犬頭の王様は黄昏を越えた未来で何時でも明日を夢見ていられるか⑤
バルドルの大幹部である各階層の総督から承認を取り付け、各国の支部の問題も三上さんのおかげでどうやら片付いて。俺は何とか、暫定的ではあるが、バルドル会長に就任する事が出来た。
それでも、まだ足りない。このままでは、まるで足りていない。
九界の事だけを考えるならともかく、予想される黄昏の侵攻が外の世界に及ぼす影響を考えると、どれだけバルドルが巨大であっても、その全てまで手は届かない。ならばやはり、外の世界に在る誰かの助けが必要となってしまい、その誰かの手助けを得る為に、これから俺は、バルドルの会長としての初めての対外折衝に臨もうとしている。
北米支部、支部長バナーの仲立ちによって連絡を付けた相手側の前提条件は、互いの責任者同士、一対一での会談であった。三上さんからは彼女が代行として対応する事を提案されたが、それでは相手側の意図は果たせない。つまり、この会談に満足を得られず、最悪協力を得られないまま、敵対してしまう可能性すら有ったから。俺はその要求通りに、一人で外部との連絡が可能な通信室で、相手側の準備が終えるのを待っていた。
会談を行う彼の性質を表す様に、時間は何処までも正確に。予定時間になると間も無く、向こうの準備が完了したという通知が点灯する。
「・・・よし」
即座に通信開始の操作をすれば、世界を隔てている筈なのに、少しのタイムラグや映像の乱れも無く、会談相手の姿がモニタに映された。
「どうも、お久しぶりと言えば、良いのですかね。先ずは、先代となってしまった故、ベル・バルドル氏に哀悼の意を。良くも悪くも、あの方は稀代の傑物でありましたから」
その姿は今年の五月、窮地を救われた時に見たソレと変わらない様に思えたが。同時にその折に触れた優しさというか、個人としての人の良さと言える様な雰囲気は今、微塵も感じられない。
だからそう、まるで刃をむき出しにした剣の如くに。彼が俺を悪と断じれば、画面越しである筈なのに、次の瞬間には真っ二つになってしまうんじゃないかと錯覚してしまう、そんな彼自身が本来備えている一つの側面。
「さて、その先代会長との盟約により、そして新たに就任した会長の要請に応じて」
千年の長きに渡ってこの世界の裏側で。誰に知られる事無く、賞賛されることが無くとも。人を害する神々と戦い、世界と其処で生きる人々を守護してきたという、その類まれなる騎士たちを率いる。強大にして偉大な長としての風格というモノを俺は体の芯から感じていた。
「騎士修道会連盟、総代騎士長。アルトリウス・A・バルクホルン、此処に参上いたしました。さて、我らの同士からの報告によれば。どうやら現在九界において、無辜の人々どころか、この世界の存続に関わる程に重大な、由々しき事態が進行しているとの事で」
「・・・ああ、そうだよ」
さあ、これからが第二関門。俺は今から、この騎士を説き伏せて、どうにか味方に付けなければならない。
「だから一つ、前提として宣言させてもらいたい。そいつを聞いてから、連盟がどうするか。そしてバルドルをどう扱うのかを、考えてもらいたいんだ」
「では、聞きましょう」
さあ、これでどうなるか。全てが上手くいけばいいが、何か一つでも間違えれば文字通りに俺は、バルドルは連盟という巨大な竜の尾を踏む事になる。
アルトさんには緊張を悟られぬように、息を吸って、目線だけは外さないまま。
「現在、バルドルと連盟が結んでいる盟約。これを、破棄させてもらう」
俺はそう言って、この一見では自殺行為といってもいい暴論を耳にした後。歴戦の兵であっても流石に想定外であったのか、驚いたように眼を見開いて言葉を失った灰の騎士の、その返答を待っている。
「・・・すみません、あまりにも想定外の言葉でしたので。一度だけ聞き返しますが、今の言葉は、誤りではありませんね?」
「間違いないよ。それは正しくバルドルの現会長である、ベオ・バルドルの言葉だ」
流石にソレを予想していなかったのか、騎士総代、アルトリウス・A・バルクホルンは平静な思考を取り戻そうと、少し考えるように顎に手をやる。
「確認しますが、連盟と、バルドルの盟約は複数の項目からなりますが、大きくまとめると次の通りです」
