犬頭の王様は黄昏を越えた未来で何時でも明日を夢見ていられるか③
あの後、俺は後からやってきてベルの亡骸に別れを告げた佐山さんと、アリスを何処かに預けた三上さんに連れられて。昨日ベルが、この九界の各階層を統べる総督たちとの会談で使用していた会議室へと、これから成すべきことを行うために向かっている。
入室し、三上さん促されて着席すれば。同時にホログラムが起動し、様子こそ違っているが、佐山さんを除く四人の総督の姿が浮かび上がった。
「・・・ベオ様、始め貴方様の姿は隠させていただきます。暫くの間、この場は拙にお任せ下さい」
「うん、そうした方が良いだろう」
無言で頷いて、それを認めた三上さんと佐山さんは、少し間を置いてから他の総督へ向かって話し始める。
「では皆さま、まずは緊急の会合要請に応じて下さり、真にありがとうございます」
『今の今まで此方からの会談要請を散々無視していた事は取り敢えず置いて、あの開示された情報はいったいどういう事なのですか?冗談にしては質が悪すぎる。これからこの九界が滅びに向かうなどと、これについてちゃんとした説明を期待しても良いのですよね?』
『それよりも先に行うべきは、そこの裏切り者への粛清ではありませんか?ええ、此処にいる皆はお前の愚行を知っているぞ、フィリオ・メディラム・ファラディオン。お前はバルドル内部での反乱扇動を行い、更に外部の幾つかの支部にも叛意への同調を促す密書を送信していたな。これが明らかな反逆行為であると、自覚していてこの場に現れたのなら。お望みどおりにその傲岸な面の皮をはぎ取って豚に食わせてやる。拷問と処刑はそれからだ・・・!』
『落ち着け鷹野、そしてベアトリス。三上、佐山局長。まず問いたい、緊急の招集という事なら会長は何処に居られる?先のラグナロク計画の全容も含めて、訪ねたい事が山積しているのだが』
『・・・もう、どうでも良いよ』
『何だと、貴様!』
『だから待て、どういう事だフィリオ?』
『もう、どうでも良い。こんな世界、どうなったって良いんだよ、クロウ。滅ぶなら、滅べば良いさ。ああ、ベアトリス。僕の事は、君の好きにすると良い。僕はもう、一秒だって生きていたくない。だって、だってさ』
前日の会議の場ではどんな事にも愉快そうに応じていた九界総督の一人、他の総督の指摘が正しいのなら、バルドルに反旗を企てていたという一見では少年にしか見えない姿。フィリオは憔悴した虚ろな目で、何もかもに絶望したように呟く。
『だって、もう会長は、ベル・バルドルは死んでしまったんだろう?』
『な』
『なんですって!?』
『嘘、嘘よ、有り得ないわ!三上、嘘だと言いなさい!この裏切り者が、嘘を言っていると!』
「うん。その問いについては僕が答えよう」
フィリオの発現に、混乱の坩堝に叩き落されたその場で。応じようとする三上を制して、声を発したのは佐山だった。
「残念だけどね、フィリオの言葉は正しい。僕たちの王、ベル・バルドルは」
一度、佐山さんは言葉を詰まらせた。
もう、本当に仕方のない人ですね、貴方は。と、ベルとの別れの時、佐山さんはそう呟いていた。ベルの行動や、その結果に。何が待っていたかを、薄々では分かっていたかのように。
「・・・その願いの行先を見届けて、満足して逝ってしまったよ」
穏やかではあるが、重く、噛みしめるような言葉は、それが偽りでなく明らかな事実であるという証左であった。実際、彼がこの場でそんな質の悪い冗談を言わない事を他の総督は良く分かっている様で、皆が皆、その言葉が真であると思い知らされている。
『・・・そうか、そう、であったか』
『馬鹿な、会長が、あのベル・バルドルが死ぬのですか・・・?』
『ああ、嘘、嘘、嘘!会長、何時の様に私たちをからかっているのでしょう?ああ、お願いです!十分に驚きましたから、どうかそのお姿をお見せくださいませ!佐山が、三上が幼稚な嘘を言っているのだと、そういって貴方の笑顔を見せてください、お願いですから!』
『・・・』
四者はそれぞれに、違った方向に佐山の言葉を受け止めて、同じく、激しい動揺を見せている。
俺は、無言のまま。視線を三上に向けて、自分から言葉を発しても良いかと尋ねた。
三上は珍しく少しだけ躊躇う様子を見せたが、佐山は頷いて同意を促す。そうして目の前のパネルを示して、其処に触れれば俺の姿が相手の側にも映し出されるのだと教えられ、そして操作する。
