二つの月は自らを照らす太陽に共に在りたいと求める事ができるか⑩
「位置は教えた場所、アニキはとにかく走って!」
「了解だ!」
右側へ迂回するように走り出したベオに対し、黒の戦乙女は真っ直ぐに突撃を敢行する。
只でさえ少ない戦力の分散は悪手だが、相手の圧倒的な物量に対しての持久戦は不可能と判断。故に短期決戦、アキトが足止めを行う間に、ベオがこの空間を展開、維持している本体へと辿り着くという事が、唯一にして一番効果的な作戦であるという結論。
そんな事は想定済みのマナは全く驚く様子を見せず、その場から動くこともなく、代わりにその手足となる群れ、子機達が対応する。
「こ、の!」
黒の戦乙女の突撃は、初速から巡航速度を超えて、最大速度でマナを轢き飛ばす予定であった。実際に、最高速度まで必要な距離も時間も十分で、その途中で邪魔さえ入らなければそれも可能だったのだろう。が、やはりマナにとってはそれらも想定済みのことで、単純なバードストライクでその目論見は容易く阻まれる。
「クソ、相変わらずウザったいなぁ、アンタのクソ鳥は!」
黒の鋼を阻んだのは、その子機と呼ばれた群れ。姿は皆同じで、白い、鳥の形を取っている。しかしその外見は、機械の鳥と言えば良いのか、羽は剣のように固く鋭く、その体は鎧にして剣を兼ねていた。
それが数百、雲霞の如く群れ、黒の戦乙女の壁となって立ち塞がる。
数十は突撃を阻む際に破壊され、砕けて破片となった。しかし、それも総数から見ればわずかな数で、更に増えていく総体はその損失分をあっという間に補填、増大させていく。
「いつか教えたね洞木。君の特異体質と能力、特に生存能力は目を見張る所がある。けれど、故に最低限の適合調整しか為されていないその身体は戦乙女としての機能に破滅的に向いていない。だから結局、君では他の娘たちとは違って機動甲冑の性能を出し切る事は出来ないだろうと」
「ああ?だから何だってんだよ」
言いながらアキトが手にするのは酷く湾曲した、長い刀身を持つ槍。柄を握れば呼応するように刀身が淡く発光し、弾丸のように群れから放たれた数体の子機を纏めて切り落とした。
「そのハルペーもそうさ。伝承兵装を組み込んだ試作兵器、君の特性に合わせたコンセプトは隠密下からの一撃必殺、即時離脱だったろう?逆に言えば、そういったズルしか出来ないのが君だ。やはり他の娘たちと比べて特に耐久性に劣り、長期戦闘に向かず、総合的な機能評価としても最低。まあ、君の運用方法を考えれば、それで十分なんだろうけれど」
「分かったように、言ってんじゃねぇ!」
更に数体の鳥を切り落とす。が、増加する群れの勢いに押され、距離を取らざるを得ないアキトは黒い翼を内側に可変させながら無理やりの軌道を取った。
「そう、それだよアキト」
追撃は緩めない。マナにとって、この戦闘の結果は目に見えている。
彼女は本来、戦いを好まない性質なのだ。というよりは無駄な事は出来るだけしたくないし、短時間で、効率的に計画を達成することを第一とする。
外から見ればベオを奪い、彼の意志を曲げて体の自由を奪ったことは事を荒立て敵を増やすだけの強行と思えるかもしれないが、それはその行為が最適だと判断したがからこその結論。つまり今の諭すような言葉も、言ってみれば無駄を省くための降伏勧告といってもよい。
「分かっているんだろう?何を用意しているかは分からないが、ベオ君では私の本体に辿り着いたとしても拒絶障壁を解除する術が無い。この領域内は、別のほしの塵で満たされている。何時だかに私の事情を話した君になら、分かっている筈だ」
この領域を満たすのはかつて在ったほしを満たしていたモノ。故に、地球というほしに最適化された生物では本来の性能を十全に発揮することは出来ない。
この場には行使する者が居ないが、魔素を元とする技術である魔術の発現は勿論、戦乙女も本来の実力を発揮することは出来ないだろう。そしてそれは、魔素を喰らい己の力とする魔狼も同じである。
