騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか⑳
外界、日本国通常空間側セントラルゲート施設。
その中心部。巨大な門の周囲を包囲するように、彼らは集結しつつあった。
「バルドルからの返答は変わらず、現在調査中の一点張りです。戦団長の指示通り、日本政府への根回しは合衆国経由で話を付けました。ゲプラー、ケセドは総員集結完了。コクマーは対城壁装備の調整の為に遅れていますが、一時間以内に間に合わせるとの事です」
「馬鹿言わないで。我々の仲間は今も一人、敵陣で孤立しているのよ。三十分、それ以上は待ちません。バルドルには再度状況説明を要求し、返答が変らない様ならその時点で最後通告とします。メルカバ―が間に合わなければ現戦力のみで突入するわ。私の天使で、あの異界へと続く扉を破ってみせましょう」
連盟から選抜された三つの騎士隊から構成される、対バルドル派遣戦団。陣頭に立って指揮する彼女は自慢の燃える様な赤い髪を吹き付ける風になびかせたままに意に介さず、展開するバルドルの警備隊の向こう。壁の様にそびえたつ、今は閉じた扉を見据えていた。
「隊長、完全に頭にきてるわね」
「仕方ないだろ。内部で孤立しているヴァレンシュタイン卿は、従騎士時代に苦楽を共にした同期だ。個人的にも友諠を結んでいる相手が、敵地のど真ん中で音信不通となればああもなるさ。聞いたところによると定時連絡が途絶えてから、真っ先に総代に派兵を直訴したのも彼女だそうだ」
迂闊な会話の方向をぎろりと睨みつければ、どの様な恐ろしい伝承体と対峙しても引かぬ騎士たちが蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。
赤髪の女傑、名をリリア・オリオール。第五席ゲプラーを率いる彼女は、そんな苛立ちを配下に見透かされてしまったことを恥じつつも、それでも抑えられぬ焦りを感じていた。
「こんな所で、こんな事で死ぬんじゃないわよマグノリア。貴女言っていたじゃない。立派にネツァクを立て直して、祖父を超える騎士になるんだって・・・!」
口惜しい。本当に、口惜しくて仕方がない。何時もの様に、能天気に旅立っていくあの背に、自分は一抹の不安を感じていたというのに。
絶界たるバルドルの庭に単身乗り込むなんて、無理にでも誰か同行を。何なら自分が共にと、どうして言い出せなかったのか。こんな事で終生の友を失うかも知れないだなんて考えたくもない。
今すぐにでも、一人であっても九界へと殴りこみたいが、今は自分も一隊を率いる身であり、この場では派遣戦団の長である事が、酷く疎ましいと感じている。
「少し落ち着けオリオール卿。此処は敵地、派遣戦団の長がそんな事では、部下たちに動揺が伝播する。それにヴァレンシュタイン卿は連盟の中でも指折りの猛者だ。友である卿が無事を信じないでどうする」
戦歴では彼女よりもずっと長いが、今回は補佐という立場であるケセド隊長が見かねて軽い苦言を呈する。しかしそれも、今の彼女にとっては逆効果だったらしい。
「あら。流石は発見当初に処刑される予定であった総代を見出し、立派な騎士に育てたミュラー卿だわ。その決議の席で、各隊の長の目の前で、自分の師でもあった前隊長を打ちのめし、第四席の首座を奪い取った武勇伝は良く知っています。そんな卿になら、何かこの、膠着し切った状態をどうにかできる、良いアイデアが有るのではなくて?」
男勝りで知られる彼女だって普段であればもう少し、歯に衣着せて物を言う。しかし、今この状況ではそんな余裕も有りはしない。不敬と分かっていても、悠長な事を言う先輩騎士に噛みついてしまう事を抑えられなかった。
