二つの月は自らを照らす太陽に共に在りたいと求める事ができるか⑫
思うに、仙人になどなろうという人間は、どうしようもなく自己中心的である。
宗教的にはよくある体面上の題目、大衆の救済という概念すら希薄で、建前でさえ他の多数を救おうという教義は見られない。その修行も、技術の研究も、果てとする目標は不老不死という究極の自己完結。つまり、他の者も世界もどうなろうと知った事ではないという者が、そうなりたいと道を究める道なのである。
そんな者たちが、偶然とはいえ目の前にその成果たる、真人が完成しつつあるとすればどうだろう。
ある者はその真人の力で、自身も真人へと引き上げてもらおうとした。
またある者は、真人を利用して、政府高官に取り入り、過去の例に倣って権力の中心へと返り咲こうとした。
そしてある者は、真人という稀なる材料を用いて仙丹を造れば、自分も真人に成れると考えた。
目標を同じくしていたとしても、その成就が間近に迫れば各々に求める成果の差異は大きくなっていく。
だから争いが起きるのは必定で、頭数が減ればより利益を得られると殺し合いは苛烈を究め、結局生き残ったのは、真人に自分もその位へと引き上げてもらおうとする数人の派閥。
彼らはもう、他の出来損ないには用は無いと残った実験結果を始末し、そして最後に、最も除去しなければならない要素を、誕生のその瞬間に合わせて省く事にする。
つまり、真人にとって最も縁深い者、母である。
「ボクは、発生した瞬間に意識が芽生えていた。だからずっと、母さんの胎の中で、周囲に渦巻く悪意を聞いていたんだ」
母の胎から取り出され、瞬時に成長した姿となった瞬間、歓喜の表情で迎える長老衆を皆殺しにして、まるで要らないモノのように部屋の隅にと打ち捨てられた母の元に駆け寄って、真人なんてもてはやされた自分であっても出来る事は何もないのだと知った。
多分、自分の母は出産の際に死んだとでも言うつもりだったのだろう。腹を裂いた短刀には念入りに傷が治ることが無いようにと毒と呪いが付与されており、アキトにはどうあがいても助からない彼女の手を、命が終わるその短い間に取る事しか出来なかった。それなのに。
「母さんは、誰も恨まなかった。ただ、そんな歪な生まれ方をしたボクの事を、疑いもせずに自分の子供だと受け入れて、あなたは幸せになってねと、そう言い残して、死んでいったよ」
ずっと、脳裏にこびりついていたその光景を思い出しながらも安心していたのは、ベオが自分を抱えてくれているからだろうか。
背から子供でも抱えるように、ベオは黙って自分の話を聞いてくれている。だから、きっと何時かのように、こんなにも気持ちが和いでいる。母を失ってから二度と無いと思っていた、つい先ほどまで自分が手放そうとしていたモノ。
「後は、大枠では同じ。復讐半分、再発予防半分のつもりで。国に残ったボクを作り出そうとしていた残党や、同じことをやっていた連中を殺して回って。会長を狙ったのは、バルドルが連中と繋がりが有るって偽情報をつかまされちゃってさ。そうじゃなかったら、今頃シズルか会長に殺されてるよ」
これで全部だ。いくら理由があっても、言葉で飾っても拭いきれるものではないくらいに始まりから今まで、何もかも血塗られた人生。
これを聞いて、彼は何というだろうか。何となく、予想は出来ているけれど。
「ならさ、アキトはホントのところ、今は何歳なんだ?」
ほら、やっぱり。こっちが気にしている事はどうでもよくて、そういう所を気にしてる。
「うん、体は発生の瞬間から成長していないから十代中盤ってとこだけど、生まれてからの時間経過なら、今年で二十六歳になる。実は、トウコと同い年なんだ」
「げ、なら敬語とか、使ったほうが良かったり?いや、俺がホントのところ幾つかは分かんないけど」
「あはは、気にするとこ、そこなの?」
「そりゃそうさ。うん、他にはちょっと、気になってた事はあったけど。それは知れたから、もう安心してるかな」
「気になってたって、どんな」
それはね、と。彼は一呼吸おいて。
「アキトは、幸せになって欲しいと望まれて生まれてきたんだって。だから変な話だけど、俺はすごく、安心してるよ」
「・・・は、あはは」
本当に笑ってしまう。あれこれ勝手に悩んで、考えていた自分が馬鹿みたいだ。
さっきまでは世界の終わりくらいに感じていた気持ちが、驚くほどに軽やかで。
「呼び方だけどさ、今まで通りで良いよ。アニキに敬語なんて使われたらさ、落ち着かなくって仕方ない」
「それは助かる。ああ、けれど」
この後の事なんて分からない。何よりもまず、自分たちはこれからあの本気になった月夜見と対峙して、ニヴルヘイムに帰還しなければならないというのに。
「俺の事は、ベオでいいぞ。流石にもうお前が普通の高校生じゃないって知ってしまったし、今更もう監視対象がどうとかって関係じゃないだろ」
やっぱり、彼はへんなところばかり気にしてる。けれど、それが良い。
「なら。ねぇ、ベオ。誰にも内緒だけど、一つだけ、覚えていてほしい事が有るんだ」
最後に一つ、残った隠し事を君に。
それは母が命の他にもう一つくれたモノ。生まれてくる自分に、彼女が最後まで与えられる事の無かった、本来であればその始まりに与えられる君は誰か、という問いに答えるための、名前という言葉。
「今のボクは洞木アキトだ。だけど、その始まりの名前を、ベオにだけは知っておいてほしいから」
生まれた瞬間に完璧を求められた自分は、年を取らから外見は変わらない。
けれど、変わってしまう事もある。こんな風にずかずかと胸の内まで晒させたのだから、そのお返しに自分からも一歩。これまでよりも少し近い、そんな関係にボクたちは変わっていく。
例えば、男なら親友に、なら、女なら?
