商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか⑪
新本社、正面エントランスを出ると、其処には車両の乗り入れの為にかなりのスペースが設けられていた。これは常から多くの職員の出入り、外部からの訪問者が有る事に加えて、非常時には特殊車両の乗り入れ、災害時に要救助者や避難民の一時的な受け入れスペースとして、簡易テントの設置やコンテナ、物資の中間処理地点、または保管場所など、様々な利用の想定の基に設計されている。
更には社内中部に存在するフレスベルクのドックが利用不可の場合に、全翼合わせてギリギリの広さではあるが非常時の着陸場所としても使用でき、つまりそれ程に広く。
今回の様に襲撃が有った場合では、やはり臨時の救護所として少なくない数の負傷者が野戦病院の如く運び込まれ、簡易ベッドに寝かされていた。その周囲には忙しく動き回る救護スタッフが要救助者へトリアージから応急処置、必要な者には近隣の設備が整った医療施設へ搬送する為に、その受け入れ状況を確認している所だ。
未だ侵入者は本社内部を進んでいる。しかし、特務が動き出した今、その鎮圧は時間の問題である。
遠く商業区では悪夢のような戦闘が継続されており、噂では戦乙女同士の戦いも繰り広げられているのだという事で、それに比べると此方はまだマシか、という様に、非常時ながらにちょっとした軽口ぐらいを交わせる余裕が、まだその場に存在する彼らには有った。
そう、その瞬間までは。
自分たちにとっての遥か上方の彼方の座、会長に次ぐバルドルNo2、社長たる彼女が、その半身たる黄金の戦乙女を纏ったまま、微動だにせず、正門近くに仁王立ちしている事に口出し出来る者は一人も居ない。
彼女と比べると吹いて飛ぶような彼らにとっては、実のところその明らかな異常事態を敢えて無視する事で、精神の平衡を保っている節まであるのだ。
多分、聡明と慈悲で知られる彼女は、この事態に際して、自発的に外部への警戒をかって出てくれている。
そうなのだ、きっと。めいびー、などと、ならば何故直接社内の襲撃者を抑えに行かないのか、又は最も安全を図るべき会長の傍でその身を警護しないのか、という至極まっとうな疑問を呑み込み、その行動を都合よく解釈して、見ないふりをする事を、誰も攻める事は出来まい。
「お待ちしておりました。鷹野様、月夜見様」
そうして、その現実逃避の時間は二人の来訪者を黄金の戦乙女が迎える事で強制的に終わりを告げる。
「・・・やはり君が待ち構えているか、シズル」
「ええ、仕方ありませんね」
来訪者の内、一人はともかく、もう一人の存在は、バルドルに在籍する者であれば知らぬ者は居まい。
それは、バルドル内部にて、半ば伝説となっている事実からその名を轟かせる事になる事件に端を発する。
あの悪名高き、『戦乙女序列決定戦』。会長が戯れの様に言い出して、始まったそれは正しくバルドルに在る者ならば誰にとっても、会話の端にすら乗せる事を躊躇う、忌避すべき悪夢であった。
流石にその専用兵装を含む武器の使用は禁止。しかしそれ以外、戦乙女の象徴たる、機動甲冑の着装すら許可された模擬戦闘。勝利した戦乙女には、会長が何でもその願いを叶えると言ってしまったばかりに、この天災同士がぶつかり合うが如く筆舌しがたい惨状によって、それが行われた第二階層は半壊し、その復旧に膨大な額の資金と時間が必要となった。
その最終戦。既に天井は吹き飛ばされ、壁も無くなってまるで荒野と化した、試験闘技場の中央に立っていた二人が、この場に在る三上・ヴィクトリカ・シズルと、鷹野アヤナであった事は、やはり誰もが知っている事実である。
ただ、幕切れは随分とあっけないモノであった。
アヤナは遠く逃れていた形だけの審判へ向かって、申告の為に軽く手を挙げる。そして社長相手に狼藉なんて出来ません、だなんて、今までの事は何だったのだと。他に在った全員から突っこみを入れられてもどこ吹く風といった様子で、今の人間らしい感情を見せるようになった彼女とは違っていたアヤナはそれまでの激しい戦いの後でも無傷のままで。
そう言ってあまりにも簡単に降参の宣言をして、同じく無傷であった三上は微笑んでそれを受け入れた。つまらなさそうにしていた者は騒動の張本人たる会長だけで、階層に在った全ての人間は安堵の息を吐いたというモノだったが。
故に、疑問は一つ残る。
果たして、この二人はどちらが強いのか。という至極まっとうな疑問は、社長という三上の立場と、上下関係と秩序を重んじるアヤナの性格から、決して実現しないだろうと半ば願望を込められて、酒の場などのちょっとした肝試しめいたジョークの定番となっていたのだが。
「ベオさんの元へと辿り着く為に、此処を通らせてもらいます、社長。もし貴女がそれを阻むというのなら、私は」
