2. 求人
空っぽのポケットほど、人生を冒険的にするものはない。
ーーヴィクトル・ユーゴー
あれから3週間が過ぎた。
レース当日まで残り6日間。
[はい、こちらは私、店長です。
そう、みんなご存知の通り、マフィアです。
仕事は、地域の家賃徴収とカフェの経営をして、2階で生活しています。
カフェの経営は一見、私の本職を隠すためのものに見えますが、
小さい頃からの夢だったので、
兼業で忙しいですが苦ではありません。
え?では何でマフィアに入ったのかって?
それは……]
店長はふと、
そういえば、先明に預けた自分のV/Mは今、どういうふうに弄られているか気になったので、昼頃、倉庫に寄ることに決めた。
行く前に、彼は先に先明のために料理しないといけない。
今日の献立:
コンポタージュ
ミートソース&エルボ・マカロニ
(スパゲッティは在庫がないため、マカロニを代用)
案外、1日3食付きは経費厳しいものだ、
と思いながら店長は唇を引き結んだ。
盛り付けまで終えて、店長はプレートを持って倉庫へ行った。
先明は、まだファミリーカーを修理していた。
しかし、いつもの風景と少し違った。その奥には、布に被せられている塊が置いてあった。
店長は遠くにいた彼に声をかけた。
「どうだい、進捗は。」
先明は修理中のマシンの下から出てきた。
「爆速マシンができてしまってな、3rd Genにも全然遜色ない。かなり出来のいいV/Mになっている。」
先明は自分の仕事の速さと、毎晩こっそり店長と共にスクラップ場へ寄るおかげでなんとかマシンを完成させた。
「見るかい?」
「もちろんさ。」
バサッ。
店長は目を大きくした。
(こ、これはッ!)
改造していないところがない。
優雅でスポーティなツーリングマシンから、まるで今でもこちらに飛び付いて来る捕食者のようだ。
「まず、1番目立つジェットから説明していこうか。」
「この前言った通り、あの大きい4基を既存の位置に移した。そして、元々あったジェットを捨てずにサイドの、大型ジェットの間にそれぞれ1基、後ろに2基とも設置。」
「次はマシンの補強。後部座席を撤去して自作の補強骨格と鉄板を溶接、そして元々ついていたビスも全て溶接。それから、バッテリーは……」
5分ほど説明を聞いて、
店長は改めて、この強制労働中のメカニックがどれくらい凄いのか、生身で感じた。
このオーラは、普通のメカニックと全く違う。
この人には、やっぱり何かがある。
そう思っていたところ、先明は言った。
「説明は終わった。何か感想はある?」
「……」
「聞いてる?」
「ん? ああ、感想ね。……」
「どう?」
「……きったないキマイラだ。」
先明は不満そうな表情を浮かべながら、
「理不尽で、容赦ない感想だな。」
店長は笑みを浮かべながら、
「そりゃあ、君は子どもではあるまいし、褒める義務はない……」
彼はドアの隣まで歩き、そして昼食が載っているプレートをそこに置いた。
「それに、」
「?」
「負けたら、『両方』いらなくなるからね。」
「……」
外見からは分からないが、先明は少しだけ歯を食いしばった。
「では、そろそろ戻らないと私の休憩時間がなくなるので、頑張ってね。」
店長はとあることを思い出して、先明に振り向いた。
「そうだ、ドライバーがいなかったら、操縦するのは君だからね。それでは。」
足音が遠ざかった。
先明は作業台に置いてあったタバコを手に取り、一服した。
「ドライバーか……なるほどねぇ。」
午前0時を回った頃。
「仕事か……したくねぇー。」
女がソファーの上でスクリーンをスクロールしていた。
(グゥ~)
彼女は空いた腹を触った。
「うう、腹減ったぁ……でももう仕事も辞めちゃったしなあ。貯金もほぼない。でも、もう働きたくねぇー。はあぁ~……」
彼女は起き上がり、隣のデスクライトを点けた。
足元には、使い終わったティッシュが散らばっている。
デスクの上には、大量の空き缶。
そして、弁当の容器やラーメンのカップが何袋ものゴミ袋に詰め込まれていた。
見るに堪えない光景だった。
彼女はゴミ袋を足でどかしながら、冷蔵庫へ近づいた。
