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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか
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商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか⑧

龍の咆哮、天を照らす稲光。

そのあまりにも派手な始まりの合図は、遠く離れ、区画の異なる新本社ビルからもハッキリと望む事が出来た。


「片桐様、宗像様、大河様が対象と接触、戦闘状態への移行を報告。始まったようです、会長」

「思ったより早かったねぇ。まあ、この戦力差で僕をどうにかしようと考えたら、派手で図体が大きい洞木君が目立つヴァレンシュタイン君と共に陽動とかく乱、いくらかの戦力を引きつけつつ、その混乱に乗じて本命の鷹野君とおまけの月夜見君、それから敵本部深くに先行している君が合流しての奇襲って事なんだろうけどさ。ちょっと芸が無さすぎじゃないかい?」

「分かってんなら、話は早い。丁度、日付も変わって契約も時間切れだしな。その余裕面をこれから、思う存分ぶん殴ってやるさ」

「寂しい事を言うね、これでも付き合いは長いんだからさ。敵対するにあたって、もうちょっと葛藤とか、泣き言の一つくらいは言ってほしいんだけど」


そう考えると、ベルの言う通りではある。付き合いの長さというなら俺とコイツの付き合いというか、共に在ったという時間は、この地球上に存在した誰よりも長い期間と言って間違いはない。


「・・・うん、そうだな」


その殆どは、正確に言えば俺は誕生もしておらず、意識も無かったわけだから、ベルの一方的なものではある。しかし確かに、この一年という短い間だけを取ったとしても、コイツとは本当に、色々な事が在った。だから。


「ありがとな、ベル」

「うん?」

「一万年って時間が、どれだけ永いのかは俺には分からない。その間俺は、実際眠っていたというか、生まれても居なかった訳だからな」


そんな俺の事を、今更だがベルはどう思っていたのだろうか。

何処かの段階で、自分が死ねない理由が俺に在ると知って、自分が生き残ってしまった原因が俺なのだと知って。だというのに、どのような思惑があったのかは別にして、結果としてベルは、俺を手放さずに居てくれた。


「気まぐれとか、悪だくみかもしれないけれど。だけどそのお陰で、今の俺が在る。心配していたような過去は何処にも無くて、それどころかまっさらなそのままで。俺の記憶はまだ、たった一年くらいしか無い、そんな短い時間だったけどさ。だけどちゃんと、其処には俺の人生が在ったんだ」


眼を閉じると直ぐに浮かんでくるモノは、何時も楽しくて、微笑む様に騒がしい日々。

そして其処には確かに、俺の大好きな人たちがいる。

明日も、その先にもずっと共に在ってほしいと願う、そんな人たちが。


「この一年間。その間に在った事、出会った人。未熟な俺が抱えていくにはちょっと重いけれど、それでも、何一つ手放したくないと想える大切な全部を。俺が得る事が出来たのは、何より俺を捨てないでいてくれたアンタのおかげだ。それだけは、間違いない事実だから」


そうだ。それだけは、間違っちゃいない。コイツのおかげで、今の俺が存在している。


「だから。ありがう、ベル。自分でも何故か納得いかなくて、自覚するのがちょっと遅くなったけど。俺、アンタの事うっとおしくて面倒で、性格も最悪な、すごく嫌な奴だと思ってたけどさ。ホントはそんなに、嫌いじゃなかったよ」


これだけは、争う前にどうしても伝えておきたかった。それを一方的に、何時もとは逆に、今度はこちらの自分勝手で伝えて、少し満足だ。

こんな風に素直に言えた事は、事前に感情任せにベルの事をぶん殴って少し憂さが晴れた事と、あのへんてこな破戒僧に自分の感情について吐露出来たおかげなのかもしれない。そう考えると、次に会った時はドウケンに礼くらい言わないとな。


「・・・ふん、ふん」


その俺からの言葉に対して、ベルはある意味で初めて見せる表情、何時もの人をからかうような、軽薄なそれでない全くの無表情で、何かを咀嚼するように頷いて見せた。


「全く、君は馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、まさかここまでとはねぇ。僕が君を手放さなかったのは、僕の都合でしかない。偶々それをしなかっただけで、大した意味なんて無かったかもしれないよ」

「まあ、実際はそんなとこなんだろうな。けど、理由が何であれ、そうしなかったって事実は変わんねーよ。ならそれに、俺が感謝するのだって俺の勝手だ」

「君の都合なんて何も考えず、本来であれば無垢に過ごせていたであろう子供の時代を奪って、今の、辛い事ばかりの大人にして、しかもフェンリルなんて厄介事を押し付けたのは僕なんだけど」

