第26話 正論と嫉妬の馬車
「殿下!ギデオン先輩!私もご一緒していいですか?」
気づけばヴィオラはユリシスの周囲によく現れるようになった。
研究室に行くついでや授業、昼食まで一緒に過ごそうとしてくる。
共同に研究をする身であるから無下にする訳にもいかずやんわりと断っていたのだが伝わらなかったようだ。
次第にユリシスが親しくしている女という噂まで流れ始め、ユリシスは参っていた。
今世でのユリシスはこれまで女性と浮名を流したことがなかったため、この噂は瞬く間に広がった。
一緒に行動する度、周囲の視線に晒されどうしたものかと考えていた。
ユリシスが大学を出て帰りの馬車の場所まで移動している時にヴィオラが駆け寄ってきた。
「殿下、今日はもうお帰りですか?」
「…………見たらわかるよね」
ヴィオラはぱっと顔を明るくさせる。
「でしたら近くに新しく出来たカフェがあるんです!良かったら一緒に行きませんか?」
「残念だけど、遠慮しておくよ」
ユリシスは適当に手をひらひら降って撒こうとするが、ヴィオラは食い下がって着いてくる。
「すごく美味しそうなんですよ!フルーツもクリームもふんだんに使ってて、絶対紅茶と合わせると美味しいです」
「だったら後日メイドに買いに行かせるかパティシエを宮殿に呼び寄せるかするよ」
「そんなこと言わないでくださいよ〜。お店で食べた方が美味しいですって」
さすがに我慢の限界が来てヴィオラに向き直って何かをいい募ろうとした時、バンっと馬車の扉が勢いよく開いた音がした。
見れば絹でできたような銀糸の長い髪をした絶世の美貌を持つ女性がエスコートもなく降りてきた。
周囲にどよめきが起こる。
あまりの美しさに皆がその女性を見つめる。
隣にいたヴィオラもぽかんとした顔で穴が空くほどその女性を見つめていた。
ユリシスは目を瞬いた。
「クリスティナ?どうしてここにいるんだ?」
「えっ、クリスティナって…………」
「ユリシス、その女の人、だれ?」
クリスティナは優雅に歩み寄ってくると、張り付いた笑顔をうかべて開口一番そう言った。
空気がサアーっと冷えていくのような感覚がした。
侍女が慌てて走ってきてクリスティナに日傘を差す。
「この人は最近一緒に魔法具の研究をしてる人だよ。ヴィオラ・ラングリッジ子爵令嬢」
「初めまして」
ヴィオラは顔を上気させ、期待のこもった目でクリスティナを見ていた。
「ヴィオラ嬢、こちらクリスティナ・バウスフィールド。知ってると思うけど、うちで預かってるバウスフィールドの姫」
クリスティナはにっこり微笑んだ。
そして冷ややかに告げる。
「あなたはどうしてまだユリシスと一緒にいるの?もう研究の時間は終わったのよね?」
「えっと……このあと一緒にカフェでもと思いまして」
戸惑いでしどろもどろになるヴィオラに、クリスティナはユリシスを勢いよく見た。
「承諾したの?」
「してないよ。帰るつもりだった」
「そう。じゃあ帰りましょう」
「えっ、でも…………」
「クリスティナ、その態度はないだろう?」
いつもであれば初めての相手には愛想良く接し、なんなら交友関係を広めようとまでするのに。
クリスティナはユリシスを睨みつけた。
ユリシスは虚をつかれた顔をした。
そしてヴィオラに向き直る。
「ユリシスは行かないと言ったのよね?だったらもうこれ以上しつこくしないで」
ぴしゃりと言い放たれ、ヴィオラはこれ以上何も言えなくなった。
しょんぼりと俯く。
そしてこれ以上は話に入っては来なくなった。
クリスティナの言い方が直接的できついのでユリシスはヴィオラに声をかけようとするが、クリスティナに手を引っ張られた。
周囲でざわめきが起こる。
未婚の女性が男性の手を取るということは二人の関係が親密であることの表れであるとみなされている。
「行きましょう」
「ちょっとクリスティナ!」
クリスティナはユリシスの制止を無視してつかつかと馬車まで向かう。
馬車の前まで来て、クリスティナに手をかそうとしたが断られた。
同じ馬車に乗り込み、重い扉が閉まる。やがて車輪が石畳を鳴らして動き始めた。
その遠ざかる馬車を、人混みの中からじっと見つめる視線があることに、二人は気づいていなかった。
「…………なんで怒ってるの?」
「分からないの?」
「………………」
ユリシスは黙る。
「………今日はどうしてここまで来たの?」
「…ユリシスが最近大学で女の人と一緒によくいるって言うから……」
「そんなところにまで噂が回ってるのか……」
ユリシスは嫌そうにため息をついた。
「それで?あの人のこと、どう思ってるの?」
「どう思ってるも何も同じ研究に従事してる人間ぐらいの認識でしかないよ」
「じゃあどうして仲がいいっていう噂が流れてるのよ!」
ユリシスは興奮するクリスティナを静かに眺めた。
「同じ研究をしてるから、距離が近くなることはある。長い時間を過ごすことになるから仲良くはなることはあるさ。クリスティナだって、友人ができた時はそうだっただろう?」
ユリシスは一旦そこで言葉を切った。
「でもまあ、彼女に関しては研究も始まったばかりでそこまで仲がいいと言うわけでもないし。ただ、押しが強すぎて一方通行になってるだけで、悪い人間じゃないよ。噂には参ってるけどね」
何を思って前世の自分は彼女を側に置いていたのかわからないが、悪い人間を側に置いておくほど腐ってはいないはずだ。
「それじゃあ、これから仲良くなっていく可能性もあるってこと?」
「そうなるな。………何がそんなに不満なの?」
クリスティナは推し黙ったままだ。
