大都市アルカリス 親方と丁稚
「出しな。もう一振りの刀を。この刀は二刀一対の筈だ。」
親方のそう言いトリスにもう一振りの刀を出すように言った。
トリスはその言葉に従い魔導鞄から砕けた刀を取り出した。
「やはりそうか。兄弟子は変わった人で刀は必ず二刀一対を打つ。砕けた刀は何時壊れた。」
「二年前だ。」
「そうかい。この刀達は幸せだな。ここまで使われて砕けた後も捨てられずいるんだから。」
「砕けた刀は無理だとしても最初に見せた刀は修復できるのか?」
「無理だな。刀身の芯の部分まで損傷がきている。寿命だ。」
親方はそう言うと二振りの刀をテーブルに置いた。
「まあ、そう気に病むな。お前の目的はこの刀の修復か代わりになる刀を見つける事だろう。もし良ければ俺が新しいのを打ってやるよ。」
「親方はこう見えても一度最上大業物を打った程の鍛冶師です。きっとトリスさんが満足する刀を打ちますよ。」
「そうか。」
「そうです。でも、その分お値段が高くなりますが...」
「馬鹿野郎、金の話なんかするな。せっかくいい物を見せて貰ったんだ無料で打ってやるよ。」
「お、親方それはいくら何でも無理ですよ。今月も赤字なんですから。朔夜さんが紹介してくださる武器の整備で何とか食いつないでいるのに無料で刀を打つ余裕なんてうちにはないですよ。」
「うるせぇ! 俺に意見するな。」
無料で刀を打つと言う親方の言葉にリズは涙目で抗議するが親方は聞き入れようとしなかった。今まで黙っていた朔夜も流石に無料で打つのは無理だと親方を説得し始めた。
トリスはそんな三人の様子を見ていたがトリスは先ほどの小刀が気になり、小刀についてリズに聞いてみた。
「この小刀を打ったのはリズか?」
「あ、はい、そうです。僕も小刀なら打てるようになりました。まだまだ未熟ですが今の僕に出来る最高の品です。」
「だろうな、いい刀だ。俺の刀もリズに作って貰いたい。」
「む、無理です。無理です。無理です。無理です。無理です。無理です。僕にそんな腕は無いです。」
「そうか? 腕は無くてもリズならきっといい物が作れる。そこにいる親方よりもずっといい物が作れる筈だ。」
「!?」
「なんだと! それはどう言った了見だ。」
トリスの言葉に親方が怒声を上げた。せっかく自分が刀を打つと言ったのにトリスはそれを断り、あろうことか丁稚のリズに刀を作る様に言い、さらに親方が打つ刀よりもいい物が出来ると言い放った。
「あんたが打つ、鈍よりもリズの刀がいいと言ったんだ。」
「ふざけるな! 俺の刀がリズの刀に劣ると言うのか。」
親方はトリスを殴る勢いで近づいてきたが職人の矜持があるのか手は決して出さなかった。
「これはリズが打った小刀だ。五本ある。これを見て親方はどう思う。」
トリスは箱に入れられた五本の小刀を親方に差し出した。親方はリズの小刀を手に取り確認した。最初の一本目を見ると技術が未熟な小刀だった。だが次の二本目を見ると親方の目の色が変わった。そして、三本目、四本目、五本目と全て小刀を見終わると親方はトリスの言った意味を理解した。
「稚拙だ。だが悪くはない。」
親方は素直に小刀を評価した。リズの小刀は確かに稚拙だ。思いに対して技術や経験が伴っていない。だが決して悪い物ではない。
最初の一本目の悪い所を二本目では丁寧に直され、三本目でさらに磨かれている。四本目、五本目もそうやって前の作品よりも良質の物を作ろうと創意工夫をしている。前の作品よりも少しでもいい物を作ろうとしている職人としての気概が感じられる作品であった。
「この小刀に対してこの店の品はなんだ。」
トリスは店に置いてあった刀を二本を親方に渡した。良業物の品でリズの小刀と比べると遥かに品質はいい。だがそれだけだった。二本の刀は差異はない。リズの小刀の様に悪い部分を直すことも新しい事に挑戦する創意工夫もなかった。
停滞
進むことも戻ることもしない。ただ停滞しているだけの刀。リスの小刀を見た後にこの刀を見ると情熱も苦悩も迷いも感じられない、ただ機械的に作られた鋳造の刀に見えてしまう。明らかに作り手の意欲が感じられない刀になっていた。
