語で紡がれるそれは聞いていて心地よい。


ユリシスの頭に魔法の光の輪が降りてきた時、真っ暗な光景が頭に思い浮かんだ。





どこかで水滴の滴る音がする。


辺りは暗闇に包まれ、ユリシスは手元の蝋燭の明かりを頼りに前へ進んでいた。



そこはカビと土のすえた匂いが充満しており、目の前には一目で頑丈な作りとわかる鉄格子があった。


鉄格子の中をユリシスは一つ一つ確認していく。


そしてある所で立ち止まると、ユリシスは声を掛けた。



「クリスティナ、クリスティナだろう?」



鉄格子中には、1人の女が木でできた簡易的な椅子に座らされていた。


手を後ろで縛られ、足も自由に動けないよう枷と重しが取り付けられている。


髪はボサボサで服もぼろをまとい、殴られでもしたか痣だらけで、身体中土で汚れていた。


女は最初虚ろな目をしていたが、ユリシスを見とめると目を見開いた。


「ユリシス………あなた、どうしてここに」


「助けに来た。一緒にここを出よう」


鉄格子を掴み言うと、クリスティナは堪えきれないとばかりに声を上げて笑った。


「馬鹿じゃないの?助けに来た?何を今更、どの面下げて言ってんの?」


ユリシスは唇を噛み締めると懇願するようにクリスティナを見た。


「私が悪かった、あの時止めていれば、手を貸していればと後悔ばかりが先に立つ」


クリスティナは鼻で笑った。


「貴方はいつもそうよ。口先ばかりで行動しない。心配してるって言って私の近くに来るのに、ただそれだけ」


「クリスティナ、私は…………」


「…………でも、私に手を差し伸べてくれたのは貴方だけだったわ」


ユリシスは勢いよくクリスティナを見た。


クリスティナは俯く。


「でもね、もう遅いのよ、何もかも。……ねぇ、どうして、もっと早く私を救い出してくれなかったの」


クリスティナはもう一度ユリシスを見た。


そして、泣きそうな顔で微笑む。


「私は、あなたについて行ったところで犯罪者としてずっとあなたに迷惑をかけることになるわ。私のせいであなたの大切なものを壊すことになる。だから私はあなたとは一緒に行けない。お願い。私をあなたの足枷にさせないで」


「クリスティナ……」


「私はここを動かないわ。明日ちゃんと処刑される。シャルパティエとバウスフィールドを陥れた責任を、この首でとる」


ユリシスとクリスティナの瞳が交差する。


クリスティナの決意は固く、強い眼差しをユリシスに向ける。


説得はできないのだと、ユリシスは悟った。


「…………私がバウスフィールドの姫じゃなくて、シャルパティエの貴族の家に生まれていたら、違った未来もあったのかしら。……早く出て行って。看守が来るわよ」



蝋燭の灯火がどんどん大きくなるとともに、足音が反響し近づいてくる聞こえてくる。


「…………、クリスティナ!私はっ……」


クリスティナはもうユリシスと目を合わさなかった。


ユリシスは看守がもうすぐ側まで近づいていることに気づく。


ユリシスはクリスティナを目に焼きつけると体を翻した。


(クリスティナ、私は諦めない。絶対に)







「…………んか、殿下!」



はっとしてユリシスは目を開けた。


そこには心配そうに覗き込むレジナルドがいた。


「よい夢では無かったようですな」


「…………ええ」


視界は明るい応接室に戻っているのに、指先にはまだあの地下牢の、湿気を帯びた冷たい鉄格子の感触がこびりついて離れない。


手の震えが止まらなかった。


ユリシスはそれを抑え込むように腕を抱え込む。


レジナルドはユリシスを落ち着けるように背中をさする。


「どのような夢でした」


「……クリスティナが地下牢に捕らえられていました。次の日が彼女の処刑の日で、私は彼女を助けに地下牢へ忍び込んでいた」


「…………どうなりましたか」


ユリシスは頭を振った。


「クリスティナは私の申し出を拒否しました。この首で責任を取るのだと。そして私は誓っていました。諦めないと」


レジナルドは微笑んだ。


「あなたたちは前世から深い繋がりがあったのですね。ここに、ヒントがありそうだ」


ユリシスは頷く。


「今日はもうやめておきましょう。これ以上は体にも精神にも負担がかかる。少し糸を緩めましたから、もしかしたら少しずつ綻びがおきて、記憶が戻ってくるかもしれない。今日はもう遅い。後日にしましょう。次はまたお呼びしますので」


「はい、ありがとうございます。あの、今日私が話したことは秘密にしていただけますか」



「もちろんですとも。わしと殿下だけの秘密です」



そしてユリシスはレジナルドに見送られ彼の屋敷を後にした。


空を見上げれば一面に星が瞬いていた。


いつの間にか時間が過ぎていたようだ。


『ねぇ、どうして、もっと早く私を救い出してくれなかったの』


かつてのクリスティナの言葉が喉のつかえのように苦しく胸に残っている。


無性にクリスティナに会いたくなった。


何日家を留守にしていたのだろう。


ふとその事に思い至り、ユリシスは久しぶりにライラック宮殿へ帰ることにした。




読んでくださりありがとうございます!

やっと仕事の地獄を抜けました_:(´ω`」 ∠):_ ...

めちゃくちゃ嬉しい(´;ω;`)

これからは時間が取れると思うので投稿頑張ります!



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