第33話 復活する学校の痕跡
私は村の中心部に戻り、整備中の公園を見渡した。
数日前まで雑草に覆われていた空き地には、土をならすための杭が打たれ、広場の輪郭が見え始めている。古い井戸で見つかった財宝を修繕費に回せるようになったことで、止まっていた資材の手配も進んだ。今日は村人たちと一緒に、遊歩道になる場所へ砕石を敷く予定だった。
「湊、こっちの高さを見てくれ」
鍬を持ったレオが、地面に張った縄のそばで手を上げた。私は図面を抱えて近づき、目印の杭と地面の傾きを見比べる。
「少し高いな。雨が降ると水が広場側へ流れそうだ。もう一段だけ削ろう」
「分かった。ダレス、そっちを頼めるか?」
「人使いが荒いな」
文句を言いながらも、ダレスは鋤を地面へ差し込んだ。以前なら、新しい計画に真っ先に疑いを向けていた男だ。それでも今は、誰より早く作業場へ来ている。
私も縄の内側へ入り、土を掘り返した。湿った土の匂いが立ち上り、鍬の刃が小石に当たって乾いた音を立てる。しばらく進めたところで、レオの鍬が鈍い音を返した。
「岩か?」
レオがもう一度刃を入れる。しかし、地中のものは動かなかった。
私はしゃがみ込み、手で周囲の土を払った。灰色の平たい面が現れる。自然石にしては角がまっすぐで、表面もわずかに磨かれていた。
「待ってくれ。これは壊さないほうがいい」
作業を止め、三人で周囲を慎重に掘った。石は思ったより大きく、上端だけが地表から二十センチほど下に埋まっていた。根が絡みつき、片側には割れた瓦が重なっている。てこ棒を差し込み、縄を掛け、近くにいた村人にも手を借りて少しずつ起こした。
土の中から姿を現したのは、人の胸ほどの高さがある石碑だった。表面は泥と苔で覆われ、下半分には細かなひびが走っている。
「こんなものが公園の下にあったのか」
ダレスが眉を寄せた。
「まだ何か刻まれている」
私は水桶を持ってきてもらい、布で表面を拭った。何度か泥を落とすうちに、摩耗した文字が一行ずつ浮かび上がる。
『灰野村学び舎 創立記念』
その下には、建てられた年と、寄付をした村人たちの名が刻まれていた。最後の一行だけは欠けていたが、『子らの明日を――』という文字までは読める。
レオが息をのんだ。
「ここに学校があったのか」
「図面には空き地としか書かれていなかった」
私は古い民家で見つけた図面を開いた。現在の公園予定地と重なる場所には、確かに建物らしい四角が薄く残っている。ただし、後から引かれた線に埋もれ、用途を示す文字は消えていた。
石碑の周囲をさらに調べると、土の下から平たい石が列になって現れた。三段だけ残った階段だった。端の石には、刃物でつけたような横傷がいくつもあり、高さが少しずつ違っている。子どもが背を測るためにつけたものかもしれない。階段の脇では、錆びた留め金と、黒く焼けた瓦の欠片も見つかった。
私は石碑を見ただけで、かつての学校の姿が分かったわけではない。それでも、刻まれた名前と擦り減った段差は、ここへ毎日人が通っていたことをはっきり示していた。
石碑の裏側には、浅い穴が五つ並んでいた。何かを固定していた跡らしい。さらに根を避けて土をさらうと、青緑色に錆びた小さな金具が出てきた。半円形で、端に細い鎖が残っている。
「鐘の部品じゃないか?」
レオが拾い上げようとしたので、私は手を止めた。
「位置を記録してからにしよう。石碑と一緒にあったなら、学校のものかもしれない」
私は図面の余白へ簡単な見取り図を描き、金具が出た場所に印を付けた。それから布で包み、木箱へ収める。財宝のような値打ちがある品ではない。それでも、ここが学校だったと確かめる手掛かりにはなる。
近くに生えていた一本の樫も気になった。幹の低いところに、一定の間隔で古い釘穴が並んでいる。掲示板か名札を取り付けていたのだろう。幹回りを測ると、火災の時代より前から立っていた可能性があった。
「この木も切らずに残したい」
「枝が広場へ張り出すぞ」とダレスが言う。
「枯れ枝だけ落とす。木陰として使えるし、学校のころからある木なら、それ自体が目印になる」
ダレスは樹冠を見上げ、しばらく黙ってから「倒れないかだけは確かめろ」と答えた。
「公園の工事は止めるのか?」
ダレスの問いに、私はすぐには答えなかった。
石碑が埋まっていた場所は、広場の中央に近い。予定通り地面を削れば、残っている階段や基礎まで壊してしまう。しかし、公園はすでに村人たちが待ち望んでいる。学校跡を理由に計画を白紙へ戻せば、資材も人手も無駄になる。
「全部止める必要はない。ただ、配置は変えたほうがいい」
私は図面の上に石碑と階段の位置を書き込んだ。
「広場を少し南へずらす。石碑は掘り出した場所の近くに据え直して、階段は残す。ここを遊歩道の入口にすれば、学校跡を壊さずに公園へ取り込める」
レオは図面をのぞき込み、指で線をなぞった。
「遊び場と昔の学校を一緒に残すのか」
「そのほうが、この場所に合っていると思う」