どちらでもいい。どちらでも自分には選べる。
まあどう転んだとしても、二度と自分がベオから離れることはない。そう思いながら、最後に残った隠し事を、彼にしか聞こえないように、その三角の耳元で呟いた。
実際のところ、完全な不老不死、無限の命などというモノは存在しない。
発生したという時点で、全てには終わりが決定付けられている。この宇宙すら免れる事のない真理に、人などというちっぽけな枠組みの存在が抗える筈もない。
だが、人の観測しうる尺度でなら。
例えばこの星が生まれて、四十と五億年。その程度であれば、継続しうるという限定的な無限、限りは有るが、百年程度の短い活動時間しか許されぬ人間の認識し得る、限りなく永遠に近い、という現象は実現しうるのだ。
つまりはほしの命。それを人が、身の内に宿すという矛盾を経て、その御し得るほんの一部の熱量を以て、アキトはこの目の前に在る絶望的な差を埋めようとしている。
「初めて、お前を頼ることになるな」
今だけは、この鎧が頼りだ。時間にして数分、それだけ持ってくれたら御の字。
「力を貸してくれ、ボクの翼」
月夜見の子機の群れを相手にして時間を稼ぎ、ベオが月夜見の本体に対して、アレを使う。憶測になるがその所要時間としては十分で、問題があるとすれば自分が壊れないか否かという点だけ。
「行くぜ、レギンレイヴ」
その機動甲冑。名を、黒のレギンレイヴ。
呼ぶ声に応えるように、黒の戦乙女は過剰熱量を両翼から排出し、推進力に変換して突撃を敢行した。
「飛剣、黒葉」
レギンレイヴの個別兵装。二対、四枚の翼に付属する、各四片。
計十六。射出と同時に高速回転し、飛翔する刃持つ羽、黒葉が最も敵が分厚く分布する前面、その白い子機達を両断していく。
「飛槍、黒風!」
間を置かず、今度は翼を前方に展開、変形。特殊装甲に頼りきりの突撃ではなく、自らを槍に見立てた、これも他の戦乙女と異なる特有の設計から生じる機構。
その翼を飛行や姿勢制御の手段でなく武器として用いる突撃状態で、未だ溢れ出る熱量を背部から、流星のように光の尾を引いて、黒の戦乙女は白い群れへと襲い掛かる。
「っ、オオミツヌ、スクナヒコナ!」
あまりの速度とエネルギーに粉砕されていく子機を盾にしつつ、月夜見が呼ぶのは子機の中でも特別に調整した機体であり、それはマナが肉の体を得る前、永く外界の情報を収集するために用いていた二体だった。
アキトには明らかに量産型の白い鳥と異なる、二体のその姿に見覚えがある。これらは機動甲冑のデータ取りの際に散々仮想敵として相対し、一度として勝利したことのない相手。それが今回は、明確な障害として此方を認識し、排除すべく現れた。
しかしそれも、今のアキトには大した障害ではない。レギンレイヴを纏ってなお、巨体故に頭上から迫りくるオオミツヌの岩塊の如き拳を躱し、更に脇から縫うように両翼を回転しながら突き出してくるスクナヒコナを槍と成った翼の結合を解除しつつ、余勢を以て蹴りつけて。
「遅い!」
二体をあっさりと後に残し、マナとの距離は更に近く、最早数メートルも在りはしない。
一息でゼロとなる距離。呆れたことに、自らが最も頼りとする二体を躱されると考えていなかったのか、驚きの表情のまま、マナの首筋にハルペーの揺らぐ刃が届いた。
「おっと、動くんじゃないぜ」
「洞木、君は!」
此処まで近付いてしまえば子機共も手は出せまい。
無事なものは群れで泳ぐように周囲を囲む量産型も、特殊な二体も一定の距離を保ち金縛りにされている。
一時的ではあるが膠着状態。空間支配による認識の操作は機動甲冑の精神防衛に阻まれ、肉薄してしまえば只の人間と同じ性能しかないマナに、現時点では打つ手はないだろう。
勿論マナが人質であり、太極の力を流し込むことで無理やりにレギンレイヴを全開で稼働できる残り数分。
維持できる限界の拮抗を、一先ず作り出す事に成功した。後はベオ次第ではあるが。
「今すぐ放せ、洞木。君は自分が何をしているのか分かっているのか?一時有利な状況を作り出したところで、君たちには、この拒絶障壁に成す術なんて、な」
「お、やっと気が付いたのかよ。色ボケで鈍ったんじゃないのか、元師匠?」
その存在を知り、今度こそ余裕が完全に消失した月夜見に対して、アキトは機動甲冑の内部でほくそ笑んだ。
その視線の先には、遠くベオの背が見える。
足止め程度で十分と侮ったか、単純にアキトの相手で手一杯だったのか、ベオに向かった数十機の子機達は転々と残骸となって転がっていた。
そして、それを認識したからなのか。彼方まで続く雪の平原に、突如出現した小高い丘の上で、ベオが手にしている小さな、金色の光放つ小刀。それがマナに残った最後の優位を覆す、鬼札で有る事は。他の誰でもない月夜見が過去にその身を引き裂かれた痛みと共に、一番に理解していた。
「あの鎧の欠片だと!?」
驚嘆も一瞬の事で。ベオがそれを振り下ろした瞬間に、かつての痛みが胸を貫いた気がした。




