二つの月は自らを照らす太陽に共に在りたいと求める事ができるか⑦
「そこの牛乳とってよアニキ」
「こら、食いながら横着だぞ。そこからでも手が届くだろうに、ほら」
小さなテーブルの上には、取り敢えず冷蔵庫の中身で作られた料理が湯気を立てている。
意外と材料が豊富だった事は意外だった。調味料は勿論、米もレトルトでない肉や野菜も量が有る。キッチンも狭いながら一通りの器具に設備が揃っているという訳で助けられた一先ずの礼、のついでに俺も久しぶりに保存食でない、ちゃんとした料理を口にしている。
「下味がちゃんと付いてるのにマヨネーズかけ過ぎだぞ。俺だってその食い方は好きだけど、それじゃどっちが本体か分からないじゃないか」
「仕方ないだろ、アニキがこんなに唐揚げなんて作るんだからさ。それにこれからに備えて、エネルギー補給しとかないとだし」
手早く量を作れるようにと自分が用意した料理は鍋一杯の豆腐のみそ汁に、山盛りのキャベツの千切り。それから、メインは更に高い山の様に積まれた茶色。鶏肉に衣を付けて、カラっと揚げた唐揚げである。
その湯気昇る唐揚げの山頂に、作り手の意図を無視して加えられたのは黄色く渦を巻くマヨネーズであった。俺の静止を聞きもしないで大容量のチューブ一本を使い切る勢いで、アキトはそのカロリーの山を消費していく。
「買い置きだったか知らないけど、消費期限ギリギリの鶏肉なんて大量に残しとくのが悪いんだよ、勿体ないだろ。あ、もしかしてもう切れてたか?」
自分があの空間に囚われてどれくらいの時間が経過してたのか分からない。数日か、下手すれば数か月も経過していたのなら、遭難初日から五日目には期限切れとなってしまっている鶏肉は賞味期限どころの問題では無い。
「大丈夫だよ。こっちでは、アニキが失踪してから六日。消費期限は一日しか過ぎていないから」
「六日、か」
それが長いのか、短いのか。下手すれば、数年経過したと言われても、信じてしまうくらいの体感時間。
改めて自分の状態を確認してみる。精神的な疲弊はまだ残ってはいたが、分かる範囲では、肉体的には特に変わった様子も、不調もない。
「あ、昼飯作らせてなんだけど、まだ無理しちゃだめだよ。月夜見は、アニキを疲弊させるために知覚の加速を行っていた筈だ。肉体はともかく、精神のほうの負荷はかなりだと思うからね」
知覚の加速。それは、どういった技術なのだろう。
少なくとも現在の科学技術では時間の加速や減速などを可能にする技術は無いとされている。
メイガスの魔術であれば、基本的なモノで自身の思考や肉体の反応と動作を高速化させる魔術があると何時かアリスが話していたが、それは神経伝達の速度を向上させる身体強化に近い技術らしい。
今回のような規模の他人や環境に働きかける魔術もあるにはあるというが、それは古く遡っても数人しか確認されていない高位に在るメイガスや、主神クラスの伝承体がなせる奇跡で、そうそう可能な事ではないという。
というより、あの場から脱する際、聞き間違いでなければアキトはかなり、胡乱な事を言っていたような気がする。
「ああ、月夜見のアレなら、魔術でもなんでもないよ。あれはれっきとした技術。現在地球上には存在しない、その基本概念すら解明されていない、宙の彼方からやってきた、別の系統の科学の一つだ」
「ってことは、つまり」
一番、聞きたくなかったことを訪ねなければならない。
俺が、今の俺の始まりからずっと共にあって、その多くの時間を共有し、何より頼りにしていて、あんな事をされた今だって、大切に思っている人の正体。それが、つまり。
「うん。その予想は大枠で当たってる。大体は会長の推測で、月夜見自身にも正確な記録が残っていないから、良く分からないらしいんだけどさ」
アキトは半分以上の体積をマヨネーズで黄色く染めた唐揚げを二つ一気に口に放り込み、ゆっくりとした咀嚼で俺がその事実を受け入れる時間を待っていてくれた。だけど、うん。
「構造と性能からの推定で、になるけれど。アレは異なる天体に興った高度な文明が他文明を補足、侵略するために送り出した、単独で自己増殖、自己改造、自己進化すら可能な、恒星間航行能力を有する異星の技術で製造された、正真正銘の侵略兵器。今は人間のふりをしてるけどさ、月夜見はね、そのメインフレームの生体AIなんだよ」
「・・・それじゃあ宇宙人ですらないじゃないか!」
そんなことを真面目に言われても、脳が理解を拒んでしまう。
まるでその、いつか所長と一緒に鑑賞しながら馬鹿みたいな作り話だと笑いあった、蛸のような宇宙人が地球へと侵略にやってきたという映画のように荒唐無稽で。
いくらそんな事を実際に目の当たりにしても、こんな事を簡単に飲み込めるわけがないのだ。
