商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか⑨
商業区、その上空ではさながら神話の戦いが再現されていた。
その背には白銀に輝く騎士を乗せ、雷光纏う黒龍が吼える。その周囲に光の軌跡を描くのは、相対する三人の戦乙女であった。雲一つない天にはそれらを覗く様に眼一つ、白い半月のみが浮かぶ。
「どうしたどうしたぁ!戦乙女が三人揃って、みっともなく攻めあぐねる様はさ。新型が、聞いて呆れるぜ!」
「クソが、好き勝手言ってくれるぜ!」
「アキトさん、明るい人だとは思っていたけれど、なんだか性格がワイルドになってない?」
「レギンレイヴの換装、いえ、合体した姿とでも言えば良いのか。その雷撃と純粋な巨体も厄介ですが、加えてあの騎士の鎧、相当に面倒ですね」
その内で、最も速く、そして鋭く飛ぶ影が一つ。
コヨミの機動甲冑、ゲンドゥルから放たれる専用兵装『フラガラッハ』。背部に展開する五対計十翼。戦乙女の中で最も多く備えた翼に、最良の航空性能と空対空戦闘能力を以て、空を支配する事をコンセプトにした彼女の最大の武器は、やはり翼であった。
十翼の部分的な分離、それらの合体による多彩な運用方法は主な獲物である戦闘機のみならず、空に在る存在全ての脅威であり、一対、二翼分離の左右挟撃、二対、四翼分離による更に上下からの攻撃追加、更には四対、計八翼分離による全方位攻撃にて落ちぬ飛影は、未だかつて無し。
一撃にて主力戦闘機を撃墜せしめる一翼、合わせて放たれた十四撃。しかし如何なる仔細か、その全てが、あろうことかこの場での最大の脅威目標としていたアキトのヨルムンガンド、この龍の外殻ではなく、あの騎士が纏う不可視の力場にて防がれている。
物理的な効果ではない。科学というよりは神秘に元を発する効果にて、有効打は未だ無く、時間稼ぎが目的の敵にあっては、このままではこれを利するばかりか。
「鷹野さんを見失った今、出し惜しみをしている時間的余裕は有りません。二人とも、『ノーツ』を使いますので、周囲へのフォローをお願いします」
恐らく本社へと向かったのであろう最優先目標のアヤナ、そして月夜見への追撃を急ぐ今、コヨミはこの場での自身の切り札の開示を決断する。
宣言の間も無く実行。そして五対、全ての翼を分離、十翼を合体させて形造る翼の大剣、名付けてフラガラッハ・ノーツ。機体操作に使用する複数のバーナーを統合、極大にして、一斉作動のオーグメンターによって得られた膨大な推力は、一瞬でノーツと、そこへまるでサーフボードにでも乗る様に一体となったゲンドゥルを伴い、容易く音速を突破。目標に追突までの刹那、尾を引く水蒸気の線と、緑光の一閃と化した風神に追従するソニックブームにて、目標を撃滅する一陣の疾風と化した。
「その不可視の壁の原理は分からなくとも、この速度からなる物理的エネルギーの前には無力。ただ当たり前に、砕け散りなさい」
放たれるは新たな装いと共に名を改めて、『緑旋のゲンドゥル』が持ちうる必殺の一撃。
まるで叫ぶような高音を放ち、恐るべき鋭さを兼ねる質量弾とも呼べるゲンドゥルを乗せたフラガラッハは、黒龍のそっ首を、背に乗せた騎士諸共に両断すべく迫る。
『之より先。我が門を通ることなく、我が聖堂を侵すに能わず』
しかし、このゲンドゥルの一撃をもってしても。白銀の騎士の鎧を、いや聖堂を侵すに能わず。
『巡礼の門は五つ。その全てに首を垂れ、礼節を以てその戸を叩くべし。誓言を以て開門を願うべし。さもなくばやはり、そなたにこの聖堂に至る資格なし!』
騎士の声に応えるように、不可視なばかりであった力場はその姿を具現化して、中空に表れた白銀の門は五つ。その全ては門戸を閉ざしたまま、騎士の宣言のままに、その聖堂たる騎士の鎧へと刃が達する事を許しはしない。
「それすなわち。おとといきやがれ、ですわ!」
「軌道が、無理やりに捻じ曲げられる!こんなモノは、物理法則では在り得ない!何より此方は、音速を超えているのですよ!何て、滅茶苦茶な・・・!」
