商人はその永き旅の果てに求めていた安心を得る事ができるか⑤
「あいたた、これから記者会見だってのに。目立つような痕にならないと良いけど」
「ふふふ、そう言いつつ、お避けにならなかったのは会長でしょう。大丈夫ですよ、腫れてはいませんし、少しお化粧をすれば目立ちませんので」
あの後、一応の体裁の為に連行されたベオを見送った後に、必要ないと医師の診察を断った会長の手当てを行っている。思わぬところでこうして二人、一緒に過ごす時を得た事はシズルにとってささやかな幸運であった。
「そう考えると、ベオ様には感謝しなければいけませんね」
「僕が殴られた事をかい?君まであれの肩を持つんじゃあ、僕は孤立無援じゃないか」
「ふふ、またおかしなことを仰るんですから」
この瞬間を、少しでも長く続く様にと願う。もう充分であると想っていたのに、まだもう少し。と、そう噛みしめるように感じながら、自分は本当に欲張りになったのだなと、そう思ってしまう。
「・・・前にも言ったけどね。この後は本当に、君も好きにすると良い。思い残す事が無いように、例えば君もベオの側に付いて、僕を後ろから刺してくれたって良いんだよ?」
「まさか、それこそ在り得ません」
それだけは、絶対に在り得ない事だ。己の主に逆らう事など、余りにも考えられなくて、想像も出来ないくらい。
ああ、けれど。一度だけ、反旗というか、勝手をしようと試みた事はある。
「本当の所を言うと、実は二人で欧州の史跡を調査していた折に、会長の意に逆らって、あの妖精郷へと貴方を攫ってしまおうと考えた事が、ほんの少しだけあったのです。あそこならば黄昏の影響から逃れる事が出来るし、こちら側の世界がどうなろうとも関係のない領域でしたから」
「ああ、だからあちらを去る時に、やたらと妖精女王が引き留めていたんだね」
「ええ、でもそうしなくて、本当に良かった」
そのおかげで此処まで一緒に居られた。そうして、最後までこの人の為に在る事が出来た。
更に、その慰めとして、想い出まで得る事が出来た。
「・・・あの二週間は本当に、楽しい休暇でした」
「殆どホテルに籠っているだけだったけどね。鷹野君には迷惑をかけたけど、いい骨休めにはなったよ、うん」
ニザヴェリル、ホテル・シンドリにて、二人で過ごした二週間は、本当に素晴らしい時間だった。
朝、目覚めると隣には貴方の横顔が有って、その目覚めを待つ時間。遅い朝食は自分の担当で、それまでに仕事の合間で新しく練習した料理を、何時も美味しいと褒めてくれた。
昼は一緒に散歩に出るか、部屋からぼんやりと、隣り合って眼前に広がる風景を眺める。
少し恥ずかしくは有ったが、何枚も写真を撮った。思えば普段着で並んでだなんて今回が初めてで、現像したソレを見て、幼い子供のようにはしゃいでいる自分を少し恥ずかしくも思ったが、貴方は良い思い出になると笑ってくれた。
夜は、一日の終わりが勿体なく思って何時も、隣で寝息が聞こえるまで自分が眠る事は出来なかった。
その静かで、安らかな寝顔を見ていると、こんなに楽しい時間であっても時折泣いてしまう事が有って、背を向けて声を押し殺した事を、貴方が気付かない振りをしてくれていた事を、実は知っています。
初めから分かっていた事だ。何時か、必ず終わりはやって来る。
そう分かっていたから、私は全身全霊で主人に尽くし、決して自分から何かを求める事はしなかった。心の中は別にして、最後までずっと、そう遂げる事が、何よりもこの人に報いる唯一の事であると、そう信じて。
それはとても辛くて、けれど、やはり幸せな、そんな日々でした。そしてたしかに、その日々に対する報いは与えられたのです。
「拙はもう、貴方から素晴らしい想い出をいただきました。これからどんな事が有ったとしても、少しも寂しく思わないと、胸を張って言えるような、そんな想い出を」
ああ、それに。想い出だけではない。もう一つ、与えてもらったモノが此処に在る。
「だから何も、心配はしないでください。拙はもう、例え今この瞬間に命を終えたとしても、微笑んでいられる程に幸せなのですから」
この想いに少しの迷いはない。この後に辿る道がどんなモノであったとしても、その最期までこの人の為に尽くす。
それはきっと、歴史からも、世界からすら忘れられていた戦乙女が、その目覚めの瞬間から求めていた欲求であり、三上・ヴィクトリカ・シズルという一人の女の、心からの願いであるのだから。
はい、こちら統合階層都市ヴァルハラ、バルドル新本社ビルからお伝えしております。
時刻をご覧いただいた方はお判りでしょうが、本日午後七時前、リアルタイムでの映像をお伝えしております。ええ、そうです。これはバルドルの新たな通信方法、『ビフレスト・システム』と呼ばれる通信方法を用いて、異なる階層であってもタイムラグなく情報の伝達を可能にした新たなネットワークシステムなのです。
今回は特別にこの新本社ビルの落成式に合わせて、限られたメディアにのみ特別に預けられた試運転のモデルとなっていますが、今後はこのシステムが一般に普及し、当たり前に各階層ごとの通信が、更には外界との繋がりが普遍的な技術として誰でも利用できるという事です。