言われたケセド隊長、アルヴィン・ミュラーは。一回りは下の同格から投げられた皮肉に、特に気にした様子も無く、ぼやく様に呟く。
「あいつは勝手に成長して、勝手にああなっただけだ。あんなにデカくなっちまうとは流石に思っていなかったがね」
「そもそも総代の判断が早計だったのです。十年も引きこもっていたバルドルが、急に騎士の派遣を受け入れるだなんて、今考えても罠以外の何物でも無かった!」
「アルトだって周囲から化物みたいに言われてるが普通に人間だ。偶には見誤る事は有るさ。問題は、間違えた後。その後どうするかって事だ」
声は穏やかなままで、しかし彼のその眼光の奥に潜む圧力に、ついに彼女はその後に出かかっていた更なる暴言を押しとどめられた。ようやく自分の騎士らしからぬ醜態を自覚したらしく口をつぐんで、リリアは思わず黙り込む。
「それでいい。しっかり構えていろ、リリア・オリオール。お前が率いる騎士達に、その背中を何時も見られている事を忘れるな。バルドルは強い。組織としての影響力は連盟を凌ぎ、戦力はアルトを含めての総動員で、それでも何とか均衡ってとこだ。今回はその三割にも満たない戦力で、確実にお前の友達を助けたいってんなら、卿だけで張り切ったところでまるで届かないぞ。無駄死にじゃなく、友を助けて。卿も生きる為に、此処に在る全部を使え」
リリアは完全に言葉を失った。形として、二人は同格である。十の騎士隊に席の順はあっても、扱いの差は存在しない。しかし十六という若さで当時の団長を下し、それから二十年。ケセドを率い続けている男と自分とでは、今更ではあるが格も経験も違い過ぎる。
「・・・若輩が生意気を言って、申し訳ありませんミュラー卿。少し頭を冷やしますので、現場の指揮を頼みます」
「ああ、そうしておけ。まあ、案外何も起きないって事も有るかも知れないからな」
そう言ってリリアがその場を離れようとした所へ、通信担当官が大慌てで駆け込んできた。
「報告!ジェミニに反応、ヴァレンシュタイン卿からの感応通信です!」
通信担当官がその手に示す、対となる伝承兵装。双子と呼ばれる指輪はどれ程に距離が離れ、世界が隔たれていてもタイムラグの無い念話が可能となる。リリアがひったくる様にそれを奪い指に通すと、ずっと聞きたかった親友の声が聞こえてきた。
「マグノリア!ああ、声が聞けて本当に良かった!無事なのね?状況は、今はバルドルに拘束されているの?」
とにかく声が聞けたことが嬉しかった。考えたくは無かったが想定されていた最悪を、ようやく脳裏から振り払うことが出来る。生きていてくれるなら、今はそれだけで良い。
「ともかく此方の状況を説明するわマグノリア。貴女からの定時連絡が途絶えて48時間が経過しました。バルドルから状況についての説明は無く、連盟本部は貴女が何らかの窮地に在ると判断し、三騎士隊からなる戦団での貴女の救出作戦を立案、承認し、今から実行しようと・・・」
そこで、機関銃の様に捲し立てていたリリアの声が途切れる。
「は?ちょっと、待ちなさい。それは、えっと、その、本当なの?」
それからのリリアの顔色は本当に目まぐるしく変わる。青くなったかと思えば真っ白に。それから、湯気を出さんばかりに真っ赤になった瞬間に、もう我慢の限界だと伝わる声の向こう、先程までは心配で仕方が無かった親友に、おもいっきり怒鳴りつけたのだ。
「馬鹿言ってるんじゃないわよ!貴女は本当に昔から空気の読めない所があったけれど、まさかバルドルと戦争一歩手前のこの状況で、すっとぼけた浮かれ話を聞かせられると思わなかったわ!」
それからは、世界に一対しか存在しない貴重な伝承兵装で交わされるべきでない、子供じみた罵りが周囲に響いた。勿論、ミュラーを含めて他の騎士は皆、自分もその怒りの渦に巻き込まれぬ様に見て見ぬふりをしている。
