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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
二つの月は自らを照らす太陽に共に在りたいと求める事ができるか
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二つの月は自らを照らす太陽に共に在りたいと求める事ができるか⑧

「ファーストコンタクトはだいたい三千年くらい前。その物体は、地球圏に飛来、地表の観測を終えた後、侵略を開始した、らしいんだよね」


らしい、というのはその侵略が未遂に終わったからだそうだ。

というのも侵略者側からすれば間が悪いといえばいいのか、される側から言えば運が良かったと言えばいいのか。

それは当時、星の歴史において上位に数えられる程に強大な存在が、偶々三人揃っていて、早々に侵略者の飛来を察知し、迎撃すべく待ち構えていた事だ。

完全に裏を掛かれた侵略者はぐうの音が出ないくらいに完璧にやられてしまい、その本体は破壊、封印され、中枢たるメインフレームは侵略者を研究するために回収された。


「・・・なんていうか、夢みたいな話だな」

「まあ、侵略者からすれば悪夢だろうね。当時は神代からの移行期、現代と比べても特に神秘が強い影響力を占めていた時代だ。研究にとはいっても錬金術すらまだ魔術の一分野で、科学的な知見はその萌芽すら遠く、結局は異星の良く分からない珍しい戦利品、という具合に死蔵されていたそれが日の目を見るのは、産業革命の成った後の英国。その時代にメインフレームを所有していたメイガスの貴族は科学の心得があったらしく、メインフレームに秘められた未知の技術を研究してみることにした。すると不思議な事に、そのメインフレームには、どういう訳か魂が確認されたんだよ。異星の侵略兵器に、異星の生物の魂、というのは大変に興味深い存在だったんだろうね。すぐさまメイガスの連中は器としての肉体を作り、その中に、止せばいいのに魂を封じてみることにしたんだ」


肉体の性能は制限していたし、対象が抵抗したとしてもたかが知れている。うまくいけば、高度な異星の文明の知識を得ることができるかもしれない。そんな思惑は、あっさりと斜め右に裏切られる事になる。


「魔素を用いない全く未知の魔術、というよりは現象の行使。それにより、万全の備えも何もぜーんぶが破壊されて、その器は逃走。一部のメイガスは新たな理論のきっかけだって喜んだみたいだけど、まあ再現性が皆無で、元々人間がどうこうできる技術じゃなかったってのがこの話のオチになるのかな。あ、その持ち主の貴族は詰め腹切らされて没落したって話だね」


それから、消息を絶った器が月夜見マナと名乗り、歴史の表舞台に出てくるのは百年と少しの時間が必要であった。


「で、その次に現れた姿がこれ。月夜見はバルドルの開発局局長という立場で、あの大異変の直前から公に現れだして、その後は本格的に活動を開始する。他の研究者との共同研究という形は取っていたけどね、今のバルドルの根幹を成す技術開発や研究には必ずその名前が在るし、特に有名なものだと戦乙女やユグドラシル、ラタトスクの開発には主任研究員として関わっていたよ」


成程。確かに所長は過去にバルドルに関わっていたのだと、本人からではないが聞いたことがあったし、ベルとは古くからの知り合いという感じだった。


「所長が推定三千歳以上ってのには驚いたが、女性の年齢をどうこう言うのは趣味じゃない。今までの経緯は大枠で分かったし、バルドルが関わってるって事も、何となく予想はしていたよ」

「変に呑み込みが早いのはアニキの美点だよね。で、問題はこれからの対策なんだけどさ」

「いや、今の話でもう一つ分からないことがある」


その一点。ニュアンスの問題かもしれないが、俺の指摘にワザとらしく目をそらし、口笛を吹いて誤魔化すアキトの姿を見ると、そうでない事が何となく分かった。


「アキト、お前のことだよ。今の話し方、途中から聞いた話じゃなくて、実際に経験した話し方になってたよな?加えて、バルドルの内情に詳しすぎるのも気になる。そもそも、こうして良くわからない方法で助けてくれた時点で、お前が普通の高校生って話は通じないぞ」

「う、流石に、アニキは鋭いよね。もう少し、誤魔化しておきたかったんだけどなぁ」


そう。俺は、目の前の人物の事を普通の高校生。年下の、そして同性の友人と考えていた。

それがこうして今回、所長と同じく別の顔を見せ、所長とは違う、別の超常の力を持っている事を知る。そして、目の前のアキトは、明らかに自分の知っていた彼とは異なる。

その格好のせいなどではない。何なら共に風呂に入ったこともあるし、その時は何も不思議に思わなかった。


「そしてこれが一番疑問に思っていたんだが。その、アキト。なんでお前は、女の子になっているんだ?」


男のそれではない、緩やかな体の線。元々中世的な顔立ちではあったが、どう見てもその姿は明らかに女性のそれだ。


「なっている、じゃないんだ、アニキ」


その宣言の後、アキトの姿が、ノイズのようにブレた。


「な」

「うん、まあこういう事なんだ。機動甲冑は、女性にしか起動できない。影渡りはともかく、拒絶障壁への干渉は、ボク単独で行う事が出来なかった」


その匂いは、つい最近に似たソレを知っている。


「悩んだんだけどさ、それでも、俺はアニキを助けたかったんだ。突然に挨拶もしないまま、お別れをしたくは、なかったんだよ」


目の前のアキトは、恰好こそ同じだがよく知るアキトだ。体も男のそれで、やはり線は細いが間違える筈がない。

だというのにその匂いは。あの時、必死に俺に、君の為だと、頼むから自分に従ってくれと懇願する所長のソレに似ていた。


「出来れば、友達のままで、アニキの前では男のアキトのままで居たかった。けれど、それももう、終わりだね」


そして、もう一度アキトの姿がブレる。

今度はまた、俺の知らなかったアキトに、その容が変わった。


「これが、ボクなんだ」


どこか諦めたように、自嘲するような言い方で、彼女は自身の存在を語る。


「初めまして、ベオ。ボクは普通の高校生でもなければ、キミの顔なじみの、年下の友人でも、普通の男でもない。見てくれはともかく、実は生物学的にちゃんとした人間かどうかすら、自分でも良く分からないんだよね」


