二つの月は自らを照らす太陽に共に在りたいと求める事ができるか⑯
突発的な空間の揺らぎを観測して、一時的に休眠状態であったフルングニルは即座に起動する。
既に再量産し、初期の二倍にまで数を増やした子機の群れが威力偵察を兼ねてその地点へと急行した。続いて、進めていたトリフネの母艦である大船、アメノトコタチへのアクセスも再開。工程としては未だ四割、完全掌握までは程遠い。
当機の主目的である失われた母星の再現計画は凍結中であるが、アメノトコタチの純粋な兵器としての性能は再評価すべきである。
原生生物の懐柔や改造では無く殲滅の為の兵装に、後に残る有機物を材料として再利用する為の変換機等、大船の完全掌握で得られる恩恵は非常に大きい。
故に既に異界の深奥に座する、その時を待つ黄昏を、真なるほしの大地へと招くために。
先んじてこの星を平らにするのも良いだろう。異界のすべてを飲み干して、その外へと至った黄昏が、容易く世界を平らげる助けとする為に。
既に五度の開放が為されてもなおその飢えを満たされぬ、しかも枯れつつある狼はその器として不足である。であれば当機こそが、その要としてふさわしいのだから。
そしてまた、彼方へと。真なる救いを求める彼方のために。
思考の狭間、突如として、爆音とともにもたらされた通知は数千の子機が同時に失われた事を告げていた。
数としては全体の一割にも満たぬ、が、続いてほとんど同数の数が消失。
誤報や事故の可能性は低い。ならばあの黒い戦乙女にメインフレーム、そしてフェンリルによる破壊活動の結果というのが妥当だが、新たに開発、量産していた戦闘に特化した中型の機体も編成に含まれていた筈だ。それすら容易に破壊された事を考慮すると、トリフネの武力を以てこれらの要素を制圧すべきであると判断、急行する。
対象の位置は九界との空間接続地点、メインフレームが当地にて、その潜伏先としていた場所である。
地より天へ。白い大地を裂き、二本の光の柱が宙へと至る。
触れる存在全てを溶かし、焼き尽くす紅い焔は。死と破壊と同意で在ったが、故に純粋で、そして美しかった。
「太極より発する両義、四象、八卦。万物は流転し、今我が内で転じ、また一つへと戻る」
穿たれた孔より現れた姿は、黒の戦乙女とは異なっている。
二対の翼は格納され、より大きな存在の核と成ったアキトから供給され続けるほしの熱量により、その巨躯は、空へと向かう。
二対の長大な、腕の先端に備える黒い刃。背に翻る三対の翼は、空を征く為のモノでは無い。
そして槍の如き長大な尾の先に、淡く銀の宝玉が輝く。
さて、この異形を人は何と呼ぶか問うまでも無く、声を揃えて『龍』と呼ぶだろう。
その補足として、偶々その核として、欠けた部分を埋める事になったアキト。之を創り出した集団の思想について、少しだけ述べる必要がある。
古来において、彼の国においても龍という存在は強大な力と権力の象徴であり、或いは洪水や嵐という人の抗えぬ自然の驚異を表現した姿でもあった。
彼らが求めたのは永遠である。それを当たり前に備え、しかもその信仰と伝承から得られる恩恵は大きく、だから其処に、特に永遠という要素を強く強調する為に、西洋のあるイメージを加える発想を得ることになったのだ。
それは尾喰らう蛇。己を喰らい、また生ずるという循環する生と死、永遠の象徴。それが真人、アキトの設計コンセプトであった。
一つだけ欠けていたモノは、アキト自身が人の身であり、生み出す太陽に等しい熱量を御して活用する方法が存在しなかった事だ。黒の戦乙女を全力で持ちるために要するエネルギーでさえ、例えるなら原子力発電所でたった一つの電球を灯す事と同義である。