「とにかく、危険は無いと。現在バルドルとは敵対状態になく、安全は確保出来ていて、任務も続行できるという事ね」
最後に大きくリリアが息を吸い込む。それはある意味で、意地っ張りな彼女らしい照れ隠しでもあったが。
「このお馬鹿!能天気、考え無し!大ぐらいのぱっぱらぱー!でかい図体だけが取り柄の筋肉女が脳まで茹ってしまったら、本当に救いようが無いわ!この件の報告書は今日中に提出を派遣戦団長の権限にて厳命、勿論貴女の言う白馬の王子様についての惚気ばかりなら、問答無用で再提出よ!」
最早部下に見られているかとか、隊長として他に示す規範がどうとかはどうでも良く。
そう言いきって一方的に、貴重な内部からの情報源である双子の通信を切って、収まらない興奮で鼻息荒く、周囲で見守っていたミュラーと騎士たちに間をおかないままリリアは宣言する。
「対象の安全を確認。よって、作戦目標は達成。本作戦は現時刻を以て終了!総代には私から報告を、各隊はバルドルからの攻撃を警戒しつつ、段階的に本部に帰投します!」
「あー、そういう事だ。撤収準備開始、各班長は作業報告忘れるなよ。コクマーにはメルカバーの再封印を通達してやれ」
察したミュラーは敢えて何も聞かない。状況だけ見れば大規模な派遣は空振りで、バルドルの鼻先に行った示威行為は後々を考えれば悪影響でしかない。
まあそれでも、人間同士で血なまぐさい事にならなかった事は、純粋に喜ばしい事だ。
「お前さんの願った様に。ヴァレンシュタインの嬢ちゃんにはいい出会いがあったみたいだぜ、アルト」
若い騎士達はしっかりと成長してきている。自分も、後続に後を託す時が近いのかもしれない。そう思えば、何時か誰かの台詞ではないが、何かそれを、誇らしくも思う。
「高位伝承体との遭遇戦に、現地協力者との共闘。バルドル内部の紛争に介入して、市街地で大規模戦闘って、こんな事どう報告しろってのよ馬鹿マグノリア!」
けれどそれもまだ少し先の話かと。彼は混乱と怒りが収まらないままのリリアをなだめながら、きっと遠くないであろう未来を想った。
「おほほ。やっぱり、怒られてしまいました」
どういう方法か分からないがマグノリアは外界との通信を終え、困ったように笑いながら瓦礫に腰かている俺の隣に座る。もう朝日が昇りつつある眼下には、何時もより随分と高く、開けた景色が広がっている。
「まあ、何とかなったんだからさ。後の事は、少し休んでから考えようか」
「ふふ、賛成ですわ」
あれだけ派手にやったにも関わらず、被害はこのビルと周囲のみで。他は何時もの様に無機質なビルの群れに、セカンドの街並み。彼方にはサードの荒野が地平線まで続いていた。
思えば彼女と出会って二日しか経っていないが、一言で説明できない程、色々な事があった。ある意味では何時ものことかもしれないが、今回もどうにか生き延びる事が出来ている。
その為に例え、確実に死へと向かう切り札を使ってしまったとしても。それは俺の問題で、誰かの責任ではない。そんな些末な事よりも、もっと大切な事に気が付けたのだから。安いものじゃないか。
「・・・なあ、マグノリア。こんな事急に言われて、困らせてしまうかもしれないけど。俺はさ、ずっと、自信が無かったんだ。過去が無い、得体の知れない俺なんかに大した価値は無くて。だから、何か、意味の有る事の為に死んでしまえるのなら、それで良いんだって思っていた」
けれど、今は違う。
今回だってそうだ。今までだって、そうだった。危険を顧みず、俺の無茶に付き合ってくれた人達。皆が居なければ、何一つ成すことを出来はしなかった。
「こんな俺の事を、信じてくれる人が居る。俺の為に、何かをしたいって想ってくれる人達が居る。なら。ならさ、俺が、俺自身を軽く考えちゃ、駄目だよな」