『なん、ですって・・・?』
『!?』
『ああ、会長、やはりご無事で!わたくしは、わたくしは信じておりました!』
『・・・どういう事なのだ、もう訳が分からんぞ』
ああ、直接目にしている訳ではないからか。目の前の四人は各々に、今の俺の姿をベルであると勘違いしている。
だから俺は、その間違いを正す為に。残酷な事実を明かす為に、一度大きく息を吸って、吐く。それから第一声を、特に考えないままに言葉にした。
「・・・ベルは、ベル・バルドルは、死んでしまったよ。皆には悪いけど、俺はベルじゃない」
『でも貴方は、そのお姿は、どう見ても会長ではありませんか!?』
『いや待て、確かに姿は似ている。しかしよく見れば、何処か違ってはいないか?』
『うん、違うね。それに、声が違う。髪の、色も。何より纏う空気が、彼は、ベル・バルドルでは、ないね』
どうにか齟齬を嚙合わせるようにしている三人はともかく、やはり付き合いが長いせいか。残る一人の総督、鷹野トウコは一早く、その違和感に気が付いて、その回答に辿り着いた。
『・・・もしかして貴方は、ベオさんではありませんか?』
「うん。そうだよ、トウコさん。ちょっと姿は変わっちゃったけどさ」
ああ、そういえば。この姿になってから知り合いに会うのは初めてだ。
純粋に、知っている誰かが俺の事を俺だと分かってくれる。それが今は少しだけ嬉しい。
『いえ、ちょっとどころではありませんよ、それは。それにそのお顔は、どういう事なのです?』
「ああ、其処も含めて、今から話をしたいんだけど。良いかな?」
躊躇いと戸惑いが渦を巻く最中で。俺は、此処で一つぶち上げてやらなければならない。
ベルを失ったと嘆くばかりの連中に、これからこの世界を収穫すべく侵攻を始める黄昏に備える為に、これに抗うために。その力を貸してほしいと、此処にいる皆に要請する為に。
「俺も、少し前に知った事なんだけどさ」
そして、きっとベルがそう望んでくれた未来へ、明日へと辿り着くために、必要なその第一歩。
「俺は、ベル・バルドルの息子なんだって。だから今日から俺の名は、『ベオ・バルドル』だ」
俺はこれまでバルドルを支えてきたベルの重臣たちに、その歴戦の面々に向かって厚かましく、そして大胆に。
「そして今、この瞬間から俺が、バルドルを引き継ぐ」
俺がバルドルを丸々ぶん捕ってやると、そう言ってやったのだ。
『会長にご子息が、いや、それはともかく、バルドルを引き継ぐだと?いや、三上がそう保証するのなら、その出自についてを疑う所は無いが』
『筋目としては正しいんだろうね。結局バルドルは、会長の私物みたいなモノだから。けれど、流石に事が性急すぎないかい?』
『・・・ほんとうに、ほんとうに会長は、お亡くなりになってしまったのですね』
『ベオさん、貴方の事ですから色々と事情があっての事なのでしょう。それを今から、説明してくださるんですよね?』
「ああ、勿論だ。その前に先ず、ベルが最後に残した記録映像、つまり、アイツからの遺言を一緒に見て欲しい。三上さん、頼めるか?」
「了解しました。では皆様、映像を共有いたします。これが会長からの、皆様への最後の命であり、その願いである事を承知していただいてご覧ください」
三上が端末を操作すると、何時ものように、自分が直接目にした光景が噓だったかの様に、何時も通りのベルの姿が映し出される。
そのあまりにも気軽に、人をからかうような話し方で。けれどその内容は、自分の死後にただ信じて、何もかもを後に残す俺たちに託すような。
そんな語り方だったのだから、やはりベル・バルドルはほんとうに死んでしまったのだと。俺も含めた皆がそう理解した。だから映像が終わっても、暫く誰も話し出せないでいる。
「それぞれ、思う所はあると思う。此処にいる皆は、ベルとの関係や想い出は俺よりもずっと深く、長いモノなんだろうからさ。いきなり現れた俺なんかが、ベルそのものと言っても良いバルドルを引き継ぐなんて言っても、納得なんてできないだろう」
その沈黙を破る役目はやはり自分であると分かっていたから、俺はこれからの為に、何よりベルが望んでくれた未来を引き寄せる為に、改めてバルドルをベルから受け継ぐと、そう宣言する事にした。
「だけど、それでも。どうか今だけは、それを認めて欲しい。この終焉を乗り越える為には、皆が生き残る為には、それしか無いんだ」