「そのお陰で、大切なモノを守れる力を初めから持っていられた。それで手放さなくて良かった事の方が多いんだから、差し引きでプラスの方が多いだろ」

「・・・そうやって得たモノを、今、僕が全て滅ぼしてしまおうとしているのに?」

「だから、そうさせない為に、改めてお前をぶん殴って、今から認めさせてやるって言ってんだよ。分かんないやつだな」

「ふふ、ふふふ」


単純な問答であった筈だが、何処かツボに入ってしまったらしい。可笑しそうに笑うベルと、それを見て何故か微笑んで居る三上。

最近、流石に自分が馬鹿だという自覚をしつつあるが、俺は今、そんなに間抜けな事を言っているのだろうか。


「三上君。現時点を以て各総督と上級執行官、そして特務の全員に対してラグナロク計画へのアクセスを許可する。フェーズ三の全プロセスを開示後、『各自、自らの判断で好きにしていい』と、そう通知してくれ」

「了解いたしました」

「・・・オイ、それ大丈夫なのか?」


今、またとんでもない事を言いやがった気がするが、ベルはそんな事を全く気にしてはいない。


「そしてベオ、君の考えは良く分かったよ。うん、馬鹿は馬鹿らしく。君は何処までも君らしく、そのまま好きにすると良い。けれどね」

「無作法を失礼いたします。来なさい、『アルヴィト』」


その宣言の意図を問う間も無く、激しい閃光の後に、あのニザヴェリルで窮地を救ってくれた黄金の戦乙女、その鎧を纏う三上。

そしてその彼女に、おもむろに両脇を抱えられ、手荷物でも持ち上げるように肩に担がれる。

それがあっという間で、手足をばたばたさせるくらいの事しか出来ないうちに、ベルが懐から取り出し、手にするリモコンのようなモノを操作をすると、投影されていたモニターが開いて、其処に広がるのは本当の夜の景色。

高層建築故に吹き込む強風は冬の冷たさを加えて更に容赦なく肌を叩いて、ベルが其処を開いた理由と、三上が俺を抱えている訳についての回答を嫌でも求めている。


「みんな頑張ってるのにさ、君だけズルはいけないね。だからもう一度、一階から自分の足で此処まで登ってきなさい。そうしたら今度はちゃんと相手をしてあげるからさ」

「という仔細でございます。舌を噛みますのでご注意を、ベオ様」


手荷物でも持ち運ぶ手軽さで三上に運搬されつつ、その一歩が枠外へと踏み出される手前で、ようやく理解した。

俺は今から、地上へ向けて二百メートル程落下する事になるらしい。


「前言撤回だ!こんの、性根のひん曲がったクソ野郎があぁぁぁああ!?」


空に浮かぶような一瞬の浮遊感。それから急激なGの加速に、間も無く墜落していく体の感覚。

黄金の戦乙女に抱えられたまま遠く離れた地面を目指して、到着までの一瞬の間。目に焼き付いていたのは、落下の直前まで、やはり何時もの様に。意地悪く俺をからかうようなニヤケ面に戻っていた、そんなベルの姿であった。





「さて、と」


隔壁が完全に閉じるまでベオを見送ってデスクの端末に触れると、早速あちこちからのメールと連絡の通知で壁面モニタの画面が埋め尽くされていく。

その内容は様々で、事実を知ってなお変わらぬ臣従を示す者もあれば、バルドルからの離脱と反旗を宣言する者、改めて詳細な説明を求める者、とにかく面会を求める者など。

実際に彼らが右往左往する様を見られない事は少し残念だが、その全てを無視。改めて社内の一部署である、例の第七機密研究室へと連絡をとった。


「はい、佐山です」

「ああ、佐山くん。忙しいところ悪いね」

「あはは、こうなってしまったら忙しいも何もありませんよ。まあ、慌てている若い者たちには悪いですけれど、僕としてはやるべきことは終えていますしね」


佐山は、今は亡き鷹野と共にバルドル立ち上げの前から付き従ってくれている老臣だ。その彼にさえ、つい最近まで事情の説明を行っていなかったのだから、今に至って恨み言の一つでも有るかと思っていたが、変わらぬこの穏やかな様子を見ると、どうやらそれは見当違いであったらしい。


「そりゃあもう、会長とは付き合いが長いですから。それに、九界の立ち上げには僕も関わっていますし、誰がどう見ても立派な共犯ですよ」

「・・・どうだい。今からでも君と、お孫さんくらいなら外へと逃がしてやる事は出来るが。フレスベルク級の二番艦、丁度仕上がったところだろう?その試運転も兼ねてさ」

「会長」

「うん?」


彼との出会いは、魔素をエネルギーとして既存技術への転用可能とする、そんな基礎理論に関わる画期的な論文を上司に横取りされて。とある大学の助教授として飼殺されていた佐山を、何かに使えると直接スカウトした頃に遡る。

