二つの月は自らを照らす太陽に共に在りたいと求める事ができるか⑥
生まれた場所の事は、あまりよく覚えていないし興味も無い。だからこれは、そういうもの、というお話。
その国の政府は、掲げる思想からもあるが、宗教を極端に嫌っていた。
というのも、その国、というよりは土地が持つ長い歴史を振り返れば、宗教的主導者が率いた大乱で幾度も国が乱れ、危うく革命が成功しそうになった事実すら有る。
とかく、追い詰められた人間が、宗教という旗を掲げれば有象無象が群れに群れ、集団が肥大化すると自然発生する、虐げられてきた同士である筈の者たちの間でも生じる上下の立場に、貧富の差。
結果、先鋭化していく思想に率いられた衆愚が暴走する、という具合で、基本的にはろくな事にならない。大体が適当に国内をひっかきまわして疲弊させ、最終的に英雄と呼ばれる者たちが之を鎮圧し、新たな王朝の萌芽と成る。
それが分かっていたから、二度目の世界大戦が終わった後、安定を求めた政府組織は表でも裏でも徹底的にその芽を積み、排斥は行われて。広大故に未開の地広がる内陸部へと、その中で追いやられた者達は落ち延びていった。
さて、文明から切り離されたその土地で、貧しくとも慎ましい暮らしをしていたのならまだ可愛げもあったのだが、その集まりの一つ。名前はもう忘れてしまったが、そいつらはどうしようもない奴らの中でもとにかく質が悪かった。
起源としては古く、修行や薬物で神仙の高みに至り、不老不死を目指すという教えが有る。
有名な話では始皇帝、そして後に続く少なくない数の時の権力者は、胡散臭い占いやありがたい仙丹とやらでそういった存在に至れると信じ、逆に寿命を縮めて、早死にしていったという笑い話などが今に伝えられている訳なのだが。
その集まりは、始末の悪い事にそもそも初めから、普通の人間が後天的に神仙になど成れるとは思っていなかった。
そいつらの教えはこうである。ほしの根源たる太極より女の胎に宿った命は、その製造の過程で人の容を造るが、そうやって完成した赤子、つまり製造物たる人間は、生れ落ちた時からその性能が決まっている。
環境や当人の鍛錬で多少の振れ幅はあれど、その振れ幅自体が定まっているのなら、後にどんな修行に鍛錬を行ったところで人の幅での成長。神の領域を目指すのなら、そんなモノに意味は無いと、そんな教義を持っていた。そういって、さっさと無理なモノは無理と納得して、馬鹿みたいな夢物語を諦めていればこうはならなかったはずなのだが。
ならば、どうすれば望むモノを手に入れられるかと、そう考えてしまった。
そうして彼らは、その馬鹿げた考えを実行する。そもそもの性能が定まる瞬間、つまり胎から出てくる前に人為的なアプローチを行い、生産された時点で、既に完成した神仙を創り出す事を目標として、そういった技術を求め、研究する事にしたのだ。
伝統的な方法では、血統による厳選。骨格や身体能力、特徴的なモノで言えば仙骨と呼ばれる、西洋魔術においては魔素に対する許容量を示す特異部分を持つ人間を採取し、配合する。
時代が進んでからは医学の発展による技術である母体の調整に、受精卵への干渉。これによりアプローチの幅は広がった。しかしどれもこれも、そもそも元が根拠もない妄想に近い考えから始まったためか、中々上手く行かなかった。
母体に胎児というのはとにかく脆い。適切な負荷、適切な刺激。そういった条件を割り出すための試みは前例が存在しない分、基礎分野の開拓の為に山の様に材料を必要とした。
そのうち、その集まりでは材料の生産が追い付かなくなったが、これも広い国土故か、又は他に理由が有ったのか。材料は外部から安定した数を調達する事が出来たので、逆に浪費する事に関して考慮する必要が無くなった事は何と言えば良いのか。
そんな気の長い試みを繰り返し、築きに築いた死山と、其処から流れる血河。さて、その過程で、それらの行為とは全く関係のない一つの事例が発生した事が、彼らの幸運の絶頂であり、破滅の始まりである。
それは、通常の妊娠過程でも起こり得る事例。一度に二つの受精卵が着床し、一つの胎に、二人の受精卵が発育するという現象。
つまり、二卵性双生児というやつだ。一人は男の、そしてもう一人は女の受精卵は問題なく成長しつつあり、その集団の指導者達は予定の生産数に調整する為、どちらを剪定すべきかと考えていた。
そうして、一つの愚かな結論に至る。
