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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか
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商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか⑭

少し時間を遡って。天を雷光で照らし、地を咆哮で揺らす、ヴァルハラ商業区にて繰り広げられていた戦いに、一つの終わりが訪れようとしていた。

白銀の騎士を背に乗せた黒龍が、大きく羽ばたき上空へ。対して地には武装した獅子が、傍らに黄玄の戦乙女を伴い、これを迎え撃つべく空を睨む。

幾度か繰り返された衝突と同じ形ではあったが、きっとこれが、この場において互いに放つ最後の一撃となるだろうと、四者は同じく感じ取っていただろう。

未だ地に在る獅子に対して、今も上昇を続ける龍との彼我には、既に遥かな距離がある。追撃の為に上空へと追う選択肢が背に翼を備える獅子には有ったが、その際に無防備となる事よりも、万全の体制を以て之を迎撃する事を最善とした。伴う戦乙女もその意図に応じて、槌を振るって、戦いの中で瓦礫となった周囲の建材を利用し、強化を加えつつ即席の要塞を築きながらその時を待った。


その間も黒龍は空へ昇り続ける。無限の虚空故に天へと至る事は無いが、地上からは豆粒ほどに小さく、龍の巨躯が黒い点としか観測できぬ程に離れた後、暫く滞空して、未だ地に在る獅子を見定めた後、ゆっくりと落下をはじめたのだ。

一つ、小さな動きが有った。落下する龍は、その身を人に例えたのなら、頭から海面へと飛び込む様に、真っ直ぐに体を伸ばして体制を整えた。そしてその先端、其処には背にあった筈の、白銀の光が灯って、激しく輝きを増しながら、其処に立つ騎士こそが龍と騎士が一体となった形での最先端、衝突の魁である。


勿論、実際にそのままで獅子へと向かうのならば、如何に鉄壁の鎧であっても物理的な衝撃を相殺できず、その内側は肉塊に変わってしまうという事は、何よりも騎士が理解していた。

だからこそ、己が身を守る為に、この場においても騎士は、己の護りたる聖堂を顕現させる。その条件として、自らは不動で在らねばならず、展開の後は敵を迎え撃つまでは之を解除出来ない。

聖堂は動かない。故に門は堅く、その門戸を叩かねば、聖堂に至れず。

しかし、この場においてのみ、その条件は守られたままであるにも関わらず、前提から全てが違っていた。恐らく遡って数百年、似たような発想はともかく、それを実際に行おうと考えた騎士は一人として存在しなかっただろう。


騎士はその眼前に、本来は周囲に分散して具現化するべき五つの門を全て、真っ直ぐ並べるように展開した。そうして眼前に並ぶそれらを五枚の盾として見立て、龍の咢の先端に構え、己は不動のまま。騎士は両の足を置く龍を、その落下する大地として用い、一塊の砲弾にする。

彼女らはそれによって地上に築かれた黄玄の要塞を粉砕し、灰脈の獅子を打ちのめそうというのだ。


天と地との開きが狭まるにつれ、或いは聖堂を展開した瞬間からその意図を感じ取って、迎撃のための魔弾は幾度も地上の要塞から放たれていた。最大五節、本来であれば複数のメイガスによって実現する大魔術によって、一枚、また一枚と聖堂の門は叩かれ、開かれる。全てを正面に展開した弊害と言うべきだが、他に術はなく、騎士は最大の祈りによって、己の誇りとも言うべき最後の門へと残る全ての余力を注ぎ、門は応えるように輝いている。

衝突の瞬間は、階層全てに伝わる程に強大で、遠く離れたターミナルですら大きく揺れを観測した。震源地には元の瓦礫へと化した要塞と、その役目を終えて光と消える最後の門、そして、満身創痍となって最後の力を四肢へと送り、立ち上がる龍と獅子。

勝敗を別けたのは、単純に互いの身体の造りであったのだ。龍の心臓に獅子の咢が届く前に、龍の爪が黄玄の護りを失った獅子の頭を砕く。そうする事で灰脈の獅子は己の心を失い、元の瓦礫の塊となったその形を解いて、ようやくこの場において繰り広げられた戦いは、一応の幕引きとなった。





「勝つには勝ったが、マグノリア、動けるかい?」

「・・・暫く小休止すれば、何とか」


三人の戦乙女と対峙して、アキトとマグノリアはどうにか勝利を拾った。

しかし、これまでの激しい戦闘と、最後の天空から地上へのダイブを経て、流石のヨルムンガンドも機能不全を起こしており、今は自己修復の為の一時的な休止状態になっている。マグノリアも聖堂の連続展開と最後の最大強化の為に自身の気力と体力を消耗しきっており、大地に四肢を伸ばして大の字になり、苦しそうに荒い息を吐いていた。


「ボクの方も、流石に一時的なガス欠だ。今あいつらが起きてきたら、どうにもならないね」


自分たちの腰を下ろした瓦礫の山の向こう、別の小山となっているその辺に、大河アルスと宗像キリエが埋まっているだろう。

恐らく、死んではいまい。あの巨大な獅子は、崩壊の瞬間に隣に在った戦乙女をかばうように砕けていた。その後の詳細を確認した訳ではないので不明だが、機動甲冑の堅牢さと、何よりそれを纏う戦乙女の強靭さは、僚友たるアキト自身が一番に理解している。

しかし、互いに死力を尽くしての後だ。今もその姿が見えないという事は、少なくとも戦闘不能にはなっている筈だろう。

そういえば、最初にこの戦いから脱落する事になった片桐コヨミはどうなっただろうか。本格化した衝突の直前で気を回す事は出来なかったが、マグノリアの門に弾かれた後、最後は視界の端で、何処かのビルの屋上へと墜落していく姿を覚えている。