それは、此処へとベオを連れ出しただけで確定するマナにとっての勝利条件、アキトにとっては覆せぬ確定された敗北状況。
「ああ、そうさ。君たちが切り札としているであろうフェンリルは、この領域内での開放可能時間は精々数分。そんな時間では何かをやらかす事なんて出来やしない。燃料の少ない車が動かないなんて事は分かり切った事だよ?」
ならば今、本体へと走るベオは何をしようとしているのか。それも、推定であるが意味のないことだ。何らかの爆発物、もしくは薬品による破壊工作、そんなところだろう。試したことはないが、そんなものでは宇宙空間での運用を想定した堅牢さを備える外殻に引っかき傷すら作る事すら不可能だ。
だからマナは今彼らに、最早有効打はない事などとっくに理解していてこの意味のない自殺行為をさっさと止めないか?という提案をしているのである。
「無駄は嫌いなんだ。私たちにとっては違っていても、先の短い君は、もっと有効的な事に残り時間を使ったほうが良いよ」
まあ、この会話も無駄といえば無駄である。さっさとアキトを無力化し、ベオを確保するのがこの場での最適。しかしその無駄も、ほんの僅かではあるが師弟の関係であったアキトを、出来れば殺したくはないという、微かな情とも呼べるノイズから端を発した余分。
それだけ戦況の傾きは圧倒的であり、そんな提案をしている余裕がマナにはあった。
「はは」
マナの提案に笑うほか術が無いのか、寄る白い鳥を打ち落とす動作だけは止めずに、黒い戦乙女は駆ける。その行為は提案の拒絶であり、言葉なくとも戦闘続行の意志を示していた。
「分からない。解らないよ、洞木。そもそも君の本来の任務は、私の監視でベオくんとの接触すら予定に無かった筈だ。それがどういう訳か友人関係を構築するだなんて勝手なことをして、一体君は何がしたいのさ」
それは事実である。アキトが直属の上司である三上から命じられた事は、月夜見の監視と契約外の行為を抑止、最悪対象を抹殺する事だ。
その副次的な産物としての、ベオとの交友関係の構築。それは言ってみれば、月夜見を排除する際の障害となるかもしれない対象の、情報収集であったと言い訳は出来る。
「なにが、したいのかって?」
しかしそれはアキトにとって、彼の名は最早そんな言葉で片づけられる言葉でもなければ、簡単に諦められる存在の重さでもない。
「アンタらしくない。いや、アンタらしいって言えば良いのかな。やっぱりアンタのその感情は、人間のそれを真似ているだけで、何処か違っている」
だからこれは独り言のようなモノ。理解してもらおうと最初から思ってもいない、理解してほしくないとすら想う、自分一人にだけに贈られた答えであるのだから。
「そんな事は決まってる。月夜見、少なくとも今のお前には解らない。そんなお前に、譲ってやる訳にはいかないのさ!」
そうして、自分でさえ忌避して、死の淵であっても用いぬと決めていた切り札を開帳する。
これで全部、何もかも出し切る。それでこの女という壁を打倒し、ベオと共にあの街に戻る。土壇場をひっくり返し、その必須条件を遂げる為に。
「太極より発する両義、四象、八卦。万物は流転し、今我が内で転じ、また一つへと戻る」
胸の内に灯る。熱を帯びる、白い輝きは小さくとも。それは間違いなく、ほしの発する輝きであった。
「馬鹿な、それは有り得ないぞ」
何時か存在した人でなしの群れ。その歪な願いの果てとなった成果に、それがどういったモノなのか分かっていても、異星の知性は理解を阻む。
「・・・在り得ないんだ洞木、君のソレは間違っても人の内に在ってはならないモノだ。ほしが命を抱える事は自然の摂理だ。しかしそれが、逆であっては絶対にならない。何よりそれは、君が最も嫌う君の本質じゃないか!死の淵に瀕して気でも触れたか!?君は、君が一番に軽蔑し、忌避する存在に成り果てるつもりなのか!」