今更だけど、気が付けただけでマシってモノだろう?少なくとも今は、自分が簡単に死んでしまってもいいだなんて思えない。
だからといって、生き方を変える訳じゃない。俺は何時だって、俺の信じるモノの為に。俺を信じてくれる人の為に命を懸けるだろう。
それで良いと想える事。それは、とても大切な事だと理解できるから。
「ベオ様らしい。それが、ベオ様の信じる、貴方の生き方なのですね」
「ちょっとカッコつけてるとは思うけどさ」
「いいえ、とっても。かっこいい、ですのよ」
不意に、目も眩む朝日に視線を背け、同じように此方を向いたマグノリアと目線が合って、また可笑しくて二人して笑っていると、今一番に聞きたいと思っていた彼女たちの声が聞こえてきた。
「ちょっとベオさん!地上が落ち着いたと思って応援に駆け付ければ、どうなってるんですかこれ!?何で行政ビルの最上階が吹き飛んでるんです!」
「いや、それは問題じゃない。どういう訳だマグノリア?私の夫と、何を黄昏ている。事後か?もしかして事後なのか!?」
「共同作業という意味では間違いはありませんわ。指輪の代わりとなる物は既にお渡ししていますし。ねぇ、ベオ様?」
「わざと紛らわしい言い方してるだろ!」
朝の訪れとともに、高まる気温を感じながら。もっと、この時間が続いてくれるようにと祈る。
夏はもう残り少ない。去年よりももっと、その終わりを寂しく感じる事を嬉しく思って。なら始まったばかりの今日を、どう過ごそうかと考える。
忘れられない季節を。一夜では、とても語りつくせない様に。
「そうか、ニヴルヘイムの事態は収拾されたと。誰が芽を出すかと心配していたけど、ヴォルコフ君がその役目を負ってくれたね。では予定通り、彼の罪をこれ以上に追及はしない。彼の娘には、望むならそのままのポストを保証すると伝えておいてくれるかい?」
「その様に致します。それから、連盟の介入も直前で回避出来ました。セントラルゲートに集結しつつあったコクマー、ケセド、ゲブラーの三騎士隊による派遣戦団も、ヴァレンシュタイン様の報告を受けて撤収を始めたそうです。此方もセントラルゲート守備隊、並びにアースガルズ守備隊への戦闘配置の終了を。それから篠塚様、大河様には待機状態の解除を伝えております。今回の件について、連盟に提出予定の経緯説明と弁明の報告書は作成済みですが、これからご覧になられますか?」
九界、第一層アースガルズ。ベル・バルドルは本社ビルの会長執務室で、今回の事件の報告を三上から受けている。卓上には、彼女が手ずから給仕した珈琲が湯気を立てていた。
「君が用意してくれたものなら確認する必要は無いさ。けれどね、何時も言っているけれどこんな執事みたいな仕事は他の者に任せてくれても良いんだよ?君には社長として、色々と面倒な事務仕事を押し付けているんだから。ほら、秘書の李君だっけ?君が全く休んでくれないと心配していたよ」
「御冗談を。そもそも会長にお仕えする時間は拙にとって休養の様なモノですから、どうかお気になさらず些事はお任せください。それから、主観に寄る報告を会長にした李は解雇しておきます」
「それは止めておきなさい。純粋に心配から助けてくれる人間を切り捨てる事は良くないぜ、ホントに」
ふと、会話が途切れる。
その理由、密室では在り得ない現象。常に一定の環境に保たれた会長室に、凍り付く様な風が吹き抜けた。
「申し訳ありません会長。侵入者の様です」
「いいよ。多分、僕の客だ」
即座に非常警戒装置を起動させようとする三上をベルが制すると、それが合図だと言わんばかりに空間が歪む。それは円を描き、螺旋の中心に、孔の様な黒が穿たれた。
その孔。ねじれたその虚空の先に、彼方まで続く漆黒が広がる。その先に、ちらりと蒼い光が見えたと思えば、そこから彼女が何でもない様に現れ、役目を終えた扉の様に、歪みは閉じる。
