幕間・移動遊園地、『わいるどはんと』へようこそ!
暑い夏も終わって、先の騒動もひと段落した頃。深夜や早朝では少しずつ肌寒さを感じるようになった秋の入口、ニヴルヘイムでは暫く大きな騒動も無く、珍しい事に落ち着いた、そして静かな日々が続いていた。
「・・・これは一体、どういう状況なのですか!」
そう、その日。ニヴルヘイム最強の戦乙女、鷹野アヤナの困惑の嘆きが響き渡るまでは。
ファースト、ユグドラシル・ターミナル前。其処は駅に乗り入れる車両の為に広くスペースが取られており、普段であれば昼夜を問わず多くの人が行き交い賑わう場所であった。
その場所に今、明らかな異常が発生している。それは見上げるように高く、元々の広いスペースにあっても、まだ狭いと主張する様にみっちり詰まって。そしてポップで、ファンシーなやけに耳に残る笑い声とミュージック、つまり騒音を垂れ流しているのだ。
言ってみればサーカスの天幕に近い。しかし幾つか、恐らくジェットコースターや観覧車に分類されるアトラクションの構造物がその構成に含まれている。そう考えると日本ではとにかく、海外、特にアメリカなどではその正体に思い至る者が居るかもしれない。
「この違法建築は一体何なのです!一体何時から、監視映像の記録は!?」
「こ、此方に。しかし、何度確認しても理解不能なのです!ほら、この一瞬、濃霧の様な影が発生したかと思えば、次の瞬間には、このように!」
その駅前を映した録画映像には、アヤナから詰問を受けて可哀そうな程に顔を青くした捜査官の説明どおり、深い霧が立ち込めた後、一瞬で今、目の前に現実として存在する天幕と、付属する構造物が現れている事実の証明となる、その映像が記録されていた。
「・・・それで、何人帰ってこないのですか?」
「既に十人、状況確認の為に内部へ立ち入った捜査官は戻ってきません。彼らへの通信は不能、そしてボディカメラの映像も、敷地に一歩踏み入れた瞬間に、途絶えてノイズしか。勿論、位置情報もロストしてしまいまして」
「び、B級ホラー映画の導入じゃあるまいし、そんな事が現実に」
まるで月夜見探偵事務所で見せられた、趣味も出来も悪い映画の様だと、言いきれないところが悲しい所であった。実際、ニヴルヘイムは夏の終わりに伝承体と呼ばれる、神様もどきの襲撃を受けている。これに似たような事態が発生しているのだと言えば、理解は出来ないが一応の説明はつくのだ。そしてアヤナにとっての問題は、それならばこれからどうする、という点である。
「じょ、上級執行官殿!何やら、現場に動きが!」
聞くや否や飛び出して、その異変の真ん前に設けられた仮設の指揮所から飛び出した。
恐れおののきながらも、その職務を全うする為に、奇怪なテントを半包囲する捜査官たちを尻目に、その怪異は異変の内側より進み出る。
ブリキのゼンマイが如く、ぎちぎちと歯車が回る音を立てて、左右へバランス悪く体を揺らしながら現れたのは、有体に言えばアヤナの腰ほどの背丈の、真っ黒なぬいぐるみである。
それが恐らく、猫のデフォルメであるという事は、三角の耳に、ぴんと張ったしなやかな尻尾。そして何より、深淵の如き深い黄色であるという事を除いて、何とかそれとわかる瞳による。
その不吉の先ぶれたる黒い猫は、此方との中ごろまでゆっくりと進んだ後、抱えていた板を掲げるように示す。
「・・・え?」
アヤナの間抜けなその声も仕方あるまい。その板には異常な文章と共に、最近現れた強力なライバル、そして要注意とするテロリストの名が記されていたのだ。
その意味を理解しようと混乱するアヤナの返答を待たず、その黒猫が奇怪でけたたましい笑い声を上げたかと思えば、次の瞬間、黒猫は内側から爆ぜる。
「自爆テロだ!た、退避、総員退避!」