あの頃から幼い、それ故にひたむきな。成功や名誉でなく、自らの理論が正しいか否かにしか興味が無いというような、根っからの発明小僧というか。その本質は、年を経ても少しも変わっていない様だ。


「鷹野君が先に逝ってしまってから、僕はずっと考えていました。貴方が何を求めてこの九界を創造し、その果てに、何を成そうとしているのか」


鷹野は、自身の魔素への耐性の低さによる不可逆な心身の衰弱を自覚しても之に携わり続け、全ての機動甲冑の製造と初期の調整、そしてその心臓部たる主要機関、ブルーバードの完成までを見届けて、燃え尽きるようにこの世を去った。

彼は最後まで、自分の研究と発明、何よりも己の娘たちを含む戦乙女達の行く末を案じていたが。そういえば彼が、何故九界が、そして戦乙女などという人造の半神などが必要なのか。これについてベルを問いただす事は、終ぞ無かったのだ。


「実は、会長にはお伝えしていませんでしたがね。僕は、鷹野君から託されているのですよ。九界に存在する彼の残した全て。何よりも、己の娘二人を含む戦乙女達について。どうか、その行く末を見届けてほしいと」

「・・・鷹野君は、僕やバルドルについて、何か恨み言を言っていなかったかい?」


勿論、佐山と同じく鷹野にも、最期までその真意について話した事はない。

それ故に、どれ程に優秀な科学者であったとしても、その小さな家庭や、自らの手で化け物に変えてしまった少女たちについてその最期まで思い悩むような、そんな優しい男にとっては。

その非道な道へと自身を契約でからめとるような真似をした、自分などの事は、それこそ悪魔か何かとでも思っていたのではないか。


「いいえ、何も。それどころか鷹野君は言っていましたよ。会長が必要としている事には、必ず大きな意味が有る。その結果が、きっと皆の明日が繋がっているのだとね。だからこそ、どうか後を頼むと」


ああ、そういえば。食事の席で酔っ払った鷹野君が言っていたっけ。自分は口下手だから、何かと察してくれると助かります、と。


「そうです。不器用な男ですから、直接言葉にはしなかっただけで。鷹野君は心から、貴方を慕って、信じていた。だから彼には思い残す事は有っても、きっと、自らの行いには少しの後悔も無く逝ったのですから」


そうしてやはり、何も変わらない様子で。友からそう託されたからというだけではなく、佐山は自分の願いを告げる。


「だからどうか、僕にも最期までこの九界の結末を見届けさせてください。その果てに何が待っていたとしても、僕も鷹野君と同じく。貴方の成す事が、皆の明日へと繋がっていると、そう信じていますから」


佐山は意外と頑固な男だ。こうなってしまえば、どうあってもこの場を動く事はないだろう。

あれは何時だったろうか。そういえば昔、ラタトスクの車両デザインの選択でこんな風に意固地になった彼の様子に、鷹野君と顔を合わせて苦笑いした事もあった。


「そうか。君にも、苦労をかけるね」

「それこそ、自分のやりたいことをやっているだけですから。何もお気遣いいただく事は有りませんよ。どうぞ、会長はお心のままに。貴方の歩まれてきた永い旅の果てに、求めるモノが得られる事を祈っていますよ」


まだ、彼にこれまでの感謝を述べる訳にはいかない。この後、この九界が何処へ向かっていくか。それはまだ定まっていないのだから。


「ところで、オーガスタ君は今、話せる状況かい?」

「ええ、少々お待ちください」


そうして、その最後の欠片を握る少女が映る。根を詰めてか、少しやつれた様子だが、その瞳には揺ぎ無い決意があった。


「ベル・バルドル、例の物は完成したぞ」


そうしてモニタに示されたそれは、その幼い少女の掌にすら収まるくらいに、ちっぽけなモノであった。だがそれは、ベルが計画の要として、何よりも求めた枝である。


「さて、それでは君はこれからどうする?佐山君には断られたが、今からでも外界へと脱出する事は出来るよ。正直、君はもう用なしだからさ。勿論、外での生活と身の安全くらいはバルドルが保障しよう」

「論外だ。私は全てを知った者の義務として、コレを作り上げた技術者の責任として。何より、一人の女として、愛する男の行く末を見届ける権利と義務がある」


その返答は予測していたモノではあったが、こうして面と向かって告げられると面はゆいものがある。ならばと、ちょっとしたおせっかいで端末の操作をして、アリスの言う彼の位置を確認してやった。


「なら、好きにするといい。ベオは現在、大急ぎで僕の元へと向かってきている。このペースなら後一時間もしないうちに、道すがらその第七機密研究室へと辿り着くだろうから。その時にでも、君の望む様にあの馬鹿をねぎらってやればいいさ」


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