商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか⑯
おぞましい程の覇気から示される不退の意志は。男に許された、最後の覚悟の表明であろう。
その彩には幾らか覚えが有る。ならばこそ、この場を譲る訳にはいかない。
「ベオ、貴公は先を急げ。この場は私が引き受ける」
「いや、しかしだな」
「目的を見失うな。貴公はこれよりあのベル・バルドルと対峙して、それを打倒せねばならないのだろう?」
出来れば首魁にして元凶であるベル・バルドルとの戦いまで付き合いたかったが、それはおそらく無理だ。
己の死すら厭わない捨て身の手練れを前にして、先の心配などと半端な事は出来ない。それこそ己も必死の覚悟にて応じなければ、彼の在る同じ土台にすら上がれまい。
戒めから解放されたかと思えば、今度は更なる難題に直面してしまったという、私の言葉に酷く悩む友の姿に、少し笑って此方の力が抜けた。
ああ、そうだ。相手がどうあるかは勝手な事で、自分は自分で。この場においては命を賭す覚悟は有っても、捨てるつもりはさらさらないのだから。
「行け、ベオ。心配するな。先程言葉にしたように私は、アリスの花嫁姿を見るまでは死ぬつもりは無いぞ」
今度こそ、我が友は笑って、先程の私と同じく、少し力を抜いた表情を見せる。
「驚いたよ、オルター。アンタってさ、そんな冗談を言えるようになったんだな」
「何を馬鹿な、私は大真面目だ」
「はは。間違いなく、アリスはアンタに似てきているよ」
一度屈伸して、大きく深呼吸をしたベオも、これでようやく彼なりに覚悟を決めたようだ。
「オルター、此処は任せた」
「ああ、任された」
短い返答を誇りに思って、大きく愛槍を目の前の特務へと投げつける。
ほぼ不可避の奇襲を、男は事もあろうに受け止めたが、それで良い。
時間差で発動する槍を構成する魔素の活性化から生じた爆発は目くらまし程度にしかならないが、目的は其処に在る。一瞬生じた隙を付いて走り出したベオの背に、更に迫る感知発動型の自動術式を風の刃で断ち切り、更に押し込む様に、追い風を放って先を急ぐ友を加速させた。
「クソ、ったれがァ!」
苦し紛れの追撃は、吹き上げる烈風で弾いた。巻き上げられたガラスの残骸が、雨の様に降った後。その場には、自身と、幽鬼の様に佇む特務の男しか残ってはいない。
「貴様の様な男の事を知っているよ。それが正しいと信じて、そうする事しか出来なかった。傍から見れば、存外滑稽なモノなのだな」
「はは、は。やったらなんやねん。無様やて嗤たらええやろ、ガイジン」
「・・・いいや、笑えないさ」
かつての己と鏡面とも言える、男の姿を嗤う権利など自分には無い。
今は只、この槍を友の為に振るうのみである。そのついでに、目の前の鬼に、一つ分からせてやろうとは思っているが。
「さて、前言の通りに。此処は通さんぞ、エインヘリヤル。その勇名が真実か否か、私も一人の戦士として測らせてもらう。そして」
暗殺者風情が随分とおせっかいになったとは思うが、それも自分にとっては好ましい変化なのだ。今から殺し合う男に、過去の己を思わせるからこそ、一つ、余計な一言を言ってやらないと気が済まないくらいに。
「奈落に落ちてこそ、其処からしか望めない光景が在ると知ってもらおう。その後に地の底でやはり何もかもを諦めるのか、それとも血反吐を呑み込んでなお這い上がるのかは。貴様の自由であるが、な」
今の言い分は、少しベオに似ていたか、と思ったのは僅かな間の事で。
相手が無言のまま何処よりか取り出し、片手突きで迫る諸刃の切っ先を上空へ躱しつつ、その脳天へ踵を落とし、滞空したそのまま回転を加え、無防備な腹へと遠慮なく一撃を蹴り入れた。
バルドル本社前。戦乙女の頂上を決める戦いの再幕は、長らくその結果を見ないままであった時間に比例する様に、拮抗したままで継続されている。