幸い、その爆発によって猫の内側から放たれたのは、危険な金属の破片やベアリングなどでなく。カラフルなキャンディー、そしてポップコーンである。
しかし強烈な爆発にて驚異的な速度を保ち拡散されたそれらは甚大な被害を及ぼし、飛散した飴玉は周囲の建物の窓ガラスを割り、コンクリートの壁にめり込み、命中したスチールの看板を打ち抜く。不幸にもこれに命中した数人は、装甲服の上からであったにもかかわらず強烈な衝撃に悶絶して、重傷者は骨折すらしている恐れがあった。
幸い、その最前線に在ったアヤナは、質量の軽いポップコーンの直撃を受けたのみにとどまる。しかし幸運は其処までで、フレーバーのキャラメルはねっとりと彼女の全身を汚染して、おろしたての制服は、クリーニングしたところでどうにもならないくらいにされてしまっていた。
更に悪い事にその美しい髪も、白い肌も。しばらくはキャラメルのむせるような甘ったるい匂いが消える事は無いだろう。
「・・・今すぐ、あのテロリストを呼びなさい」
「は、はい?」
その場で奇跡的に無事であった捜査官、春日タクミは一瞬我が身の無事を喜んだが、次の瞬間には一時的とはいえ、九界最強の戦乙女の怒りをその身に受けるという不運に見舞われる。
「今すぐ、マグノリア・ヴァレンシュタインを、此処に、呼ぶのです!」
響き渡る怒声、後方では飴玉の弾丸が貫いた車両から漏れ出した燃料に、千切れた電線の火花が引火、派手な爆発が起きている。
さて、アヤナがその思考を止める原因であったあの板は、その形を残したまま指揮所テントを貫通し、ターミナルのエントランスに深々と突き刺さっていた。そして其処には、こう記されている。
移動遊園地、『わいるどはんと』がニヴルヘイムにやってきたよ!良い子も悪い子も皆集まれ!訪れたお客様には何時までも心に残る、とっても素晴らしい思い出をプレゼントする事を約束いたします!お代はけっしていただきません。皆様の太陽の様な笑顔と、響き渡る楽し気な笑い声こそが、私達にとっての何よりの御褒美なのですから!
たいせつなお客様へのご連絡。マグノリア・ヴァレンシュタイン様。お預かりしている忘れ物がございますので、どうぞこの機会に久しぶりのご来園を。心より、スタッフ一同お待ちしております。
「嫌ですわ!ぜったいに、お断りなのですわ!」
「こ、のっ!貴女、言いましたよね!?『あら、伝承体でお困りですって?ふふ、良いのですよミス鷹野。私は誇り高き騎士、例え悪のバルドルといえど、助けを求める民草に手を差し伸べるのはこの身に負った、貴い責務。さあ、プロフェッショナルの手並みをご覧に入れて差し上げましょう!』だなんて大見得切ったのは、何処のどいつなのですか!」
「無理、無理なのです!アレだけは、アレだけは無理なのです!後生ですから、後生ですからあぁぁぁぁぁあああ!」
「駄々こねるんじゃありません!その手を、離しなさい!ベオさんが痛がっているでしょう!この、ばかぢから、ごりら騎士、ええと、金髪縦ロール!」
「うあぁぁぁぁん!助けて下さいまし、ベオさまぁ!鷹野が、鷹野が私をいじめるのですうぅぅぅぅぅぅう!」
犬猿の仲、という言葉があるが。実はこの二人、結構仲が良いんじゃないかと思う今日この頃。
大岡裁きとはこの事か、もしくは単純に綱引きの綱か。俺は今、彼女たちに左右から手を引かれ、互いの側に思い切り引っ張り合われている最中だ。
あ、遂に足が浮いてしまった。ごきり、という嫌な音。ぎちぎちと音を立てて引き延ばされているのは、俺の筋肉か、それとも腱なのかな?
そういえば、牛引きという拷問、もとい処刑方法が過去には存在したらしい。国家を揺るがすような重罪を犯した咎人に処されるという刑罰を受ける程に、俺は悪い事をしたのだっけか?
