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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか
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商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか⑩

「A班よりの連絡途絶、B班、C班が対処中、しかしこの損耗率は、長くは持たんぞ!」

「特務は、エインヘリヤルはどうした!こういう時の為の本社配置だろう!」

「駄目だ、誰にも連絡が付かん」

「ならばターミナル守備隊への応援要請は、どうして他の駐留部隊への連絡が出来んのだ!此処は、バルドルの本拠地なのだぞ!」


バルドル新本社、その社屋は五十の階層を数える。構成する階層には上位エリアとの境界に当たる三十まで、五つを数える毎に保安部の部隊が駐留し、これらを合わせたその規模と戦力はそれだけで九界の各階層都市における守備部隊に匹敵する。いや、質を言えば遥かに凌駕している、と言っても誇張では無いだろう。

全ての隊員が纏う最新鋭の特殊装甲服には、対衝撃、対エネルギー効果は勿論の事、一つ一つを専門のメイガスが強化の魔術にて鍛え、神秘への護りも加える事で完成に至る。この様に防備が完全であるならば、攻めの備えも完璧であった。


「通常火器は、効果なし!術式強化弾頭はどうだ!?」

「これも効果なし。メイガスは、魔術ではどうだ。何の為に常日頃、あの偏屈どもを高い金を出して飼ってやっていると思っている!」


本社保安部隊指揮所には、いたる所より悲鳴のような報告が挙げられている。彼らにとっては、これが初めての襲撃であり、初めての緊急事態への対処である。

それは当然の事であった。この新本社の落成はつい先月、流石に小さなトラブルは幾つか有ったが、こんな、まさかこんな馬鹿げた事が有ろうとは。正に杞憂も杞憂、青天の霹靂を鼻で嗤う事態である。

勿論、守備隊は何の準備もしていなかった訳ではない。幾度も行われた訓練、訓練、また訓練。

その実戦さながらの訓練において、事故や偶然を含めて、保安部隊にとって如何なる不利な状況、戦況の想定であっても。一度として、脅威対象の未鎮圧、施設の防衛失敗という結果は無し。

であるというのに、既に侵入者に踏破された階層は過半を越えて二十。この事実は、悪夢以外の何物でもなかった。


「・・・駄目だ。通常三節どころか、複数の術者による、最大五節詠唱の重奏魔術すら無効化、だと!?何なのだ、あの板切れは!!」


問題の映像は、至る所に備えられた監視カメラから嫌がでも指揮所へと送り付けられている。その問題の板切れとは、走る影に付き従う白き影。計三枚の長方形は未知の作用で浮遊し、その黒き影、つまりこの悪夢の根源。襲撃者の周囲を旋回するように不規則に飛び回っているそれだ。

これら全てが攻撃の瞬間に、その意を感じ取る様に阻み、全ての脅威を無効化しているのだ。それが無軌道に放たれる銃弾や投擲される爆発物によって生じた物理的な作用にしろ、メイガスの放つ神秘によって引き起こされた魔術にしろ。これらをやはり、全て無効化してしまっていた。

屋内での防衛戦という性質上、使用できる兵器に上限がある。しかしそんな事は、何の言い訳にもならないのだ。精強、精鋭で選抜された本社保安部の防衛部隊。それらがまさか、たった一人の襲撃者に蹂躙され、今正に防衛線を突破、次々に階層を突破されているという事実は、後日どのように嘲笑と誹りを受けたとしても仕方のない事である。


「しかも、何だ?襲撃者の武器が長物だと?ふざけているにも程がある・・・!」


映像には長柄の斧のような武器を振り回し、複数の隊員を横なぎに吹き飛ばしている様子がうかがえる。当の襲撃者本人にとっては大真面目な武装の選択であったのだが、それを知り得ぬ保安部にとっては恥の上塗り以外の何物でもない。そして極めつけに、今は混乱の最中であるためにその事実を知り得る者は居ないが、現時点で負傷者は有っても、未だこの被害に対して死者は発生していない。これを知れば更に、その内の少なくない数は真面目に他の分野へと転職を検討するかもしれないだろう。

ともかく、襲撃者が本社における上位エリア、三十階へと到達した時点で、通常の対応では撃退は不可との判断にて保安部隊へは撤退が命じられた。これより後の対応は特務によって行う。その通達に、己の未熟を悔しく思う者は有っても、上の判断が不足であると判断する者は存在しない。

何より今は、確定した襲撃者の破滅などに注意する余裕は無い。

目の前に死屍累々と転がる負傷者の収容、対処や、破壊された施設の応急処置など。自分たちの戦闘は終わっても、山積した問題に目を向けなければならない。無事な者たちはむしろ、呑気に気絶して引きずられている者たちの方が幸運であるとすら考えていた。





「此処が例の研究室、か」


およそ三十階だろうか、それくらいの階段を登り切った後、急に保安部隊からの追撃が途絶えたために、息を整えながらの進行が可能となって、此処へ辿り着くころにはゆっくりと考えながら歩いて進むくらいの余裕も生じていた。

