日常 価値と目利き
今回も前編と後編になっています。
まずは前編です。
双剣と拳が交差する。双剣は刃は間引いておらず真剣で対峙する拳は生身だ。普通に考えれば刃がある剣に生身の拳が勝てるはずはなかった。しかし、拳を繰り出した男にそんな思いはなかった。むしろ相手の太刀筋から脅威は感じられなかった。
「久しぶりだなダグラス。貧民街で落ちぶれていると聞いていたが無事に再就職はできたようだな」
そう言って男はダグラスに近づいてきた。男の口元はニヤけておりその顔から先ほどの言葉はダグラスを心配して言った言葉ではなく、揶揄った言葉だとすぐに判った。ダグラスは苦い過去の記憶が蘇り心が乱れた。
「……お、お久しぶりですラウンツ殿」
心の乱れが言葉に出てしまい言葉が詰まった。ダグラスに声を掛けてきたのは前の職場の上司に当たるラウンツだった。線が細い紫髪緑眼の美男子で一見すると優男に見えるが彼は剣の妙手だ。二十歳と言う若さで警備隊長を任されるほどの腕前でダグラスも一度彼と対峙したが惨敗していた。腕に自信があったダグラスは年下である彼に負けたことはショックでそのときのことは今でも苦い思い出であった。
ダグラスはトリスの護衛としてとある商会にきていた。トリスが以前レプラ族から貰った時計の量産を行うためにラロックのつてを使い、時計を製造できる工房を探していた。この商会にそれに該当する経営者がいると聞き訪れていた。
そして、その経営者以前ダグラスが解雇したギードだった。トリスはそのことを知らない。ダグラスは以前の雇い主についての詳細をトリスに話していなかったからだ。それにトリスの商談の相手を知ったのはつい先ほどだったので言う機会を逃してしまった。今更どうにかできる筈もなくダグラスは護衛として職務を全うしようとした所にラウンツが現れたのだ。
「おいおい緊張しているのか? 別に取って食ったりはしないぞ。それよりもさっきの男がお前の雇い主か?」
「そうです。今は彼の護衛として雇われています」
「護衛? 荷物持ちの間違いじゃないのか。お前のような貧弱な男が護衛が務まると思っているのか」
ラウンツはそう言ってダグラスを見下した。ラウンツは己よりも弱い者を見下す傾向がある。己の剣に自信を持ち十五歳を過ぎた頃から一対一の対人戦では無敗を誇っていた。その実力から職場の同僚には横柄な態度をとり嫌われているが剣の腕と容姿、そして立場から許されてきていた。
ラウンツの出自はありふれたもので王都の平民の生まれだ。幼い頃に偶然にギードと出会いギードの妻がラウンツの容姿をひどく気に入りラウンツを養子に迎えた。ギードは養子にしたラウンツの才能を見つけるために様々な習い事をさせ、剣の才能があることを見いだした。
それからは剣の才能を開花させるための英才教育を施した。その結果二十歳で警備隊長を任される腕前になった。容姿も成長するにつれ貴公子のような美男子になり、ラウンツの雇い主で義父であるあるギードはその容姿も商売に利用して利益を上げていた。そのこともあり彼の増長を止める者はいなかった。
「大体お前は護衛なのに武器を扱えない落ちこぼれだ。どうせ素手では武器に持った相手には敵わない。お前を護衛として雇った男は相当見る目がないな!」
「ラウンツ殿、その言葉は私の雇い主への侮辱ですが?」
「侮辱? 侮辱というより呆れだな。義父様も一度お前を雇ったがすぐに使えないと判断して解雇しただろ。普通に考えれば判る筈なのに義父様のように酔狂な人が他にもいると呆れただけだ」
ラウンツの言葉にダグラスの我を忘れそうになった。自分を見下すのは許せる。自分に実力がない所為だ。しかし、恩あるトリスへの侮辱は看過できなかった。ダグラスは怒りが頂点に達しようとしたとき奥の部屋からトリスとギードが出てきた。
「何だ。ラウンツ何を揉めている」
「義父様、揉めてはいないよ。懐かしい人に会ったので挨拶しただけです。以前義父様が雇ったダグラスですよ」
「ダグラス? あの拳法家と言う使えない男だったダグラスか?」
「そのダグラスです。ほら、ダグラスも挨拶しなよ。短い期間だがお前の雇い主の義父様に」
「…………御無沙汰しています。ギード殿」
