犬頭の王様は黄昏を越えた未来で何時でも明日を夢見ていられるか②
九界、第八階層都市ムスペルヘイム。その地平の彼方が今、黒く燃えている。
世界の境界、天と地の狭間。その本来であれば互いに触れられぬ合間に、黒い炎が揺れているのだ。
全てを支える柱であり、通常の手段では唯一の道でもあるユグドラシルの根元。九界という名をこの世界は持つが、しかしその柱の先端は、この第八階層に在った。
であれば、此処が人の住まう最後の境目であり、その向こうからやって来るモノは、すべからく人の理を外れた存在である。
炎は更に強く、切り裂く様にその境界を広げていく。そうして、その内側から覗くモノは、その不浄なる炎の燃え残り。命が死んだ証拠としての白い灰と、世界の燃え残りの黒。
つまりこれは、第八階層とそのさらに下、真なる九界の果て。第九階層ヘルヘイムが、生者と死者の世界が繋がってしまった、という事である。
その黒の内側で、蠢く影が一つ。時が進むに合わせて二つ、三つ、と数を増していく其れは群れとなり、更には瞬く間に軍勢と呼べる規模まで増大し、その足並みを揃えて、生者の世界を侵すべく進軍を開始した。
その影の一つ、赤目に六腕、強靭なる死人の肌を持つ異形。ソレは数か月前にニブルヘイムの荒野で屍の群れを率いて猛威を振るった、失った娘を語る死肉の巨人であった。
そしてもう一つ、その影は、ニザウェリルにて蒼の戦乙女を諦めの寸前まで追い詰めた機械で造られた群体、そしてそれらの集合たる海竜の顕現。
そしてまた次は、ニヴルヘイムを死病で覆わんとし、腐れの茨を纏う悪神を苗床に発生した病巣の巨人と、その眷属。
これらは次々に数を増し、更に増え。行進するに地はもう狭いと、空を征く姿は異星から訪れた侵略者の残骸である、拒絶の装甲を備えた白い鳥。
これまで幾度もこの九界を脅かし、その一つであっても、直接滅びに繋がりかねない災厄をもたらした巨人達。個である筈のそれらが、数を増やし足並みを揃えて、今は一つの目的を以て進み始める。
群れが目指すは世界樹。其処は他の七つの階層と繋がり、何よりも、こんなちっぽけな世界よりも。
もっと広く、多くのヒトが存在する外なる世界へ。其処に在る全ての命に、等しく終焉をもたらす為に。
「・・・怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
その終焉の軍勢が迫る彼方を見つめながら、膝を抱えて震える影が一つ。彼女はこの階層を担当する九界最強の一人、銀の戦乙女であった。
だが今は一人、押し寄せる巨大な津波の到来を知って。この抗いようのない絶望の果てに、諦めを選んでしまった小さな少女の様に見える。
「こわい、こわい、こわいこわいこわいこわいこわい」
ほんとうに、こわくて、おそろしくてしかたがないのです。こんなものどうしたって、すこしくらいがんばっても、けっきょくはぜんぶむだで、いたいじかんだけがつづくいみのないこと。
「いやだよぉ、どうして、どうして、どうして」
きっと、なにもかもあきらめて、いますぐにのどにナイフをつきたててしまうほうが、ずっとらくなのでしょう。とってもいたくてこわいことだけど、そのこわいことがもっと、ずっとながくつづいて、さいごにはけっきょく、おなじことになるのなら。
ならば。こんなきょうふに、こんないたみに。こんなかなしみに、いみはないというのに。
「どうして、どうし、て」
ああ、どうして。どうして、なのに、どうして・・・!