「ええ。これは間違いなく、私の不覚です。数の有利を早々に手放す原因を作って、そのまま戦線離脱、あげくに決着の後にようやく目を覚ますという体たらく。どうにも、弁解は出来そうにありませんね」


そう声が聞こえたと思えば、瓦礫の山が吹き飛んで、緑の機動甲冑が、灰色と、黄の機動甲冑を引き摺りながら現れた。されるがままにぐったりと倒れた二人はともかく、未だその両足でその場に立つ、機動甲冑を纏ったままのコヨミ自身は、いくらかのダメージが残っていても、動けるというだけで十分な脅威に違いない。


「マグノリア、もう一仕事、頑張らなきゃならなそうだ」

「上等、ですわよ・・・!」


満身創痍ながらも、気力だけは絶えず。応戦の為に立ち上がる二人であったが、対するコヨミはあっさりと背を向けた。


「これ以上は無意味です。少なくともあなた達に敗れて気を失った二人の救護と、その撤退を援護する私には、この場から退くだけの言い訳が出来ましたので」

「これだけやらかして、随分とあっさり引くんだね。ボクたちの捕縛は多分、三上からの指令なんだろう?」

「お察しの通りです。ですが、こうなってしまえばその命にどの程度の意味が有るのか。なにせ、これからこの世界は滅びるのでしょう?」

「・・・」


フェーズ3の始まりと共に、情報の規制は意味を無にする。何処かの段階で、会長か三上から、少なくとも上級職員への情報開示が行われるとマナは踏んでいたが、まさかこんなにも早い段階でそれが行われていたとは。


「正直、戦う理由と、その相手が存在する貴女たちが羨ましい。私たちは皆、混乱しています。通知された情報が正しければ、これから数百万の命が奪われ、九界はその殆どが失われる。その混沌の中で、一体何をどうすれば良いというのか。戦乙女と、九界最強と煽てられていても、所詮この身は只の一兵卒。精々今は現実逃避の任務に専念するしかない。そんな我が身の小ささを嗤ってしまいますね」

「これから、どうなされるのです?」


マグノリアの問いに、鎧越しにでも分かる程にはっきりとため息をついて、自嘲する様子のコヨミは気を失ったままの二人にうらやむ様な目線を送って告げた。


「久しぶりの敗北で、少し頭も冷えました。一度、近くの基地に立ち寄って二人を介抱した後、改めて、これからどうするかを考えてみようと思います。何しろ、会長からは各々好きにせよ、とのありがたいお言葉をいただいていますので」


今度こそ完全に背を向けて、去っていく背中は小さく。九界においては畏怖の対象である戦乙女とは思えぬ、まるで迷子になった少女の様に頼りないそれであった。


「コヨミ!」


出自は異なっても、戦乙女としての末席に在るアキトには、その姿に何か言ってやらねばと、思わず声をかけていた。


「少なくとも一人、この世界の終わりに正面から立ち向かおうとしている人が居る。ボクたちは、そんな彼がどうしようもなく心配で、だというのに、この身の全てを預けても構わないというくらい頼りに思っていて、その背中を押す為に、そしてその傍らに在るために、此処に居る!」


自分の声で立ち止まるその背中に、何と言ってやれば正解なのか分からない。だからこそ、どうして今、自分たちがこうして居るのか。バルドルと争ってでも、そんな彼を助けたいと思っているのか。それだけは伝えたかった。


「そいつは、ベオは弱っちいくせに真っすぐで、近くで見ててやらないと危なっかしくて仕方にからさ。だからボクたちは迷わないし、何より諦めないんだ!」


そうする事で、例え世界が滅ぶとしても。その最中であっても、立ち上がる力を与えてくれる存在が、確かに其処に在るのだと。大きすぎる力を持つゆえに、この局面においては他よりも強く、深く思い悩む姉妹たちに、確かに目の前に道はあると伝えてやりたかったのだ。


「・・・いや、ごめん。この場では何を言っても、嫌味にしかならないな」

「私たちは敗者、何を言われても返す言葉は有りません。それに、別に気にしてはいませんよ」


アキトのためらいが混じる声に一度立ち止まり、振り返ってコヨミは呟く。


「・・・ああ、そうなのですね」


機動甲冑の兜越しでなければ、その表情から容易に伺う事が出来たのだろう。しかしそれは隠されたまま、けれど内心が溢れた様に滲む声には、明らかに嘆息の色が混じっていた。


「貴女たちが、本当に羨ましいです」


そして今度こそ去っていく背を見送って、アキトはばったりと倒れた。しばしの休息の後、急いでベオが今も戦いっているだろう本社へと向かわなければ。

アキトは別に、この世界が滅んでしまうのならそれでもいいと考えていた。

けれどそうなるのなら、その時は自らの片翼たるベオの傍に在りたいと思っていたし、それが叶わないのなら、せめて少しでもその近くへと近づいていたいと考えている。


「・・・そうさ、羨ましいだろ?」


今の言葉は誰に向けてのモノだったのか。それについては深く考える事はなく、急ぎ気息を整えて、内功を蓄える。

そういえばやけに静かだなと見れば、横には膝をついたまま寝息を立てているマグノリアの姿が在って、休息のためとはいえこの短時間で、しかもそんな姿勢で眠ってしまうとは、丈夫というか、随分と図太いなと、アキトは少し吹き出してしまっていた。


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