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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか
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商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか⑱

成程、マグノリアは言っていた。神話の具現化たる伝承体、その強さの基となる、語り継がれた時間、その範囲、そして神名。

バァルという名は、最も古い記録で今より五千年前に遡る。その神性はカナン人によって崇拝されていた神々の王であり、今も事実でも空想でも、そして文献や物語などでもその名を語り継がれている伝説の存在であった。

原点では天候を操り、豊穣をもたらす慈雨の神にして、荒れ狂う嵐の権化という二面性を備える、高き館の主。

歴史を下れば他宗教へと取り込まれる形での強大な悪神と変化していく過程で知られる事もあるが、それはそれだけ、元々の信仰や神格の高さ故に、そういった形でしかバァルという存在を各々の伝承に取り込むことが出来なかったという妥協の現れであって、これらがかえって長きに渡り、その広大な範囲の地域で語り継がれている原因ともなっている、彼の存在の強大さと高名を示す証左であろう。


加えてベルが一万年も活動していたというのなら、その全ては他に比類するモノの無い、極大であると言えるだろう。

ならば神としての名、目の前のソレはそのままバァルという神の顕現であるだけでなく。実際に幾つかの伝説や、物語にて語られる強大にして強壮の王の集合体である。考えてみると、古い英雄譚のその幾つかは、もしかするとベル本人の事であるのかもしれない。

伝説をその身に宿し、今に伝えるという伝承保持者。その稀たる存在の中でも、ベルは最も稀と言って良い。何しろ伝説そのものが今も生きて、その両足で歩いているのだ。目の前に在る黄金の王、それから放たれる跪きたくなる様な威圧感と威厳は、間違いなく王という存在の極地。つまり、王の神と言えるそれだ。


「それでも、君は抗うのだろう?」

「当たり前だ!」


ハッキリ言って真正面からぶつかって、当たって砕けるつもりは無いが、そのくらいの覚悟が無ければコイツをどうにかする事は出来ない。ならば初めから全力で、俺の持ちうる全てをこの黄金の王にぶつける。それでどうにもならなかったら、その時はその時だ。


「スコル、ハティ!」


先ず一手。最速で、俺の瞬くような一生の間で、一番長く共に在り続けた相棒たちを選択した。


「code『Noisy・howl』!」


開かれた咢より、放たれるは対ベル用に温存しておいたとっておきの強装弾。マグノリアから提供を受けた、かのコンスタンティノープル攻城戦においてその城壁を砕いたと言われている発掘砲弾をい溶かしてその核とし、現代最硬のタングステンでコーティングした弾頭を、過剰炸薬と電磁加速にて最高速、最大火力の一マガジン分を数秒でバラまいた。


「『Savage・dance』!」


続けて振り下ろす爪。過剰な熱を青い雷光として吐き出しながら、これも最大延長された雷神の斧、チェーン一つ一つにはムナカタと同じく、あの彼方からの来訪者、トリフネの素材を使用している。異星の科学によって発生する拒絶の壁は他に類のない摩擦と反発力を生み、ソーの回転と共に、まるで数多の刃が高速で、刹那に、そして同時に振り下ろされ続ける千刃の嵐。

バァルの黄金に、続けて突き立てる牙と爪。最初にして最大火力は、これで相手がどうにかなるだなんて楽観視から選ばれた選択肢ではない。

むしろ底のしれない壁へ放たれた試金石である。その後の戦術を決めるための第一歩、僅かでも、完璧な輝きを曇らせる為に。そしてその曇りを橋頭保として、強大な王という存在を攻略するための足掛かりにと。


「うん、少し驚いたかな」


しかし期待むなしく、眩い輝きに曇りなし。その鎧の表面にはハティによって発射された銃弾による弾痕どころか、むしろへばりついた弾頭による黒い汚れしか確認できず、スコルの刃も、僅かな引っかき傷の一つさえ残らない、鎧の表側は、鏡面の如き艶やかさを保ったままだ。


「上等!」


ならば次だ。城の壁が堅牢というのなら、その内側を攻めるまで。

両手に装備するミョルニルに力を籠めれば、応えるように迸る稲光。砕けぬ鎧を伝い、その内側へと雷霆の一撃を加えるべく、固く握った拳を放つ。

インパクトの瞬間、手に伝う衝撃はまるで巨木を殴りつけたという錯覚。拳の保護もこなすミョルニルだが、指先から前腕までの全ての骨が粉々に砕けてしまったのではないかと思う様な痛みに目の奥が白く染められた。それでも、拳は確かに届いて、そこから電撃を伝わせる事には成功した筈だ。


