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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか
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商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか㉑

「・・・どういう訳だ、話が違うぞ、ベル・バルドル!」


乾いた音を立てて、アリスの手から小さなモノが落ちる。

それは装飾や装丁などからかなり特殊な造りをしているように見えるが、大まかな形から、暗殺や女性の護身用に用いられる事との多い小型の拳銃であるらしい。


「いやぁ、勇気を振り絞ってのところすまないね、オーガスタ君。だけど少し、予定変更だ」


アリスの手から軽くその銃を叩いて落としたベルは、今それを握っている。アリスはそのベルの行動に対して、信じられない事が起きてしまったかのように酷く取り乱した様子で、三上が後ろからそれを制していた。


「君にはやはり、荷が重すぎる」

「ふざけるな!貴方は私に、自らの行いに対する責任すら負わせないつもりか!」

「とは言えねぇ。僕は長く生きてきたせいで、随分としがらみだらけになってしまってさ。ちょっと考えたんだけど、その余分を君の様な未来ある若者に負わせるには、少しばかり気の毒だ」


その問答の意味は分からない。けれどこんなにも、アリスに強く覚悟させて、決意の涙を流しながらもそれを行おうとして、ベルがそれを阻んだ理由とは。

一体、アリスは何をやろうとしたのか。そしてなにより、ベルがアリスが落としたナニカを手にして、何をしようとしているのか、それが、酷く恐ろしい。


「おい、ベル。お前、何を」


絞り出すような俺の問いを無視して。すたすたと歩いて、窓際に立ったベルは少しだけそちらを眺めた。

遠く彼方には、あの赤と青だけが永遠に続いている世界とは異なり、金色に輝く太陽の光が少しずつ昇ってきていて、動き出した世界は、また何時もの様に夜明けを迎えようとしている。


「うん、もういいかな」


そうして、ベルはその手にした拳銃を自らの胸に押し当てて、何でもないように引き金を引いたのだ。

その銃は鉛玉を発射せず、引き金を引いたとしても音も無く、代わりにただ一つの概念を打ち出す。

それはあまりにもちっぽけで、かの神話においては、光の神に対して何の害をもなさぬと見逃され、盟約から外された唯一の例外。それ故にその顛末の原因となった、『やどりぎの若木』という概念で構成された弾丸であった。


「・・・あ?」


そんなモノには、本来であれば何かを傷つける事すらできない。

ただそれは、この世界においては例外と成り得る。


「素晴らしい、本当にいい出来だよ。アウグストゥスの末なる、オーガスタの娘。『バルドルは、ヤドリギによってのみ傷付き、そしてその命を落とす』。うん、これなら大丈夫そうだね」


それはつまり。少し前、あれ程に強大で、何よりもジウスドゥラという世界最後の語り部であり、その為に死ぬことも許される事無く。他の何よりも永く、一万年という時を生きた、何よりも偉大であった黄金の王は。


「僕の、バルドルの命に。確かに、この小さな枝は届いた」


この世界に在るが故に、あっけなく膝を折り、静かに倒れて。つまり、本人のいうとおりにその命を終えようとしているという事である。


「ああ、ああああああ!すまないベオ、私は、私はお前の!」


その言葉を最後まで続ける事は出来ずに、アリスは三上によって何らかの魔術を用いられる事で昏倒する。

そして黄金の戦乙女は、アリスを横たえた後に、静かに己が主の傍らに跪いて言葉をかけた。


「・・・永き旅、ご苦労様でございました、主様」

「君には色々と苦労をかけたね。そのついでにで申し訳ないけれど、ベオの事をよろしく頼むよ。どうにか及第点ってところだけど、まだまだ頼りなくって、危なっかしいからさ」


