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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
二つの月は自らを照らす太陽に共に在りたいと求める事ができるか
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二つの月は自らを照らす太陽に共に在りたいと求める事ができるか⑱

酷い頭痛に目を開くと、白い雪原の向こうには変わらない青い星が浮かんでいる。


「あ、ベオくんが起きたよアキト」


その声と後頭部の柔らかな感覚で、マナに膝枕をされている事に気が付く。どうやら、あの心臓との接触の後で気を失っていたらしい。


「よし。こっちももう少しで、うん大丈夫、かな」


見ればアキトが探偵事務所の前で何か作業をしているようだった。


「全く、トリフネが完全に壊れた今、師匠は殆どの権能を失ってしまったって、とんだ役立たずだよな」

「その通り。私はもう、ちょっとお茶目なだけのただの女さ。ほらほら、急がないと崩壊しつつあるこの空間から放り出されて、皆仲良く宇宙の漂流者になってしまうよ」

「ああクソ、此処まで来てそれは勘弁だっての!」


確かにマナの言葉の通りに、彼方まで続いていた地平線は蜃気楼のように揺らいで、なんだか頼りない。


「ってヤバいじゃないかそれ!」

「だからこのペースならどうにか大丈夫だって。先に事務所を送って、よし」


ずぶずぶと影に沈むように事務所が消失していく姿は何だかシュールだが、アキトの様子ではとりあえず時間切れで、みんな揃ってお陀仏という結末は避けられるようだ。


「ああ、けどちょっと休憩。流石に建物一棟を送るのは疲れる」


そうして、アキトが回復するまでのわずかな間。三人揃って崩れていく雪の世界を眺めていた。


「この光景はね、私が造られた世界の最後の姿を再現したモノなんだ」


何か、懐かしむようなマナの言葉で知る。それは、遠い過去に滅んだという、別の星という異なる世界の光景。

そう思うと、不謹慎と分かっていてもそう感じる事は止められなくて、俺とアキトは思わず呟いていた。


「きれいだな」

「うん、きれいだね」


滅んだ世界の、最期の光景。きっと沢山の想いが有ったのだろう。それが遠く、今は多分、マナの胸の中にしか残っていないのだから、それを正確に、俺に知る術はなく。

だからこそ、単純に目の前のそのままを純粋に、きれいだと感じていた。


「ありがとう。なら出来るだけ、長く覚えていてくれると、嬉しいな」


時間にしては数分、アキトが回復するまでのその時間。

何故か今度は何の仕掛けも無いのに、永遠とも感じられたその時間を、彼女の願いというだけじゃなく。自らの願いで、俺はきっと忘れる事は無いだろう。

この場所で在った出来事を含めて、また俺を造る記憶が増えたことを嬉しく想うから。

その何処かの世界との別れに、一度だけ振り返って目に焼き付ける。


「帰ろうぜ、ニヴルヘイムに」


あの街に帰ったら、多くが変わってしまうと分かっている。

マナが伝えてくれるという、彼女が知る全て。つまり、これ程の力を持っていた彼女が逃走を選ばなければならなかった『黄昏』という存在について。

それから、これが有る意味では一番大きな謎であった、ベルとバルドルについて。

そうして俺はきっと、後に大きな選択を迫られる事になる。それが、望む未来に続いているのか、何が間違っていて、何が正しいのか。そう判断しなければ俺だけじゃなく、俺の大切に想う人たちが不幸になってしまうかもしれない。

その選択の時は、もう間も無くの筈だ。


「だから、取り敢えずは」


街に戻って真っ先にすべき事をしないと。心配をかけて、随分と待たせてしまった人達に。


「ただいまって、聞かせたい。ただいまって、言いたいよ」





「次元潜航を感知した後、急行させた穂高が確認しました。現在ニヴルヘイムに月夜見探偵事務所が再出現、月夜見と洞木、それから、ベオ様の姿も確認出来たと」

「ふん、ふん」


会長室にて、此方に背を向けたままで、その様子を伺えない主に事の顛末を報告している。


「洞木には後で詳細な報告書を提出させるとして、月夜見に関しては、本当に宜しかったのですか?」

「何か、問題があるのかい?」

「いえ、会長がそうおっしゃられるのであれば何も問題は有りません」


計画を破綻させかけた月夜見を、主は放っておけと言っている。個人的には腸煮えくりかえる思いだけど、勤めて冷静にそう返せたことは上出来だった。


「御指示のあったヴァルハラ・プロジェクトは正式に予算案を取締役会に提出、承認の見通しです」

「いいね、完成は何時になる予定かな?」


ああ、それでも。この問いに、自分は何時も通り、この人の求めてくれている自分で居られるだろうか?