「・・・ッ!」
「ふふ」
幾度も衝突する蒼と黄金。周囲には一人の観客も居ないが、そもそも誰かが在ったとしても殆どがその光景を、流れる光の線が交差し、時折重なり、また離れるを繰り返しているようにしか観測出来ないだろう。
超高速を超える戦闘の最中でも、蒼の戦乙女、アヤナは対する三上から明かされた言葉の意味を考え、その思考を巡らせていた。
機動甲冑の、そして戦乙女のオリジナル。それがこの目の前の女であるというのなら、その身に秘められた真の力とはどれ程のモノなのか。幾度も拳を交えてもなお知れぬ、この底知れなさはどういう事だ。
「何よりその余裕は、どういう事なのです!」
「敵に問うとは、鷹野様にしては異なことを。今は互いに分かれて争う身、真を求めるのなら自らの力を以て之を成すのが当たり前では?」
いちいち癇に障る事を言う三上の事は無視して、無意識での迎撃を交えながら、俯瞰する様に、別の視点で思考は回り続ける。
それはこの九界で再現されているという神話、そして其処に在ったという戦乙女。
必要とされるならば其処には理由が在る。だとすれば之に求められる役割、そして、其処に再現された戦乙女として。己に求められているという役目とは、一体どういったモノであるというのか。
「月夜見は言っていた。戦乙女とは、英雄を率い、束ねる者。ならばその役割とは、統率者、戦場においての先導者!」
戦乙女とは本来、その神話においては死者を選定し、戦士のみを拾い上げて、何時か訪れる神々の戦いの場で戦う軍勢を揃える。そして戦いの場においては、その先駆けとなり、槍を掲げ、剣を振るう戦神と、死神を兼ねる神格であるという。
「概ね、正確であります。ですが再現するにおいて、その構造と骨子を明らかにオリジナルへと寄せてしまうと、存在が其方へと更に引き寄せられる事となり、力を増す代わりに世界へと組み込まれる恐れがありました。故に、鷹野博士は最低限の機能のみを貴女達に持たせ、加えて神名のかたちを鎧とで分かつ事にて、権能の分散を図った」
それは如何なる仔細であるというのか。元々完成している兵器を、わざわざ二つに分かち、その上で自由意志を許す理由とは。
「それは、意に沿わない存在へと成り果てた場合に備えた、安全機構ということですか!?」
「いいえ、己でその道を選ぶために」
道を選ぶとは。そんな事に、戦いを求められているこの身に、何の意味が。
「一体、其処にどんな意味が在るというのです!」
「おや、その事については、己で既に選ばれた鷹野様が、一番に自覚されていると考えていたのですが」
「何、を」
思わず距離を取って、戦闘の最中であるというのに立ち止まる。三上は追撃をする事も無く、むしろアヤナの回答を待つように佇んでいた。
自分が一番に自覚していたとは、養父はこんな人外の力を与えておいて、その上で自分たちに何を選ばせようとしているのか。
「・・・あ?」
何故か今、養父の今際の時を思い出す。あの時彼は、自分で選べと、確かにそういった。
養父が残した言葉、選ぶとは何を。そして三上の言う、選んだ、とは。自分は、何を選んだのか。
そして間もなく、その答えへと辿り着く。
「ああ、そうなのですね」
ああ、そうだ。そう自覚すると、思わず微笑んでしまうくらいに、すんなりと納得出来た。
自分は選んだ。強いままの自分で、あの人と共に在ると。
そう決めて、此処に居る。例え世界が滅ぶとしても、それならばその最期のその時まで、その傍に在る為に。
「正解です、鷹野様。この九界において、貴女たち戦乙女に求められた役割とは、『其処に在る事』。戦場の将でも、一個の兵器でもなく。自分の意志で、この世界に在るという事。他の誰とも変わりはしない、こんな終わりへと向かう世界の中でも、自分の願うカタチで生きていてほしいという祈り。それだけが、鷹野博士が求めた結果であり、そして貴女様が成し遂げた成果であるのです」