ダレスは腕を組んだまま、石碑と空き地を交互に見た。
「だが、校舎の基礎がどこまで残っているか分からん。木を植える場所を決めた後で、また何か出てきたら二度手間だぞ」
もっともな指摘だった。
私は階段の向きを確認し、図面に残る薄い四角と照らし合わせた。正面が東なら、校舎は公園予定地の北側に伸びていた可能性が高い。そこは記念樹を植える予定の場所と重なっている。
「北側だけ先に調べよう。校舎は失われても、井戸や基礎、記念樹の根が残っているかもしれない。何もないと確認できてから植樹する」
「なら、村の者を集めて決めたほうがいいな」
レオの言葉に、私はうなずいた。
昼の鐘が鳴るころ、私たちは作業を止め、石碑を木枠で支えた。倒れないよう縄を掛け、雨除けの布をかぶせる。午後には集会所へ村人たちを集め、発見したものと公園の変更案を説明した。
石碑に刻まれた名前を読み上げると、年配の女性が小さく手を挙げた。
「その最後から二番目は、私の祖父です。学校の話は聞いたことがありました。でも、場所までは誰も知らなくて」
別の老人は、石碑の欠けた部分を見つめながら言った。
「火事で校舎が焼けたあと、石碑も倒れたと聞いた。復旧する余裕がなくて、そのまま土をかぶせたんだろう」
話をつなぎ合わせると、学校は何十年も前の火災で失われ、その後の土砂崩れで周囲の地形まで変わったらしい。記録が図書館から散逸し、図面にも用途が残らなかったため、場所だけが忘れられていた。
村の織り手をしているエナは、刻字の一つを指先でなぞった。
「母から、学校の庭には大きな樫があったと聞きました。夏になると、その下で昼飯を食べたそうです」
私たちが見つけた樫の特徴を伝えると、エナは何度もうなずいた。伝聞だけで同じ木だと断定はできない。それでも、石碑、階段、釘穴の残る樫が同じ範囲にある以上、偶然で片づけるより記録しておくべきだった。
「石碑だけをきれいにして終わりでは駄目だな」
私は図面の樫の位置にも印を付けた。
「何を残すかだけでなく、なぜ残したのかも書いておこう。そうしないと、また何十年か後に意味だけが失われる」
「公園を中止する必要はないと思います」
私は壁に広げた図面を指した。
「ただし、学校跡を削って平らにするのではなく、残っているものを確かめた上で配置を変えたい。石碑の前に小さな広場をつくり、子どもたちが使う場所と、昔ここで学んだ人たちの記録を同じ場所に残します」
集会所の中で、低い話し声が広がった。
「面倒が増えるぞ」と言ったのはダレスだった。
何人かが不安そうに彼を見る。だが、ダレスは続けた。
「だから先に範囲を決める。調べる場所を広げすぎたら、いつまでも公園が完成しない。北側の基礎だけ確認して、期限を三日とする。それでどうだ」
私は少し考えた。学校跡を大切にすることと、工事を前へ進めることは、どちらか一方を選ぶ話ではない。範囲と期限を決めれば両立できる。
「賛成だ。三日で北側を調べる。基礎や井戸が見つかった場合は、その位置を図面に記録してから配置を決め直す」
レオが立ち上がった。
「人手は俺が集める。掘る者と、出てきたものを運ぶ者を分けよう」
エナも、「石碑の文字を写させてください」と申し出た。欠けた一行について、家に残る古い帳面を調べてみるという。
話し合いが終わるころには、窓の外が赤く染まっていた。私たちは公園予定地へ戻り、石碑の前に小さな篝火を置いた。祝いの宴ではない。夜露で石が冷えすぎないよう、作業を続ける者の手元を照らすための火だった。
レオは石碑の苔を竹べらで落とし、ダレスは明日の調査範囲へ杭を打っていた。私は図面を板の上に広げ、階段、石碑、推定される校舎の外周を赤い線で結んだ。
「湊」
杭を打ち終えたダレスが、北側の暗がりを指した。
「地面が少しへこんでいる。雨水の跡にしては丸すぎる」
火を持って近づくと、雑草の下に円形のくぼみがあった。周囲には同じ大きさの石が並び、その一つに縄を通したような溝が残っている。
「井戸の縁かもしれない」
私は膝をつき、土を指で崩した。すぐ下から、湿った石肌が現れた。
公園の下に残っていたのは、石碑と階段だけではなかったらしい。学校で使われた井戸なら、水路や地下の状態も確かめる必要がある。不用意に掘れば崩れる危険もあった。
私は図面の北端に丸印を付け、その横へ「井戸跡の可能性」と書き込んだ。
「明日はここからだ。中へは入らず、まず縁の範囲と深さを確かめる」
レオが石碑から顔を上げ、ダレスは新しい杭を一本持ってきた。
三人でくぼみの周囲を囲むように杭を打つ。最後の一本を地面へ沈めると、乾いた音が夜の広場に響いた。
公園の完成は少し遠のいたかもしれない。だが、何が埋まっているかも知らずに土をならすより、今ここで見つけたものを確かめるほうがいい。
篝火の向こうでは、磨かれた石碑の文字がかすかに光っていた。私は赤い印の増えた図面を畳まず、そのまま板へ留めた。明日の朝、村人たちが集まったら、まず井戸跡の周囲から掘り始めるつもりだった。




