第34話 地下の秘密が浮かび上がる
朝露の残る井戸跡にしゃがみ込み、私は昨夜つけた印へ指を当てた。
石碑の裏から続く古い階段。その最下段と井戸跡を結ぶように、地面にはわずかな窪みが走っている。夜の暗がりでは確信を持てなかったが、朝の光の下で見ると、ただの雨溝ではない。土の色も周囲より少し黒く、細かな砂利が一直線に混じっていた。
「やっぱり、何か通ってるな」
隣で土を払っていたレオが、鍬の柄を地面へ突き立てた。
少し離れた場所では、ダレスと村長が縄を張り、公園にする予定地の境界を確かめている。昨日までは石碑を中心に広場を造るつもりだったが、この筋の正体が分からないまま地面を固めるわけにはいかなかった。
私は土をひとつかみし、鑑定を使った。
【旧集水路の埋土】
【山側から流れ込む雨水を井戸へ導くために詰め戻された土。下部に石組みあり】
視界に浮かんだ文字を見て、息を吐く。井戸そのものは枯れていても、周囲にはまだ昔の仕組みが残っているらしい。
「ここを掘ります。ただし、深くは掘りません。石組みが見えたら手を止めてください」
私が告げると、ダレスが渋い顔をした。
「また予定を変えるのか。石碑が出たから道をずらし、今度は井戸の周りまで掘り返す。これでは公園がいつまでたっても形にならんぞ」
以前なら、その言葉に何も返せなかったかもしれない。城で浴びた『役立たず』という声が、不意に耳の奥によみがえる。だが、今は目の前に確かめるべきものがあった。
「急いで埋めれば、あとで全部壊すことになります。半日だけください。それで何も出なければ、予定どおり地面を固めます」
ダレスは私と窪みを見比べ、やがて腕を組んだ。
「半日だ。それ以上は待たん」
「十分です」
村長が無言で頷き、レオが笑って鍬を持ち直した。
作業を始めると、村人たちも一人、また一人と集まってきた。誰かに呼ばれたわけでもない。石を運ぶ者、掘り出した土を籠へ入れる者、子供が近づきすぎないよう見張る者。それぞれが自分にできる仕事を見つけ、黙って手を動かしていた。
崩れた家々の間を風だけが通り抜けていた頃とは違う。鍬が土を割る音と、籠を置く音が広場に重なっている。公園予定地の端では、二人の子供が縄の外からこちらをのぞき込み、見つかるたびに慌てて顔を引っ込めていた。
一刻ほど掘ったところで、レオの鍬先が硬いものに当たった。
「石だ。けど、自然石じゃなさそうだぞ」
土を手で除けると、平たい石が列をなして現れた。幅は腕一本分ほど。井戸へ向かって緩く傾斜し、両側を小さな石で固めてある。
私は表面へ触れ、鑑定を重ねた。
【旧集水路】
【石碑背面の斜面から水を集め、共同井戸へ送る導水路。中央部に点検口あり】
「点検口……」
表示された言葉を口にすると、村長が身を乗り出した。
「そんなものがあるのか?」
「この先です。水路の中央に、開け閉めできる場所があるようです」
石列を傷つけないよう、今度は小さなこてで土を薄く削っていく。やがて、周囲とは色の違う四角い石蓋が現れた。中央には指を掛けるための浅い窪みがある。
レオと二人で持ち上げると、湿った冷気が隙間から上がってきた。中は人が入れるほど広くない。石で囲まれた空間に、黒ずんだ陶製の筒が横たわっていた。
「紙じゃないな」
レオが首をかしげる。
筒の口は蜜蝋のようなもので固められ、さらに細い銅線が巻かれている。私は泥を拭い、鑑定した。
【井守の記録筒】
【共同井戸と石碑の管理記録を収めた防湿容器。封印に損傷なし】
その表示を見た瞬間、背中がわずかに強張った。中身が残っている。
村長の許しを得て、銅線を切らずにほどき、固くなった封を少しずつ外した。筒の中から出てきたのは紙ではなく、薄い銅板だった。何枚かが紐でまとめられ、表面には細かな文字と線が刻まれている。
村長が目を細める。
「古い村文字だ。全部は読めんが……ここに『井戸』、こっちは『祈り石』とある」
銅板の二枚目には、井戸の水量を季節ごとに記した表があった。雨の少ない月でも水が絶えないよう、山側の水を三つの枝道へ分けていたらしい。三枚目には、石碑を動かしてはならないという警告が刻まれていた。