今でさえ、その黒い鋼の内側で、更に肉の器の内側で。脈打ち光放つそれが、存在できている理由が分からない。月夜見の推測が正しければ、次の瞬間に洞木の身体は、内側から爆ぜるように四散したとしてもおかしくはないのに。
実際、アキトからしてもその評価は正しい。あちこちの毛細血管が内圧で破裂、心拍数は三桁に上昇。鋼の内側は血の海で、眼球が蕩けて飛び出すのを必死に抑えている。鼻から垂れているモノが血液なのか、流れ出た脳の一部なのかすら分からない程に、この体が熱い。
今、この瞬間。外界から纏うものを守る筈の鎧は、その容を保つ為の拘束具と成る。
「やめろ、やめるんだ洞木。言ったじゃないか、強い言葉で脅かしはしたけれど、君を殺したいわけじゃない。それを用いても出来る事と言えば時間稼ぎくらいで、結果は何も覆らない!君がベオくんを諦めさえすれば、誰も傷付く事はない。その痛みは余分で、意味なんて在りはしないのに!」
その必死さに、先程まで物騒なことを言っていたくせに、随分とお優しい事を言うと、とぼけたことをアキトは思う。
思えばこの女は昔からそうだった。例えば何となく味が気に入ったと、自分が言ったカップ麺を箱で百箱程買ってきたり、面白かったと感想を述べた映画を公開終了まで見に行こうと誘い続けるなど。
好意の方向性がおかしいというか、まあそれが善意からくる行為なのだと、そういう所は信用していたのだから、もしかするとベオの事も、自己の欲求というよりは、本当に彼を思っての誘拐と洗脳という事なのかも知れない。その身の安全を第一に考えて、その結果が宇宙への逃避行だなんて、一体どんな危険が迫っているのか。
「だけどな、そんな事は関係無いんだよ」
そう、関係はない。お前は一方的な思い違いでたった一つ、壊してはいけないモノを壊そうとして、曲げてはならないモノを曲げようとした。それだけは、この身が己の熱で焼かれ、灰になったとしても許すことは出来ない。
「アキト。その前に、お前の話を聞かせてくれよ」
自分の異常な存在について告白した後、何となく気まずくなって距離を取ろうとし、それを阻むように掴まれた腕に伝わるベオの指の感覚。それは思ったより力強く、簡単には振りほどく事が出来そうになかった。
「なんだよアニキ。ちょっと、痛いって」
何故、今この時に自身の話をせよというのか。常日頃から、急に突拍子もない事を言い出す事の多い人だと分かっていたが、本当に急だったから、その言葉にどう上手く答えればいいのか分からない。
「強く握るのは悪い。けどさ、今ここで、そんな風に誤魔化されてうやむやになるのは。俺は、そういうのは嫌だ」
「・・・はぁ?」
成程、こう来たか。
上手く隠したつもりだったが、ちょっとした感情の機微を勘付かれてしまったらしい。全く、普段は何かと鈍いくせに、こういう時くらい、見逃してくれたっていいのに。
まあ、彼の言い分は正しい。自分についての説明は中途半端で終わり。そしてこの後、全てが奇跡的に上手くいけば、自分はお役御免になる筈だった。
身元が割れた監視役は別の誰かに引き継いで、自分は本来の役目に戻る。そうすればもう、ベオと会う事もなく、こんな想いにも蓋をして、何時もの自分に戻れると思っていたのだが。
「本当に。アニキのそういうところ、嫌いだよ。いいや、嫌いだったよ」
なら、そうしてもらおう。自分の半生を聞けば、誰だって顔を顰めて、それから関わろうとはしなくなる。過程はともかく、結果が同じなら問題はない。
問題はない。ほんの少しだけ、寂しくなったとしても。自分のような他に類もない仲間外れは、初めから独りだったことを思い出すだけで、何も変わらない。
「じゃあさ、聞いてみる?オレ正体と、ボクの面白可笑しいこれまでを」
話が進めばきっと、ベオの顔は歪み、他と同じ目で自分を見る事になる。
望んでいた終わりの筈なのに、少しだけ始まりは躊躇って、それでも言葉は口からこぼれ出す。それは何というか、改めて我ながら結構悲惨な物語だなと、自嘲気味に笑ってしまった。