捻じ曲げられた緑光は、彼方に在った第一の門へと引き寄せられ、その綴じた門扉へと轟音を立てながら強かに全身を打ち付けて、紙飛行機が壁にぶつかる様に弾けた。
コヨミは己の推力をそのままに、鎧は砕ける事はなくとも、如何に強靭で鳴らした戦乙女で有っても重篤な機能不全を引き起こす衝撃であっけなく意識を手放し、今度は電装系の故障による煙の尾を引いて墜落していく。
「・・・順路を踏まねば到達できない、手順を踏まねば開かない!上位伝承兵装による概念操作、それがテメェの隠し玉か、連盟の騎士!」
「正しくはその内の一つ、ですの!」
マグノリアの応える言葉に嘘はない。これはその白銀の鎧を纏う上での必須条件である、『清廉の誓』を厳守するためである。
敵を前にして虚飾を排し、敵に対して虚言を吐かず、敵に際しても虚構を用いず。その何れかの禁を侵した時点で、その白銀の鎧は輝きを失い、力を失う。
その制約は鎧との契約であり、一度交わされれば何時如何なる時であっても、破る事が許されぬ、厳しい物である筈であった。しかしマグノリアの場合、その誓は十の年に交わされて後、計十と四年を経た今でなお、一度として違われた事が無い。
「私、嘘と卑怯が大っ嫌い、ですので!」
過去、その誓を破った事で加護を失い、命を落とした騎士は数知れず。歴代で数えても、初代の持ち主を含めて、終生まで誓いを守った騎士は二名。
なら三人目はアンタねと。赤髪の友は皮肉とも、賞賛とも取る事が出来る言葉でぼやいたものであるが。
「聖堂の護りは堅く。残る二つの加護も、容易く踏み越える事は叶いませんわ。それでも我が誓いを恐れぬというのなら、相手に取って不足なし、ですの!」
しかし未熟な自分には過ぎたるモノであると、遠ざけていた時期も有った。それも、己が道を定め、世界を救うため、数多の命を拾うため。何よりも、想う男と共に在る為に。
かつての重さはまるで羽のように軽く。未だ健在の、九界最強の鋼、二人の戦乙女を前にしてもなお、怯む事無く。
マグノリアは己の誇りを掲げるように、高らかにそう宣言したのであった。
「あらあら、調子に乗ってくれるのはいいが。そうやって勘違いされちゃあ、九界最強の沽券に関わるよな」
「そうね、出し惜しみは良くないわ。アルス、あれをやるわよ」
「応よ!」
緑旋の戦乙女は戦闘不能。数の優位は既に無く、戦場は落ちるように上空から地上へと移る。
しかしまだ、この九界においてはその優位は揺るがぬと、先んじて降り立ったアルスの機動甲冑、ヘイヴォルが示す様にその身を震わせている。
その呼ぶ声に呼応して周囲に存在する物質、主に鉄を組成に含むそれが次第に激しく振動していき、引き寄せられるように。つまり己が主人を思い出したかのように、文字通りに主の手足となるべく参集していくのだ。
「震えろ、集え。此処がお前たちの戦場、此処がお前たちの勲を示す死に場所だ」
様々に、乱雑な組成は赤く熱を持った後、灰色に転じる。
大河アルスの機動甲冑、ヘイヴォルは専用の兵装を持たない。厳密に言えば、槍や剣など、そういった武具を彼女は必要としないのだ。
その特徴的な鎧のかたち、一対の羽を内側に閉じると、まるで一つの盾のように。その身を核として、周囲の物質でその巨躯を編み、四肢として構成する。それは最終的に巨大な四足獣の姿となって、追撃の為に降り立つ黒龍と、その背の騎士とへ向かって大きく咆哮を浴びせた。
「蹂躙するぜ、『ネメオス・レオネ』!」
その姿。灰色の獅子にとって、その牙が槍であり、その爪が剣である。
この姿こそがその巨体による多数の敵がひしめく最前線で発揮する圧倒的な突破力と、その蹂躙をコンセプトとした『灰脈のヘイヴォル』の戦闘形態であり、黒龍と化したアキトに相対するに不足ない威容であった。
「さあ、私たちの出番よラーズグリーズ。龍に乙女が相手なら、此方は虎ならぬ、『獅子に翼』ってところかしらね」