『確かに、会長の遺言によれば、それしか道は無いのだろうな。しかし本当に、そんな事が可能なのか?何せ黄昏とはあの会長が、あの王の極みたるバァルの力ですら抗えぬ相手というではないか』
真っ先にそう指摘するクロウの言葉は正しい。
ベルは、可能性は有る、と言ってはいたが、それはあくまでも可能性である。ベルの思惑通りに話が進んだとしても、最後にその黄昏に相対するのは俺たちだ。そして手始めに俺が信用できないと、バルドルの要である各総督に断じられてしまえば、この話は初めから成立しない。
『私も、申し訳ありませんが混乱していて、後でならともかく、今直ぐには返答をしかねます。それにいくら会長の御子息とはいえ、あの方と同じくバルドルを率いるとなると、あまりにも現実的ではないと、いいますか』
『・・・うん。概ね、二人に同意かな』
この場ではやはり消極的な意見で占められてしまうか。単純に黄昏という存在の強大さ、というよりは、きっとベルという大きすぎる太陽を失ったが故に、彼らは道を見失ってしまっているのだ。
『・・・いい加減にしろ、貴様ら!』
その重い空気を払拭したのは、残る一人の総督であり、自分が最も頼りとする人の義姉である、総督の一人、鷹野トウコである。
『黙っていればメソメソと泣き言ばかり、恥ずかしくは無いのか?情けなくは無いのか!?』
トウコさんだって、その父である鷹野博士とベルとの交友の中で育まれた、彼女にしかない想いが有る筈なのだ。
『お前たちは皆、あのベル・バルドルから託されたのだぞ!九界を、バルドルを!そして何よりも自らの息子を、お前たちになら任せても大丈夫だと、そうあのボンクラに託されたのだぞ!それがどうして、雁首揃えて確証がないだ、自信が無いだと!』
その鬼気迫る表情は、映像越しでも良く分かる。例えばそれはあのシュエルターで、アヤナからの別れの言葉を伝えてくれた時に見せたソレに似ていて。そう分かれば、トウコさんにとってもベルは、やはり大きすぎる存在であったのだ。
『・・・私は、ベオさんを、彼を知っている。私と、私の妹を助けてくれた恩人で。今はそれ以上に、護るべき家族の一員の様に思っている。ならば、私がこの場で彼の為に、おたおたと狼狽えるばかりの馬鹿者たちに言ってやる事は一つだけだ』
だから彼女自身も、その迷いを振り切る様に一度大きく息を吸って、己の鎧の様に燃え上がる瞳で、映像の向こうに居るであろう他の総督達を制して告げる。
『いいから黙って、彼の話を聞け。そしてちゃんと、見定めろ』
トウコさんの有無を言わさぬ一言でもたらされた静寂は、俺にとっては何よりの助けであった。
短く礼を言って、空白によって一時的な混乱、そして其処からの回復によって普段の理性的な思考を取り戻しつつある彼らに、今度こそ正確に、俺が何者であるのかと伝えなくてはならない。
そして見定めようとする彼らからの一身に集まる視線に応える為に、俺はやってやらなければならないのだ。
「・・・先ず一つ、俺はバルドルを引き継ぐと言ったが。それは一時的な事で、この事態を解決する事が出来れば、その全てを放棄する事を誓う。勿論、ベルの個人的な財産だとか、権利とか地位だとかにも興味はない。欲しいやつが欲しいやつ同士で勝手に話し合ってくれ。書面や誓約が必要なら用意する」
『分からないな、それでお前さんに何の得があるというのだ』
「得ならあるさ。少なくとも、俺や俺の護りたい人達は、上手くいけばこれからも無事に生きていられるんだからな」
自分の手札が無い時こそ正直に。というよりは他に成す術がないだけだが、信頼を得るために二心無いと伝える事は大切な事だ。
「改めて言うが、俺が必要としている事はこれからバルドルの全てが一致して、全力で事態に当たる事だ。それ以上でもなければ、それ以下でもない」
『具体的に、その黄昏に対してのプランが君には有るってのかい?』
「それに関しては、既に前会長が想定しておりましたフェーズ3、そのプランBがございます。詳細はこの後、ベオ様が皆様から全会一致で新会長に任じられてから開示させていただきます」
『何処までも秘密主義の小娘め、自分こそがあの方の代弁者であるとでも言うつもりか・・・!』
「待ってくれ、三上さんは俺に頼まれて、そもそもベルの言いつけに従って協力してくれるだけだからさ。これまでの事も、彼女が勝手に秘密にしてたわけじゃない」
『ああ、いえ、申し訳ありません。ご子息を悪く言うつもりは無いのです』