生存可能空間の狭さから、九界で最も小さな階層都市、ヴァナヘイム。
階層には研究施設を併設するバルドルの秘密工廠が存在し、他階層と比べて極端に住民の数は少なく、その全てが会社の関係者である。
本日、その工廠は普段にも増して厳戒な警備と、緊張した空気に満たされていた。
「こうやって全員が集まるのは久しぶりだよな。下手したらトウコの結婚式以来じゃないか?」
「その言葉には語弊があります。確か、洞木は別命で来られないと聞いていますが」
「アキトはラボで調整された娘じゃないから別口でしょう?まあ、それを言うなら社長も同じだけど」
「貴様ら、黙っていれば聞いていれば機密情報をペラペラと、随分と口が軽くなったようだな。この場でなければ全員処罰の対象だぞ」
「ひぃ!わ、私、何も言ってない、何も聞いていないですぅ・・・!」
「浅間さん、姉さんは貴女の事を怒っている訳じゃないですから」
「ともかく、社長と洞木を除いてだけど合計七人。姉妹たちが、こうして久しぶりに揃った訳だね」
其処に並び立つ花の如き七人。しかし、美しさや可憐さよりも、その花たちが真に秘めたるモノは純粋な武力であった。もし万が一にでも、何かの弾みで彼女らが争う事が有れば、この工廠どころか、階層が吹き飛ぶ。それが、当日その工廠に不幸にも滞在する事となった職員全員の共通認識である。
「しっかしどういう訳だ?各階層担当の上級執行官でもある戦乙女が雁首揃えて、会長はマジで連盟か協会と戦争を起こすつもりなのか?」
「全く、参集の理由を聞いていないのか大河。事前に通達が有っただろう」
「か、改修後の機動甲冑の調整、ですよね?」
「うんうん、ようやく私のドレスが帰ってくるという訳だ。聞けばこの改修によって機動甲冑の総合的な性能が二割増しだなんて眉唾な報告を聞いているけれど、実際の所はどうなんだろうね」
「例の失踪していた科学者の手腕との事ですが、如何なものでしょう。そこまで優秀な方だったのでしょうか?」
「じ、人格的に難のある方ではありますが、その知見と技術には確かなものが有るかと」
こんな事をしている場合ではないのだが、現在自分に出来る事が他にない事は分かっている。
洞木から自分への指示は、改修されたブリュンヒルデを受領し、必要な場合は加勢を頼むとの事であった。
だからこそ早いところ受け取りを済ませて、一刻も早くニヴルヘイムに戻り、事が有った場合に備えたいと思っていたのだが。
「・・・ふぅん。ねぇ、アヤナ。やっぱり貴女変わったわ」
そんな事を考えていると。序列七位、宗像キリエが此方の顔を興味深そうにのぞき込んでいる事に気が付いた。
「聞いたわよ、最近出来た彼氏に随分とご執心って。噂くらいに思ってたけど、あの鉄の塊みたいな貴女が随分柔らかくなっちゃって、やっぱり恋は女を変えるのね」
「っな!?」
「・・・興味深いですね。後学の為に、出会いから今に至るまでの変化と発展、その相手とは具体的に何処までの関係となっているのか伺っても?ええ、他意はありません。あくまで後学の為ですので」
まるでキリエを援護するように、いつの間にか忍び寄っていた序列五位、片桐コヨミが興味深そうに眼鏡を光らせている。
「ふ、ふへ、ふへへへ。わ、わたしもとっても気になります。あ、ごめんなさい調子に乗りましたごめんなさいごめんなさいアヤナちゃんごめんなさいもうおうちかえる・・・!」
周囲の心配をよそに、女所帯故のカオスは加速していく。話しに加わろうとして失敗した序列三位、浅間フミノは膝を抱えて落ち込み。
「なんだなんだ、水臭いじゃんかよアヤナ。で、相手はどんな男だ?お前の好みはよく分からないからなぁ」
「ほら、アルス。特務の友人から極秘に入手した画像が有るよ。随分とワイルドな彼みたいだね」
序列八位、大河アルスに何処から入手したのか画像を示しているのは序列四位、篠塚ミズキである。
「いい加減にしろ小娘ども!貴様ら全員九界の最高戦力たる、戦乙女としての自覚が有るのか!?」
序列六位という立場はともかく、年長者という点から自然と彼女らを纏める立場であるトウコだが、その叱責も、一度勢い付いたその場の空気を御す事は出来なかった訳で。
「一抜けしたトウコが偉そうに言うなー。結婚式で号泣してたの忘れてないぞー」
「そうよね、会長以外眼中にないシズルは例外として、姉妹の中で久しぶりの恋バナだもの。興味無い娘が居るはずないわ」
「ええ、我々の今後の為にもデータの共有は重要です。さあ、アヤナさん。具体的に、より具体的に」
「ほら、フミノ。何時までも落ち込んでいないで、アヤナが今から赤裸々に語ってくれるのを聞き逃す選択肢は無いよ」
「ふ、ふへ。つまり夜の性活のお話ですか?」
「貴女が一番過激ですよ!?」