以前負傷したことを理由にダグラスを解雇した男に思うところはあるがトリスの手前ダグラスは怒りを抑えギードに挨拶をした。
「ふむ、本当にダグラスだな。足の怪我は治ったようだな。今はトリス殿に雇って貰っているのか?」
「はい、幸運なことにトリスさんと知り合うことができ、護衛として雇って頂いています」
「護衛? 貴様ごときが護衛が務まるのか? いいや、肉の壁にはなるか。貴様が身を挺して庇ってくれたおかげで儂に怪我はなかった。そのことは感謝しておるよ」
「…………」
「義父様、護衛は本来雇い主を最後まで安全に守ることです。途中で怪我を負って動けなくなる奴は護衛として失格です」
「ラウンツの言う通りだ。だから儂はあの後すぐにダグラスを解雇した。その判断は間違っていないと今でも思っている。まあ、そんな過去の話はどうでもよい。トリス殿先ほどの商談に関しては前向きに検討させていただく」
「…………」
「だが、商品の時計に関しては私は疑っている。画期的な道具だが精度が不明だ。時間が正確に測れなければただ不良品だ。工房で製造してから評価させて貰うがいいかね」
「私はそれで構いません。もともとそのつもりでしたから」
「賢明な御判断だ。今後ともいい関係を築きたい」
「ありがとうございます」
トリスはギードに頭を下げた。ダグラスも護衛としてトリスの取り引き相手のギードに頭を下げた。これで商談が成立するかと思ったがギードが思わぬことを口走った。
「うむ、トリス殿は先見の明があるように思えるが護衛を選ぶ目利きはまだのようだ。私のように酔狂で雇っているならまだしもこの男に身を任せるのは得策ではない。代わりの護衛か費用に余裕があるならもう一人護衛を雇うことを薦める」
「義父様、それは良い助言です」
「少々お節介かと思うが検討していただきたい」
ギードは愉快に笑いながらダグラスを蔑み義息子も嫌らしい笑みを浮かべていた。ダグラスは拳を握りしめ耐えた。自分がここで問題を起こせばせっかくまとまった取り引きが無駄になってしまう。ダグラスは自分自身にそう言い聞かせた。
「お気遣い感謝します。しかし、ダグラス以上の護衛を私は知りませんので余計なお世話です。そこの御子息よりも優秀だと私は思っています」
「なぬっ!」
ギードの笑いが止まり、ラウンツの顔から笑みが消えた。
「トリス殿、聞き違いだと思うがダグラスが儂の護衛であるラウンツよりも優秀だと言ったのか?」
「ええ、その通りです。私も剣を嗜んでいるので相手の実力は大体検討がつきます。そして、ダグラスとは時間があれば稽古をしているのでダグラスの実力もきちんと把握しています。人の見る目を指摘する前に御自身の見る目を治した方が良いですよ」
「ふざけるなっ!」
トリスの辛辣な言葉にギードよりもラウンツが先に怒声を上げた。先ほどまでとは打って変わって整った顔が怒りの感情で歪んでいた。
「貴様は何様だ。僕の何処がダグラスよりも劣っていると言うんだ」
「先ほども言ったが護衛としての実力が劣っていると言ったんだ。それと自生が効かないことも劣っている。ダグラスはお前達に笑われようとも俺の顔を立てて我慢した。なのにお前はすぐに怒声を上げた。これだけも護衛として優秀なのは誰でも判るだろう」
トリスは先ほどのまでの丁寧な口調を止めいつもの粗野な言葉を使った。ダグラスのことを低評価するこの親子に見切りをつけたのだ。
「トリス殿、いや、トリス。貴様は儂の義息子を蔑むとはいい度胸だ。取り引きが白紙になってもいいのか!」
「白紙にしたければ白紙にしろ。この件に関しては失敗しても俺に不利益はない」
「――ここまでコケにされたのは久方ぶりだ。いいだろう取り引きは白紙だ。だが、ただ取り引きを白紙にするだけでは儂の腹の虫がおさまらない。貴様が雇っているダグラスがラウンツよりも優秀か証明してみろ」
「具体的にどうしろうと言うんだ?」
「立ち会いをしてどちらが優秀かはっきりさせる。勿論、真剣勝負じゃ。実戦形式でやらなければ意味がない」
ギードはダグラスとラウンツを勝負させるようトリスに要求してきた。
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