静かに、響く様に会話は成されていく。その離別となる言葉を、一つ残さず心に刻みつけるように。

黄金の王に、黄金の戦乙女は何時もの様に、何も心配はいらないと応えた。


「はい、どうか後の事は拙にお任せを。全て、主様のお心のままに」

「うん。あ、そうだ。大事な事が一つ」

「はい」


ベルは三上の頬にその手で触れて、慈しむ様に、長らく仕えてくれた彼女を慰めるように撫でた後。その腹に触れて、また優しく撫でた。


「男の子ならタケル。女の子ならシズハ、かな。すまないね、こんな事しか、残す事が出来なくて」


ああ、と。一つ息を吐いて、その手を通して、其処に在る存在を主が慈しんでくれている事に。

彼女は一度として求めた事は無かったが、これまでの全てが報われたような気がしていた。

三上は静かに目を細めて微笑み、ベルの手に己の手を重ねて告げる。自らの幸いと、その想いを。


「いいえ、主様。あの暗い、誰からも忘れ去られたゆりかごで。主様と出逢ってからずっと。拙はずっと、幸せで在りましたよ」

「・・・うん、なら、よかった」


それから三上は、ベルに手を貸してその場に座らせた後、倒れているアリスを抱えて一礼し、その場から離れた。

その間もずっと、俺は動けないままで、立ち尽くす事しか出来ないでいる。

そんな様子に気が付いて、ベルは困ったように笑うと。俺に向かって、正確には俺の頭に向かって声をかけた。


「契約は果たされた。五体の巨人を退けて、黄昏を前にした今もなお、グレイプニルの封印は健在である」

「ああ、確かに。契約は果たされた」


そうして、俺の頭から俺ではない声が聞こえた後、俺の頭がぼとりと落ちた。

これも正確には異なる。正しく言えば、俺の頭から、するりと犬頭が滑り落ちたのだ。


「ベオ」


そしてその俺の頭であった筈の犬頭が、俺に向かって目を開き、しわがれた声で告げる。


「お前は恵まれている。少なくとも、我にその機会は無かったのだから」


そう犬頭に言われた後も、犬頭が黙ってしまった後も、俺は動けずにいた。

顔を伝う血液だとか、何か良く分からない液体は全て流れ落ちて、それからも俺は馬鹿みたいにその場を動く事も出来ず、言葉を発する事も出来ないで、やはりずっと、ベルが己を撃ちぬいた後からずっと。

きっと始めからその場に在ったのに、気付く事が出来なかった、その匂いだけを、俺は感じていた。


「ああ、やっぱりそうなるよね。もう自身の匂いを遮断する余裕も無いくらいに、僕は死にかけって事だもの」


この匂いを、俺は知っている。それはあの荒野で、仲の良い母娘が最後に放っていたそれで。


「やっぱり好きじゃないな、君たちのそれ。そんなところまで、似なくても良かったのにさ」


その意味が理解できてしまったから、俺は何も出来ないで、間抜けに立ち尽くす事しか出来ないでいるのだ。


「ベオ」


そんな俺の事を見かねてか、ベルはこちらへと声をかける。


「僕はもう間も無く死ぬ。だからその前に、少し話をしよう」


何時もとは少しちがった笑い方でそう言われて。どうしようもなく馬鹿な俺はやはり、その声に従うことくらいしか出来なかったのだ。





「正直、ちゃんとした確証は無かったけれど、これで確信できた。黄昏による終焉の再現は、現行のシナリオの方が優先されるらしい。つまり最後の一人となる前にジウスドゥラは、ラグナロクの引き金であるバルドルとして死ぬ。これで収穫の条件は果たされず、僕が在った世界は糧となる事を免れるだろう。一万年の間、僕を生存させたコストと、一つの世界の収穫を逃した事がどれくらいの影響となるかは分からない。だけど確実に、幾らかは黄昏の世界に対する影響力は減退する筈だ」


ベルが話している事は、きっとこれから必要となる事だ。だから俺は、もうベルに心配をかける事が無いように、黙ってその言葉を聞いている。


「これから起こる事に向けた対策プランと、各部署とのやり取りで必要になる細かい所は三上君に託してあるから、後で尋ねてほしい。これから君には、君にしか出来ない役割が待っている。僕はもう助けてあげられないから、何時ものように他の人の意見をよく聞いて、それでも最後はよく考えて、君が自分で、自分が正しいと信じる道を選ぶんだ。いいね?」