「全員持ち場に付け!気合い入れろ、此処が正念場だ!」
「非戦闘員はさっさとターミナルに移動だ。災害時の段階的な避難シミュレーションはアホ程やっただろ!こんな事で要らん怪我人出すんじゃないぞ!」
「最優先命令確認。稼動中の生産ラインは、全部バルバロイに回せ。完成次第即実戦投入だ!その一体が、十人を、百人を救う可能性が有るんだからな。製品部は死ぬ気でチェックしろ!」
「アンタ、確か特殊戦闘車両の講習受けてたって言ってたわね。喜びなさい?こんな美人がドライブに付き合ってあげるんだから」
「ああクソ、生き残れたらちゃんとしたデートを一回くらいは付き合ってくれるんだろうな!」
みんなが、ひっしにたたかっている。みんなが、けんめいにいきようとしている。
それが、自分には分かる。この半身たる翼が、その声を届けてくれるから。
「・・・うん、わたしも。私も、諦めないよ」
そうして、彼女は立ち上がった。容易な諦めを捨てて、辛くとも、痛くとも。
「一緒に戦おう、『フリスト』」
戦乙女の序列にして、第三位。浅間フミノはその半身の名を呼び、虹の光を受けて鎧を纏う。
「私が、皆を護る。私が、誰も死なせない・・・!」
その鎧の名は、『銀河のフリスト』。他の戦乙女とは異なり、翼の代わりに新月の如き銀の光輪を背に備え、この階層都市、ムスペルヘイムが真なる力を発揮する為に、今、強く輝く。
「私の声を届けて、『アイギス』!」
主の声に応えるように銀の光輪、フリストの専用兵装アイギスは更に輝きを増した。そしてその、増幅されたフミノの願いを受けて、ムスペルヘイムのありとあらゆる言葉なき群れが、同じ銀の光を帯びて動き出す。
第八階層都市ムスペルヘイムは表向き、その豊富な資源を利用する生産都市である。つまり其処には、巨大にして広大なバルドルの工業プラントが存在していた。そしてムスペルヘイムには、真なる秘めた役割が在ったのだ。
もしもバルドルが、この九界を黄昏に供物として差し出すのではなく、真っ向からその軍勢と抗うと定めた時。その時はその最前線として、敵の侵攻を受け止め、時間を稼ぐ。それこそが、ベル・バルドルが黄昏を謀り、密かに仕込んだ仕掛けの一つ。
つまりその真の名を表すのなら、生産城塞都市ムスペルヘイム。九界における出曲輪として、其処に迫りつつある膨大な、無限とも言える軍勢を足止めするために必要なモノは、やはり多くの軍勢である。
しかし通常、極限まで自動化されている為に最低限の人員しか配置されていないこの都市では、どう見繕ってもその頭数が十分とは言えないだろう。
それを補う存在が戦乙女、浅間フミノと、その翼たる機動甲冑、銀河のフリストであった。
各階層への出荷前、という名目で巨大倉庫に保管されていた、特に最近になっては何故かその数を増していた大量の自立型兵器群。石造の如くに黙して動かない筈のそれらが、フリストから放たれた銀の光を帯びると。人を介さずとも自ずから動き出し、戦うべく武装し、整然と隊列を組んで戦線へ向かい始めたのだ。
多数の敵の群れを迎え撃つ為の、一が統べ、率いる多数。
これが、浅間フミノと銀河のフリストに求められたコンセプト。彼女はたった一人で膨大な数の兵器群を起動、操作して、一つの軍として運用する。
銀の軍勢と化した兵器群が、迫る巨人の軍勢へと向かっていく。
そして訪れる両軍の衝突の瞬間、物言わぬ兵士たちはその圧倒的な物量を前に少なくない数が衝撃で自壊しつつ、それでも確かに受け止めて、進むばかりだった前線を一時的にでも固定したのだ。
銀河の戦乙女は、その巨人の群れの奥。未だ揺らぐ黒い炎の彼方に、別の視線を感じていた。
目の前の巨人どもすら有象無象思える程に。伝わるは圧倒的な恐怖と、間近に死神の吐息を感じる濃厚で、明確な死という終わり。
だが、しかし。彼女はもう決めていたのだ。
「お前なんか、怖くない」
一時的に防ぐことは出来ても、倒す事は出来ない。だけどきっと、その時間を稼いで見せる。新たなバルドルが、この恐ろしい巨人の軍勢を。そしてその最後に控える本当の終焉を迎え撃つために必要な、その時間を。
「私たちは、絶対に負けない!」
銀の戦乙女は普段の気弱な彼女らしくなくそう吼えて、少しでも広くアイギスの光を届ける為に、未だ激しく火花を散らす前線へと向かって高く高く飛翔した。
今、この映像を誰かが見ているという事は。僕はもう死んでしまっていて、世界は予定通りに滅びへと向かっている最中なんだろうね。
初めにコレを確認するのは三上君か、佐山君あたりかな?まあ、どちらにしても、後始末を押し付けてしまった形になってすまない。けれど、大切な事だ。これから話す事をしっかりと聞いて、これからどうするのかを、皆でゆっくりと考えて欲しい。その猶予は、十分に確保できる予定だよ。
では初めに、ちょっとしたおさらいをしておこう。この世界の構造、通常の世界と、異界である九界との位置関係についてだ。
簡単に図として説明すると、うん、そうだね。一つの円の内側が通常空間に存在する世界であるとして、その接続点。円の外側にくっついて存在しているのが、この九界だ。コレの構造としては、ユグドラシルという房に果実みたいにくっついているのが九つの階層という、葡萄のようなイメージが理解しやすいかもね。
その末端、最後の階層である第九階層ヘルヘイム。敢えて他と区別して階層都市とは呼ばないが、其処に問題の終焉収穫再現体、つまり『黄昏』が存在している。黄昏はバルドルの死、企業としての象徴であるバルドル新本社ビルの倒壊か、個人としてのバルドルである僕の死。そのどちらかをトリガーとして始まる終焉、『ラグナロク』にてその収穫の開始の時を迎える筈だ。
うん、まあそんなに悲観する事ではないよ。少なくとも、この段階ではまだ、僅かではあるが可能性が有るという事だから。怒ったり泣いたり、諦めるのは後回しにして続きを聞いてくれるかい?