その真人、己を喰らう術を持たなかったアキト。それが、この鋼の龍を以てある意味での完成へと至る事となったのは明らかに想定外の事で、今回の一件が無ければ本来、全く在り得ない偶然であった。
「黒き乙女の鋼の翼を得て。虚ろの龍は、その心臓に鼓動を宿す」
空の瞳に火が灯る。腹が満たされた龍は、与えられた糧を大いに喰らい、初めて胃の腑を満たされたという喜びを掲げ、宙へと翼を広げた。
これが月夜見マナがかつて完全であった自らを貫いた、黄金の鎧に対抗する為に造り出した鋼の龍。一騎当千の機動甲冑を更なる高みへと至らせるための換装ユニット、その名を。
「・・・駆けろ、『レギンレイヴ・ヨルムンガンド』!」
ヨルムンガンド・ユニット。黒の戦乙女と合一し、名を改めた龍は、熱と息吹を与えてくれたアキトに応えるべく、天をその威と咆哮で震わせたのだ。
「走れ走れ!アキトが引き付けてる間に距離を詰めるぞ!」
まるで嵐同士が衝突するような戦いを横目に走る。
俺は両手に最も使い慣れた相棒であるスコルとハティ、背後には棺桶にしか見えないコンテナを背負っていた。マナは小さな鞄に、両脇にオオミツヌとスクナヒコナを伴っている。
「ヨルムンガンドの性能は予想以上だ!トリフネ以外の全てを相手にしても、拮抗どころか凌駕しているよ!」
自分の造ったそれが想像上に活躍している為か、マナは珍しく興奮した様子ではしゃいでいる。
確かにアキトの奮戦は見事なもので、故に事前に知らされて、今の言葉からも理解させられた事実を思い知らされた。
「ってことは、やっぱり俺たちがトリフネ本体に取りつかないと話にならない訳だな!」
「そうだね。トリフネの主要防壁である逆位相変換装甲を突破する方法は、そのナイフしかない!」
物理学などの知識はさっぱりだが、問題となっているトリフネの装甲は、対象の攻撃のパターンを波形として変換し、全く同一の波形をぶつけて相殺する事で無効化する。
問題なのは、それが攻撃どころかどの様な干渉であっても無効化する事だ。アキトのヨルムンガンドがどれほどの武力を誇っていても、このままでは抑えこむ事が出来ても撃破は不可能。龍の爪も牙も、それが直接届かなければ意味がない。
「それを、本当にこんな小刀一本でどうにか出来るのか!?」
改めてこんな怪獣大決戦じみた戦いの中で本当に役に立ってくれるのか、果物の皮を剥くのには良いかもしれないが、巨人と戦うには余りにも頼りないこいつの存在を確かめた。
マナと戦う前にアキトから渡され、あの場で使う事は無かったこいつがその問題の装甲を突破する手立てと成るらしいが。
「・・・うん、よく覚えている。容は違うけれど、私は三千年前全く同じ存在にこの身を貫かれたんだから」
その痛みを思い出したからか、マナは苦い顔で太鼓判を押した。
「悪い、嫌な思い出だったな」
「ううん、それが無ければ君とも出会えなかったのだからね。ともかく、一撃で良い。体表にでも直接接続出来るラインさえ確保出来ればいくら本体を支配されているとはいえ、絶対防御を解除する事だけは可能な筈だ。その後は君の出番だよ、ベオ君」
「あーああ、分かってたけど結局荒事担当だよな俺」
「何時も通りって事さ。頼りにしてるからね!」
そう言われたら仕方ない。別行動する俺たちに気が付いた複数の子機に、以前は見られなかった大型の、四脚の獣を模した姿も見えたが。
「邪魔だってんだよ!」
迫る下咢をスコルで切り落とし、ハティで脳天に鉛玉をぶち込んだ。マナの方でも、主人へ近づけはしないと従うオオミツヌ、スクナの二体が迎え撃ち、進む速度は微塵も低下していない。
