大都市アルカリス 兄弟子と刀
「ウフフフッ。クッハハハァ!」
『塔』から帰還すると朔夜が突然笑い出した。トリスは何事かと思い朔夜を見ると朔夜は獰猛な肉食獣の様な笑みを浮かべて笑っていた。朔夜はトリスの視線に気が付き嬉しそうに話し始めた。
「このあたしが恐怖で身動きが出来なかった。久しぶりに死を感じた... そんな魔物を手玉に取るなんてあんたはあたしが思っている以上だったよ。」
朔夜はあの女王蟻と護衛蟻を見て恐怖と死を感じていた。護衛蟻の一匹の実力は朔夜でも対応出来たが同時に複数相手するのは不可能だった。更に女王蟻まで相手していたら確実に死んでいた。
そんな凶悪な魔物をトリスは終始手玉に取り、護衛蟻一匹を倒し、一匹に手傷を負わせ、女王蟻の触角を斬った。剣の状態さえ良ければあのままトリスは女王蟻を討伐していたに違いないと朔夜は思っている。
トリスは明らかに朔夜とは格が違う。自分の限界を感じていた朔夜にとってトリスの戦闘は自分にまだまだ伸び代がある事を教えてくれた。その事実が朔夜には嬉しくて仕方がなかった。
「トリス、いや、トリスさん、あんたの目から見てあたしはまだ強くなれると思うかい。」
「突然に脈絡の無い話題を振られても困るが、朔夜の年齢や動きを観る限り伸び代は十分にあるぞ。才能なら俺以上だ。」
トリスは嘘偽り無く朔夜の実力と可能性を告げた。トリスは朔夜の実力を魔物との戦闘で知っていた。『塔』の行きと帰りに何度か魔物と遭遇しその際に朔夜の実力を観ることができた。朔夜は天元槍華のサブリーダーに相応しい実力を備えていた。だがトリスから見ればまだまだ発展途上だった。
トリスの言葉を聞いて朔夜は益々上機嫌になった。自分には目指す場所が出来、それに到達し得る可能性がある。そのことを知った朔夜は喜びで満ち溢れていた。
そんな自己陶酔している朔夜の様子を冷ややかに眺めながらトリスは今日の目的について尋ねた。
「それで鍛冶師については教えてくれるのか?」
「ああ、その件についてはもちろん教える。これからその鍛冶師の店に行こう。」
「それは良かった。」
トリスは目的が達成できたことにより一安心した。朔夜はそんなトリスの心情を知ってか知らずか先ほどの話の続きをしてきた。
「ねえ、トリスさん、あたしはこれからどうすればもっと強くなれるか教えてくれ。」
「冒険者がタダで情報を教えるわけないだろう。」
「そうだけど、鍛冶師を紹介する...のはエル達を助けてくれたお礼だから別だね。そうなると金銭でどうだろう。」
「金には不自由していない。」
「それなら何か欲しい情報や物はないか。」
「今のところ鍛冶師の情報以外はいらない。欲しい物も特にない。」
「そうなると... 私の身体でどうだ。」
「!?」
朔夜は自分の身体を対価に差し出してきた。トリスは思ってもみなかったことを言われ驚いた。
「こう見えてもまだ生娘だ。男はそう言う女が好きなんだろう。私の初めてを捧げよう。」
「待て、待て。急に何を言い出すんだ。一旦落ち着け。」
「なんだ、生娘は嫌か? 経験を積んだ方がいいか?」
朔夜は艶のある仕草をしながらトリスを誘ってきた。しかし朔夜は男との経験が無いためその仕草はぎこちない。トリスの家には元娼婦のフレイヤやローザがいる。本人達は無自覚かもしれないが男を誘う仕事をしていた彼女らが時折見せる艶のある仕草には敵わずトリスは篭絡されることはなく、トリスは朔夜の誘いに乗ることはなかった。
「冒険者なら冒険で借りを返す発想は出てこないのか。」
「冒険で借りを返す?」
「そうだ。冒険者なら『塔』の攻略に手を貸してて貰うことで借りを返すことが出来るだろう。」
今でこそ同盟者などと言う冒険者同士のルールがあるが二十年前は冒険者同士は気軽に即席パーティーを組んでいた。情報や物の対価に『塔』の攻略に手を貸すことは日常茶飯事だった。
朔夜が冒険者になる頃には同盟者のルールが浸透しており、派閥以外でパーティーを組むことはほとんどなかった。特に天元槍華は男性蔑視の傾向が強いので男性と冒険にでることは朔夜はあまりしたことがなかった。
トリスの思わぬ提案に朔夜は面を食らった様な驚いた顔をしていたので、トリスは朔夜の指導に関しては一旦保留として先に鍛冶師を紹介して貰うことにした。
