日常 教会と学舎
後編です。
連続投稿していますので前編を見てない方は前編を。
昼食を食べ終えた後、トリスはベネットを連れて東区画にある教会を訪れた。教会は創造神を祀るために作られる物でアルカリスには複数の教会が建築さている。トリスの家がある西区画にも教会はあるがトリスは敢えてこの教会を訪れた。この教会は他とは違う事業を行っているからだ。
「トリスと言います。シスターケイにお取り次ぎをお願いします」
トリスは扉の前にいる警備の男にそう言うと門番の男はトリスに何かを囁き二人を教会の中に入れた。教会の中は扇状に作られ周囲は机と椅子、奥に創造神の像が設置されていた。その創造神の像の前で一人の女性が祈りを捧げていた。トリスは静かに歩き始めベネットもそれに続いた。
「お祈り中に申し訳ございません、トリスと言います。シスターケイ殿でよろしいですか?」
トリスが女性の後ろに辿り着き声を掛けると女性は祈りを止めトリスの方に振り向いた。
「トリスさん、お待ちしておりました。今日は彼女の奉告祭を行うと伺っていますがお間違いありませんか?」
「はい、お手数をお掛けしますがよろしくお願いします」
「いえ、私もこんな可愛いお嬢さんと行えるのは嬉しいことです」
「奉告祭?」
聞き慣れない言葉にベネットが首を傾げるとシスターケイが優しく教えてくれた。
「奉告祭っていうのは人生の節目に創造神様に報告、感謝、祈願を行う行事のことよ。普通な赤ん坊のときと七歳のとき、それと十五歳の成人式に行うけどあなたは今までやったことないでしょ?」
「…………はい」
「だからトリスさんがあなたの誕生日である今日行って欲しいと以前からお願いされていたの」
「トリスさんが!」
「驚くことじゃないだろ? この国の生まれなら誰でもやっている」
「その通りよ。それとあなたがつけている祈祷用具を見せて貰えるかしら? この教会と同じ宗派かどうか確かめたいの」
シスターケイはベネットの胸元を指さした。ベネットが身につけて祈祷用具は創造神を祀る教会が作成した物だ。だが、祈祷用具は宗派によって作りが異なる。同じ系列の宗派なら問題はないが異なる宗派だと後々問題になる可能性があるのでシスターケイは事前にそれを確認した。
「この祈祷用具は私達と同じ系列ですね。奉告祭を行うには何も問題ありません」
「では、奉告祭は予定通り?」
「はい、大丈夫ですよ。それでは祭事を行うからベネットさんは奥の部屋で着替えてきて貰えるかしら。あの扉の奥に部屋があるからそこにいるシスターが待機しているから彼女達の指示に従ってね」
シスターケイは奥の扉を指さしベネットはそれに従い扉の奥に部屋に行った。
「とても素直でいい子ですね」
「そう言って頂ける嬉しいですが育ってきた環境の所為か大人に甘えるのを遠慮しています。もう少し大人に甘えることも覚えて欲しいです」
「孤児の子にありがちな自主性が強く出ていますね。でも大丈夫ですよ。トリスさんのような人がいればきっと問題ありません」
「――私は人でなしですよ。人とは損益でしか接していません」
「それはどう言うことですか?」
「お聞かせするほど大したことではありません。それよりもベネットの祈祷用具から親の特定はできますか?」
「申し訳ございません。私からは何も言えません」
シスターケイはそう言って深々と頭を下げた。ベネットの祈祷用具は市販品ではなく、ベネットの産みの親が特別に教会に発注した特注品だった。それ故誰が発注したかは教会が保管する書類から追うことができる。だが、それは他者が知ることはできない決まりであった。
祈祷用具を特注する場合は教会に多額の寄附をすることになっている。そのため注文するのは裕福な貴族や商人と決まっており、個人の情報は厳しく管理されていた。その理由としては祈祷用具を与える子供が隠し子である場合が多かった。
側室や妾の子供であればそんなことはしないが、公に言えない子供にそう言ったことをすることがある。自身との血の繋がりは生まれたときは隠すが、何らかの理由があり子供として認知する際に確実な繋がりとして与える。親の身勝手な言い分だが確実な方法とも言える。
「その言葉で察しはつきました。あの子が親を探すことが難しいことも」
「神に仕える身でありながらお恥ずかしいことです」
「だが、その決まりがあるから貴族や商人から多額の寄附が貰え、その寄附で孤児が救われるのも事実です。清濁併せ持つことが人の世には必要ですよ」
トリスはそう言うと創造神の像を見つめた。シスターケイはそんなトリスを不思議に思った。先ほどの言葉はまるで自身に向けられているように感じ、シスターケイがトリスの言葉の真意を確かめようと口を開いたとき礼拝堂の扉が開いた。先ほどベネットが開けた扉とは違う扉が開けられ、そこには壮年の婦人が立っていた。
「エミール様今日も来られましたか」
「こんにちは、シスターケイ。お祈りをさせて頂けませんか? …………そちらの方は?」
エミールと呼ばれた女性はシスターケイの隣にいるトリスに気が付き声をかけてきた。
「こんにちは、私はエミール・レモルと言います。あなたも参拝者ですか?」
「これはご丁寧に、私はトリスと言います。今日は使用人の付き添いです。これから奉告祭を行います」