「・・・月夜見様、アポイント無しでの会長への面談は遠慮願いますが」
刺すような三上の言葉に対し、真夏だというのに、白いロングコートにブーツ姿の月夜見は微塵も悪びれた様子が無い。
「すまないね三上、しかし此方も急用だ。この際、無礼は無視させてもらうよ」
「いいんだよ三上くん。彼女に物理的な障壁は意味を成さない。こうして、容易に侵入できる所に居る時点で僕たちが悪いのさ」
「それで月夜見様、今夜はどういった御要件で?」
三上は内心、この無礼な侵入者に舌打ちしつつ、この訪問の目的を尋ねる。
月夜見も全く気にしない様子で、さっさと要件を済ませようと言った様子で当たり前の事実を述べた。
「そんな事は決まっているさ。ベル、もう分かっているね。ベオくんが四度目のフェンリル開放を行使した。グレイプニルの残りはもう、二回分しかない」
「ああ、そうだね。此処までは計画通りだ」
そして当たり前の様に、バルドルの王は言う。既に三度の巨人の襲来、だとすれば残す数は三。
「その計画だよ、ベル」
ベオが今のマナを見れば、何処の誰だと戸惑うだろう。普段の柔和で、穏やかな表情は何処にも無い。氷の様に冷たく、無感情に彼女は吐き捨てた。
「私は、計画から降りる。君との契約も一方的になるが破棄させてもらうよ」
「貴様・・・!」
今度は三上が、普段の彼女とは思えぬ激怒の表情に染まり今にも飛び掛からんばかりの所で、それを王が制した。
まだ、彼が聞くべきことを聞いていない。事と場合によっては、王が魔女を、今この場で殺す。
「で、君はどうするんだい?今更永く別たれていた本体と合流して、かつての様に彼方へと逃げ出すのかな。それだけなら止はしないし、別に勝手にすればいいけど、わざわざ此処に来たって事はそうじゃないんだろう?」
その問いに、マナは少しも表情を変えずに答えた。
「決まっているじゃないか。ベオくんは、私が貰う」
「は?なにそれ」
まいった。言葉の意味はともかく意図が分からなくて、間抜けに聞き返すだなんて何時ぶりだろうか。
少なくとも、ベルはここ数百年はこういった覚えがない。
「彼は、私のモノにする」
ああ、もしかして、そういう事?
ああ、そう。あは、あははは。
「は」
駄目だ。こんなの、堪えられるわけが無い。
ベルの爆笑が響く。マナの氷のような無表情も、三上の激情に駆られた怒りも変わらぬまま、ベルだけが、可笑しくて仕方が無いとばかりに腹を抱えて笑っていた。
「はははははは!はは、は~ああ、驚いたよマジで。一つだけ、聞かせてくれないか、月夜見くん。ああ、勿論嫌なら答えなくたっていい」
「最後の義理さベル、答えてあげようじゃないか。質問は何かな?」
ならば問おう。この答え如何によって、今後の方針は大きく変わるかもしれないが、そんな事よりももっと興味のある疑問がある。
「確かに、君にならそれが可能だろう。黄昏を迎えてなお、そうすると決めてしまえば、君たち二人くらいはどうにか無事でいられるだろう。で、君は、その後に残る虚無で、ベオの何になるつもりだい?君のその選択の末に、この世界に残る最後の二人に成り果てて、そんな終わった場所で、何をするっていうのさ。今のまま上司か、同僚とでも言うのかい?それとも家族にでもなるつもりかい。母親かい?姉か妹かい?まさか恋人にでもなるなんて言わないよね、君」
この質問は、彼女にとっては想定外だったらしい。
少しだけ考えて、これもまた、彼女らしくない表情で答える。
「そのどれでもいい、そのどれでなくてもいい」
それはまるで■をしている乙女の様に、とろけるような表情で。
「愛でも、憎悪でも。彼が望む容の、ベオくんが求める存在に私は成ろう。それだけが、永遠の連れ合い
とする彼に対して、私が出来る事だから」
そんな浮かれた回答を耳にして、ベルはようやく理解した。