「ありがとう。けど俺は、正直に言えば貴女が指摘するように、ベルの息子と名乗る資格は無いのかもしれないな」
実際、その自覚はある。自分がどう思っていたって、どう求めていても。それを周囲の皆が認めてくれるとは限らない。そんなもどかしさの中で、それでも願う結末を引き寄せるためには。この場のバルドルの大幹部、各階層の総督から協力を取り告げなければ前提としても成り立ちはしない。
「敢えてもう一度繰り返すが、急に出てきた良く分からないごろつきが、あなた達の主の、その息子だなんて言い出しても直ぐには納得できないだろうし。ましてやベルそのものであったと言っても良い、そんなバルドルを任せろだなんて言い出したら、到底受け入れられないだろうね」
ああ、良く分かっている。その機会は永遠に失われてしまったから、俺とベルには、これからというやつが存在しない。それはとても、悲しい事だ。
「だから、俺を信じなくても良い。ただ、何時もの様に。ベルの事を信じてくれないか」
今更だが、酷くあやふやな自分の立場を情けなく感じている。
「ベルが残してくれた可能性を、託してくれた明日を、皆で迎える為に」
結局はこうして、どうか手を貸してくれと求める事しか出来ない。
『ああ、確かに』
『・・・ええ、確かに。この方は、あのお方の御子息なのでしょうね。話し方や、態度は似ていなくとも。その在り方が、確かに、同じです』
言葉を詰まらせる皆に、少しは俺の考えが伝わってくれたのだろうか。何となく、場の纏っていた雰囲気が変わってきたような気がする。
『・・・一つ、聞いておきたい。君はもし、此処で皆から納得を得られなかった場合、どうするつもりなんだい?』
「ああ、そうだな」
そう言って、ずっと黙っていたフィリオからそう尋ねられ、少し考える。
そうなる可能性を少しは考えていた。そうなってしまった場合の解決策も、同じく考えていたから、その回答は殆ど無意識に、あっさりと言葉に出来たんだ。
「うん。正直もう時間が無いから、拒否した奴の所に今すぐ俺自身で殴り込んで。土下座してでも、駄目なら脅してでも言う事を聞かせる。勿論全部終わったら、その無礼の償いはするつもりだけどさ」
そんな俺の単純明快な回答は、トウコの時とは違った意味でその場に静寂を生じさせた。
まいった。あまりにもそのままな本音過ぎて、流石に不興を買ったかと、なにか取り繕うべきかと俺が焦り始めた頃、爆笑で場の沈黙を破った人間は、その問いを投げかけた張本人だった。
『あは、ははははは!良いね、面白いよ。間違いなく君は、あのベル・バルドルの息子だ!』
『フィリオ、不謹慎だぞ』
『良いじゃないかクロウ、君だって今、そう思っただろう?だって僕と君は会長に、腕ずくで黙らされてバルドルにスカウトされた筈だ。ああ、そうさ。あの人は普段、紳士を気取って部下を顎で使うくせに、最終的にはどうにもならない事に限って、自分で何でも片付けてしまう。だというのに、自分で何でも出来るのに、何故か敢えて人にやらせて、四苦八苦する様を楽しそうに見ていた』
『・・・ええ、そうでした。あの方は、そういう子供っぽい所が有りましたね』
楽しそうに笑いだしたフィリオは、本当に懐かしい思い出を振り返る様にしていた。
『本当に、そういう所が僕はムカついていて。けれど、気に入っていたんだよ、ベオ』
そうして、間を置かずにフィリオは告げる。
『うん、良いよ。今回だけとは言わず、これからもずっと。僕、ムスペルヘイム総督、フィリオ・メディラム・ファラディオンは、ベオ・バルドルが、ベル・バルドルの正当な後継として。その全てを受け継ぐことを承認する』
『これまでの礼を欠く行いに改めて謝罪を。私、アースガルズ総督、ベアトリス・ファルケンハインも同意し、承認いたします。どうか、この難事を乗り越えて。新たなバルドルの王として、我々をお導き下さい。私も、力の限りに努めさせていただきますわ』
続けて、ベアトリスも同意を示す。ベルの死を告げられて一番動揺していたように見えた彼女も、どうにか一つ区切りをつけて、これからの事に当たってくれるようだ。
『死した後も、大きな難題を残して我々を試されるか。全く、御人が悪いですぞ、会長』
瞑目し、何か思案した後。最後に残った総督、クロウも決心したように頷いて述べる。
