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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか
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商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか⑳

「最後に一つだけ、私からベオに伝えられる事が有る」


それは研究所を後にする前、アリスに告げられる事になった、最後に示された可能性。自分がどんな存在であるかを知ったが故に、自覚する事になったベルとの共通点である。


「それは、ベオ自身もベルと同じく。一万年という永い時間に、この星に存在していたという事だ。存在の時間は即ち、その期間にほしの塵である魔素を自らへと蓄える時間となる」


それは俺自身が生まれているかどうかは関係なく、存在していたという事実から推定される仮定。しかしそれならばどういう訳なのか、俺にはベルの様な伝承保持者としての力も、それどころか魔素を用いる魔術の素養すら無い。


「その点は確かに不可解な点だ。共に過ごして感じていたが、ベオには魔術の素養どころか、その芽生えすらない。フェンリルを利用した魔素の吸収や身体の再生、伝承兵装への充填などは可能だが、その供給はその場の魔素の利用であって、ベオ自身が蓄えている筈の魔素は、少しも使用していない筈だ」

「言われてみると、そうなのかな」


であれば、ベルと同じく一万年という間に蓄えられていたという魔素は何処へ行ったのか。


「少し前まで、私はそれは全て、フェンリルに吸収されているのだと思っていた。けれど、そうでない事はもう分かっているんだ。ベオ、お前はフェンリルを開放するたびに、その証明として出力が落ちているという事に気が付いているか?」

「・・・やっぱり、そうなのか」


実は、随分前からその自覚はあった。

自分の意志での初めての開放であった、オルターとの戦い。そして次はニザヴェリルでターミナルでの、道を拓くための道中。更にはパズズとの決戦の前、嵐の抱擁に魔素を充填させるため、そして四度目の開放は、あの月面でのマナを救うために必要だった僅かな時間。

開放の度に、明らかに下がっていくフェンリルの力。そして何より、容易となっていったのはフェンリルの解除であった。

オルターとの戦いでは行動の抑止に相当の気力が必要で、解除には犬頭の部分を物理的に時間を掛けてはがしていかなければならなかった筈だ。

それが二度目の解除では痛みこそ伴ったがその場で引きはがす事が出来て、それは三度目も同様で、四度目に至っては魔素が枯渇している空間とはいえ、自分の意志どころか自然に解除された始末だ。


「・・・正直、フェンリルについては謎が多い。その定着の過程もそうだが、そもそもの素体である遺物。これの調達は三上と、ベル・バルドル自身が行ったという。本来、その伝承に強く影響を受けたモノであるとは予測できるが、逆に言えばそれ以上に分かる事が無い」


結局、その後に出された結論は一つ。それこそが今持ちうる限りの全てがベルに届かなかった際の、唯一にして最後の希望となるかもしれないのだという曖昧な不確定要素で、今となっては証明された、たった一つの事実である。





「そう考えれば今までの戦いも全部、決して無駄じゃなかった。掴んだぜ、その金ぴかの感覚を!」


芽生えのきっかけは、月面にてあの黄金に輝く小刀を手にしたその時。そしてフェンリルの力が弱まり、一万年を生きた伝承保持者を目の当たりにしてようやく自覚した。自分の中に確かに存在する、その輝きの存在を。

しかしまだ弱い。ベルの如くに全身を纏う鎧の様にはいかず、カタチの無いそれを、やり方も分からないまま四苦八苦して、現れた武器はとても小さく。目の前の荘厳な城塞の如き黄金と比べるとまるで安普請、酷く不確かで朧げなモノである。

その範囲も、精々右手の前腕から先、拳を含む程度まで。


「だけどな、それでもテメェを殴るくらいには十分だ!」

「ははははは!いいぞ。そのちっぽけな光で、果たして僕に、バルドルに届くかな!」


初めから存在していたのに気が付きもしなかった、最後にして最大の武器は、今この手に。

これでようやく同じ地点に、とは口が裂けても言えないが。其処に届き得る術を得たという事実は何よりも大きな一歩だ。

その一歩で、俺はきっと。九界の王に安心を示して見せる。


そうして、俺とベルの、最後の戦いが始まる。

俺が見せた輝きを認めてか、今度はベルも応戦する姿勢を見せる。今もその手に武器こそ持たないが、そんな事は黄金の王には不要な事で、拳の端、指の一部でもかすりでもすれば俺の身体なんて一瞬でバラバラになるという当たり前は、この輝きの意味を知ったからこそ理解できる、それ程に圧倒的な力の差が俺とベルとの間には存在している。