「トリフネはもう動き出している!アキトが時間を稼いでくれている間に、確実に不意打ちを喰らわせてやるぞ!」
「あはははははははは!」
気分がいい。レギンレイヴと、ヨルムンガンドが本当に自分の体と一体となったように、素肌で風を感じ、空を飛ぶような錯覚を覚える。
事実この身は今、過去に存在したという龍種のそれと等しい性能を誇っているのだ。人の身では己自身を焦がし、焼き尽くすほしの熱量であっても、空どころか宙を征くという龍の身であればそれすら御せるという事なのだろう。
踏みつぶし、引きちぎる。子機の群れなど物の数では無い。数千、いや数万が束になっても平らげる確信すら今の自分には有った。
「・・・ああ、本当にこのまま何処までも」
何処までも飛んでいける。纏うレギンレイヴも、ヨルムンガンドもこの身の内に、本当に取り込んでしまって、真正の龍種へと転じることも自分にはきっと出来るだろう。
その誘惑に、少しだけ心が揺らぐ。
本当に、ほんの少しだけ。例えば最近金欠気味なのでコンビニで好物のアイスを買うのを控えるか、なんてくらいの手軽な程度の、小さな葛藤は簡単に振り切った。
それは自分を創り出す為に死山血河を築いた狂信者達が、歴史を振り返ればそいつらと同じような事をした馬鹿どもが、どれだけ求めても得られなかった、永遠というモノ。
うん、本当に。そのくらい、永遠なんてモノは自分にとってどうでも良いモノなのだ。
今正に感じている最強の捕食者となった全能感も、自由自在に天を飛ぶ高揚感も。あの時に感じたモノに比べれば、全く取るに足らない些細な事なのである。
「お前たちは知らないだろう、お前たちは知らなかっただろう!」
陰と陽。完璧であれと、完全な個であれと造られた自分でも、だからこそ在り得なかった筈の。その比翼を、対と成る魂の片割れを見つけることができたのだ。
ああ、その片割れの為ならば、今此処で燃え尽きたって構わない。
永遠に届く黒よりも、自身が望んだ日に照らされて。その想いに応える為に一夜だけ、静かに輝く銀の月のように。
瞬きのような命でも、これっぽっちも惜しくは無いと。
「そう想える人に出会えた!そう想える人に、求めてもらえたんだよ!」
この喜びを、誰でも彼でもその首根っこを捕まえて教えてやりたい。何ならその対象が、目の前の無機質な機械の鳥の群れだって良い。
「こんなボクが、こんなオレがだ!」
だが残念ながら自分には詩作の才は無く、歌も下手くそで文も書けない。我が胸の内の心境を表現できる方法が、こんなにも乏しい事を惜しいと思う日が来ようとは。
だから、歌の代わりに、言葉の代わりに。龍の身に相応しく。
「レギンレイヴ、メインエンジン、ブルーバード。ヨルムンガンド、メインエンジン、ドラゴンハート連結、同調開始。主砲充填開始、龍咆装填、終了!」
その咆哮で例えよう。
「黒翼極光・雷公鞭・・・!」
六枚の翼で電気エネルギーに変換、増幅された熱と光が爆ぜ、尾の先端、増幅器より放たれる。
過去に東洋において龍の言葉とは力であり、その叫びならば、天変地異と同義であった。
その叫び、数億ボルトの指向性を持った雷は。黒き龍を阻む敵全てを等しく焼き払い、形すら残さぬ塵へと還したのだ。
「あはははははは!こんなに物騒なオレでも良いのだと、そう言ったのはお前だからな、ベオ!」
我ながら恐ろしく成り果てたモノだ。とても永遠に生きる、清らかな神仙とは程遠い。強欲に、己の求めるままに在る暴龍そのものである。
殆どの子機を滅ぼし尽くし、残った反応は三つ。そのセンサーに捉えた姿に、聞こえずとも呼びかけた。
笑ってしまうが確信はある。今の姿を見ても多分、ベオ自身は何も変わらないのだとは思う。