「はい、物資の調達と、人員の確保。それから、試験運用の期間を含めて、正式な稼働開始は」


駄目だ。しっかりしろ、甘ったれるんじゃない。

自分の願いなんて押し殺せ。決めたじゃないか。この人に、救ってもらった時に、自分の全ては貴方の為にと。その想いを叶えるために尽くすと、そう、決めた筈だったのに。


「シズル」


そう名付けてくれたのは、貴方だった。

要らないと捨てられ、忘れ去られていた自分に、生きる意味をくれたのは貴方だったから。


「予定は、何時になりそうかな?」


ああ、そうだ。この人は、この時を迎える為に、永い時間を耐えてきた。

それが、どちら側に、どう転ぶのかは今でさえ分からない。しかし、鍵となる彼は、九界へと帰ってきた。だとしたら、最早選択できる未来は、二つに一つである。


「・・・およそ、三か月後。十二月頭には、スケジュールは完了する予定です」


そうやって、自分の役割を果たすことが出来た。

けれど耐えられず、滲む視界で足元を見つめている。今、背を向けたままのあの人の表情を瞳に映す資格が自分に無いという事は分かっていたし、自分だって、こんな風にみっともなく歪んだ、小娘のような情けない顔を見られたくは無かったから。

二人きりの部屋で、暫し沈黙が続く。自分の鼓動だけが煩くて、それをうっとおしく思いながら今はただ、主の言葉を待っている。


「うん、なら十一月、後半の二週間は通して一緒に休暇を取ろうか」

「はい?」


一瞬、主の言っている言葉の意味が分からなくて、みっともないままの顔で彼を見た。


「何時か約束しただろう?その日が来ると決まったら、暫く休みを取って、一緒にゆっくり過ごそうって」


少し困ったような、何かを誤魔化して頬に手をやる仕草に、ようやくその言葉を理解できて、今度は自分が困惑して、赤面する番だ。

確かに、何時かの会話でそんな事を話したような気がする。

いや、まったく期待が無かったわけではない。確か当時の鷹野トウコの経過報告を受けて、そういった可能性も、在るかもしれないと。

我ながら浅ましく、妄想じみて考え。結局そんな幸福は自分のような女には在り得ないと、記憶の彼方に押しやっていた。


「すまないね、シズル。僕は確かに、君を大切に考えている。だけど、一番に考えてあげることは出来ない。この提案は一見、君の希望に沿う形になっていたとしても、結局は自分の目的の為に、その想いを利用しているだけでしかないんだ」