「言ってくれないとわからない」
「……………いよ」
「なに?」
「ユリシスなんて、大っ嫌い!!」
「あははははは!」
この国の第一王子、エドガーは事の顛末を聞き大笑いした。
今貴族社会ではユリシスがクリスティナとヴィオラを股にかけた熱愛中であると噂が流れていた。
そしてクリスティナは絶世の美女であることがさらに知れ渡り、そんなクリスティナはユリシスに夢中で、でもユリシスはその気はなくヴィオラに夢中であるという根も葉もない噂が駆け巡っていた。
「笑い事ではありません」
「逆にお前の顔で今まで女と噂がなかった方がおかしかったんだよ」
「顔って…………」
ユリシスは無意識に自分の顔を触る。
ユリシスは別に女性に興味がないわけではない。
昔散々遊んだので今はどうでもいいだけだ。
「あれから口を聞いて貰えませんし、デビュタントに向けて準備もあるのに……」
むくれるユリシスにエドガーはまた大声を上げて笑った。
「お前にそんなことできるのはクリスティナぐらいなもんだろうな。おもしろ」
エドガーは目元に浮かんだ涙を拭う。
「お前本当に理由がわからないのか?」
「分かってたら苦労しませんよ。お母様までクリスティナの見方するんですからね。あの宮殿には私の居場所がない」
「それで王宮まで来たわけ?かわいいなあ」
エドガーはやれやれと椅子に深く座る。
「ようし、こう言う時は酒だな。久しぶりに飲もうぜ。お前が潰れてもいいように寝床は用意しとくからさ」
ケラケラ笑うエドガーにため息をつきそうになりながらまあいいかと頷く。
「でもいいんですか?子供が生まれたばかりでしょう?」
エドガーとグレイスの間に3ヶ月前に王子が誕生した。
国を上げての祝辞行事もこの前行われたばかりだった。
「大丈夫だ。グレイスにはお前に会うことは伝えてあるから。グレイスにも会ってくか?」
「やめておきます。今会うとわからないことで怒られそうだ」
エドガーはまた大笑いした。
そして運ばれてきた酒を二人であける。
朝方まで飲み明かして次に気がついた時にはもう夕暮れだった。
帰ろうかとも思ったがクリスティナのことを思い出しムッと口を尖らせる。
何となく、ライラック宮殿に帰りたくなかった。
それに王宮で調べたいこともあった。
「…………まあいいか、ちょうどいい機会だから父上にでも会ってくるか」
ユリシスは客間を後にし、ユリシスは王の執務室の前まで来た。
夕暮れ時もとっくに過ぎて暗くなっていたが、官吏や貴族たちが出入りを繰り返していた。
ユリシスも頃合を見計らって入室した。
「久しぶりですね父上」
王は不気味なものを見るようにユリシスを見た。
「まだ帰ってなかったのか」
「いるのは知ってたんですね」
ユリシスはくすくすと笑う。
「それで?要件は?」
「宮廷魔法師の元勲を紹介してもらえませんか」
「なんだって?」
アーサー王は眉をひそめた。
宮廷魔法師の元勲といえば、魔法のあらゆることに精通し、この国の魔法を100年は進ませたと言われておりこの国の英雄とも言える人物だ。
宮廷魔法師長の位を退いてからも元勲として宮廷魔法師の顧問を務めている。
高齢で宮廷に参内することは稀で、ユリシスも会ったことはなかった。
「あの方がここに来ることが稀だということは知ってるな?私だって数える程しか会ったことがない。それに滅多に人前に出ないことでも有名で、本当に必要な時しか出てこない御仁だぞ」
「わかっています」
アーサーは少し考え込む。
「何について用事があるんだ?」
「通信機について開発してるので、意見を伺いたいなと思いまして」
ユリシスは嘘をついた。
古代魔法について知りたいなぞいえば反対されるに決まっている。
だが、それを知っているならばおそらく元老しかいない。
「……まあいいだろう。通信機については私も期待しているからな。今紹介状を書いてやる。ただ期待するなよ、会えるか会えないかはあの人次第だ」
「もちろん心得てます」
目に見えて顔を明るくさせるユリシスに、アーサーは笑った。
「もう今日は遅いから泊まっていったらどうだ?」
「じゃあお言葉に甘えて」
最初からそのつもりだったが父の申し出をありがたく受け取ることにした。
ライラック宮殿ではユリシスがまた王宮に泊まるという知らせを受け、クリスティナが肩を落としていた。
「気にすることないわよ。気が済んだら帰ってくるから」
ダイアナが慰めるがクリスティナは頭を降った。
「私が、私が大嫌いなんて言ったから……」
ダイアナはクリスティナの肩に優しく手を置く。
「そうね、それはちょっと言い過ぎだったかもしれないわね。ユリシスが貴女を大事にしてることは貴女が一番よくわかってるでしょう?」
クリスティナは頷く。
「一生懸命あなたの為に頑張ってるのに、自分の思ってもないことで怒られたらそりゃあユリシスも気持ちのいいものではないわね……。私も言いすぎたわ……」
ダイアナもため息を吐く。
「私、ユリシスに謝りたい」
「それがいいわね。そしてお互い話し合った方がいいわ」
クリスティナは窓の外を見た。
日がすっかり沈み小鳥は巣に帰って闇の帳が庭を飲み込んでいた。
しかし、ユリシスはその後何日もライラック宮殿に帰ってこなかった。
仕事が忙しすぎて全然更新できず……。
ただいま佳境真っ只中です。
早く終われこの魔境…………。
締切に追われながらも終わらないタスク、増える修正…………。頑張れ、わたし……。
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