ああ、そうなのだろう。俺はきっと、ずっとベルに助けられてきた。今までも、そしてこれからも。

それが分かっていなくて、本当は分かっていたのに。俺はどれだけ間抜けだったのか、今は後悔する事すら出来ない。

それから、ベルが俺の胸に手を当てた。それはまるで、アリスがその母から受けた様に。何かを受け継ぐ為に必要な事であったのだろう。


「僕にはもう必要ないから、『バァルの権能』は君にあげるよ。あのいまいちな、『存在の力』の使い方も、あのやり取りで何となくは分かったろうから、上手く使うんだよ」


そうして不意に、ベルは三上にしたように、俺の頬に触れる。

同じように優しく撫でた後、今度は指で押したり、少し引っ張ったりして、まるで、その形を確かめているようだった。


「ふふ、こんなに似なくても良かったのにねぇ。男前ってさ、それはそれで結構苦労するんだぜ。あ、でもその眼は、あの人そのままだね。あの荒野の、あの日の空の様に。透き通って、きれいな青だ」


それはきっと、あのユメの狭間で見た、楽しそうに笑っていた、そんな誰かの事なのだろうか。


「・・・その人は、どんな人、だったんだ?」

「うん、そうだね」


ずっと昔の事であるのに、それをつい先ほどにあった様に。ベルはその人について、簡単に思い出して俺に教えてくれた。


「よく笑う人だったよ。ちっぽけな商人だった僕はその笑顔がとても好きで、一緒にいるだけで、気持ちが暖かくなる様な、そんな人だった。君にも、そういう人がいるだろう?」

「・・・うん」

「それは良いことだね。ふふ、けどさ、ちょっとその数が多いのは困ったな。複数妻を取るのは大変な事だし、君の周りは個性的で、面白い女の子ばかりだから」

「そうなのかな」

「そうさ。まあ、ちゃんと向き合えているのなら、それもいいか」

「まだ、よくわかんないよ。だって俺、これでも一歳だぜ」

「あはは、それは、確かにそうだね」


ぽつぽつと話す内容は、別に特別な事じゃない。本来の、俺たちの関係であれば、普通で、自然に話題に上がるような事だ。


「・・・なあ、どうして」

「どうして君を捨てなのかった、かい?」

「うん」

「そうだねぇ、そんな事は、考えもしなかったな」


それがどれ程の永い旅であったのか。その隣で眠っていただけの俺には、何も分からない。


「あの日、僕の世界が滅んだあの時。君をあの人の傍で見つけた瞬間、すぐに君が誰なのか分かったよ。それから随分と長い時間が流れたけれど、やっぱり少しも、君を捨ててしまおうとは、考えたりしなかったなぁ」

「一度も?」

「うん、一度も」


そんな事は当たり前だと、ベルは言う。


「そうさ。僕はね、ずっと当たり前の事をしたかったんだ。他の皆にとっては当たり前で、なのに君にだけは違う、その当たり前を、君にあげたかったんだよ」

「それ、は?」


それはね、と。ベルは穏やかに微笑んで、この一万年でベルが求めた末に、ついに遂げる事が出来たという願いの答え合わせをした。


「明日があるという事、それを当たり前に信じられるという事。それをどうしても、君にあげたかった。他の何を犠牲にしても、誰かを傷つけて殺しても、例え世界を滅ぼす事になったとしても」


それだけが、自分の世界が滅んだ後も生き続けて、何時もその世界を滅ぼした存在を身近に感じながら。それでもこの永遠を生きる事を止めなかった、そんな男の求めた、唯一の願いであったのだ。


