二つの月は自らを照らす太陽に共に在りたいと求める事ができるか⑮
「反省!」
「「痛い!」」
人数が増えたせいかより狭く感じるアキトの部屋で、帰り着いた途端にマナと二人して正座させられ、頭の上にはアキトのげんこつが落とされた。
アキトは機動甲冑を装着したままなので、加減はしているだろうが鋼の籠手の拳で滅茶苦茶に痛い。
「ベオは勝手に切り札を使い切って、カッコよく助けたと思ったらすぐガス欠するし!」
「ぐぅ、言い訳できない」
まあそれは事実だ。マナを抱えて走り出して半分も進まないうちに、すぐさまフルングニルに追いつかれそうになっていた所を、血相を変えて助けに来てくれたアキトにこの空間へと避難させてもらったという情けない体たらく。偉そうに言っておいて全く格好は付いていない。
「師匠も師匠だ!悪役ムーブかましていた時は無敵感バリバリだったくせに、味方になったとたんに弱体化って、何処のシミュレーションゲームだよ!こんの、ポンコツ宇宙人!変わんないのはその無駄にデカいおっぱいくらいかぁ!?」
「ベオくん、アキトがいじめるよう」
「誘拐した相手に甘えてんじゃやねぇ!」
スパンッという快音で、追加の一撃が加えられるが、最早数時間前の殺し合いじみた空気は無い。アキトとしても、マナの事は一先ず味方に戻ってくれたのだと納得してくれたようだ。
「全く、こっちは本気で命がけだったのにさ。ベオはともかく、このポンコツおっぱい宇宙人と、余計なもんまで持ち込んできて」
ワンルーム程の空間がより狭く感じられる理由はマナを加えてこの場の人数が三人になったというだけでなく、アキトがこの空間へと逃げ込む瞬間に飛び込んできた二体の存在がある。
「なんだいアキト、昔は彼らに世話になったてたくせに」
「そういう問題じゃないだろ。こいつらは本当に安全なんだろうな?ここで暴れられたら流石に打つ手がないよ」
所在なさげに膝を抱えている巨体に、申し訳なさそうに羽を畳む白い鳥。確か、マナがオオミツヌとスクナヒコナと呼んでいた機体だ。
「って、オオミツヌにスクナヒコナって、確か日本の神様だろ」
これもいつか見た歴史番組の受け売りだが、確かオオミツヌは日本列島を作ったという巨大な神であり、スクナヒコナも大国主命という有名な神と共に旅をしたという英雄神だ。
「他の星から来た存在が日本の神様の名前か。そう思うと何だか洒落てるな」
「ふふふ、実はねベオくん。彼らの方がオリジナルで、後に脚色された逸話が神話に成ったんだよ」
「マジで!?」
「当時私の本体は捕らえられていたけれど、外界の情報を知るために複数の子機を展開していたんだ。この子たちはその内の残った二体で、長く稼働して補修の為に色々と改造していた分、フルングニルの支配を受けなかったんだろうね」
アキトの話だと約三千年。そんな長い時間稼働している機械というのは驚きだ。
「といってもフルングニルには手も足も出なかっただろ。どうすんだよ、正直打つ手はないぞ」
アキトのその言葉はやはり正しい。マナが味方に戻ってくれたという点は大きいが、異星からの侵略兵器、天機トリフネ。これが動き出す前にマナをどうにかするというのが前提の作戦は、根本から瓦解してしまった。
現状を正確にまとめると、完全に実力を発揮できるフルングニルに対し、アキトの機動甲冑は本人の無尽蔵に近い出力に対してアヤナのブリュンヒルデの様に火力の出せる機体ではなく、俺のフェンリルもガス欠。先程の様子を見ると、オオミツヌとスクナヒコナも戦力としては足りていない。
「アンタなら何かあんだろ腹黒。有るって言えコラ!」
このままではじり貧だ。マナを揺すりながら何とかしろと詰め寄るアキトの気持は分かるが、流石に彼女でもこの状況では難しいのではないだろうか。