トリスと朔夜は北区画と東区画の境に来ていた。ここは職人達が集まる区画で様々な職人区画と呼ばれている。トリスは以前ジョセフに案内でこの区画に来ていた。その時は愛剣に代わる得物は無かったが巨大猪の討伐時に使った剣や今日の蟻達との戦闘に使った剣はこの場所で購入していた。
朔夜はトリスを案内しながら暫く大通りを進むとある小道に入っていった。小道は大通りとは違い暗く薄汚れていた。道の隅には浮浪者や乞食が横になっていたが朔夜は慣れているのか気にする様子も無く淡々とトリスを目的の場所まで案内した。
小道に入って暫く進むと少し変わった家が見えてきた。家の作りは普通なのだが、周りの家とは違いその家と家の周りは綺麗に掃除されていた。薄汚れた家が多いところなのにその家は大通りにある店の様な佇まいだった。
「相変わらずマメだね。」
朔夜はそう言うと綺麗に掃除されている家の扉を開けた。
「いらっしゃいませ。」
朔夜が扉を開けると十二歳くらいの子供が店番をしていた。店番の子供は扉を開けたのが朔夜だと判ると嬉しそうに近くに寄ってきた。
「リズ、久しぶりだね。邪魔するよ。」
「朔夜さん、お久しぶりです。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「こちらのトリスさんに店を紹介にしにきたんだ。」
「始めましてトリスと言います。」
「ご丁寧にありがとうございます。この店で働いているリズと言います。」
朔夜に紹介されたトリスはリズに自己紹介し、リズもトリスに自己紹介した。
「リズ、親方はいるかい?」
「いますけど...まだ、寝ています。」
「そうかい。なら起こしてきてくれないか。私達はここで待っているから。」
「判りました。よければ商品を見ていてください。」
リズはそう言うと親方を呼びに奥に引っ込んでいった。トリスと朔夜は言われた通りに店で商品を見ながら親方が来るのを待つことにした。
トリスは店の商品を見ながら自分の得物の代わりを探していた。ここはジョセフに案内された店よりも確かに良い物が置いてあった。店に陳列している剣は大陸東方の技術が使われており、トリスの得物に近い品が幾つかあった。
その中でトリスが一番目を惹いたのが部屋の隅に置いてあった五本の小剣だった。普通の 小剣とは違いこれも東方の技術が使われた物だった。
「小刀に興味があるのかい?」
朔夜がトリスがずっと五本の小剣を見ていたことに気が付き声をかけて来た。
「小刀?」
「小剣の事だよ。東部の技術で作られている剣は『刀』と呼ばれている。普通の物よりも刃の長さが短い物を小刀、脇差、鎧通しと呼んでいる。普通の刀は打刀、太刀と呼ばれている。他にも色々な刀がある。」
「刀。」
朔夜の説明を受けトリスは初めて自分の使っている剣の名称を知った。他の店や師匠のウォールドからは特に剣の正式な名称を聞いたことは無かったのでトリスには新鮮な情報だった。
「ちなみにあたしが使っている得物は薙刀。刀身は刀と同じ技術で作られている。槍と同じくらいのリーチだけど「斬る」ことは普通の槍よりも優れている。そう言えばトリスさんの本当の得物はどんな刀なんだい?」
朔夜にそう言われトリスは魔導鞄から自分の得物を取りだし朔夜に渡した。朔夜は受け取った刀を鞘から抜き刀身を観察した。
「打刀だね。一般的な刀だけどこれは良業物、いいやこれは大業物だね。」
「良業物?、大業物?」
「東方では刀の評価を上から最上大業物、大業物、良業物、業物に分類している。この店に置いてあるのが大体良業物、大通りにある店は業物が殆どだね。ちなみに通常の武器に例えるなら業物で希少だ。刀は作るのが特殊だから売り物になる時点で希少になる。」
「勉強になるな。」
「だけど、トリスさんの得物はもうダメだね。寿命だよ。」
「判るのか?」
「ああ、あたしの薙刀も刀身は一緒だからね。でもトリスさんも気が付いているんじゃない。この刀はもう寿命だって。」
刀の寿命。トリスも既に気が付いていた。二十年近くも酷使してきた刀身には目に見えない傷が沢山あった。手入れで何とか今まで持たせてきていたがもう限界に達しており、何時壊れてもおかしくはなかった。