やめてくれ、勘弁してくれと、誰もが大声で叫びたかっただろう。けれど悪夢の再来を認めたくないばかりに、やはり誰も口に出来ず、ただ体は正直に、その恐ろしい震源地から少しでも離れるべく逃走を始める。混沌は無く、あくまで静かに、まるで波が引く様に。まだ理性の残った者たちは勇気を振り絞り、協力してタンカを担ぎ、車いすを押し。這う這うの体といった様子で、実際這いながら逃げていく者も少なくはない。
「ええ、拙は。貴女を決して通しはしません」
「・・・ならば、押し通るのみです!」
黄金の戦乙女を前にして、天へとその手を掲げるアヤナの姿は、美しくも雄々しく、著名な絵画か彫像の様でもあった。しかし、誰もが背を向け、逃走を本格化して阿鼻叫喚の大騒ぎとなっていた為に、殆どまともにその姿を目にしている者はいまい。
「来なさい、『ブリュンヒルデ』!」
そして天より光は奔り、同時に蒼の戦乙女はその半身を纏う。
その姿は、増設された装甲によって一回り程身幅を大きく、また複雑な可変式となった翼は、かつてのそれと異なり。けれどやはり、合すれば一体である、アヤナのまごう事無き翼である。
目にする者の印象深く装甲に刻まれた金の縁取りは、動力の伝達効率向上の為に設けられたが、かえって違和感や武骨さはなく、装飾の一部として荘厳さを強めていた。
一対の翼は、機構を増やして複雑に可変、今は開かれたスリットから溢れる熱を排気している。蒼の主翼には、やはり金の装飾が為され、その姿は正しく神話から具現化した、蒼の女神そのもの。
『蒼極のブリュンヒルデ』。それがアヤナの新しい、完成された翼の銘であった。
「さあ、月夜見様は会長より許可を頂いておりますのでお通り下さい。鷹野様には無作法、どうかお許しを」
「気に入りませんが、そういう事です。後で追いつきますので、先にどうぞ」
「・・・やれやれ。私はもう、警戒すべき脅威ですらない、って事なのかな」
そう告げられて、自嘲しながら本社へと向かうマナを、侵入者だと見咎める者は、もうその場には誰も居ない。
マナの駆ける姿が社屋へと至り、そして間も無く。今夜最大最高の衝撃を以て、かつて延期されていた戦乙女の最強を決める戦いが、此処に再開したのである。
長いインターバルを経て、再開された戦乙女の首座を決定する戦いは、思ったより地味な始まりで幕を開ける。
静止からトップスピードで衝突する黄金と蒼は共に専用兵装を持たずに徒手空拳であり、始めこそ激しい衝撃でぶつかり合った後は、互いに組み合ったまま微動だにせず、彫刻の様に不動である。しかし、その足元を注意深く見れば、動きの無いという見た目のそれが大きな間違いであるという事実を直ぐに知る事だろう。
組み合う二人の戦乙女、その足が、今は踝の半ばまで埋まりつつある。それは均衡した力が行き場を失い、両の足を設置する地面へその逃げ場を求め、埋没という現象としてこれが現れているのだ。
それもやはり刹那、足止めを目的とする三上に対して、先を急ぐアヤナが一手早く行動を起こした。
足払いの一閃、踏み砕いた床材を巻き上げ、見た目の技の名としては内股に近い、内側へと大腿を跳ね上げる動作は、その意図の通りに三上の身体を大きく浮かせる。
しかしそれはアヤナの予想よりも大きく、その勢いに合わせて跳躍していた三上は、未だ組まれたままの二人の手を起点として半円を描いて。着地は優雅に足から、その背を大地へと打ちつける一本は見送られた。
互いの位置を入れ替えただけの動作は、間を置かず次の展開へと移る。
肘で胸甲を打ちつつ、此方からも飛びのいて距離を取るアヤナ。一撃を受けても不動のままの三上に、今度は正面からと、間合いを詰めての恐ろしい冴えと速度の右のストレートが迫る。
これに対して半身となって最小限の動作で躱す三上であったが、それはアヤナにとって望んだ形である。勢いを落とさず、むしろ加速して、回転の動作を加えつつ放たれたのは左の裏拳。打ち下ろしを加えた鉄槌は左肩から袈裟切りに向かい、下手をすれば実際に、拳で日本刀の冴えを再現して、三上の身体を半ばまで両断しかねない勢いであった。
「・・・!」
しかしこれも予想の範囲内という事なのだろう。やんわりと三上は自らの身体を両断しかねない鉄槌を両の掌で包み、今度はアヤナの拳の向かうベクトルに自身の勢いを乗せ、速度を更に加速して、手首を捻り上げながら回転を加えつつ、上方へ向かって送り出した。
自身をカタパルトに見立てて、その砲弾として投げ出されたアヤナの側も、風に巻き上げられる布切れの如くされるがままになっていたわけではない。今度はアヤナが身を反転する事で着地の姿勢を保ち、その両足から着地する。回転によって発生した動エネルギーの衝撃は地響きを伴い、軽く大地を揺らしたが、当の蒼の戦乙女はやはり全くの無傷。この応酬でもそれぞれの立ち位置の入れ替えが起こっただけで、むしろ元の位置へと戻っただけである。