そんな事は分かっている。自分は、その席に在りたいと思ったことなど一度もない。


「・・・君はそれでも、構わないのかい?」


彼らしくない、申し訳なさそうに尋ねる仕草で。それだけで今までの何もかもが報われたような気がした。

一番目、それから二番目。その席に座る人は初めから決まっていて、其処に自分が座れる事は、これからもずっと、永遠に無い。


「はい。拙は、その言葉だけで」


だから、三番目。

それでもいい。其処に居させてくれるのなら、自分にはもう何も、欲しいものなんて無いのです。


「きっと、どんな事が有っても生きていけると思いますから」





「うん、どうやら君の想い人は無事に帰還したようだ。ベオは勿論、洞木君と、それから月夜見くんも随分と頑張ったみたいだね」

「そうか、では。短い間だったが世話になった」


託された文章の精査、分析に費やした夏の終わり。彼は、この街に帰ってきた。

帰ってきてしまった。だから、もう止めることは出来ない。


「・・・本当に、良いんだね?」


この男らしくない、他人を心配した言葉に敢えて、こう答える。


「ああ、何も問題は無い」


自分がこの九界へと訪れた理由。そして、彼と出会った意味。それはきっと、この役目を果たすために在った。それが分かったのなら、もう迷いはない。


「母さんが最期に言った言葉は、この時の為に在った。だから、どんな結末になっても」


例え、何もかも失って、ベオ自身と離れる事になったとしても。


「私の命は、この為に在ったんだ。だから、これでいい」

「なら、もう何も君に言う事は無いね。幸運を、オーガスタの末なる娘。君のその献身が、この無限の螺旋に小さくとも、致命的な孔を穿つ事を祈っているよ」


その言葉を最後に、星見と別れて家路を急ぐ。

黒陵ゴドウという男が記した文書に託された意味。

巨人の襲来と、その結果に在ったかもしれない幾つかの可能性。

細く切れそうな糸を手繰るように、それでも此処までの全ては予定通りに進んでいる。

しかし問題はこれからだ。ここから先は、予言めいた内容を記す黒陵本人ですら確証がないと、可能性は限りなく低いと、何度も頼りない言葉を繰り返していた。

それを通す為の要。今から自分は、たった一人この役目を果たす為に、秘密を抱えてその日を迎えなければならない。


最期の戦いを。本当の、この因果を終わらせるための戦いを始める為に。

その始まりとなる、一つのきっかけを造る。それが、自分が此処に存在する理由なのだ。


「・・・それが、私とベオの別れの日になったとしても」


うん、それでいい。そうなっても構わないと、あの人が幸せになるのなら、自分の存在全てと引き換えにしても惜しくは無いと、心からそう想える。


「もしかすると、母さんも同じ想いだったのだろうか」


私はずっと守ってもらって、与えてもらってばかりだったから。

たった一つ。私が貴方の為に出来る事。あなたの為に、あなたの未来を拓くために。


「私が、バルドルを殺す『枝』を造る」


時間は無い。今すぐにでも、準備を始めなければ。先ずはおじ様に連絡し、幾つかの材料を調達してもらう。

それから錬成と鍛造、工程には大規模な工房が必要になるだろう。秘匿性も考えて、早々にタチアナを頼り、目立たないサードの候補を当たらなければ。

必要なタスクは山積みで、スケジュールを考えれば早急に作業を始める必要がある。

けれど、星見の言葉のせいか、足は自然と其処へと向かっていた。


「月夜見さん。今度という今度は絶対に許しませんし、容赦もしません。今から貴女をブチ殺します」

「うふふ、お手伝いしますわタカノ。丁度先日、本部から届いた良いものがありますの。月夜見様、夜明けの星って御存知です?」

「待て、確かにマナが今回の元凶ではあるが話を聞くんだアヤナ!そしてその棘付きの鉄球を下げてくれマグノリア!」


こぼれ出した時の砂は戻らない。ゆっくりと、だが確実にこの九界は、其処に存在する全てを抱えて、約束の日へと近づいていく。


「うん、それはいいね。この際だから、誰がベオくんの真のパートナーであるのか、立場をしっかりさせておこうじゃないか。アキト、君はどちらに付くつもりだい?」

「んー、三対一だと後で元気な二人をノさないといけないけど、二対二なら疲弊した師匠をシバけばボクの一人勝ちだよね。なら、そっちのがお得かな」

「どうして全員やる気満々なんだよ!」


たった一週間程なのに、懐かしいと感じる光景に一瞬視界が歪んだ。

それを気取られないように拭って、自分も急ぎ其処へと走る。


「私を置いて正妻決定戦とは片腹痛い。スクランブルだ、ベオ二号改!」

「オイ、何かファーストの方から飛んできたぞ!?」


だからその日がやって来るまで、私は何時も通りで居よう。

そして願う。少しでもこの日々が続くように。

自分は傍に居られないかもしれないけれど、その終わりの後も色褪せる事のない、そんな思い出を、どうか貴方に残す事が出来ますように。


これにて四章終了となります。最後は私事ですがまとまった時間がこの数日しか取れず、やや駆け足になってしまい申し訳ありません。

続く五章ですが、投稿予定は未定とさせていただきます。少し説明が長くなってしまいますが、本文には関係ないので気になる方だけ目を通していただければと思います。


私の投稿頻度からお察しの方もおられるかもしれませんが、一度本文を書く→確認しながら出来上がった文章を投稿していく、という方法を取らせていただいています。

そのうえで一章は10万文字前後、そういったぼんやりとした決まりで投稿を続けていましたが、ストーリーのまとめとなる五、六章は10万字以上になると予想される、そして途中まで書いていた五章はほぼ書き直しになりそう、という事で、今までのスパンよりも時間がかかる見通しで、ちゃんとした再開のお約束が出来ないのが現状です。

しばらく時間が空きますが、どうかお付き合いいただける方はお待ちいただければ幸いです。結末とそこに至るストーリーラインは決定していますので、致命的な問題が発生しない限りは、自分としても必ずお話をまとめて、最後まで書きたいと思っています。


次回の再開時期は、間に幕間を投稿予定ですので、その際にお伝えできればと思っています。重ねて、私はSNS等を利用していませんので、通知などの設定を利用していただければ幸いです。よろしくおねがいします。

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