「朔夜さん、親方を起こしてきました。もうしばらくしたら店に出てきます。」
店の奥からリズが親方を起こして戻ってきた。リズは朔夜にそう報告すると目ざとく朔夜の持っている刀に目を付けた。
「さ、朔夜さん、その刀はもしかして大業物ですか。み、み、見せてください。」
「これはあたしの刀じゃないから持ち主に聞いてみるよ。」
リズは興奮しながら朔夜に刀を見せて貰うよう懇願してきた。朔夜はトリスに尋ねるとトリスは頷いたので朔夜はリズに刀を渡した。リズは受け取った刀を嬉しそうに眺め始めた。
「凄い。これは名工二十工に入る代物。特に刃文が綺麗。こんなの見たことがない。一体誰が作った物ですか?」
リズの質問にトリスは答えることが出来なかった。元々はウォールドが手に入れた物で魔術師であったために剣に興味がなかったウォールドは刀を手に入れた経緯については覚えていなかった。
「おい、騒がしいな一体何の騒ぎだ。」
酒気を帯びた男が店の奥から出て来た。男の身長は低くトリスの首までしかないが、身体はがっしりとしており、腕や足は丸太の様に太く頼もしい。年齢は五十歳ほどで無精髭を生やし、まるでお伽話に出てくるドワーフの様な男だ。
「お、親方。そんな恰好で店に出てこないでください。」
「俺の店なんだからどんな格好で来ようが自由だろう。それに言われた通り顔は洗ったから文句は言うな。」
「そうですけど...朔夜さん、何か言ってください。」
親方と呼ばれる男はガウンの様な物を着た格好だった。お世辞にも人前に出る様な格好では無いが朔夜は気にした様子もなく挨拶した。
「親方、お久しぶりです。」
「朔夜か、久しぶりだな。今日はなんの用だ。」
「この人の刀の修復。もしくは代わりになる刀を探しに来ました。」
朔夜は丁寧な口調で親方に来店の目的を伝えた。親方は朔夜の目的を聞くとリズの持っている刀に気が付きリズから刀を取り上げた。
「お、親方、失礼です。」
「黙っていろ!」
親方は先ほどのまでのだらしない様子から一変して刀を真剣に見始めた。刀の刀身を一通り見終わると店のテーブルに刀を置き、店に置いてある道具で刀の柄に道具を当てた。
「おいっ。」
トリスは親方が刀身を柄から外そうとしている事に気が付き止めようとしたが朔夜がそれを制した。朔夜は申し訳なさそうにし、トリスもそんな朔夜の態度に察しそれ以上は何も言わなかった。
「やはり、銘無しか。」
刀身と柄を外した親方は茎に何もないことを確認するとトリスの方を見て質問をしてきた。
「これはお前の刀か。」
「そうだ。」
「何処で手に入れた。」
「師匠から譲り受けた物だ。」
「お前の師匠は鍛冶師か?」
「いいや、魔術師だ。」
「そうか、だろうな。」
親方はそう言うと店の椅子に座り刀について話し始めた。
「この刀を作った人物は俺の師匠の兄弟子にあたる人だ。その人の腕は師匠と同じかそれ以上だった。だが、ある事件がきっかけで鍛冶師としての名誉も地位も剥奪された。それ以降は鍛冶師や剣士を毛嫌いしていつの間にか姿を消した。もう、四十年以上の前の話だ。」
「銘が無いのに何故その兄弟子だと判る?」
「兄弟子の刀は刀身にある刃文が独特なんだよ。それに茎に銘が無いのも決定的だ。兄弟子は事件の後も刀を何本か打ったが銘は決してつけなかった。」
トリスの疑問に答えながら親方は刀について語った。
「兄弟子の腕は最上大業物になる程のものだった。この刀も出来は大業物。だがそれだけに惜しい。兄弟子の実力ならきっと誰よりも優れた刀を作れる筈だったのに。」
親方はそう言うと椅子から立ち上がりトリスの前に手を出した。
「出しな。もう一振りの刀を。この刀は二刀一対の筈だ。」
刀の話しで出て来た業物の分類は日本の最上大業物14工、大業物20工、良業物50工、業物80工とは別です。また、武具のの品質は以下の通りに分けています。
下から粗悪、標準、希少、特別、特殊となっている。また、独自や専門と呼ばれる品もあり、独自の製法や専門の職人で作られた品を呼称する時に使い、希少以上の品を指します。(2020年五月末に修正しました。)
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