「・・・ああ、そうなのですね」
自分たちは此処に居ても良いのだと、初めにそう言ってくれた人が居た。
それだけで、命は生きていける。息を吸って、大きく吐いて。前を向いて歩いて行けるのだ。
「私は、ベオさんと共に在ります。それが養父の願いと、私の願いの重なるところにある成果であるのなら。もう迷う事は、何も有りません」
「大正解です、鷹野様。ええ、拙も遠く辿れば姉として、心より応援しております。ライバルは多いようですが、そこはええ、最後にモノを言うのは諦めない心とガッツですので」
「ふふ、随分と余裕ですね。今の言葉は、貴女を倒して先へと進むという意味なのですが」
これ程激しくぶつかり合って何だが、こうなれば更に、何が何でも先へと進むほかない。
そう述べると、きっとその兜の奥では何時もの真顔で、三上は何でもないように答えた。
「いえ、それとこれとは話は別でございます。貴女は正直、想定以上に強すぎる。ベオ様の為を思えばこそ、この先へは進んでいただくわけにはまいりません」
「ベオさんの為とは、一体どういう事なのですか?それに、やはり明らかにおかしい。三上さん、貴女の今の強さは異常です。あの摸擬戦での他の姉妹たちとの戦いにおいて、貴女は確かに隔絶した力を誇っていた。しかしそれを加味したとしても、やはりおかしい」
あの戦乙女序列決定戦、決勝の場においても、事実としてアヤナと三上の実力は抜きんでていた。
そしてその戦いで見せた技量は、三上がいくら手を抜いていたとしても、その上限を予想出来る程度には手の内を晒していたのだ。その最大値で考えたとして、アヤナの予測として誇張無く、互いの実力は伯仲の筈である。
「ええ、その回答も正解でございます。事実、本来拙と鷹野様との性能は拮抗。いえ、やや鷹野様が上回っていると言って良いでしょう」
「では、尚更に今の貴女の、その強さの理由とは?」
「おや。その点についても、鷹野様には直ぐにお判りいただけると思っていたのですが」
「・・・はい?」
そうして。三上がその下腹部へと手をやる仕草で、稲妻が落ちるような衝撃を伴い、その理由についてアヤナは合点がいった。
「え、え、えええええええええええ!?うそ、そんな!そういう事なのですか!?」
「うふふ、お察しの通りでございます」
それは自分の身内に起こった事だ。その折に義姉、トウコは戦乙女としての力の制御が不可能となってしまい、結果、入院していた研究機関を半壊させてしまったのだが。
「え、えええええ!?お、お相手は、しゃ、いえ、三上さんの事ですから、会長以外には考えられませんが、え、えっと、お、おめでとうございま、す?でも、え、ええ・・・?」
衝撃と連結した困惑。不意打ちにぶつけられた情報を処理できずに眩暈を感じた蒼の戦乙女の一瞬の隙、それを黄金の戦乙女は見逃す事はなかった。
「という訳でございますので。この場はどうか、ご容赦を」
「ちょ、ちょっと、ま」
がっしりと腰に回された腕によるホールド。止める間も無く背後へと投げ込むように反る三上のバネの利いた背中。対して、大地から離れたアヤナの足には力なく、浮遊感と共に、逆転する天地。
「こ、こんなのはあんまりです!ベオさん、ごめんなさ」
全く彼女らしくない、そんな悲鳴のような台詞を最後まで述べる事すら許されないまま。ずん、という重い地響きを伴い、戦車が一ダース通過したとしても凹み一つ作る事の無い地面の強固な舗装を貫いて、頭部どころか肩の半ばまで逆さまに埋まったアヤナは、それまでの壮絶な戦いが嘘の様にあっけなく、その意識を手放した。
つまり、九界最強の戦乙女の、更に頂上を決める戦いとは思えぬ程にあっけない決着は、三上のジャーマンスープレックスによる、アヤナのテンカウントを待たずのノックアウトにて幕となったのだ。