さて、僕が死んでしまった場合の話をしよう。僕の死後に開始される黄昏の進軍は、始めに階層の隔たりを突破して、それから第八階層ムスペルヘイムのユグドラシルを目指す事になるだろう。
第九階層は唯一ユグドラシルと繋がっていなくて、隣接する第八階層にくっついているイメージだから、黄昏が他の階層や、外界を目指すのなら大前提としてムスペルヘイムを踏破し、その中央に在るユグドラシルのターミナルを目指す事になる。
残念だが、このムスペルヘイムで黄昏と、その軍勢を完全に阻むことは出来ないだろう。けれど、先に言ったように、時間を稼ぐことは出来る筈だ。初めから彼らに期待する役割は単純な足止め、その対策として造り上げた城塞都市としてのムスペルヘイムと、其処に配置されている防衛、守城戦に特化した戦乙女、浅間君であればそのくらいはやってくれるはずだから。
繰り返すけど、可能性はちゃんと残っている。まあだけど、それはとても僅かで、頼りないモノだ。
なら君たちはどうしたらいいのか、どうすれば正解なのかと、そんな事を言いたい所だろうけどね。
そんな事は自分で考えなさいよ。
だって僕は、もう死んでいるんだからね。必死にあがくのは、生きている君たちの役目だ。せいぜい往生際悪く、どうにか納得できる君たちの結果を迎えられるように頑張るんだね。
ああ、嫌味を言いたいわけじゃない。どうしようもない事実だから、始めに教えておいてあげているだけさ。だって僕がこれまでに出来たのは舞台を整えるための下準備と、これからちょっとしたヒントを残してあげるくらいだから。せめてそのくらいの親切はしてあげた方が良いだろう?
うん、ならこれから、一番大切な事を伝えよう。
僕が創り出した九界という異界。これは、黄昏を招き、指定したとある物語の終焉を再演する為の舞台として用意した。それは、言ってみれば、黄昏の為に用意した、その欲求を満たすための餌場というニュアンスに近い。けれど、その餌場は、ある意味では檻としても機能する事を忘れないでくれ。
つまり君たちがこの九界を餌場として捉えるか、それとも檻として捉えるか。どちらを選ぶかで、これからの結末は大きく変わって来るだろう。
さあ、ならどうする。君たちはその餌場で、めそめそと泣きながら互いに慰め合って黄昏に収穫されるのを待つ哀れな供物であることを選ぶのかい?
それとも、真っ向から黄昏という究極の理不尽に抗って、それを打倒する事を望むのかな。
もし君たちが後者を選ぶというのなら、その為に必要な全ては準備してある。精々頑張って、世界を好き勝手に塗りつぶし、喰らう存在相手に足掻いてみるといい。
・・・まあ、僕の『息子』はやる気満々みたいだからさ。迷惑かけて悪いけど、よろしく頼むよ。僕が自ら選んだ君たちになら、うん、少しは安心して任せる事が出来るからね。
そしてベオ。その中心で、一番頑張らないといけない存在は間違いなく君だ。
君が自分で選んだんだからさ。最後まで、皆を期待させた責任を、ちゃんと取るんだよ?