親方は元々大陸の東部の生まれで十年前までは東部にいた。多くの名工、名匠がいる刀鍛冶師の名門に席を置いていた。小さい頃に両親を亡くし、両親の友人であった師匠に弟子入りするかたちで引き取られたからだ。
最初の頃は辛い修業や雑事で何度逃げ出そうかと考えていたが、師匠に引き取って貰った恩と師匠の作る刀は好きだった為に逃げ出すことは結局出来なかった。親方はいつか自分も師匠のような刀を打ちたいと思うようになり、親方は黙々と日々の修行をこなしていった。
親方が二十五歳を過ぎた時に師匠から鎚を一振り譲り受けた。それは師匠が親方を一人前と認めた証であった。親方は師匠に認められた事に只々驚き、同時に嬉しく、一人前と認められた証の鎚は今でも大事に持っている。
それから親方はよりいっそう鍛冶師として腕を磨き三十半ばに一振りの刀を打った。師匠が病に倒れ祈祷の為の奉納刀を打った。奉納刀を納めた効果か師匠の病はその時に回復し、さらに奉納刀が最上大業物と認められたのだ。師匠は大いに喜び親方を正式な後継者として後を継がせることを決めた。
だが、そんな親方に嫉妬する者達も大勢いた。師匠の親族達は血の繋がりのない親方を敵視し、また在籍していた名門の重鎮達が鍛冶師の家の出でない親方を毛嫌いしていた。
排他的な思考が多い中で親方は刀を打ち続けた。しかし、師匠が再度病にかかり帰らぬ人となった時、親方は故郷を出てこの大都市アルカリスに来た。
親方は地位や名誉を捨て己の腕だけでこの地で再出発した。アルカリスに来た当初は同じ故郷の出身の朔夜の父の力を借りて自分の店を持ち我武者羅に刀を打った。
その刀は評価され多くの冒険者やここを訪れた傭兵達が買って行った。アルカリスに来て三年目に孤児だったリズを引き取りそれから二人で店を盛り上げていた。
しかし、ここでも親方の腕に嫉妬した連中が出て来た。その連中の嫌がらせで親方の根も葉もない悪評を流された。大通りに出していた店も嫌がらせを受け続けた。他の店の迷惑になると思い親方は店を今の場所に移したが悪評が広がったせいでお客はあまり来ず、今では朔夜や所属する天元槍華の武器の整備や包丁や鎌などと言った日用品を売り細々と生活していた。
そうした経緯があり親方の心はは少しずつ削られ、いつしか刀を打つ意味や意欲を見出せなくなっていた。
(情けない。俺が不貞腐れていた間、リズはこんな状況でも鍛冶師として進んでいた。
師匠の兄弟子も鍛冶師の地位や名誉も無くなったのに刀を打ち続けていた。
そんな二人に比べて俺は周りの環境に嫌気がさして引きこもっていた。そんな俺がいい刀が打てる訳がない。)
親方はリズの小刀と師匠の兄弟子の刀を見て自分の今までの行動を改めた。自分を認めてくれた師匠。自分を慕う弟子に恥ずかしくない刀を打ちたいと思うようになった。
親方は突然、自分の両手で頬を叩いた。
親方の突然の行動に皆が唖然となるが親方はそのまま店の奥に行ってしまった。親方の急な行動に驚いたリズは親方の後を追うように店の奥に向かった。
客であるトリスと朔夜は店の奥には行くことが出来ないので、親方とリズが戻ってくるまで店の中で待つ事にした。
「金貨二十枚だ。前金で金貨二十枚を出してくれ。頼む。」
店の奥から戻って来た親方が開口一番にトリスに金を無心した。刀を打つ為の前金に金貨二十枚が必要だとトリスに頭を下げた。
無料で打つと言った親方が前言を撤回してトリスに頼み込んできた。親方は店の奥にある工房に行き工房の状態を確認してきた。リズが普段からマメに掃除していたために道具はきちんと整備されていたが、材料になる玉鋼の在庫や火を起こす為の炭の備蓄に問題があった。
消耗品に関しては親方が思っていた以上に備蓄がなかった。これは日頃から管理を疎かにしていた親方の責任だった。無料で打つなどと見栄を張ったが実際は刀を打つ環境は親方の工房にはなかった。
親方はその事実に気が付き恥を忍んでトリスに前金を要求してきた。トリスはそんな親方を見て懐から皮袋を取り出し親方の目の前に置いた。
「金貨五十枚が入っている。確めてくれ。足りなければここに連絡してくれ。」
親方の言い値の倍以上の金額をトリスは出し、もし足りない時は自分に連絡するよう自宅の場所を書いた紙を一緒に渡した。