「た、対抗する、ほ、方法が無いわけじゃ、無いんだけど」
「やっぱあんじゃねぇか!」
それにしてもこの師弟、パワーバランスはどうなっているのか。
「って、方法が有るのか!?」
アキトに揺さぶられながらのマナの説明によると、今回の騒動前から彼女はバルドルと争う場合に備えて、戦力の増強を考え実行していたそうだ。そしてその中で幾つかの武器と装備を、試験的に製造していたらしい。
「その一つが、機動甲冑の換装ユニットなんだ」
機動甲冑はその開発からマナが携わっていたという事で、勿論それを戦力として利用する方法を彼女は考えていた。
自分が使用するか戦乙女を味方に付けるかして、機動甲冑の総合的な武力を底上げする為に開発した。それが、その換装ユニットであるという。それも、相当に強力なモノらしい。
「けれどコレはその火力の強大さ相応に、あんまりにも燃費の悪い大喰らいでね。試算ではどの機動甲冑でも出力がまるで足りなくて運用方法が無く、結局死蔵する事になってしまったんだよ」
その点で言えば、アキトならば出力不足という問題は既に解決したと言ってもいいだろう。追加戦力としてまず一つ。その実力は分からないが、バルドルと争う事を想定に造ったモノというのなら相当なモノの筈だ。
「後は、ほら。今年の春ごろに君が折った剣、グラムだ」
「・・・ああ!」
すっかり忘れていた。あの荒野で、巨人との戦いでとどめを刺す際に、根元からぼっきりと折れた後、修理できるかもしれないとマナが回収していた剣の事を今更思い出した。
あれから音沙汰なかったものだから、てっきり修理は無理だったのかと考えていたのだが。
「素材の強度と機能を含め、色々と見直す点が多くてね。改修が終わった頃には今回の企みを実行する寸前だったから、もう使う事もないかと思っていたけど」
「なんてタイミングだよ!今まさに、そいつが必要だ。さっすがマナ、超有能!」
「ふふふ、まさかこんな局面で必要になるなんて、備えはしておくものだねぇ」
「一応言っとくけど、今回失敗してるんだからなアンタの企み」
「まあ、そう言うなよアキト。で、そいつはやっぱりそれはあそこに有るのか?」
マナの最初の想定。わざわざニヴルヘイムから建物を土地ごと持ってきたのは俺を懐柔するまでの仮の住まいとして其処を選んだらしく、別に他のそれでもよかったらしいが。
彼女自身も知らず知らずのうちに愛着が有ったのかもしれない。そしてそれが今、俺たちを救おうとしている。
「うん。私たちの家、月夜見探偵事務所。その地下に在る、私の工房にね」
フルングニルとの決戦は、皆の疲労具合から一眠りしてからという事になった。
俺やアキトは勿論、実はマナも相当に無理をしていたらしく、俺が作った飯を食べてからは皆揃って眠りに落ちてしまう。
それから俺が目を覚ましたのは、囁きのような会話の声に気が付いたからだ。
「で、どうするんだよ師匠。アンタの逃亡計画は完全に失敗したぞ」
「うん、そうだね。完全に汚染されたトリフネは、既に大舟の接続器としての機能を失ってしまった」
マナとアキトの声が両脇から聞こえているのは、オオミツヌとスクナヒコナがワンルームの殆どを占めて、どうにか狭いスペースで俺を挟み込むように二人が眠っていたからだろう。
「大体何なんだ。アンタがここまでの暴挙に出なきゃならなかった理由、黄昏ってのは。聞いた話じゃシズルも会長も、そいつをどうにかするために九界を利用するつもりらしいじゃないか」
「流石にその辺りは知っているか。ではアキト、昔のように講義と行こう。黄昏という現象は、今回を含めてこれまでに四度行われた巨人の襲来と密接に関わっている」
「という事は、黄昏はバルドルに敵対する何らかの勢力なのか?」
少し違うねと、マナは言葉を選びながら訂正した。