「って、ちぎれるちぎれるちぎれるるる!」
強烈な痛みによって逃避から現実に引き戻され、その痛み故に手放しそうな意識をどうにか抱きしめて、俺は情けない悲鳴を上げた。
それから、伸長されて皮膚が弾ける直前に、泡を吹きながら白目をむいている俺の様子に気が付いた二人は、慌ててその不毛な綱引きを中断してくれた。
「ご、ごめんなさいベオさん!」
「だ、大丈夫ですわベオさま!腕はちゃんとくっついていますの!その、少し長さが、伸びてしまいましたが。その分間合いは広がって、リーチは正義、ですわ!」
「腕が伸びたんじゃなくて、これは肩が外れちまってるんですよ!ベオの旦那、今元に戻すから、な!」
ふんっ!というタクミの掛け声とともに、がこりと戻される俺の肩。
「・・・がはぁあ!」
その追加された痛みで、白く薄れかけていた意識は強制的に覚醒した。何だろう、とてもきれいな花畑と、その向こうで手を振っている誰かを見たような気がする。
「と、とにかく。この場を何とかしなければ、ニヴルヘイムの流通は麻痺してしまいます。今からあの、自称移動遊園地の神殿へと突入して、内部に存在する核となっている伝承体を討伐しなければ!」
「・・・ううう、うううううう!」
アヤナの指し示す先。ずももももも、という効果音が何処からともなく聞こえてくるようなたたずまい。実際、聞くものを何故か不安になるような、不気味なのにポップという理解不能な音楽が、反響しつつ、手招きする様にその場に響いている。
アヤナの言う通り、ニヴルヘイムのターミナル前に陣取ったコイツのせいで、駅は完全に封鎖状態。多くの人々が安全の為に足止めを喰らい、物流もストップしているようで、これが長期化すればするほどに被害は拡大していくだろう。
「俺からも頼むよベオの旦那!あそこから帰ってこない仲間には、マルとサヨも含まれてるんだ!あいつらちょっと魔術の心得が有るなんて先行しちまって、このままじゃミイラ取りがミイラになっちまう!」
「ああ、安心しろよタクミ。俺だってこの状況を、見過ごすつもりなんて無いさ」
そして俺には、その他にも気になる事がある。
それは何時も気高く、勇敢に脅威へと立ち向かう騎士である彼女。マグノリアがどういう訳か、あの天幕を目にした瞬間から、見た事が無いくらいに慌てふためいた後、子供のように怯えきってしまっている事だ。その理由について何度も尋ねてみたが、どうしてもマグノリアは、そいつを教えてはくれない。
「なあ、マグノリア。君が何に怯えているのかは分からないけど、今の現状が無視できないって事は確かだ」
「・・・はい」
「なら、俺も一緒に行くよ。俺が、君が恐れるモノの前に立って、君を守って見せる。だからさ、君は俺に、コイツをどうすれば止める事が出来るのか、それを教えてくれるだけでいい」
「・・・はい」
「だから、俺を助けてくれよマグノリア。何時もみたいにさ、かっこよく二人でこの事件を解決してやろうぜ」
「勿論、私も同行しますからね。そんな頼りない状態で、ベオさんの足を引っ張る事は目に見えていますから、ええ。最悪ブリュンヒルデを呼び出して、新装されたグングニルをぶっ放せば伝承体の一つや二つ、容易くなぎ倒してやりますので」
「はは、アヤナも一緒なら、もう怖いものなしだぜ。さあ、プロの仕事ってやつを、皆に見せてやろう!」
「・・・はいっ!」
ようやく見せてくれた何時もの笑顔で、意を決した様子で俺の手を取るマグノリア。やれやれといった様子のアヤナも、この場では矛を収め、協力する決心がついたようだった。
これでこの事件は解決したも同然と、その時は楽観的にさえ考えていた俺は、どうしようもない馬鹿だった。
意気揚々と二人を後ろに率いて、元気にその奇怪な移動遊園地、『わいるどはんと』に足を踏み入れた瞬間。