偶然、一つの胎の内という混沌に揃った、陰と陽を。相反する両義を、調和した太極へと成す。
その結果、彼らはきれいさっぱり滅んでしまう事になる訳なのだが。
それも随分と昔の話で、唯一残った太極の出来損ないはそんな事はどうでもいいと他に語る事も無かったので、彼らの存在を覚えている者は、今はもう誰も居ない。
あんまりにも寝すぎたせいで、自分の知らない場所の夢を見ていた気がする。
「・・・くそ、最近は眠って起きてばかりだな」
しかし、反面その目覚めは久しぶりに爽快なモノだった。
体がとにかく軽い。思考もクリアで、目覚める前のあれこれもしっかりと覚えている。
訳の分からない場所で所長と一緒に遭難し、生き延びるために周囲の調査を行う事にした。
此処まではいい。問題はそれからで、時間の正確な感覚が消失し、精神も、肉体も酷い疲労で思考すらまともに巡らせられないくらいに追い詰められた後、とある提案を拒否した事を契機に所長が豹変したのだ。
そこに、どういう訳か見知った年下の友人、アキトが多分助けに来てくれて、どういう仕組みなのかその影の中に引きずり込まれて。
「・・・それから、どうなったんだ?」
体を起こすと、ぎしりと軽い音を立て、自分がベッドに寝かされていた事に気が付く。
勿論自分のベッドでは無い。何故なのか窓が存在しない、一見、それ以外は平凡なワンルーム。室内にはこの狭さに相応しい、必要最低限の家具が置かれていて、簡素ではあるが生活の匂いがする。
「そういえばアキトは何処に」
「ああ~、ダメダメ、全然駄目。完全に閉じ込められたよコレ」
そう想っていると室内に唯一、外部に通じているだろうドアが急に開き、見知った人物が、知らない服装で現れた。
「あれ、もう起きてたのアニキ」
「起きたのって、こりゃどういう訳なんだよアキト」
アキトは黒のボディスーツにフライトジャケットを羽織っただけの恰好で、テーブル横のクッションに勢いよく座り込みながら大の字に伸びた。
「どういうもこういうもないよ。月夜見の支配領域から脱出できたまでは良かったけど、その後はダメダメ。次元潜航の前に、付属する影の領域まで拒絶障壁で覆われて、九界に帰るルートが完全に閉ざされちゃってさ。流石に手回しが早い。腐っても神様って呼ばれてた存在だよね、あのクソ女」
「ああ、全く意味が分からんぞ」
「細かいとこは意味もないし分かんなくていいよ。簡単にまとめると、今のままじゃあニヴルヘイムには帰還不能。月夜見の庭の裏側にどうにか潜伏してるけど、打つ手なし。うん、このままじゃボク達は食料の備蓄が尽きて餓死するか、月夜見の支配領域に飲み込まれて虫の様に潰されるかのどっちか、かなぁ」
うん、全く意味が分からない。
今理解出来る事と言えば、理由は分からないが、所長と敵対してしまった事。そして、圧倒的に不利な状況で、打開策が無いという事。それから、もう一つ。
「ありがとな、アキト」
「へ?」
アキトに危ない所を助けられたという事。意識を失う前のやり取りで分かってはいたが、これはやはり、間違いで無かった様だ。
「正直、俺には何も分からない。あの所長の変わり様も、普通の高校生の筈のお前が、何で、どうやって此処に居るのか。けど、けどさ。間違いなく、お前は俺を、助けてくれたよな」
あのまま、所長の言うなりにされていたらどうなっていたか。俺は、間違いなく碌な事になっていなかっただろう。
四肢を失うよりももっと恐ろしい。命よりも大切な繋がりを、断たれてしまうところだったと思う。
「だから、ありがとうアキト。全く、めちゃくちゃにデカい借りが出来ちまったよ」
というわけで、真っ先に感謝を。こんな状況であっても、その優先順位は間違っていない筈だ。
アキトは、俺の感謝に眼をぱちくりとさせて驚いた後、何時もの様に、少しだけ違った様子で。
「なら、昼飯はアニキが作ってよ。キッチンは隣。材料は、冷蔵庫の残りで適当に」
そう言って照れたように笑い、誤魔化すように一先ずの提案を行った。
「失敗した、失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した」
壊れた機械の様に、繰り返し唇から再生される音。
失敗した。完璧なはずの拒絶障壁唯一の弱点、外からは不可能でも内部からであれば、外部への因縁を発生させることが出来るという事。これは、問題なく解決出来ていた筈だったのに。
「やるじゃないか、洞木。展開する子機の迎撃を躱しながら、執念深くベオくんが発生させるかもしれない拒絶の兆しを待っていたなんてさ」