一つ、連盟はバルドルの九界における地位と権利を認め、その領域における一切に関与しない。この盟約が維持されている間、互いの戦力は一切の交戦を禁じる。
一つ、バルドルは連盟の要請に応じ、九界において、その支配領域にて伝承体の顕現、及び第一級以上のメイガスによる違反行為が発生した場合に、事前に配置された連盟の派遣騎士による現地調査に全面的に協力し、必要であれば申請した連盟の装備、又は応援の受け入れを許可する。
一つ、連盟が九界において発生する事案に対し、九界、外界を含む世界構造の著しい改変、又は破壊、並びに現在の人類社会が滅亡へと至る可能性が有ると判断した場合、即座に連盟、バルドル、他、中立関係にある組織の有識者で構成する対策本部を設置し、事案の早期解決に努める。
「つまり、バルドルと連盟との不戦条約として機能していたこの盟約を破棄するという事は、連盟の九界、並びにバルドルに対する不可侵を撤回し、即座に連盟が、その全戦力を以て九界に攻め込む事を可能とする、という事になりますが」
バルドルと連盟の盟約とは、要するに協力関係を維持している限り、連盟は九界の存在を容認し、バルドルが支配する事を認めるという事だ。
そして、俺がこれを破棄する事の意味。つまりアルトさんの言い分は、場合によっては、というよりは今判明している事実だけ並べても今直ぐに連盟とバルドルが戦争状態になるのだというのに、お前はそれをちゃんと理解しているのか、という事だろう。
「勿論分かっているよ。この盟約が保たれている限り、少なくとも連盟が一方的には此方へと攻め込むことは出来ない。今起きている状況を考えれば、判断どうこうの前に連盟は、直ぐにでも九界へと攻め込んできたいだろうさ」
「ええ、それも。その侵攻を検討する事となった理由の大半は、バルドル側が親切にも連盟に送り付けてきた、この報告書によって明かされた事実による所が大きいのですがね」
これも、止めておいた方がいいという周囲の制止を振り切って、事前に俺が頼んで行っていた事だ。
連盟には、現在判明している黄昏や、バルドルが九界でこれまで行ってきた事、その殆どについて記された資料を送付している。それはつまり、彼らの言う所の九界へと攻め込む大義名分の全てを、こちらから明らかにしてしまったという事になる。
「・・・ますます、君の事が分かりませんよ、ベオ・バルドル。あのニザウェリルで初めて出会った時、君の事は不確定要素が多くとも、純粋に好感の持てる男だと個人的に感じていました。そしてそれだけでなく、その後の報告のどれもが、君という人物が、我ら連盟の真なる友として、その信に足りる人間であると、そう伝えてくれていたというのに」
そう言ってもらえる事は面はゆいが、純粋に嬉しくも思う。だが、だからこそどうして、こうして捨て鉢とも言って良い態度を俺が取っているのか、それがアルトさんは分からないと言う。
「もしかすると君は、何もかもがどうでも良くなったのですか?ベル・バルドルという巨大な存在を失って、黄昏という、どうしようもない絶望に直面して。自分たちでは、今のバルドルではどうにもならないと」
アルトの双眸の一方、その灰色の瞳は、映像越しではあるがやはり、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「答えてもらいましょう、ベオ・バルドル。君はもう、全てを諦めてしまったのですか?」
その問いを、俺は待っていた。
「まさか、とんでもないさ」
ああ、此処からだ。これが、俺とベルとの違い。そのやり方の違いだ。
それを先ず、連盟に。この目の前の男、最後の真竜にして、灰の騎士。アルトリウス・A・バルクホルンに知ってもらわなければならない。でなければきっと、俺たちがやろうとしている事を、ちゃんと信じてはもらえないと思うから。
「ああ、そうさ。どんな事があっても、俺たちは、バルドルは諦めない。もう何も、取りこぼしたりはしない。その為に、何よりも連盟の協力が必要なんだ」
さあ、これが最後にして最大の関門。
「だから、この九界と、外に広がる世界を救う為に。バルドルと、連盟には新しい盟約が必要だ。それについて今から、話をさせてもらいたい」
最強の騎士と、その後ろに在る騎士たちを納得させる。その為に必要な言葉を、俺は伝えるべく口を開いた。