「あはは。君さ、ちゃんと勉強してきたのかい?己のノミで指を怪我する石工がそうそう居ないように、雷神を兼ねる僕には、あまり電気エネルギーは効果がないんだぜ?」

「そうかよ、クソ!」


バァルはその権能に天空神としての側面を持つ。その振るう力は、古くは人界より隔絶した神の住まう場所である大空、つまりバァルとは其処に存在する嵐と万雷を司る神なのだ。

といえど自らの振るうモノでなければその体制に限度は在ると考えていたが、最たるソレに、劣るコレらは児戯として効果が無いという事か。


「なら腕の一本くらい、覚悟しやがれ!」


引き抜かれた剣には、これも異星にて建造された白い鳥の残滓が纏われている。

星骸剣バルムンク。異星の鋼と、その内にこの星に過去存在したという剣神の分け御霊を宿して、物体を断つという機能を最大限に特化した大剣。あのトリフネが備えていた拒絶の障壁すら容易く両断した刃の冴えは、下手をするとこの勝負の決着となるかもしれない。

おそらくはあの時よりも速く、そして自画自賛というよりは、付け焼刃とはいえマグノリアやアキトとの猛特訓の成果があってか、より研ぎ澄まされた剣閃が己の手の内から放たれた瞬間、思わず笑みがこぼれたモノだ。

マグノリア曰く、剣戟の極意とは置く事に有るという。対象を断つという結果に対して、最適の一閃を置く様に、最短最速にて剣を紙一枚程の間に通す。極限の集中と緊張がかえってそれを実現したのだろう。同じ事をやれと言われても、ハッキリ言って自信が無い。

つまるところそういった奇跡の様な一閃を、こうしてやってみせたという訳なのだが。


「いや、君は剣士って訳じゃないだろ。僕はもっと鋭く、腹の底が冷えるような一閃を知っているからねぇ。そう簡単に君のへなちょこを受けてやるにはいかないかな」


だからといって二本指で止めるのはどうなんだ。止めるという動作から、当たればどうにかなるかもという別の方向に僅かな期待は生まれたが、打ち込みの際、脱力の為に生じた僅かな握る指の弛緩を見透かされ、そのまま挟んだ指で遠く彼方までバルムンクを投げ捨てられてしまったのだからその期待もそのまま霧散してしまった。

全く、切れ味を生かした刀法などといって、即席の生兵法など実戦でやってみるモノでは無い。鈍器として殴った方がまだ効果があったのだろう。


「なら、こいつはどうだ・・・!」


手にするは吹きすさぶ烈風、星を揺らす程の大嵐。最後にして最大、対ベルの本命。彼方より辿り着いたという隕鉄によって形造られた斧槍、嵐の抱擁より放たれたのは、原初の風で編まれた刃。

これも嵐の神に嵐、という事で効果が無い、という恐れはあった。しかしその嵐は太古、生まれて間もない地球にて観測された、ある意味ではベルよりも古い記憶、そしてそれも、この星の表面を覆う程に広大、強大のソレである。古さにはより古く、対伝承体との戦いでも常識と知られている戦法にて、本命の一撃をベルにぶつける。


「うん、今のはちょっとだけ効いたかな」


しかし、その期待もあっけなく砕かれてしまう。


「確かに、その斧槍の再現する嵐とは僕の存在するより以前、古く、そして強大だ。だけど、その嵐とは純粋な自然現象であり、その再現も記録映像に近い。その方向性に他を害する、という意思が弱すぎて、僕に対する武器として用いるには、ちょっと向かないんじゃないかな」


それにしたって限度があるだろう。あの巨人に寄生された悪神、パズズでさえ慄いた大嵐を受けてなお、多少ふら付いた様子こそ見せたが、底知れぬ余裕を維持したまま、黄金の王は立っている。


「・・・さて、これで終わりかい?」


整理するとほんの十分程度で、俺は持てる手札を出し切った。その上で、ベルは無傷。しかもずっと受け身なまま、僅かにも戦うそぶりも見せていない。拳の一つすら振るわず、ただ目の前に立って、在り続けている。

まるで数千年の時を経た巨木の如く、実際に一万年を生きた規格外中の規格外、人間という生物の極地。

今の戦い、というよりは一方的な俺の独り相撲の結果。ベル・バルドルの底どころか、大まかな力量すらうかがう事の出来ないままで、用意してきた準備は空振り、もう出来る事は無くなってしまったのだ。


「それとも他に、君には何か手があるのかい。ほら、例えばその犬頭とかさ」


指を差された俺の犬頭。その名をフェンリル、そしてその意味を知らされたのは、この九界の辿る運命を明かされた時と同じく、ほんの少し前の事だ。


「うん、そのフェンリルであれば、可能性はあるかもしれないね。だってそれは、間違いなくこの九界を

滅ぼす可能性を秘めた、最後の巨人の因子なのだから」


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