言って、宗像キリエがその手にするはこれも、武器とするには小さな槌であった。しかしその手にあるは、まぎれも無い神器である。
彼女は戦乙女にあって、アキト、三上は例外とするとしても、他の者たちとは明らかに出自が異なり、始めから神秘の側に存在していた。古く血統を遡れば、とある女神の神族へとつながる、有所正しきそれである。そして、故に戦乙女としては、その特性を特化する方向へと調整を受ける事となる。
「父祖の御名を以て、獅子はもっと速く。もっと固く、もっと強く!」
灰の獅子は、その槌の一振りの度に鎧を纏い、武装していく。そしてキリエの言葉通りに、その背には翼を生じて、大気をはばたきで揺らした。
主要機関ブルーバードにて増幅された魔素を、直接その伝承兵装、『ゴヴニュ』へと注ぎ込む事で、本来であれば複数節の詠唱を必要とする大魔術を一瞬で現実のモノとする、他のメイガスから見れば羨望垂涎の業にて攻守補助と多彩、そして圧倒的な手数を行使する事が、『黄玄のラーズグリーズ』の真骨頂であった。
「コヨミには悪いけど、貴女たちの手札はおおよそ分かったわ。そしてそれが、十分に対処可能だという事もね」
「って事で第二ラウンドだ。調子にのったその余裕を、噛み砕いてやるぜ!」
「あははは!小娘どもが、上等だコラ!」
「かかってきやがれ、ですの!」
建設されて間もないヴァルハラの商業区の命運は、既に大半が瓦礫と化し残ったモノも最早風前の灯であったが。それを慮る者はこの場にて誰も居らず。更にスケールを増した神話の再現たる戦いは、さらにその激しさを増して続く。
「では、どうぞ道中お気をつけてお進み下さいベオ様」
一瞬の墜落とも思えた飛行の後、地上へと俺を送り届けた三上はすんなりと俺を離して、軽く手を振る様に後へと見送る。
「一応聞いておくけれど、君は俺がベルとやりあう事を妨害したりしないのか?」
「御冗談を。会長からの指示はあくまで、ベオ様を地上へと送り届ける事でございますので、後の事はご随意に。むしろ拙も、ベオ様がまた最上階へと駆け上り、会長と相対する事を望んでおりますので」
黄金の戦乙女は戦装束にてその表情を伺う事は出来ないが、その行動からも、匂いからも発する言葉は全て本心の様である。というよりは、俺のような小物に嘘を言っても仕方ないだろう。
ならばと背を向け走り出そうとすると、忘れ物でも手渡すような気軽さで、黄金の戦乙女は何かを此方に放って寄越した。
「これをお持ちください。その端末には会長のお待ちしておられる最上階への最短ルートと、途中で貴方を待つ、オーガスタ様のおられる研究室までのルート、それから道中のエレベーターなどの起動に必要なセキュリティパスが搭載されていますので、お役に立つかと」
「・・・ますます、分からないな」
しかし、そうやって悩んでいる暇はない。ともかく先ずはアリスの居るという研究室、それから最終的にベルの待ち構える最上階だ。
今度こそ振り返ると、聳え立つバルドル新本社。しかしただ馬鹿みたいに、その門戸を開いているわけではなさそうだ。
入り口からは、吐き出される様に湧き出していく黒い鋼の群れ。そのデザインには、何処か見覚えが有った。
「ああ、勿論途中に妨害を行う警備は存在しています。前に見えるは、佐山様から引き継ぐ形で新しくバルドル開発局局長に就任されました、加賀美様太鼓判の自信作。万能防衛兵器群『バルバロイ・シリーズ』でございます。加えて、後に控える精強を揃えた本社保安部隊、更には現在、当地にはエインヘリヤルが数名。その何れもが、貴方の行先を阻もうと立ちはだかるでしょう」
ああ、そりゃあそうだ。いくら三上が手を出さないとは言え、それ以外は別、という訳だ。
「ですのでどうか、お気をつけてお行きください。彼らは皆、会長と拙とは違って誇張鳴く。文字通りに、ベオ様を殺害する事に躊躇はございません」
半包囲する程に数を増やした鉄の塊、バルバロイの名の通りに、話し合いでどうにかなる相手にはどうにも見えない。こんな事は言いたくはないが、ナノハの奴、余計な事をしやがって!