「僕は永遠に今日を眠り続ける事が出来た君に。それでも目を開いて、自分の目で世界を見て、そしてなにより、未来へと続いていく明日を迎えてほしかったんだ」


そう言うと、それを伝える事だけが最後の心残りで、それを終えてしまったからこそ、ベルの手から少しずつ力が抜けていく事を感じる。


「・・・俺は!」


だから今度は俺が、その最期に間に合うように伝えなければならない。


「俺は楽しかったよ。この一年間、何時も楽しくて、何時だって、明日が待ち遠しくて、仕方が無かった」


もう大丈夫だと。俺は貴方に胸を張って、そう望んでくれた明日へと、自分の足で辿り着く事が出来るのだと。


「俺は、大丈夫だから。約束するよ。必ず、この九界で。皆で、明日を掴んで見せる。そしてきっと、その先へと辿り着いて見せる。だから、だから・・・!」


堰を切る様に溢れて、頬を伝う熱を帯びた涙を止める事は出来ない。だからその分、強く笑って、自分はもう大丈夫なのだと、どうか、伝える事が出来るように。


「だから安心してくれよ、父さん。だって俺は、約束を破った事が、一度だって、無いんだぜ」


ベルは、父さんはその俺の言葉に、少しだけ驚いたようにして、それから誰かに呟く様に息を吐いた。


「・・・ああ、安心した。永かったこの旅には、ちゃんと、意味が在ったよ。そしてあの日、君が言ってくれたように、僕は今、微笑んでその最期を迎えられる。ああ、本当に、よかった」


その言葉の通りに微笑んで、父さんはその言葉を残す。


「信じているよ、ベオ。僕とあの人の間に生まれてきてくれた、たった一人の、大切な息子」


そして俺は、その欠片一つも取りこぼさないように、心に刻みつけるように耳を澄ませた。


「そしてどうか、君が他の誰もと同じように。何時だって明日を夢見て、その先へと進んでいくことを望むような、そんな人生を送る事ができますように」


あまりにも永い間、其処に在った。

だから在る事が当たり前で、無くなってしまう事が考えられないような。例えばそんな、とても大きな巨木が、とても大きな嵐を越えて。

その夜明けに、巨木の様子を見に来た誰かの顔を見て、何かに満足する様に。その誰かにさよならを言いながら、遂にゆっくりと倒れるように。

あまりにも大きく、そして静かな最期。それが、九界の支配者、黄金にして光の王。そして俺の父、ベル・バルドルの最期だった。


「ああ、あああ」


果たしてその、永い旅の終わりに。ベルは、その言葉の通りに、本当に望んだモノを得る事が出来たのか。

何時だって、先に逝ってしまった人の想いを知る術は存在しない。だから俺たちは、自らの心に在る、その人のカタチに向かって問いかける。ちゃんとやれているか、貴方に胸を張ってきていられているかと。


「ああ、あああああああああああああ!」


だけど今は、今だけはこのみっともない有様を、勘弁してほしい。

だって失ったモノが大きすぎて、それがどれ程に自分を助けて、護ってくれていたのか、今でさえ俺は、ちゃんと理解してはいないのだから。


「・・・ああ、ああ、あ」


俺はただ、そうする事しか出来なかった。

意地悪で性格が最悪の、何を考えていたのか良く分からない、悪友で、敵でもあり、立ちはだかる試練の後で、その終わりの時は父だった。

そんな男の一万年の余燼が、その熱を失っていく身体を抱えて。年相応の子供の様にそれを嘆いて、ただ涙する事しか、俺には出来なかったのだ。


これにて、五章終了となります。

今更ではありますが、感想、評価などはお気軽にどうぞ。私は未だに当サイト様の仕様が分かっておらず、もしかすると誰にも自身の投稿を読んでもらえていないとすら考えていますので、そういった反応があればとても嬉しく思います。

さて、残る最終章、六章はまた暫く時間を開けさせていただきますが、本年中には完結する様に投稿を始めるつもりです。

お付き合いいただける方はどうぞ、最後までこのお話を見届けていただければ幸いです。

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