「バルドルというより、この『世界そのものに対する脅威』、それが黄昏だ。いやアレは敵対者とか脅威、というよりは収穫者という認識が近いかもしれないね」
「収穫者?」
「それほどに、彼我の差は隔絶しているという事だよ。稲穂を刈り取る人は、稲穂に食われる事なんて心配しないだろう?」
収穫者。朧げな意識に届く声は、何故か聞いたことのある言葉だった。
「人類の、いや世界の収穫者。それが黄昏だ。そもそもベルは、黄昏の為にバルドルを組織した。そして、その手段の一つとして、この九界を用意したんだ」
「ちょっとまてよ師匠、まさかバルドルが、九界を造り出したってのか!?」
その驚きは抑えられなかったらしく、アキトの驚きの声で急速に意識が覚醒していくのを感じていた。
「声が大きいよアキト。ほら、ようやく寝付いたベオ君が起きちゃったじゃないか」
「・・・悪い、二人の話の腰を折るつもりじゃなかったんだが」
「良いんだよ、ベオ君。君にも関係のある事だからね。けれど今は、この話はここでおしまい」
更に身を寄せて耳元で囁くようなマナの声は、何処か安心したように聞こえる。
「ベオくん。九界に、ニヴルヘイムに戻ったら、私の知っている事を全て君に伝えるよ。その後に君が何を選ぶか、どんな未来を掴むのか。それは分からない。けれど、けれどね」
君がどんなモノに成り果てても、何が有ってもずっと。
「うん、もう迷わない。君の傍で、私の持てる全てで君を助けよう。それだけが私の望みで、二度と違う事のない最優先事項なんだから」
それは何も変わらないというマナの意思の表明であり、ずっと共にあってくれるという誓いの言葉。
ずっと、支えられてきた。これがあったから俺は、どんな無茶にだって恐れず飛び込むことが出来たんだ。
「ありがとな、マナ。俺は君のその言葉だけで、何だってやれる」
「自分ばっかりずるいぞ師匠!ベオ、ボクだって、ボクだってさ!」
アキトも負けずと自分の側にある俺の腕を引き寄せる。今の体は、どちらかと尋ねる必要もないくらいに柔らかい感触と、甘い匂いがしていた。
「やっぱり嫌だって言ったって、離れてやらないからな!あの時伝えたように、ボクはもう独りじゃ輝けないんだから。その代わり」
それは、その名を与えてくれた母の望みだったのだろう。
「ベオの行く道がどんなに暗くて先が見えなくても、その願いを遂げられるよう、望む明日に辿り着けるように傍にいて、ずっと照らしてあげるんだからさ」
存在に何時も助けられてきた。在るのが当たり前で、無くなる事なんて考えられない。なら、隣に在ってくれるのなら、俺が迷う事なんて何もない。
「頼りにしてるぜアキト。君が隣に在って、怖いモノなんて何もないさ」
一つだけでも心強く、それが二つあるのなら、もう何も、迷う事も恐れることもない。
なら俺がやるべきことは一つ。自分が正しいと信じた事をやり遂げる、それだけだ。
「ふふふ、アキト。その様子では、君はあんなにひた隠しにしてた真名を、あっさりベオくんに教えちゃったんだ。あ~ああ、私とは十年近く一緒に暮らしていて、それでも教えてくれなかったのにさ」
「うるさい。大体、アンタはちょっと被ってるんだよ、ボクの名前と。お揃いみたいでなんか嫌だろ!」
「んん?それは初めて聞く情報だね。私に似た名前、君の性格とその言い方から響きではなく、言葉の意味的な点であると推測して、君の御母堂のお国は確か、なら例えば・・・」
「勝手に推理してんじゃないぞ!」
俺を挟んで飛び交う声の調子は、例えば少し年の離れた姉妹が仲良く喧嘩するような様子で。
出発のまでの時間をまた眠って過ごす事は勿体ないと思いながら。俺は静かに、時折相槌を打ちながら、その賑やかで、穏やかな声を聞いていた。