例えば、普段は景色の一部だった彼方に在る山々の麓に辿り着いてようやく感じる事が出来たその巨大さ、山頂を目指して一歩を踏み出し、進む最中で山肌を足で掴んで伝わる道の険しさ。そしてその合間に、下界を見下ろして知るその眺めの広さと、未だ見えぬその山頂への果てしなさとは、きっとこういうモノなのだろう。


思えば、それはベルの生きてきた、これまでの永い人生の追体験なのかもしれない。

自身が生きていた世界が滅んで、一人ぼっちになって。生まれても死んでもいない俺を、自分がそんな境遇になってしまったきっかけでもある俺を抱えて、歩みを止める止める事無く、その真意はまだ分からないままだが、何かを成す為にずっと、旅を続けてきた。

生きるだけというのなら、石の様に其処に在り続ければいい。けれど、ベルはそのやりたいことをやり遂げる為に、歯を食いしばる様に、余人では想像もできない険しい道を歩いてきたのだ。その結実がバルドルであり、九界である。


その為に犠牲になった人たちが居た事を、俺は知っている。自分が遂げるべき事の為に、きっと、もっと沢山の、色々なモノたちをベルが踏みにじってきた事を。黄昏という世界を書き換える事を可能とする存在から世界を救うという大義名分が有っても、今、まさに多くの命を犠牲にしようとしている事を、俺は理解していた。

だからもう、正しいとか、間違っているとか。そういう話ではないのだ。

善も悪も無い。正邪の境は、此処には存在しない。ベルは、ベル自身が正しいと判断して、俺は、俺自身が求めて、そうしたいという願いの為に。それだけの為に今、己の信念を、互いに示そうとしている。

そう想えたからなのか、やはり何処か清々しいと感じられるくらいに、俺は自分に何の負い目も無く、思うままにこうして戦っているのだ。


ベルはやはり強い。今までの誰よりも、何よりも。これで多分手を抜いているというのだから、ちょっとおかしくて笑ってしまうくらいだ。

加減しているとはいえ、その一撃一撃は致命傷。黄金に届き得る武器を得たからとはいえ、それが何だと鼻で笑われるくらいの力の差。けれどそれは、ある意味では何時もの事で。俺にとっては日常茶飯事である。そう考えると、かえって力を抜いて、純粋に目の前のベルに挑むことが出来ている。

一度の油断が命取り。容赦なく、間を置かず繰り出される黄金の一撃。それを躱し、今も命を繋ぐ。これは、今までの経験がその背をを支えてくれていた。

何時だって命がけで、だからこそ死線をかいくぐって生き抜いて、鍛え上げられてきた嗅覚は、その死を告げる大鎌の刃の匂いを感じ取って、躱し続ける助けとなる。


「あははは!避けるのは確かに上手いが、何時までも、避け続けていられるかな!」


ベルの言うようにそれは事実で、回避に専念している今は、距離の問題でなく、その機会という意味で、手に宿した自身の輝きをぶつけるに、その間合いは余りにも遠い。

この完璧な王に、そんな隙があるかもわからない。バアルの権能の如くに嵐の様な暴風をかいくぐり、その瞬間をひたすらに待ち続ける事は、ちっぽけな俺にとって、どれ程の時間可能であるというのか。


「勿論、テメェをぶん殴るまでだ!」

「いいね、その軽口を何時まで続けられるかな!」


強がりだけは一人前で、限界はとっくに超えていて。繰り返す刹那、僅かな瞬間の積み重ねて、それがまるで、永遠の様に感じている。

何故か俺は、自然に笑みを浮かべていた。そして目の前の黄金の鎧の向こうでは、ベルも同じように感じているのだという、そんな意味のない確信が有った。


「・・・はは」

「はははは!」


見ている誰かが居れば、奇妙な光景だったのだろう。

黄金の王と、小汚い犬頭が殴り合っている。それも、互いに笑いながら。

けれどこの場には当事者しか存在せず、俺も、ベルだってそんな事を気にしてはいない。


「ああ、クソ・・・」


認めたくはない、なんだか恥ずかしいし。

けれどやはり、そう思い知らされる。ああ、俺は。この男の事が、やっぱり気に入っているのだと。

自覚すると無性に、この男が生きてきた人生を知りたくなってしまった。それは多分、誉有る英雄譚では無ければ、バァルという神名に見合った荘厳な神話でもない。

だからこそ、俺は知りたいのだ。他と違って匂いを感じ取れないからというだけでなく、ベル自身から語られるその物語を。そうする事で、この良く分からない男の事を、もっと理解できるという期待を込めて。