「奉告祭。成人されたのですか?」
「いいえ、最近雇った子供が孤児で奉告祭をしたことがないのです。今日が誕生日なので丁度いいと思いシスターケイ殿にお願いしました」
「そ、そうでしたか……」
トリスが誕生日と言った瞬間にエミールの雰囲気が変わった。元々物悲しい雰囲気を纏っていたエミールが更にその雰囲気が強くなったように思えた。
「どうかされましたか? 何か失礼なことでも言ってしまいましたか?」
「いえ、トリスさんの所為ではありません。私の知り合いも今日が誕生日だったのですが、運悪く誕生日に亡くなってしまい、今日がその………… 命日なのです」
「そうでしたか、無粋なことを聞いて失礼しました」
「いえ、私的なことですからお気になさらないでください」
エミールはそう言うが明らかに落ち込んでいた。シスターケイは事象はある程度知っていたので何も言わなかった。エミールが命日と月命日は必ず教会を訪れて故人に祈りを捧げている。今年で十一年になるが毎年、毎月続いているので大切な人だったのだろうとシスターケイは思っている。少し重い沈黙が訪れた。
「トリスさん、お持たせしました」
三人の重い沈黙を破ったのは祭事用の服に着替えたベネットだった。ベネットは祭事用の服に着替え手と口を聖水で清め戻ってきた。ベネットはトリスの側に駆け寄ってくるとエミールの存在に気が付いた。
「ベネット、ちょうどいいこちらに来てエミールさんに挨拶しなさい」
「は、はい。始めましてトリスさんの家でお世話になっているベネットと言います」
ベネットは緊張しながら挨拶するがエミールは何も言わなかった。只々ベネットを食い入るように見つめていた。
「エミールさん? どうかされました?」
「…………す、すいません。こちらのお嬢さんが知り合いの子供に似ていたので」
「そうでしたか。この子が先ほど言った奉告祭を行う子です。今日で十一歳になります」
「十一歳!!」
ベネットの年齢を聞いてエミールはますます驚いて、エミールは再度ベネットを見つめた。エミールの視線に気が付き恥ずかしくなったのかベネットはトリスの陰に隠れてしまった。
「ベネット、失礼だぞ」
「ご、ごめんなさい」
「そ、その子は何も悪くありません。無作法に私が見ていた所為です。――ええっとベネットさんとでしたね。私はエミールと言います。仲良くしてください」
エミールはそう言ってベネットに謝罪した。ベネットもエミールの態度に答えるようもう一度彼女の前に立ちお辞儀をした。
「あら、そうやって三人で並ばれると家族のようですね。トリスさんがお父さんでエミールさんがお母さん、ベネットさんが二人の愛娘に見えます」
「シスターケイ殿、聖職者が俗話なことを言わないでください。既婚者のエミールさんに迷惑がかかります」
「いいじゃありませんか。想像するのは個人の自由です。ねえ、エミールさん」
「わ、私は構いませんがどうして私が既婚者だと知っているのですか?」
「エミールと言えば現市長のダール・ラング・レモルの奥さん名前です。名字も一緒ですので気が付きますよ」
「そうでしたか」
エミールはダールの妻と知られているのが嫌なのか少し表情が陰った。エミールの態度に気が付いたシスターケイは気を利かせた話題を戻した。
「さて、ベネットさんの準備ができましたら奉告祭を始めます。エミールさんも同席しますか?」
「私のような部外者がいてよろしいのですか?」
「構いません。それにベネットは今年の冬にここの学舎に通わせるのでエミールさんの教え子になります」
「学舎? 私がここに通うのですか?」
トリスの発言にベネットは驚いた。
「後で教えようと思っていたが冬になるとここは文字や算術を教えている。ここは孤児院も兼ねているからそう言った子供達や近くの子供達が集まって勉強をする。そうですよねシスターケイ殿」
「トリスさんの言うとおりです。冬の期間だけですが子供達に学ぶ機会を与えています。文字や算術ができれば成人して働くときに有利になりますし、集団行動を学ぶこともできます」
「ベネットも集団行動を学ぶいい機会だと思っているし、同世代の友達も欲しいだろ?」
「と、友達! 欲しいです」
友達と言う言葉にベネットは目を輝かせた。家では歳の近いのはロバートだけだ。それにロバートは友達というより兄といった関係なのでベネットは友達が欲しいとずっと思っていた。
「それでエミールさんは奉仕活動の一環で孤児達の相手をして、冬場は学舎で教師もしてる。数ヶ月後にはベネットの先生になるから今のうちに接しても問題はないだろう」
「は、はい。問題はないです。ベネットさん、よろしくお願いします」
「わ、私の方こそよろしくお願いします。エミール先生」
ベネットが自分の教え子になると聞いたエミールは嬉しそうにベネットの手を取った。ベネットもそんなエミールに好意を抱き、二人は打ち解けた。その後に行われたベネットの奉告祭にもエミールは参加し、トリスとエミールに見守られながらベネットは終始笑顔を浮かべていた。
今年は後一話を投稿できそうです。
年明けも直ぐに投稿できるように頑張ります。
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