加えて、ニヴルヘイムに残してきた知人から因縁の欠片を集めてきたのだろう。ベオの側が微弱であっても、用意する縁が強ければ強い程引き合う力は強くなる。
そうして、ベオが自分の提案を拒否すると確信し、その瞬間を見逃さなかった。
洞木の指摘は正しい。私が、その成果を焦ったばかりに生じた彼の疑念、そして拒絶。
その瞬間、影渡りによる次元潜航は成功し、そのまま自身の支配する固有空間に逃げ込まれてしまったのだ。急ぎその空間ごと拒絶空間の内側に捕らえる事自体は成功したが、今度は逆にこちら側から干渉する手段を失ってしまった。
今の状況は最悪だ。普通に考えれば、彼らは此方と違い、固有空間に立て籠もるにも限界がある。
生存に必要な食料や水の貯蔵がどれ程かは別にして、洞木の携帯できる固有空間はマンションの一室程度。二人の人間が長期的に生存できるような環境では無い。ならば、このまま兵糧攻めにして自分から出てくるのを待てばいい。今は分からなくても、息を切らして此方の支配する空間内に出現した瞬間に、その位置を特定する事が出来るだろう。
が、本当の最悪は、そんな事では無い。
「ベオくんが、私を拒絶した」
これが最悪だ。最早、彼の自発的な意思で、最終的な目的であるこの星系からの脱出。これに協力してくれる事は無いだろう。
いや、元々それは無理筋であった。現在この惑星が置かれている状況、そして彼が求められている役割を知ってなお、きっと彼は、逃走という選択を選ばない。
だからこうして、その意志を曲げる為に環境を整えて、精神を摩耗させ、万難を排して臨んだというのに。
「・・・だけど、大丈夫。私が、ベオくんを護るからね」
彼の為に、彼の意思に反しても。
その選択が、彼に、彼自身以外の全てを捨て去る事を強いるとしても、それが正しいと結論付けた。
だって、仕方ないじゃないか。あの光の王、ベル・バルドル。アレがその思惑の通りにベオを運用したのなら、彼は、彼自身以外の全てを捨てるどころか、自分で壊す事になる。
そうなってしまえば、どうなってしまうだろう。
少なくとも、彼は、もう二度と。
「そうはさせない、させてたまるか」
あの、出会いの瞬間を思い出す。そして、身分を偽って初めてとなる、月夜見マナと、ベオとの出会いから、今までの記憶を思い返す。
ニヴルヘイムの路地裏で、自分が誰かも分からなくて、雨に濡れ、震える彼の手を取り歩いた小さな事務所への帰り道。
設定として始めていた探偵業に、自分も何か出来ないかと彼が言い出した時は少し怖かった。
後に巨人との戦いを控える事を考えると、戦闘経験は必須だ。それも踏まえても、出かけていく背を見送るのは辛かった。
過保護だとシズルに言われても常に子機を護衛に回し、初めの頃は常に影でサポートし続けて、自慢げに帰って来たベオを、何でもない様に迎える日々。
子機の援護が必要で無くなって、完全に監視にのみにその役割を移行した時は、寂しくもあったが何処か頼もしくも思った。
それから季節は巡り、本当に色んなことがあったね。
参考として一緒に見た探偵ドラマは随分とハードボイルドに偏っていて、何故かそれにいたく感心した君が、言葉遣いを真似するようになった時はちょっと笑ってしまったよ。
だけど優しくて、ちょっと臆病な所は何も変わらない。
あの鷹野アヤナとトラブルになった時は正直頭が真っ白になった。遭遇の予定はずっと後で、友好的に始める筈の第一接触は戦闘から始まり、二桁以上のの子機を失って、だけど君も頑張って、その信頼を勝ち取った。それは、とても誇らしかった。
それから幾つかの小さな出来事の後、遂に始まった巨人との争い。
一つ、また一つとグレイプニルが解けていく度に、その度に、彼は、終焉へと近づいて。
それで、もう駄目だった。理性とは別の、この体になって持つ事になった感情が、その自殺行為とも言える蛮行を選ぶ。
結果およそ三千年前、絶対に勝てないと評価した最大脅威目標に正面から抗い、理由は分からないがその妨害は無く、そうして、ようやくここまで来たのだ。
「許さないよ、洞木。かつての弟子であっても、手加減なんて出来ないからね」
そうだ。お前は、私から宝を奪った。
「・・・ああ、そういえば。君の母国では過去、宝を盗んだ罪人の腕を、刑罰として切り落としたそうじゃないか。ならばもう二度と、悪い気を起こさない様にその例に倣うとしようか」