ああ、定刻となりました。会場にはバルドル本社社長の三上氏、そしてグループ会長を務める会長のベル・バルドル氏が登壇されています。その横には、どなたでしょうか?見るからに外部の、失礼な言い方で申し訳ありませんが、魔素変異者と思われる男性が。これは、下層で問題となっている魔素汚染問題に対する、バルドルの問題提起なのでしょうか。
はい、間も無く、バルドル氏の会見が始まります。
「皆さんどうも、この場において、こうして九界全ての人々に、場所は異なっていても同じ時に、喜ばしい報告が出来る事を心から嬉しく思っています。思えば十年前の大異変から、当地の一企業で合ったバルドルは、皆さんと一体となって苦境に立ち向かい、問題を一つ一つ解決して、元の生活を取り戻し、その上で以前のそれよりも、もっと飛躍した暮らしを提供する為に努力してまいりました。その結実の一つがこの統合階層都市、ヴァルハラであり、そのヴァルハラの中心に、バルドルの新たな根拠地として、新本社ビルの落成に至った事実は、間違いなくバルドルだけでなく、この九界全ての人々の生活と、人生を変えるような、それほどに大きな変化をもたらすと確信しています」
バルドル氏のコメントに合わせて背後にヴァルハラの全景が立体映像として映し出されております。先の説明でもお伝えしましたが、九界において最大規模の人口を誇り、一つの都市圏で人生の全てが完結する、と言っても過言ではない、素晴らしい理想都市です。
「正しく、このヴァルハラの中心として、都市の発展を先導する存在が、この新本社ビルであるのです。この地に根を下ろした第二のユグドラシルと言っても過言ではない、この世界の光輝く柱。これはもう、『この新本社ビルこそが、バルドルそのものと言っても過言ではありません。いえ、敢えて宣言させていただければ、この光輝く柱こそが、バルドルなのです』」
あっと、何か映像にブレが、はい、スタジオは大丈夫、ですか。
「さて、それだけお伝え出来れば今夜の記者会見は殆ど目的を達したようなものですから、せっかくですのでこれからは質疑応答の時間としましょうか。質問のある方はどうぞ、新本社やビフレスト以外でも、この機会に気軽に挙手をお願いします」
此処で予定外の質疑応答の時間となります。流石、時代の長者として名を馳せた会長の、身の丈から考えると随分と気安く、それでいてウイットに富んだサービスは人気の証でしょう。
「ええ、メディアの方は現在使用しているビフレスト、この本格的な運用は何時からなのかと、それが一番の関心事でしょうね。予定では、早ければ今月中にはメディアを優先して本格的な稼働を開始し、年末年始に合わせて一般の電話回線、ネット回線の試験運用を開始する予定となっております。追って広報から告知が有りますので、どうぞ続報をお待ちいただければ。では、次は貴女。ええ、赤い眼鏡が良くお似合いの」
貴重な機会をありがとうございます!私、ニヴルヘイムに放送局を構える、ムニンTVの高坂と申します。他のメディアへのご回答で新社屋、ビフレスト・システムについての説明を頂きましたので、先程の会長のお言葉に甘えて、謎の多い会長のプライベートな質問を伺ってもよろしいでしょうか?
「ええ、構いませんよ。後で三上君から怒られないくらいの質問にしてもらえたら助かりますがね」
ありがとうございます。では、バルドルと言えば凡そ二十年前、古くから各業界を牽引してきた複数の大企業が突如として合同、グループ化を発表し、推定で世界一の大企業として成立して以降、そのトップとしてグループを牽引してきたのが初代にして現会長であるベル・バルドル氏でありますが、かねてよりその完成されたルックスと、二十年を経てもなお衰える様子の無い若さは、ちょっとした都市伝説となっております。実のところ、その美貌を維持する秘訣はどんな所にあるのでしょうか?
「常に一つの目的に対して真摯に向き合い、達成する為の努力を続ける事ですかね。実はつい最近、長い間に問題であった一番の懸念は解決したので、もしかすると近々急に、年相応に老け込んでしまうかもしれません」
成程、その一途な姿勢が、巨大グループを率いる原動力なのですね。
では、今のお話でも有りましたが、会長の本来の御歳はお幾つになられるのでしょうか?巷でも幾らかの推論は有りますが、直接会長お口から伺った記録が無いもので、問題が無ければ、この機会に是非。
「うーん、そうですねぇ。この年になると、細かい自分の年齢を忘れてしまうので、ちょっと大雑把な言い方になってしまいますが」
またまた、とてもその様に、御自分の年齢が曖昧になるようなご高齢にはとても見えませんが。
「あはは、凡そになりますが、ざっと一万歳以上で有る事は確かなのですけれどね、途中で数える事が面倒になってしまって。まあ、細かいところは端数という事で」
・・・はい?
「こんなところで返答とさせてもらいましょうか。楽しい質問をどうも、可愛らしいお嬢さん」
ええ、どうも、ありがとうございます・・・。
やはりこのような場でも、ユーモアを忘れないバルドル氏の回答でした。ファンの皆様には申し訳ありませんが、年齢不詳というミステリアスな点も含めて、会長の魅力の一つといった所なのでしょう。以上、ヴァルハラより高坂が会見の様子をお伝えしました。