『御子息にはこれまでの無礼、誠に申し訳ない。そしてヴァナヘイム総督、斎藤・クロウ・カゲタカも此処に誓願させていただく。ベオ・バルドルを、ベル・バルドルの跡目として認め、此の身は父君に奉じていた変わらぬ忠義を、之よりは臣下として示して見せましょうぞ』
そんなクロウの同意の後。ようやく険しい表情を緩めた彼女は、何時かの礼を述べた時の様な表情で告げる。
『厳しい道ですが、勿論、私は最初から貴方の事を信じていますからね。ニザウェリル総督、鷹野トウコも。他総督と同じく、ベオさんの新会長への就任を承認させてもらいます』
そう言ってトウコさんは自らの事の様に微笑んでくれて、変わらない信頼を示してくれた。
「追従する様で悪いけど、ヴァルハラ総督、佐山コウゾウも。勿論君の事を承認させてもらうからね」
口火を切った後は見守るように黙っていて、今は全てを見届けるように、佐山さんもそう言ってくれた。ああ。これで、バルドルの最高幹部である九界の各総督から、俺は新たなバルドルとして、彼らを統べる存在、会長となる承認を得た事になる。
「・・・ありがとう。その期待と信頼に応えられるように、俺も力を尽くすよ」
これで、前提条件はどうにか達成する事が出来た。だが、本題はこれからで、残された時間に比べるとやるべきことは山積みだ。
「それではベオ様、お疲れの所申し訳ありませんが、このまま最高幹部会議と、各所との調整に入らせていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「うん、問題ないよ」
すると、安心したのもつかの間。何処か遠くから破壊音が聞こえて、怒号が混じるそれが今、段々と此方へ近づいてくる事が分かる。
「何事か、すぐに確認致します」
「あ、うん。多分、大丈夫だから」
一日と少しぶりに、その二つの匂いが俺の元に近づいている事を感じて、それに酷く安心してしまっている事が。
自分が思った以上に、今のような偉そうに、どうにも慣れない事をして疲弊していたのかと自覚していると。同時に自分の頭が随分と様変わりしてしまっている事を思い出して、今度はなんだか不安になって来た。
「本社の精鋭だって、そう簡単にボクたちを阻むことが出来ると思うなよコラ・・・!」
「ベオ様、お助けに参りましたわ!もう安心です、の、よ?」
会議室の扉を乱暴に蹴破って乱入してきたのは。随分とボロボロになっているが、何時もと変わらない、その顔を見るだけでこっちが笑顔になれるような、そんな彼女達であったのだが。
「申し訳ございません。会議中はお待ちいただく様に他の者には指示していたのですが、どうやら手違いがあったようでございます」
「うん、大丈夫だよ。ああ、えっと。二人とも、分からないかもしれないけど、俺は」
姿は随分と変わってしまったけど、何も変わってはいない。俺がベオなんだと、そう説明しようとしたが、アキトも、そしてマグノリアも。そんな事はまるで問題でないように、別の事が気になって仕方がないという様子である。
「え、いや、この感覚はアニキで間違いないけれど。でもその顔は、え、会長?ちょっとまって、ぜんぜん、何が何だか分かんないよ、ベオのアニキ」
「あわわわ、あわわわわわわ。ベオ様が、何時も可愛らしくもカッコよいベオ様が急に、ちょと意地悪そうな男前に・・・!」
そうして何よりも、俺が一言も発する前に。俺が、俺なのだと彼女たちは理解している。
拒絶だとか、否定みたいな反応を心配していたのは、杞憂でしかなかった。見かけや外見が、俺たちが互いをそうだと分かる全てではないのだと、そう分かっていたくせに、自分がその自信を持てないだなんて、なんて情けないのだろうか。
「何も、変わらないさ」
うん、それだけは間違いない。
自分がベルの息子であったことを知っても。今なんて、バルドルの新会長だなんて、とても身の丈とは違った立場になってしまったけれど。
大切な人たちが変わらず、俺を俺だと信じてくれるのなら、何も変わる事はないんだ。
「ごめん、三上さん。二人に今の状況を説明する時間は有るかな?」
「はい。皆さま、小休止と致しましょう。再開は、そうですね」
自分も確認すると、壁の時計の針は朝の八時を示している。そう考えると、あの別れから、まだ一時間も経過してはいなかった。
「一時間後、九時に致しましょう。ではベオ様、お二人に加えて、先にお待ちいただいています月夜見様とオーガスタ様。そして鷹野様も一緒に、少し遅くなりましたが、朝食でも取られてはいかがでしょうか」