ああ、そうか。この個体は壊れてしまったのだ。やはり肉体という刺激は、全知全能に限りなく近い存在すら、何処かおかしくしてしまうらしい。
けれど、うん。それならば、そうなってしまうのなら、それもいいだろう。
「結構、了承した。君の好きにすると良い。その結末を、全く想定していなかった訳じゃ無い」
「会長!?」
「しかし、ベオも悪い男だね。同種ならともかく、君のような正真正銘の、異なる世界の漂流者すら虜にしてしまうんだからさ」
そんな事を言っても、初めから自分の望みを押し通すと決めている目の前のコレには響かないだろう。
そう思っていると、一瞬だけ月夜見マナの顔が歪む。長年の共犯者への手向けか、彼にとってのソレを奪っていく事が、どれ程の意味を持っているからか理解しているから、ほんの少しの憐憫を込めて、最期の挨拶でもするように。
「さようなら、光の王。Ωの男、哀れな、運の悪い商人さん。君の結末が、少しでもマシなモノになるように。遠く彼方の地にて、心から祈っているよ」
その言葉を最後にまた空間が揺らぎ、月夜見の姿が消えた。凍るような温度は次第に元の空調に調整され、設定は冷房の筈がその場の空気を残された二人は、暖かくすら感じている。
「現時点を以て非常事態宣言を発令、クラスは特A対応!今すぐフレスベルクの出撃準備を、加えて特務全ユニットに総動員と、動かせる戦乙女には即時、改修作業を途中放棄した上で機動甲冑を装着、強制出頭を命じます!それから早急にニヴルヘイムに連絡を取りなさい!月夜見の監視任務に当たっていた洞木の愚か者は、今何処で何をしているのですか!」
緊急回線の赤い受話器に怒鳴りつけている三上を尻目に、ベルは静かに通話終了のレバーを降ろす。
「会長、何を!?」
「良いんだ、三上くん。言っただろう?こういう結末も想定の内さ。うん、これはこれで悪くない」
「しかしそれでは、貴方は何の為に今まで!」
三上には認められる筈が無い。自分の為では無く、主の為に。この人がどれだけの時と、どれ程の労を重ねて此処まで辿り着いたのか。それを、あの壊れた女が台無しにしようとしている。こんな事は、許される筈が無いではないか。
「良いんだ」
「会長!」
「良いんだよ、シズル。もう、良いんだ」
そんな筈はないのに。しかし、主にそう言われれば、彼がそれを納得しているというのなら、自分などにはもう、これ以上に返す言葉は無いではないか。
何時ぶりかに力なく項垂れたその頭を撫でられながら、それだけで三上は、全ての終焉を受け入れつつあった。
「うん、いい子だ。我儘を言ってすまないね、三上くん。頑張ってくれた君や皆には悪いけれど、実は少し安心しているよ。まあ、こればかりは本当にどうしようもないさ」
月夜見が、世界の全てよりベオを選ぶとは。まあ、本当にどうしようもない。これは、どちらかと言えば避けようのない災害みたいなものだ。
だけど、そう思うと何だか楽しくなるじゃないか。
「後はベオ次第か。正直に言ってしまうと、僕としてはね。ベオはこのまま月夜見くんに攫われてしまう事を受け入れてくれないかなと、そう考えているよ。後始末を考えると、ちょっと無責任だけどね」
永遠にも感じる程に永い時間を費やして、数多の命を踏みつけて、犠牲にして。
「こんな結末を、君はあの時の様に笑って、許してくれるかな」
ベルは、今は何処にも届く事の無い、そんな問いを呟いていた。
ヒロインも遂に五人出揃って、全体の折り返しとなる三章はここで終了となります。このお話を読んでいただいた方が、ほんの少しでも何か感じていただければ幸いです。
四章は幕間を挟んでとなりますので、暫く時間を開けさせていただきます。どうかこの後も、出来れば最後までお付き合いいただければと思います。