俺の意識はブラックアウトしてあっけなく途絶え、その後に我を取り戻したのは、全てが終わった後だったのだから。
「ようこそ新しいお客様!移動遊園地、『わいるどはんと』へようこそ!」
「いやぁああああああ!ばけねこおぉぉぉぉおお!」
「・・・覚悟していましたが、とんでもなく異常な事態ですね、これは」
其処へと一歩踏み入れた瞬間、時間はまだ午前中のはずが一瞬にして空は黒の帳が降り、辺りは暗く、瞬く星空と、黄色い満月。その場は、深い夜の世界へと引き込まれる。
そして待ち構えるように出迎えたのは、あのメッセージを携えた人形をそのまま大きくして、命を与えた様な姿。艶やかな黒の毛並みは夜空よりも暗く、不吉を告げる黄色い下弦の月を連想させるような瞳。欠けた月は不揃いで、閉じた一方の瞼には海賊の様なアイパッチが当てられていた。
「吾輩は当園のマスコットにして案内役、黒猫のオーシン!新しいお客様と、懐かしいお客様。どちらも大歓迎いたしますよ!」
「貴方がこの神殿を創り出しているという伝承体ですね?大人しく人質を解放し、即刻退去するというのならこの場の狼藉を不問と致します。拒否するのなら、その奇妙な毛並みの一かけらすらこの場に残さぬ事を約束しますが、如何に?」
「おお、勇ましき乙女のなんと美しい事か!勿論、滞在を無理強いは致しませんが、先に来園されたお客様はお楽しみの真っ最中、それを阻むことは、何人にも許されぬ暴挙でございますよ?」
「全く、調子が狂いますね。ほら、でかい図体を少しも隠せていないテロリスト。貴女もベオさんの陰に隠れて震えているだけでなく、何とか言ってやりなさい!」
「あわ、あわわわわ」
「ほんっとうに、役に立ちませんね。ベオさんも、そのでくの坊に何とか言ってやって」
振り返ってアヤナはその異変に気が付く。マグノリアが隠れるベオのその影が、やけに小さな事に。
「くだ、さ、い・・・?」
そしてその両目がらんらんと輝いている事に。それはまるで、おもちゃを前にした、小さな子供のそれで。
「・・・うわぁ、すごいよアヤナ、マグノリア!」
その声は、何時もの聞いているだけで落ち着く様な、優しい低音では無く、随分と高く、そして幼く。
「おれ、ゆうえんちってはじめてなんだ!どれからみようかな、どれからのろうかな!」
「どれからでも、いくらでもお楽しみいただけますよ。小さなぼうや、新しいおともだち」
「やったぁ!ね、いいでしょアヤナ。おれ、あのジェットコースターにのってみたい!」
推定五、六歳前後。どう見ても子供の姿に変わってしまった愛しい人は、子犬の頭に無垢な笑顔を浮かべて、その小さな手で自らの手を引いて、可愛らしくあれに乗りたいと、そうせがんでいる。
「・・・ああ、なんて事」
本来であれば。そのとんでもない事態に、自分はもっと慌てふためくべきなのである。
しかしその、ほんの少しだけ。未来がこんな風であれば、なんて淡く夢想した光景が目の前に広がっていた為に。アヤナはこれまでとは別の意味で眩暈を覚えて、己にも母性本能なんてモノが存在していたんだなと、そう自覚していた。
「もうダメですわあぁぁぁぁあ!頼りのベオさまもこんなに可愛くなってしまって、おしまいです!申し訳ありませんおじいさまあぁぁぁぁ!」
「ねぇ、なかないでよマグノリア。はやくジェットコースターのろう?」
小さなベオを抱えて泣きわめくマグノリア。当のベオはつまらなさそうに自分より大きな泣き虫を揺すってせかしている。
駄目だこいつ、自分がしっかりしないと。そう覚悟を決めたアヤナは、ベオを抱えて少し待っいるようにと笑顔で伝え、元気よく肯定の意を示した彼を、一度抱きしめて、改めて膝を抱えてめそめそといじけているマグノリアに向き直った。
「しゃんとしなさい、マグノリア。私の知っている貴女は、根拠も無いくせに何時だって前向きで、馬鹿みたいに真っ直ぐな女でしたよ」