一つ、また知らない彩を識る。

その瞳の彩は、良く知っている明るい茶から、淡い銀へと変わっていた。


「バルドル社長特別秘書、洞木アキトだ。あはは、これも、たくさん使ってる立場と名前の一つでしか、ないんだけどさ」


笑いながらそう言った、今は彼女は、多分精一杯に何時もの様子を装っていたのだろう。

だけどそれが、きっとそうでない事だと、流石に二度目では分かってしまったから。

俺はこの後、自分がどうするべきかという結論を直ぐに出して、大して考える必要もなく実行出来たのだと思う。





「星見!星見、留守なのか?」


ニヴルヘイム、セカンドの一角。アヤナとマグノリアとは別行動で、アリスは一人、この知ってはいるがはあまり近寄りたくないと常々考えている場所を訪れている。

周囲は異界化の折も変化せず飲み込まれた一帯で、目的地である数十年は経過しているだろう木造アパートの一部屋が、その星見という人物のねぐらであった。

壊れて音の出ないブザーを押しても意味はない。昼下がりの重さすら感じるような暑さに辟易としながら、他にすべなくドアを叩き、この声を聞いているであろう人物に語り掛ける。


「星見、貴方の事だ。今日この時間に尋ねて来る事はおろか、私の要件も分かっているのだろう」


そう。実際に、こうして足を運んできた時点で彼は此方の目的も、その答えも知っている筈なのだ。

それでいて、反応がないという事は敢えて居留守を決め込んでいるのか、それとも顔を合わせぬようにと何処かへ逃れているのか。いやしかし、自分を此処へと導いたのはアキトの指示とはいえ、結局は星見が呼んだという事なのだが。

少し思案し、近所の彼が向かいそうな場所を検討する。


「ふむ。付近なら喫茶店か、烏の巣か?」

「おっとその必要はないよ」


背後から届いた、息を切らして少し荒い呼吸の混じる声に振り返る。


「すまないねオーガスタ嬢。いやぁ寄る年波という表現はよく言ったもので加齢という現象には勝てないなぁ。ほら君の為に茶菓子でもと出かけてみるとこの気温だろう?休憩の時間を計算に入れていなくてこうして二分の遅れが生じてしまった訳だ」


自分で歳という割に滑るような活舌で、一字一句初めから決まっていた台詞を吐き出しているだけのような、人によっては不快感すら覚える話し方。


「君が現れたという事は洞木君は覚悟を決めたんだね。全く碌なことにはならないと忠告してみたんだけど彼というか彼女というか昔から他人の忠告を聞かないところがあったからなぁ。それも一つの選択だけど基本的に自分の事しか考えていないリアリストのあの子が三割圧死四割凍死二割出血死という結末の賭けに出るとは思わなかったよ」


派手なアロハシャツに短パン、胡散臭いサングラスが印象的な初老の男。星見は買い物袋を示すように掲げて見せて、そんな風に訪ねてもいない物騒なことを言った。

九割の死という末路に、言及していない残りは一割。今回の一件で、その一割しか、アキトが生還する確率は存在しない。これは、冗談でも何でもない事実である。

こういう事もあって、アリス自身もベオと同じくこの人物が苦手だった。

敵対しているわけではないのだが、この男が話す言葉は予言である。ついうっかり、余計なことを訪ねてしまって、自分の未来など告げられてしまえば堪ったものではないのだ。

過去はともかく、今のアリスにとって未来とは掴み取るモノだと認識している。誰かの言葉や、まして予言などというモノに僅かでも左右されたくはない。


「そういう考えだから君が適格だと洞木君も判断したのだろう。鷹野嬢もヴァレンシュタイン嬢もそういう意味では大人である分意志が弱いからついうっかり自分の将来の旦那様だとかについて尋ねてしまうかもしれないからねぇ。常々言っているのだけど僕は一つの答えを見ているのではなく選択の起点とそこから枝分かれする事象についてしか観測出来ないのだという事をメイガスでない彼女らはいまいち理解できていないようだ」

「まだマグノリアに面識すらないだろう。全く、そうやって言葉にしていない事まで言及するからベオが気味悪がるのだ。ともかく星見、貴方はこのまま客を玄関にも入れずに応対するつもりか?」


うんざりとした自分の表情に気ようやく気が付いたのか、待たせてすまないねと鍵を開けた後に入室を促す星見の背に続く。

やはり、星見は自分が訪ねることを承知していたのだろう。室内は外と別世界というくらいに肌寒く冷房が効いており、調整されていたであろう火加減で古臭い薬缶の湯が丁度沸いたと、踏み出す一歩とほぼ同時に、警笛のように甲高い音が響いていた。


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