「責任は取ってもらうぜ!お前は永遠に、ボクの比翼だ!」
つまりこれは、ベオ以外への宣戦布告なのだ。
龍は、己の宝に執着し、決して手放すことは無いという。
その宝である彼が背負う運命がどのようなモノであっても、どんな敵が阻もうとも。それを滅ぼし、彼の道を拓いてみせるという誓い。
龍はまた、一つ大きく天へと吼えて、巨人と交戦し始めた己の宝を護るべく、大きく翼を広げて天を往く。
目の前で引き起こされた現象に対して、正確な評価を下すまで三秒を要した。
これは、当機体にとって想定外の事態である。子機の群れで十分に対処出来ると踏んでいた黒の戦乙女は、以前当機が敗北を喫した原因の一端、あの黄金竜に匹敵する程の龍種に成り果てた。
メインフレームが設計、開発していた兵器という情報は共有されていたが、あの脅威度は慮外にも程がある。
流石に装甲を破られる程ではないが、その対処には相当なリソースの消費を強いられるだろう。損失の補填はどうするべきか、地球への再侵攻へのリスクとリターンの再計算に、最終的に所要時間は別にして、問題なしと結論が出された。が、その間に。
「遅せぇぞウスノロ!」
激しい衝撃の後、衝撃と共に黒龍に組み付かれる。装甲の損傷は無くとも、四肢を抑えられれば単純な出力の差で動きを封じられる可能性があった。
完全に御されている訳ではないが、ほぼ力負けする状況。第六世代惑星環境改造船アメノトコタチ、付属揚陸艦トリフネには大船に同じくエーテルを利用した疑似的な無限機関が搭載されていたが、それに匹敵する程の出力がこの黒龍には備わっているという事なのか。
『しかし、その動力源たる本体は脆いと判断』
「ぐ、はぁ!」
しかし生身の生物である以上、やはり限界は存在する。特に初回の起動による負荷、そして度重なる稼動により、龍の心臓たる戦乙女には疲弊が見えていた。
生み出すエネルギーを供給する躰を得たとはいえ、心臓そのものである人間の体の強度が上昇した訳ではない。この拮抗を保っていれば、いずれこの黒龍は身の内から溶け落ち、物言わぬガラクタと成り果てるだろう。
『結論として、当機体の優位性に疑いは有りません』
「・・・一対一なら、そうなんだろうなぁ」
地に伏し、仰向けとなった機体の胸甲に生体反応。それは小さく取るに足らぬ、四肢さえ動けば指の一押しで羽虫のように潰れてしまう矮小な、人という生命体。
「それも動ければ、だろうが!」
黒い龍は四肢を抑え込み、動きを奪う。計算を誤った。このトリフネに匹敵する黒龍は囮であり、この小さな肉の塊が敵の本命。
『しかし、優位性に変化はありません。絶対たる装甲は未だ健在で在り、フェンリルにその状況を打破する手段などは在り得ない・・・!』
「ああ、やはり君は覚えていない。いや、知らないんだね」
それは、メインフームの発した声である。
「第四の巨人、フルングニル。君の記録には無いだろう」
その響きは哀れみであった。それは何故か、理解できない。哀れで小さく弱いのは、お前たちである筈なのに。
「あの胸を貫いて、心臓を引きずり出された痛みを君は知らない。知っていればどんな犠牲を払ったとしても避けなければならない、あの痛みを」
センサーが捉えた輝きは、小さな小刀から発せられていたモノだった。
あの、陽光の如き彩は。最も優れたモノが放つ黄金の光は、何だ。
認識した瞬間に、知らぬ筈の行動原理によって機体の安全性も無視してその場を逃れようとするが、それは不可能な行為だった。光放つ小刀は振り下ろす動作を終えて、今度は夢を見る事もなく。
全てを拒絶する筈の壁を易々と貫いて、かつてと同じ痛みを巨人に与えていたのだから。