軽く飛びのくように、三歩後ろに距離を取ったのはアヤナだ。三上その位置を変えず、其処に後退の意は全く感じられない。これを見て戦闘は更に継続、今度は初心に帰って、有効に見えた一撃をもう一度と、静止から即座にまたトップスピードへ、全身を蒼い砲弾に見立てた突進を、二度目は受けるに態勢が万全でなく、しかし流石に避け切れぬと判断してなのか、同じく正面から受け止めた三上は今度こそ数メートルはその身を押され、直立の体勢は保ちつつも、踏みしめた両足で地面に深く二本の線を引いて初めて、目に見えて立ち位置を後ろへと下げられた。
「流石でございます鷹野様。加賀美博士に改修され、御父上が想定したとおりに完成した機動甲冑の助力も有るとはいえ、疾風の如き速さと技の冴え、そして炎の如き猛き力。貴女は正に古き時代の半神、英雄に匹敵、それどころか凌駕する存在であると言っても過言ではありません。かつて行われた戦乙女の序列を決める戦いにおいて、まともに戦っていれば、恐らく敗れていたのは拙の方であったでしょう」
心からの賞賛は、アヤナにとっては酷く不気味であった。反逆者である自分を前にした三上の態度や今行われている戦いの趨勢はともかく、それは元から持っていた疑問、これが今回の戦いの最中で徐々に明かされつつあって、そして一つの回答を得た今、更に其処から更なる疑問が生じていたからである。
「・・・やはり、違う。社長、いえ、敵対する今は敢えて三上さんと呼ばせていただきます。貴女の身に纏うそれは、機動甲冑ではありませんね?」
三上・ヴィクトリカ・シズルの機動甲冑、銘を『黄金のアルヴィト』という。その名は良く知られたものであり、輝く金色の装甲と、一対二翼の姿は己の纏うブリュンヒルデによく似ていた。
アヤナは先の序列決定戦、更には定期的に行われていた機動甲冑の動作テストを兼ねた摸擬戦において、他の戦乙女と戦った経験がある。しかし、三上とだけは、それが無かった。
だからこそ、黄金の機動甲冑を纏う三上を前にした際に感じた、小さな違和感が残っていた。それは直感と言っても良い、あの場で相対して、降参を宣言するまでの僅かな刹那に感じた違和感。それが今の間で再燃し、そしてぶつかり合う事で、明らかに目の前のこれは機動甲冑では無いと、長らくの疑問に答えを与えたのだ。
「ええ、おっしゃる通りです。このアルヴィトには、現代の技術は一切用いられておりません。これはかつて存在した神々によって造られた鎧。機動甲冑の雛型、『ヴァルキュリア・ドレス』と呼ばれる遺物でございます」
あっさりと三上から開示される真実に、アヤナの疑問は深まるばかりである。
戦乙女の半身として造られた機動甲冑。物事の進む順番を考えてaという中身の為に、Aという器が造られたというのならば理屈として分かる。しかし三上の言葉が事実であるのなら、そもそも前提から、三上と他の戦乙女とは全くが異なる存在であるという事になってしまう。
機動甲冑の雛型、オリジナルということであれば、それを纏う三上は一体何なのか?
「アルヴィトが機動甲冑ではないならば、当然それを纏う拙は如何なる存在であるかと。至極当然の疑問でございますね」
そう問う前に、これもまた、あっさりと、拍子抜けするほど簡単に、三上から返答が為されようとしている。
「既に月夜見様から情報を開示されておられるとは思いますが、補足の為に改めてご説明を。九界に潜む黄昏という物語を収穫する存在、これにより、この小さき世界を舞台に今、再現されている神話。それにまつわる全ては表の世界に過去、確かに存在していたモノでありますが、それらは収穫の際に、当然の様に全てが人々の記憶から失われてしまいました。星の観測者たる人が忘れるという事は、ほしからも忘れられ、失われるという事でございます。しかし、やはり何事にも例外は生じるもの」
失われたという物語、其処に在ったという存在。そして、とある事情にてその喪失から逃れ、残ってしまった幾つかのモノの一つ。つまりそれが自らであると、三上は述べている。
「・・・つまり、貴女は私の。いえ、私たちの」
「恐らく、お考えの通りかと。機動甲冑に雛型が有るのならば、之の半身たる戦乙女にも雛型が有る事はむしろ必然」
疑問が有って、噂が有った。そもそも、戦乙女とは何なのか。人造の半神と言えば聞こえが良いが、どうしてそんなモノを造り出そうと考えたのか。
どんな発想が先に有って、そして何を以て、何を手本として、これが創り出されたと言うのか。
これはむしろ、バルドルの内側、というよりは戦乙女たる彼女たちの間で、長らく口にはされなくとも、深く、腹の底に抱えられたままの大きな問いであった。
「つまり拙は、戦乙女にとっての雛型。言ってみれば、『オリジナル・ヴァルキュリア』、そんな存在なのでございますよ」
その問いの答えが、こうしてあまりにもあっさりと開示されてしまったために。アヤナは戦いの最中であっても、流石に混乱で軽く眩暈を覚えてしまったのだ。