そして、再び缶ビールを取り出した。
彼女はソファーに戻った。
「でも、せめて金のためにバイトでもするかー。」
と、片手にビール、片手にスクリーンをスクロールしていたとき、求人サイトにこんな募集が目に入った:
【単発・高収入】
ドライバー募集:
2nd Gen V/M 操縦者を1名募集。
・絶対条件:2nd Gen V/Mの操縦経験者
・年齢不問
・性別不問
・即日勤務可能
・練習する時間も設けています
・報酬:希望制
・勤務日:6日後
・所要時間:半日程度
備考:
※機体はこちらで用意します。
※多少の危険を伴います。
「怪しい臭いしかしないバイトだ……」
彼女は眉間にシワを寄せた。
「だけど……」
彼女は『報酬:希望制』という文字に目が止まった。
そして、
「2nd Genってなんだろう?……」
(検索ポチポチ)
「あ、これか。ふーん、火がめっちゃ出るやつね……そういえば……」
「この型は爺ちゃんの家に1台停まってたな。あの時、それを使って畑の手伝いをしてたっけ……」
彼女は少し考えて、スッと応募ボタンを押した。
「まあいいや。金貰えばいいし、どうせ死んだって別に変わらないし。」
彼女はタブを閉じて、また酒を飲み始めた。
彼女の名前は、テレーザ・レヴィッティ。24歳。
元ブラック企業勤務。
数年間、会社という名の地獄で働き続けた末、ついに退職した。
現在、彼女の肩書きは――
「休(無)憩(職)」
もっとも、貯金はほとんど残っていない。
働く気もない。
特技らしい特技もない。
――ただ、V/Mの操縦経験を除いて。
幼い頃、祖父の家で畑仕事を手伝っていた彼女は、そこで使われていた古い2nd Gen V/Mを何度も運転していた。
本人にとって、それはただの「農機具」だった。
しかし、これが彼女の、この先の人生を変える大事件になるとは――
まだ知る由もなかった。
――レース当日まで残り2日。
午後12時。
テレーザは、就活のときに着ていたスーツ姿で来た。
さすがに、私服はだらしなくて恥ずかしい。
だから、これにした。
ナビを使いながら歩く。
「着いた。」
そう表示された途端、ナビは人ひとり通れるほどの細い路地の入り口で案内を終了した。
「………………え?」
彼女は周りを見渡した。
目に入るのは、カフェと美容室。
その他はマンションばかりだった。
「………………ここ?」
彼女は半信半疑で中に入った。
そこには、古びたスライドドアがあった。
「多分、ここかな?」
そう思って、ドアを開けようとした瞬間――
「ガララララッ! ドンッ!」
突然、男が一人、飛び出してきた。
「そんな殺人マシンに乗ってたまるか! 俺はごめんだ、帰る!」
男はそう吐き捨てると、テレーザの横を通り過ぎ、そのまま帰っていった。
「………………。」
テレーザは、しばらくその場に立ち尽くした。
「『刺激的』な場所……だな……」
すると、先明が彼女がドアの外にいることに気づいた。
「テレーザ・レヴィッティ……で合っているか?」
「あ、ええ。」
「……まあ、すぐ慣れるから、とりあえず入ってくれ。」
テレーザは頷いた。
先明はタブレットを見ながら、
「もちろん、操縦経験あるよな?」
「まあ、爺ちゃんの畑で使ったぐらいは……」
「うん……え?」
「え?」
「畑で……使った?」
「何か?」
(さっきの男が、あれほど罵っていたのに……正気か?コイツは……)
「いや、何でもない。じゃあ、早速乗って貰おうか。」
「面接とかは……」
「いらないさ、行動は全てを証明できる。」
(実力主義。ホワイトかな?)
(あと……)
(今日ヒール履いてなくてよかった)
先明は親指で後ろをさした。
「乗るのは、この後ろのヤツだ」
テレーザは振り返った。
「……は?」
V/Mらしくない巨体が、そこに鎮座していた。
「嘘でしょ、何よこれ?これは本当にあの旧世代なの!?」
「そうさ……」
本能的に、彼女は怯えた。
しかし、
(何よ、カッコ悪いことして、私。死んでもいいと言ってんじゃん。さっさと行くんだよ!一攫千金のチャンスだッ!)