そうしていられるのもやはり、今もふよふよと自分の周囲に浮かびながら背を守る存在が在ってこそだろう。


「ホントに、此処まで無事に来られたのはお前たちのおかげだよ。ありがとな、タゴリ、タギツ、イチキシマ」


俺からの感謝の意図が分かるのか、嬉しそうに、少し震えて素早く俺の身体を一周回って見せた三枚の板というか、盾と言えば良いのか。これらは今回、敵地での長期戦を想定し、特に不安の有った防御面での問題を解決する為にマナが、あろうことかあのトリフネの残骸から造り出した幾つかの武器、防具の内の一つ。三枚一体の追従型自動防御ユニット、名付けて『ムナカタ』と呼ぶ。

実際に相対していたからこそ解る、異星の技術で製造された装甲は俺の意志に関係なく、ほぼ自動で俺を護ってくれている。お陰で幾らかの疲労は感じているが、痛みはなく、ほぼ無傷で此処までたどりつけた。

そうして、今目の前に有る扉を確認する。三上に渡された端末をもう一度確認するが、記された光点は間違いなく、未だ途中ではあるものの、決して後回しに出来ない彼女の待つ目的地を示している。


「あー、うん。まあ、その。迷っている暇は、無いよな」


先程まで鉄火場を走り抜けていたというのに、軽く押せば簡単に開くだろうその扉をノックす事を。少しためらってしまう理由は、その目的地に居るであろう彼女、アリスが数日前に事務所へと残した書置きのようなモノが原因であった。

何時の間にか自室に有った、それは今時古風というか。花の匂いの残された小ぎれいな便箋には、こう記されていたのである。


『私は、私の選択の果てに、最愛の貴方との別離が待っているのだとして。それを悲しく想ったとしても、きっと後悔はしない。だからベオも、貴方の想うままに、真っ直ぐに進んで欲しい。これからの後、例えその隣に私が居られなくとも。私は何時までも、貴方の事を想っています』


そんな風に、まるで別れでも告げるように。

このせいでベルとの対決を控えているというのに、すぐにでも飛び出し行きたい気持ちをどうにか我慢して、数日間悶々としていた為に自分でも抑えられないくらいイライラしていたのだ。その結果、今朝などは自分から山城に因縁を吹っかけてしまって要らぬトラブルを起こし、元々あったこれまでの疑問や、マナから明かされた事実がとどめとなって、交渉もしないままベルを殴りつけてしまった要因の少なからぬ一つである。その短慮は、ちゃんと反省するべきところだろう。


「・・・きっと、大丈夫だ」


何がアリスを苦しめて、こんな書置きを残して、バルドルへと走らせたのか。その理由はまだ分からない。思えばあの夏の後から、時々思いつめた様に考える匂いをさせていた事が有ったけれど、それを何時もの笑顔で隠す様に、そう振舞う彼女に強く問えなかった事が悪かったのだ。こんな事になってしまうのならもっと、ちゃんと向き合って話をするべきであったのに。


「はは。俺も、随分間抜けだよな」


世界の命運がどうとか、ベルとの対決がどうとか。この背に重く圧し掛かる問題は山積みだけど、今は。

今はあの、何時も優雅に、それでいて年相応に明るく、天真爛漫で。共に過ごす時を重ねるごとに、もっと良い笑顔を向けてくれるようになったアリスとの短い別れの後、その再会にどう声をかければ良いのか。どうすれば元のように、共に在る事が当たり前だと、疑いなく信じていられる、そんな関係に戻る事が出来るのかと、そんな事ばかり考えている。


そうして、一呼吸おいて、緊張は継続したまま、そのドアを叩く代わりに呼び出しのブザーを鳴らした。

少し後、がちゃりと自動で鍵の開く音がして、その音に背中を押される様に意を決して。ドアノブに手を、置こうとした瞬間に。俺の意図に反して、内側からドアは勢いよく開いて、間抜けに伸ばしたままの指には、掴む筈だったドアノブが突き刺さる。


「あいた!?」


突き指の痛みに一瞬、仰け反るように身を屈めて、低くなった姿勢には、間を置かず一面に、暖かく柔らかな何かが覆いかぶさる様に更にぶつかり、不安定な姿勢は、その重さが止めとなって重心を崩して尻もちをつくようになってしまった。

そうして、数日離れていただけだったのに。春からはあんまりにも共に在って、隣に在る事が当たり前に思っていたから。少し懐かしく思ってしまう様な、そんな匂いと一緒に。


「嫌だあぁぁぁぁぁぁああああ!やっぱり別れたくない、傍に居たい、もう大切な人と、離れ離れになるのはいやなんだあぁぁぁぁあ!」


言い方は少し意地悪になってしまうが。自分から言い出したくせに、やはり嫌だと。

離れまいと必死に、普段の利発さは何処へ行ったのかという様子で、やはり年相応の子供のように。大声で泣きながら犬頭に縋りつくアリスの存在を、これでもかというくらいに身近に感じる事が出来たのだから。先程の、数秒のためらいも勿体なかったなと、もっと早くにこうすれば良かったなと。そう思いながら、彼女をなだめつつ、今も敵地のど真ん中であるというのに、俺は。


犬頭に伝わるアリスの匂いと、その小さな重さ。

それから大粒の涙で濡れる毛並みの感触を心地よく感じながら、出来ればもう少し、こうして居たいと思ってしまっていた。


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