びくりと、マグノリアの身体が震える。
「ベオさんの体の異変を考えれば、ただこの場を吹き飛ばせば終わり、という事にはならないでしょう。こうなってしまうと、貴女だけが頼りです。対伝承体のプロとして、力なき人々を守護するという連盟の騎士として。その誇りを、今こそ示すべきでは無いのですか?」
「・・・ええ、おっしゃるとおり、ですわね」
その声に応えるように立ち上がったマグノリアには、もう弱気な様子は無く、其処には何時もの花が咲くような笑顔が在った。
世話が焼ける、とは言いつつも、決して口には出さないが、それを少しだけ頼もしく思って、アヤナはマグノリアに問う。
「それで、プロとしての見解は?」
「はい。この遊園地の名、『わいるどはんと』というそのままに。この場に存在する伝承体の正体は、『ワイルドハント』と呼ばれる存在であると思われます」
それは欧州に古くから伝わる、日本でいう所の百鬼夜行。悪霊や怪物の集団が、夜に群れ成して形成する行進である。
目にする者に不幸をばらまき、或いは死、そのものをもたらすという凶兆の現れ。元は古い神々が、新たな教えによって零落の憂き目にあい、その結果に変化した姿で在るとも言われているが。
「今回の様に、迷い人を持て成す、という形態の例は過去に在りましたが。これ程具体的に、移動遊園地という神殿を構築する、というのは一度のみ。私の幼少期、祖父と共に遭遇したそれで間違いありません」
「それで、具体的な対応策は?」
「一つ、見当がございます」
そうしてマグノリアは、怯えは残っていても、奮い立たせた勇気で、トラウマの象徴たるあの禍々しき黒猫へと立ち向かった。
「オーシン、でしたわね。貴方に問います。『貴方は何とすれば、満足を得るのです?』」
「それは勿論、『お客様が満足する事』ですよ。とりあえずは、そちらの小さなお客様。ぼうやが満足する事が、今の吾輩の望みでございます」
弓なりの瞳を更に細めて答えたオーシンから目を逸らして、脂汗を浮かべつつマグノリアは判断した。
「・・・分かりました。この場合、伝承体の接待に応じ、その求めるままに持て成される事で礼節を示す。それが一番安全で、確実な対処方法であると、そう推測します」
「単純に、武力で排除する事は不可能なのですか?」
「ワイルドハントの構成は一定でなく、時に高位伝承体がその正体である事が有るのです。これ程に見事な現実への浸食、そしてベオさまにそれを気付かせぬ程に巧妙で、鮮やかな手際で実行された、肉体の再構築と言っても良いほどの変化。これは下手をすると、一つの神話体系に座する、主神クラスの伝承体である可能性すらありますの」
となれば囚われの人質と、何よりベオの安全の為に。と一言置いて、マグノリアはその身を屈めて、何時もは少し見上げていた、今は自分の腰ほどに低いベオの目線に合わせて、優しく笑みを浮かべて問う。
「ベオさま。本日はアヤナと一緒に、貴方様が満足するまでご一緒しますわ。ベオさまのしたい事、見たいもの。全部、何でも。おっしゃってもらって良いのですよ」
「ほんとう!?やったぁ!ならね、えっとね」
興奮して上気する小さなベオを微笑ましく思ったのもつかの間。その要求は今の外見に見合って子供らしいそれであったが。
「じゃあ、このゆうえんちのぜんぶをみて、ぜんぶののりものにのろうよ!」
やはり子供らしく残酷で、その望みにはアヤナもマグノリアも、青筋を浮かべつつも笑顔を装う事に、どうにか成功した程であった。
移動遊園地、わいるどはんと。移動式という特質故に、これが有するアトラクションは六つと少ない。
その内、体験型が三つ、体感型が三つ。その全てを走破する事が小さなベオの望みであり、彼の満足に繋がるのだと、アヤナとマグノリアは覚悟を決めた。以降は、その険しき道のりの記録である。
第一のアトラクション、『絶叫マシン・シューティングスター』