「判った。金貨五十枚もあれば足りなくなる事はないと思う。ありがたく使わせて貰う。」
「ああ、それと刀は二振り頼む。」
「判っている。もともと二振り打つつもりだった。あんたは二刀流だろう。」
「なっ、なんだって!」
親方の言葉に話を聞いていた朔夜が急に声をあげた。
「親方、トリスさんは二刀流の使い手なのか?」
「朔夜は知らなかったのか? こいつの刀の握りの状態を見て直ぐに判った。刀の扱い方が二刀流だった。」
「じゃあ、蟻との戦いは本当に全力じゃなかったのか。」
新たに知ったトリスの実力に朔夜は驚愕した。蟻との戦闘はトリスは武器のハンデの他に戦闘スタイルについても制限されていた。トリスの実力の底が見えない。朔夜は改めてトリスの実力に驚愕した。
「刀は二十日以上かかる。出来たら連絡する。」
「頼む。」
その後、親方とトリスは刀の納品について話し合いをした。刀が出来たらリズか親方がトリスの家に知らせに行くことになり、終わるとトリスは朔夜と共に店を後にした。
トリスと朔夜が出ていった後、店内は親方とリズが残った。
「リズ、店を閉めろ。」
「はい、早速刀を打つのですか?」
「違う、まずは足りない備品の買い出しと食料の買い出しだ。暫く店に籠るからその準備だ。」
「判りました。」
「それと手を見せろ。」
「手をですか?」
リズは言われた通り両手を親方に見せた。毎日重たい鎚を振り下ろしているため何度も手の皮が剥け、豆が潰れた手だった。親方はリズに毎日鎚を振り下ろす練習を言い付けていた。ここ最近は親方が監視する事はなかったがリズは真面目に毎日鎚を振り下ろす練習をしていた。
親方はリズの手を見て嬉しそうに笑い、リズの頭を優しく撫でると買い出しに行く準備を始めた。リズは親方の行動がいまいち判らなかったが先ほどの親方の嬉しそうな顔が見れたのでそれ以上気にすることを止め、自分も買い出しに行く準備を始めた。
翌日、親方とリズは白い服を着て工房にある鍛冶場にいた。昨日は二人とも風呂屋に行き入念に体を洗い、親方は髭を綺麗に剃り、朝は水垢離をして体を清め白い作業着に身を包み鍛冶場にきていた。
鍛冶場にある炉の中は既に火が起こしてあり、炉の中は煌々と燃えていた。
「リズ、刀を打つ為に必要な事についてのお復習だ。まず、何が必要だ。」
「はい、土、火、風、水です。」
「その心は。」
「土は素材を表します。刀の素材となる玉鋼などを示しこれが無ければ刀は作れません。火は素材を溶かす為に必要な要素で風はその火を調整します。最後に水は熱した刀を冷やしより強靭にします。」
「そうだ。その他にも必要なものは沢山ある。」
「はい。」
「お前が述べた事の他にも道具や環境、これら全てが刀鍛冶には無くてはならないものだ。そしてこれらを生かすのは鍛冶師の腕や経験だ。これらが揃って良い刀を作ることができる。」
「はい。」
「そしてこの中で一番大切なのはここだ。」
親方は拳でリズの胸を叩いた。
「鍛冶師の心だ。鍛冶師の心が良い刀を作る。俺の心は正直昔みたいな情熱がもうないかもしれない。だからリズ、お前の心を借りる。俺の技術とお前の心で最高の刀を打つんだ。いいな。」
「はい!」
「いい返事だ。じゃあ、作業に取り掛かるぞ。」
親方はそう言うと刀の材料である素材を取り出した。昨日市場に買いに行った玉鋼と魔鉱石、そしてトリスが置いていった兄弟子の刀、二振りをテーブルの上においた。
「親方、トリスさんの刀も素材に使うのですか?」
「そうだ。この刀と玉鋼、そして魔鉱石を溶かし、混ぜて新しい刀を作る。この刀達はもう使えない。だから一度溶かし素材として使う。俺には判る。この刀達は生まれ変わりたい。生まれ変わって主の役に立ちたいと願っている。」
「親方。」
「だから、鍛冶師としてその意を汲む。」
「判りました。」
「じゃあ、さっそく始めるぞ。準備はいいか。」
「はい。」
それから親方とリズは最高の刀を作る為に二十日近くも鍛冶場に籠ることになった。
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