「昨日、石碑を別の場所へ移していたら……」
村長が言葉を切る。
「水路の位置を見失っていたでしょう。階段も埋め直していたかもしれません」
答えながら、私は自分の判断が偶然に近かったことを思い知った。鑑定で価値が見えても、その意味まで最初から分かるわけではない。石碑を残したのは正しかった。だが、正解にたどり着けたのは、皆が作業を止めて調べる時間をくれたからだ。
後ろから、年配の村人が低い声で言った。
「昨日は、古い石なんぞ端へ寄せればいいと思っていた。すまなかったな」
私は振り返り、首を横に振った。
「私も、ここまでの仕組みだとは知りませんでした。見つけた後にどう確かめるかは、皆で決めるしかありません」
男は照れたように鼻をこすり、今度は水路を覆うための板を取りに向かった。
「祈り石?」
私は銅板を光へ傾けた。中央には井戸の円、その北側には昨日見つけた石碑らしき四角、その間を結ぶ線。そして石碑のさらに奥、階段の下に、小さな印が刻まれていた。
鑑定を使う。
【井守の配置記録】
【石碑は井戸を守る記念碑であると同時に、地下の分水室を示す標。階段下の封石を開くには、井戸側の止水板を先に閉じる必要がある】
「地下の分水室……」
私の声に、周囲の作業音が止まった。
昨夜見つけた階段は、公園の飾りでも、古い庭園への入口でもなかった。井戸へ水を導く設備の一部だったのだ。
レオが銅板をのぞき込み、口元を上げた。
「じゃあ、この井戸が使えるようになるかもしれないってことか?」
「まだ分かりません。水路が崩れている可能性もあります。ただ、井戸跡と石碑を別々に扱うべきではないことは確かです」
私は銅板の端に刻まれた注意書きを指でなぞった。先に止水板を閉じなければ、封石を開けた際に水が流れ込む。今は枯れているように見えても、地下に水が残っていれば危険だ。
「階段は今日、開けません」
そう言うと、レオは少し残念そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
一方、ダレスは黙ったまま石組みを見下ろしていた。やがて彼は公園予定地へ張った縄を外し、石碑と井戸を囲むように打ち直し始めた。
「ダレス?」
「この水路の上へ遊具を置くわけにはいかん。中央は空ける。道は外側へ回せばいい」
昨日まで配置変更に難色を示していた男の言葉だった。謝罪も称賛もなかったが、それで十分だった。
「学校の場所も少し離した方がよさそうです」と私が言うと、村長が銅板を見ながら頷く。
「井戸が戻れば、学校にも水を引けるかもしれん。急いで建てるより、先にこちらを調べよう」
その場にいた村人たちから異論は出なかった。むしろ、何人かはもう次の作業に必要な縄や板を取りに走り出している。
昼前には、井戸跡の周囲が崩れないよう仮の柵を立て、見つけた水路を板で覆った。銅板は図書館へ運び、古い文字を読める者たちに写しを取ってもらうことにした。
作業を終える頃、縄の外から見ていた子供の一人が、私の袖を引いた。
「ここ、公園じゃなくなるの?」
「公園にはするよ。ただ、井戸と石碑を壊さない形に変えるんだ」
「じゃあ、井戸も見られる?」
「安全にできればね」
子供は安心したように笑い、もう一人の子と一緒に石碑の周りを走っていった。まだ花もベンチもない。地面は掘り返され、板と縄ばかりが目立つ。それでも二人には、すでにここが遊ぶ場所に見えているらしい。
私は泥のついた手を見下ろした。
役立たずと切り捨てられたものにも、使い道が残っている。朽ちた井戸も、倒れかけた石碑も、過去を示すだけの遺物ではなかった。
それをこれからも、一つずつ確かめていきたい。
「湊、これを見ろ」
図書館へ向かいかけた私を、レオが呼び止めた。
彼の指す先には、洗った銅板の裏面があった。泥で隠れていた端に、表の配置図とは別の細い線が刻まれている。線は階段下の印から村の北へ伸び、途中で二つに分かれていた。
一方は分水所へ。
もう一方は、今の地図には何もない丘の下へ続いている。
私は銅板を握り直した。
井戸跡の調査は、まだ入口にすぎなかった。