「あはははははは!ぐるぐるだ、ぐるぐるだ!」
「360度バレルロールが連続二十回ですって!?それに一体、何メートル、いえ何キロ続いているのですが、このレールは!?」
第二のアトラクション、『テラーハウス・スクリーム』
「どうしてにげるの、マグノリア?ともだちになろうって、いってるよ」
「ええそうです!あの生きた屍たちは、仲間を増やそうとしているのですわ!」
第三のアトラクション、『定番のメリーゴーランド・ナイトスプリンター』
「すっごくはやいね、おれたちがいちばんだ!」
「舌を噛みますからしゃべらないで!全く、一位をキープし続けないと永遠に終わらない競馬の何処が、定番のメリーゴーランドなのですか!」
第四のアトラクション、『最先端の映像体験・スペースサバイバー』
「わぁ、ながれぼしだ。きれいだねぇ」
「お任せ下さいベオ様。私、貴方の為にあの隕石を打ち返してご覧に入れますわ・・・!」
第五のアトラクション、『ドリームマシン・いっすい』
「これは、ねているみんなをおこしてまわるげーむなの?」
「そうですよベオさん。ほら、さっさと起きなさい!三島さん、御巫さん!夢に囚われて衰弱死なんてしたら、残された春日さんが悲しみますよ!」
紆余曲折、悲喜交々。まるで数日、それでも一瞬の出来事の様に、その不思議な夜は過ぎていく。そうして五つのアトラクションを踏破して、行方不明となっていた捜査官達を救助した後。第六にして最後のアトラクション、『大観覧車・グッドオールドデイズ』に乗り込んだ三人は、それまでの騒ぎっぷりとは違って、それぞれに窓の外から覗く、その眺めに静かに見惚れていた。
あれは、幼い頃の自分だろうか。泣きながら必死にしがみついて、祖父に背負われ小さくなっていくその後ろ姿が見える。
ああ、そうだ。どうして自分が、あの黒猫や、この場所を恐れるようになったのか。
それはその後しばらくして、すぐに祖父が帰らぬ人となってしまったからで。それを連想させるために、やけに印象的であった黒猫や、その想い出を怖がるようになってしまったのだ。
「呆れるくらいに、単純ですわね」
我ながら情けない。そう自覚すればもう、あれ程に恐ろしく思っていたあの黒猫も、何だか可愛らしいように思えてくるから不思議だ。
「すまなかったね、マグノリア。お前には、あまり楽しい思い出を残してやれなくて」
「・・・いいえ、そんな事はありませんわ」
きっとこれは夢の出来事だ。一つ前のアトラクションに囚われていた人々の様に、自分は都合のいい、そんなユメを見ている。
「おじいさまと過ごした日々は、その全てが今でも。楽しく、良い思い出としてこの胸で輝いています。だから私は、いまでもずっと、少しも寂しいと思う事は無いのですから」
だから、これは独り言の様なもので。そして心からの想いでもある。
そう、伝えられなかった後悔は今もこの胸に。けれどきっと、貴方に誇ってもらえるような、そんな生き方を選べたのだと。ユメに浮かぶ幻影であっても、貴方に伝えたいと想うから。
「私、とっても幸せです。そう想える人と出逢えて、共に在る事が出来る。そんな私でいられるのは、間違いなくおじいさまのおかげなのですから」
「そうか。それは、よかったなぁ」
微笑む祖父は、想い出のそのままであったから。やはりこれは、ユメの続きなのだ。
「マグノリア。おまえは、私の誇りだよ。どうか、これからも。夜空に瞬く星の様に、良い人生をおくれますように」
そう言って、そのユメは、観覧車のゴンドラが一周を回り終えて、地上へと到着すると同時に覚めていく。
互いにそれぞれ、別のユメを見ていたのだろう。少し気になって、アヤナにそれはどんなモノであったかと尋ねてみた。
「・・・別に。大したモノじゃありません。きっと貴方と同じ、少し懐かしい、そんなユメですよ」