「良いぜ、上等じゃねぇか!」
懐から取り出したのは、黒い羽のような結晶だ。影のように深く、黒曜石の輝きに息を吹き込めば、アキトが準備してくれていた俺に追従する小型の接続空間へと通じる。勿論、手にした理由は、之に退避する訳でなく、戦うための武器をこの手にする為に。
「機械相手なら遠慮も要らねぇ。行くぜスコル、ハティ!」
あいさつ代わりのハティの砲声にてバルバロイの黒甲に穿つ孔。機能不全で、前のめりに転倒する姿の、その向こうにも、津波のように迫る黒い波頭。
「数が頼りのポンコツに、ちまちま相手してる暇は、ねえよなぁ!」
この機械の群れ全てを相手にしている余裕は無い。しかし他に道はなく、しかもその道を埋める多数は邪魔で仕方ない。ならば之を、無理やりにこじ開けて、ガラクタを踏み越え、其処に己の征く道を拓くのみである。
「また勝手に改造してって、今度こそアリスに怒られるかな、こりゃ」
タスラムからミョルニルへと勝手に改造されたそれを見せた時は、彼女は青筋を浮かべつつも、そのお陰でお前が無事だったのだからと一応は笑ってくれたが、今度こそ許してくれないのではないか。
そう思いつつ、元より装着していたミョルニルにアタッチメントを接続。それに繋がったスコルとハティが一瞬痺れるように悶えて、余剰のエネルギーを青白く光として吐き出しながら、その開放を望む様に身をよじり、時折刺すような電撃を伝わせ、なんでもいいから早くしろと、そう俺にせがんでいる。
「良いぜ、お前の力を見せてくれ。吼えろ、ハティ!」
応、とハティの銃身は白く発光し、特殊弾頭を発射する時と同じく、いやそれよりももっと複雑にその銃身を展開。響く鈍く、低い音から、ガラスを引き裂く高音に似たその声へ。
「code『Noisy・howl』!」
吐き出された銃弾には稲光を纏って、軌跡には光、速度は正しく、光の速さで。とは言い過ぎだが、音速を遥かに超えて。
それは何時かの折、あの蒼の戦乙女、アヤナの放った電磁加速砲のそれに似ていたが、目の前のコレはその武威すら超える桁違いである。
壊滅的な破壊の後、俺一人征く道としてはやや広すぎるが、横幅数体のバルバロイを巻き込み、粉砕して本社ビルへと突き刺さるハティの雷声は、その巨体を確かに、大きく揺らした。黒の群れはその余剰としてまき散らされた電撃で更に砕け、形が残るそれも多くが機能不全を引き起こしている。
「おい、おいおいおい」
残る半数、その殆どが死に体。ならば後は無視して進めばいいと、始めは単純にそう思っていたが。
「天才ったって悪趣味が過ぎるぞ、あんのマッドサイエンティストが!」
一体だけ、どうにも形のおかしなバルバロイが居るとは思っていた。その一体はハティの一撃を予兆したのか、直撃の寸前にさっさと効果範囲へと飛びのいて、今は目の前に立ちはだかる。ひょろりとして、痩せた人型のそれは、どういう仕組みなのか、突如として他のバルバロイの残骸うを引き寄せて、くっつき始めたのだ。
そしてそれも、床にまき散らされた仲間の破片だけでなく、それだけではまだ足りぬと未だ健在であったバルバロイともまとめて結合し、さながら合体といった具合で完成する巨体。
即ち、その名はバルバロイ・デュナミス。群れは一個となって、まるであの海竜の様に。四足でなく、二足で立ち上がる姿には、流石にちょっと不謹慎かなと、そんな小さな気遣いと言っていいのか分からないこだわりが彼女なりに有ったのかもしれないが。
巨体の全身からは元々個として備えていた砲身が存在し、ばらまかれる鉛の雨。さっきのお返しとばかりに散々にそれは放たれ、距離を詰めながら更に繰り出される群体の拳。
「接近戦か、なら今度はお前の出番だ。行けるなスコル!」
御託は良い。さっさと俺にもやらせろと、更に青く火花を散らして回るソーチェーン。元々巨大な刃は、加速していく回転にもう堪えきれぬと弾けて、遂にはバラバラになった。
しかし、勢いに耐えられず自壊したと、誰が見てもそう思われた、その姿はやはり斧のままである。
チェーンは千切れ飛び、ソーは離れ離れとなっても。青の電光が未だ、之を繋ぎ。
振るう己の体躯より、もっと巨大な斧の刀身を造り、更に激しく、雷霆の如く空間を揺らし、より強く、そして輝きながら。
「・・・code『Savage・dance』!」
雷で編まれた極大のソーチェーンは。行く手を阻むバルバロイ・デュナミスを真っ二つにして、今度こそ互いに繋がれるよう、両断された破片全てを焼き尽くして文字通りにガラクタとし、辺り一面へとばらまいたのだった。