一人一人が一軍を凌駕する彼女たちでも、こういった精神性は同じ年代の少女と何も変わらない。互いを良く知るからか、生物としての性能差が近い為に恐れを抱かない為か。
その存在故に恐れられ、忌避される事が多いからこそ、互いに気の置けない関係を結べる相手が少なく、だからこそ偶に集まる機会があればこうして賑やかな女子会となってしまう事が多いのだ。
「やあやあ、遅れて悪いね。楽しそうな所悪いけど、ボクもこの後予定が詰まっているんだ。本題に入らせてもらってもいいかな?」
賑やかというか姦しい会話を遮り、珍しく彼女らを恐れていない様子で現れた二人に、その場の人間で面識が有ったのはアヤナとトウコだけだった。
「全員傾注!彼女が今回の機動甲冑改修における責任者、加賀美ナノハ博士だ」
紹介されたナノハはニザヴェリルでの病的な姿とは変わり、健康的で肌艶も良くなっている。
元の彼女らしい姿を取り戻したのか、幼くも見える明るさの中で、隠し切れない知性の冴えが年齢、というよりは辛い経験を経て相応の美貌に変わりつつあるのだろう。七人の戦乙女を前にしても、決して引けを取らない佇まいである。
続いて付き従う男には、より大きな変化が見られていた。特に損失していた顎と右腕は、一見では生身と見間違う精巧な義体へと変換されていて、あの痛々しい継ぎ接ぎの様子は何処にも無い。
柔和な表情で印象は薄れるが、元々が整った顔立ちで、恵まれただけでなく絶え間ない鍛錬によって鍛えられた体躯には、優し気な性格に似合わない威厳すら感じられていた。
「革新的な技術者と聞いていたけど、随分とお若いようだね」
「年齢は関係ないだろー。で、隣の男前は誰だ?」
「ふ、ふへ。金髪、高身長で筋肉質、なによりイケメン。確実に陽キャです。眩しすぎて直視できない」
「彼はジョー、僕の夫だ。護衛兼秘書を務めてもらっている」
姦しさも気にしない、そんなナノハの自然な紹介に、百戦錬磨の戦乙女達は、事情を知っている二人を除いて一瞬固まった。
「えっと、今自然にえらい事言わなかったかこのマッド」
「職場に旦那同伴、何という職権乱用。逆に言えば、それだけの横暴が許される程に優秀だという事になりますか?」
「仲が良さそうで素敵だね。そこまで行くと羨ましいというか、ちょっと尊敬するよ」
が、それも一瞬の事で新たな話題がそれぞれに花開いている。
「どういう感想なんだ貴様ら」
「トウコにアヤナは披露宴以来だから暫くだな!ベオは流石に居ないか。彼も息災か?」
「それが絶賛失踪中でして・・・」
「失踪!?大丈夫なのですかベオさんは!?」
そうして、その場が収集するのにトウコの叱責が何度か必要であり。ようやく、彼女らの新たな翼がお披露目される事となる。
「・・・これは、凄まじいな」
その嘆息が誰の口から洩れたモノかは分からない。誰か一人と言うには余りにも大きく、全員から洩れたモノと言っても間違いではないだろう。
並び立つ、この場に居ない二人のそれを除いた、七体の鋼。
白、緑、黄、灰、赤、銀、そして、蒼。
自分の身体の延長、いわば魂の一部であるとも言えるそれは、良く知る容を保ったままで、明らかに違う存在へと変貌を遂げていた。
「機動甲冑の主要機関である魔素反応炉心『ブルーバード』。これをフルに稼働する為の会長からの要求スペックは満たしていると確約しよう。各動力ラインの見直しと効率化、装甲の増設と並行した素材見直しによる軽量化。制御ユニットの最適化による反応、情報処理速度の上昇。細かな補助システム、共通武装の更新は勿論、更には各々の専用兵装の大幅な強化により、総合的な基本性能と超過駆動時間の大幅な延長を実現している。詳細のマニュアルは、各々で目を通しておいてくれ」
手渡された分厚いマニュアルには、想定以上に驚かされる文言ばかりが記されている。
特に目を引いたのは、あのニザヴェリルにて窮地を助けられた秘匿機能。これが、機動甲冑自体に搭載されたという事実である。
それはつまり、九界の中であれば、戦乙女とその鎧は常に一つであるという事であった。
「うっそだろ。最終的な超過駆動時の出力は改修前の二割増しどころか、約三倍?本当に何処かと戦争でもすんのかよ」
「ひええ、これじゃあステップ一つで百メートルぶっ飛びますよ」
「これが、義父が言っていた、本来想定された性能を完全に開放した、本当の機動甲冑・・・」
見慣れたはずであった自らの鎧は、何処か自分の知るソレとは別物の様に感じている。
けれど触れてみて理解した。姿が変わろうと何も変わらぬ、目の前のこれが己の半身であるという確信。
これこそが自らの新しき、そして真なる翼。
「機動甲冑、『モデル・ディース』。正真正銘、この九界で、他に並び立つ者の存在しない力だ」