ああ、そうだ。ベルをとっちめて、その安心を示した後。報酬として、それを聞き出すのも良いだろう。そう考えるとなんだかやる気がわいて、何時までもベルの拳を躱し続け、その隙を伺う気力がわいてくる。

そうして、もしかすると数時間。体感では数日、実際はおそらく数分の間。まるで本当に、永遠にこの時が続くのではないかと、そう思われた瞬間に、そのただ一度の機会は唐突に訪れた。


「おおおおおぉ!」


今までの間に俺の輝きは弱まり、今はぼんやりと拳を包む程度だ。

だがそれでも、どうにか間に合った。

拳が捉えたのはベルの右側腹部、初めてにして最後、その一瞬隙の合間に届いた俺の拳の、接触の瞬間に感じたそれは、やはり鈍い痛み。

とてつもなく重く、余りにも堅いそれを殴りつけた瞬間に、目の前で火花が爆ぜるような光景を幻視する。


「だが、届いたぞ!」


俺の持てる限りの全てを込めて。きっと、この男に届く様に。


「・・・お前が、安心を得られるように」


彼の言う、安心という言葉の意味が分からなくても。


「俺の、全てを!」


そうする事で、せめて自分は。この後に待つ結末に、納得する事ができるように。

思えばそれも、永遠の切れ端。一瞬の出来事だった。


「うん。これなら大丈夫、かな」


ベルのつぶやきが聞こえて、拳から伝わった俺の輝きが黄金に波紋の様に伝わった後。完璧で、どんな攻撃に晒されても傷を負う事が無かった其処には小さく亀裂を生じて、黄金の城壁はその主の安心をなぞり、その一部だけであるが、あっけなく砕けたのだった。





「あー。死ぬかと思ったぞ、クソ」

「あははは。まあ、生きているから良いじゃないか」


全力を使い果たして座り込む俺の隣に腰掛けて、言いながらベルは、ふいに懐から取り出した赤い石ころを握りつぶした。簡単に砕けて、細かく割れた赤い粒子は暫く空間に漂ったあと、霧散する様に消えていく。


「何だったんだよ、今の」

「ああ、これは第五の巨人、ロキの核さ。現実へのちょっとした干渉の際に色々便利だったけど、もう必要ないから、砕いてしまったんだ」


何だかすごい事を簡単に言いやがったが、まあもうクタクタだ。そんな事をいちいち気にしていられる余裕は無い。

赤の荒野は変わらず、美しくはあるが、其処に在るべき何かが欠けているせいで、少し寂しいまま、空には永遠に変わらない薄明が続いている。

けれど、この戦いは終わりを告げた。ベルの求めていた安心というやつは良く分からないままだったが、バァルの鎧を砕いたことでギリギリ及第点、といったところなのだろう。その証明としてベルはバァルの鎧を解いて、今は何時の様子に戻っている。


「なぁ、ベル。どういう訳か俺、この光景を知っているような気がするんだ」

「ああ、鎧の欠片で造った小刀から記憶を感じ取ったんだね。全く、昔から嫌いだったよ、君たちのソレ」


という事は。あの刹那に見た光景は、やはりベルの過去だったのか。


「忘れてくれ。若気の至り、老人の淡い思い出ほど、恥ずかしいモノは無いんだからさ」

「はは、どうすっかなぁ」


俺のからかいに誤魔化す様に手を振ると、ベルが維持していた神殿、その荒野は光が解けるように消えていく。その光景を何故か寂しく思うと、その間も僅かで、世界は元の会長室へと戻っていた。


「ああ、三上さんと」


其処には俺たちを待っていた影が二つ在った。一人はその鎧を脱いだ後の三上、そしてもう一人は。


「・・・アリス?」


アリスは俺の声にびくりと一度震えて、それからは躊躇いのない動作で、手にしたソレをベルへと向けた。


「・・・どうしたんだ、アリス?」


アリスの、その身に纏う匂いには覚えが有った。それは出会って直ぐの事で、あの夜、たき火の傍で初めてその素顔を見せてくれた、彼女の母の元へと向かう前に感じたソレで。


「ベオ」


そして彼女の母親がその身を投げ出す事で、あの恐ろしい第一の巨人を倒すきっかけを作った瞬間に、俺へと強く示したモノと全く同じ。それは、強い決意と覚悟の匂い。

だから、俺は何もできなかった。


「私は貴方を、永遠に愛している」


言葉と共に、その綺麗な翠色の瞳と目線が交わり。溢れた透明な涙がアリスの頬を伝い、彼女が優しく微笑んで。

それから一つ、その場に乾いた音が響いた後でさえも。


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