そう誤魔化しているが、何処か穏やかなアヤナの横顔を見れば分かる。彼女もきっと、良いユメを見ていたのだ。
「ベオさまは、どんなユメを見ていたのですか?」
「うん、えっとね。おれはアヤナや、マグノリアや、ほかのみんなのユメをみたよ。だからなんだか、はやくうちにかえりたいな」
そういって自然と、アヤナとマグノリアの手を取って、来る時とは逆に、家への帰路を急ぐように引くベオは、すぐに遊園地の入口へと辿り着いた。すると其処には、その帰りを待っていたかのように。黒猫のマスコット、オーシンが大きな包みを携えて佇んでいる。
「当遊園地のアトラクションにご満足いただけて、何よりでございます。お帰りは此方から、今度こそ、お忘れ物の無きように、気をつけてお帰り下さい」
そう言って、何時かの忘れ物だと包みを手渡されて、マグノリアは気になっていた事を問うてみた。
「・・・どうして、ベオさまをこのように子供の姿に変えたのですか?」
それは、小さな疑問であった。このアトラクションを進む中、先に迷い込んでいた警備局の捜査官、その誰もが大人の姿のままである。自分たちを含めて、彼らにはどうして変化がなかったのか。そして自分たちを帰さない為の人質という事であれば、彼らだけでも充分であったのではないか。
「それは勿論、この遊園地の特性にございます。『あるべきモノを、あるべき姿に』。本当の自分で、心から純粋に楽しむ。それこそが、遊園地というモノではありませんか?」
「それは、どういう」
「ねぇ、はやくかえろうよ」
アヤナが続けて問う前に、堪えられなくなったベオが強く手を引いて走り出した。
オーシンはその場に佇んで、あの日の様に、大きく手を振って。何処か満足そうにしている。
そうして、その奇妙な移動遊園地、わいるどはんとの外へと一歩踏み出した瞬間。
やはり夢のように。其処には後に何も残らず、元の少し退屈なニヴルヘイムの光景が広がっていたのである。
「うん?私と、タクミとサヨとの、夢の地中海豪華リゾートは?」
「はれ?たっくんと、マルちゃんと私の、嬉し恥ずかし新婚生活は?」
「帰って来れて良かった、良かったなぁ二人とも!心配させやがって、この!」
遭難者を回収し、撤収作業が始まると、今度こそ何時もの光景が目の前に戻ってきた。
情けない事にあの移動遊園地とやらを訪れていた時間、その記憶はきれいさっぱり失われてしまっている。行動を共にしていたというアヤナとマグノリアに聞いてみても、何故だがはぐらかされて、本当に何だか良く分からない。
「けどまあ、なんかスッキリしたよなぁ」
まるでその内容を覚えていないのに、何だか楽しかったという感情だけが残っている夢からの目覚めのように。変わらないのは両肩の痛みくらいで、それを差し引きにしても、十分にお釣りが来るくらいに。
「ベオさん、ちょっと此方に。マグノリアが今から、十年越しの忘れ物を開封するそうですよ」
アヤナにそう呼ばれて、二人の元へと向かう。
「ああ、これは。アヤナ、これを見てくださいな」
「成程。こういった物についての知識はあまりありませんが、中々立派なのではないですか」
やはり、この二人は仲が良いのではないか。
知らない間に互いを名で呼ぶようになった理由と共にそれを彼女たちに訪ねると、多分否定するだろうから。口にせず、胸の内だけでそう思う。
アヤナとマグノリア。その二人が抱えている大きなクマのぬいぐるみ。今はそいつを一緒に、近くで見てみたくて。
俺は逸る気持ちで少しだけ、子供の様な駆け足で急いだ。
多忙にて作業を進める時間が確保できず、時間が空いてしまいましたがどうにか五章を完成させる事が出来ました。
明日以降、見直しをしながら投稿を再開したいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。