彼女は無言でハシゴにかけ、操縦席に入った。
「おッ。」
先明は少し驚いた。
(……ベージュ色か)
テレーザも少し驚いた。
(え、ヘルメット?そしてマイク付き?)
しかし、彼女は迷う暇もなかった。
(スタートボタンは……これかな?)
カチッ、ピピッ。
シューー……ッ、ゴオォォ……
轟音が倉庫中に広がった。
テレーザは外を見た。
先明が両手で頭に被る動作を示した。
「多分、ヘルメットのことかな?」
テレーザは少し汗臭いヘルメットを持った。
顔をしかめ、少し躊躇ったが、仕方なく被った。
ヘルメットから声が聞こえた。
「もしもし、聞こえる?」
「ええ、もちろん。」
「よかった。大丈夫か?装置とか覚えているか?」
「まあ、大体。」
「よし、今から天井の扉開けるから、慣れるために適当に散歩していてくれ。」
「え?それだけ?」
「それだけ。慣れるかどうか君次第さ。」
「分かったわ。」
「他に質問ある?」
「…………さっき、私の下着をみたよね……」
「…………」
先明は何も言わなかった。
――図星だった。
「次やったら、私は訴えるからね。」
「申し訳ない。」
(入社初日でセクハラしてくるオッサンいたなあ……)
扉が全開になった。
青空が広がっていた。
「行っていいぞ、テレーザ。」
テレーザはゆっくりとアクセルを踏む。
マシンがゆっくりと上昇する。
(懐かしい。でも、ちょっと遅いわね。もう少し踏もう。)
テレーザは少し奥まで踏み込んだ。
ジェットが一瞬だけ小さくなった。
「あ、まずい。」
先明は呟いた。
シュッ――
ゴバァァァン!!!
突然、ジェットの勢いが急増した。
「きゃああ!」
テレーザはすぐにアクセルを離した。
マシンは高度を下げ、地面すれすれで再びホバーした。
「大丈夫かッ!?」
「びっくりした……面白いかも……」
「え?なんて言った?」
「いや、なんでもないわ。」
「まあ、いいや。とりあえず気をつけて1周してみてくれ。」
「分かった。」
彼女は再び空へ飛び立った。少しグラグラしているが、なんとか飛んでいる。
先明はマイクをオフにした。
「変なお嬢さんだこと」
そして、静かに笑った。
夕方、作業台のスピーカーからテレーザの声が聞こえてきた。
「扉、空けてもらえるかしら?」
先明はマイクを付けた。
「少し待ってくれ、今すぐに開ける」
扉が開き、V/Mはゆっくりと地面に着いた。
やがて、テレーザはドアを開けて、ハシゴから降りた。
「慣れたかい?」
「全然。だけど、練習すればそのうち慣れるかもしれない。」
「そうか。つまり採用していいということか?」
「ええ、よろしく。」
「こちらこそ。」
2人は握手を交わし、そして契約書を書いた。
帰る前、テレーザは言った。
「もちろん、報酬たっぷり頂くわ。」
先明は一瞬だけ固まった。
「何かおかしいこと言った?」
「だ、大丈夫。報酬はこちらで用意する。」
彼女はしばらく彼の目を見たが、
「分かった、なら安心したわ。」
と言って帰った。
先明の顔が青ざめた。
「クッソ、忘れた……勢いで『希望制』にしてしまった……」
2人とも、眠れない夜が続く……
プロフィール・テレーザ•レヴィッティ
年齢:24歳
身長:167cm
体重:54kg
誕生日:7月4日
血液型:B型
職業:元会社員/現無職
趣味:酒だよ、酒!
特技:酔った時、鼻に10円玉はめられる
嫌いなこと:二日酔い
テレーザは、目鼻立ちのはっきりした美しい顔立ちをしていた。
艶のあるダークブラウンの髪に、刈り上げボブ。
瞳は深いブラウン。
すらりとした細身の体型で、酔っていなければ、どこか洗練された雰囲気を持つ美女だった。
――酔っていなければ。




