騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか⑰
ベオとマグノリアが総督府内部に侵入した後間も無く、異物に反応するかのように、周囲には明確な変化が現われた。
事前にマグノリアから伝えられていた情報では、封印された神殿に通じる扉が解放されれば、内部の伝承体が討滅されるまでその入り口は開いたままとなる。
内部深くへと進む二人は其処から出てくる敵に対処出来ない。しかし、言い方を変えれば自分達の陣地からわざわざ出てくる訳なのだから、それは陣地を作り待ち受ける防衛側にとっては有利な状況となる筈であった。
「オイオイ、旦那から聞いてた話とは少し違うじゃないか」
「それはそうだろう。此方だって準備していたんだ。相手だって、準備をするだろうさ」
変わらぬ血と、腐ったような匂いと共に。総督府入り口から現れた敵の先兵、蝗害の軍勢。その様子が聞いていた話とは明らかに違う。
巨大な、直立する蝗という姿は同じだ。しかしその躰には茨で造られた鎧を纏い、その構える槍や剣といった武器にも同じく茨が巻き付いている。それらは明らかに一つの意思に統合され、目の前の存在を無機質に貪るだけであった虫の群れが、異形の軍隊へと変わった事をその場の者達は知る。
「だからと言って、やる事に変わりはないだろう?」
「そうですよぉ。私達はディフェンス、オフェンスが得点を決めるまで、ゴールを割らせない。それだけですから」
「そういう事、一番手は俺達の出番だ。何時も通りいくぞ、二人共」
その光景にも臆する事は無く、三体の鋼が起動する。敵が群れでなく、軍勢であるのなら。三体は合わせて一つの生物であった。
バルドル警備局の特殊戦闘車両、四脚歩行戦車『グラニ』は戦術リンクシステムにより、効率的な連携と緻密な作戦行動を可能にする。
元々警備局に配備されていた機体は対生物兵器の規格、変異生物の蔓延るサードでも運用できる局地戦を想定した堅牢な造りの機体であったため、突貫作業での対伝承体仕様へとどうにか換装できた三体が、特に厳しい最前線を担当する遊撃を担当する事になっていた。
「さあ、俺たち三人で、あの虫共の行進をめちゃくちゃにしてやろうぜ」
滑るように走り出す鉄の馬。その動作は戦術リンクシステムの助けを受けて、といっても熟練の乗り手が搭乗しているのだろう。と、基本的なスペックを知る保安部隊員などは嘆息を漏らしたが、実はこの三体にはその機能が搭載されていない。
というより、乗り手の三人は口をそろえてそんな物は邪魔だから取り外してくれ、という事で。取り外したと言う方が正しい表現であった。
「次、手前の負傷した奴だ。マル、サヨのフォロー」
「了解。情報通り近接戦闘は有効だな」
「たっくん、マルちゃん。少し引いて、二秒後に右の甘い所から再突入ですよ~」
更には三つの機体は共に、乱戦による同士討ちを避ける為、加えて機動性上昇の為にと標準装備の機銃やグレネードなど、火器類は取り外されている。装甲等の基本的な外装は共通しているが、特別なモノと言えば主兵装が、その役割に応じて明確に異なる。
春日タクミの搭乗する一号機には突撃槍、三島マルギッテの二号機には大楯。そして御巫サヨの三号機には片刃の双剣。
隊列を入れ換え、時に縦に、横に展開し。不規則に見える運動は、完全に意味のある展開で行われ、死角を全く作らないフォーメーションを維持し続ける。
これらは如何に極地仕様といっても、元々の拠点防衛、暴徒鎮圧用というグラニの通常運用からはかけ離れている。しかしこの三人にとっては、まるで幾度も繰り返して訓練した曲芸のような機動も、グラニに搭乗していようが生身であろうが出来て当然の事であった。
まるで背中に眼があるように、互いがどの位置で、どの方向へと移動して、どう連携すれば効率よく敵を殲滅できるか。
理由は分からない。生まれも育ちも違う三人は、出会った瞬間にそれを当然の様に行えたらしい。
一人一人ならば並より少し上、しかし三人揃えば、同規格の一個中隊すら手玉にとれる総合力を発揮できる。
二人組が基本の警備局で、唯一三人組での行動を許された彼らは継戦能力、それから生存確率という点で、真っ先にアヤナが戦闘部隊に選抜した三人だった。そしてその期待を裏切る事は無く、損耗なく確実に敵の数を減らす事に成功している。
彼らとしては何時も通りに。どんな難敵を、それが神話から抜け出してきたような化け物相手でも、誰一人欠ける事無く。
「警備局に遅れを取るな、などと思うな!我々は我々の役目に徹する!」
成程、思い上がりも良い所だ。差別意識の無い自分ですら、警備局の戦力を過小評価していたと自戒する。
敵の最前列を蹂躙する三機一体のグラニ。グラニ自体は特別な機体という訳では無い。研修で自分も操縦した経験が有るし、拠点防衛用として保安部も少なくない数を保有している。
だが、あの様な運用は見た事が無い。グラニは基本的に火器を主兵装とした遠距離主体の兵器、故に追加装甲等のオプションが無ければ接近戦で変異生物に対抗できる兵器では無い。
おまけに視界が最悪、そのくせ囲まれてしまえば機動性を優先した結果に装甲の薄い足回りなどは容易に損壊させられる、一部の者には動く棺桶などと揶揄されているくらいだ。
しかし目の前のグラニは明らかに違う。歩兵の随伴も無く、突撃を繰り返しては敵を攪乱し、数を減らす。しかもあれだけの数を相手に巧みに躱して包囲をされる事も無く、外観を見れば殆ど機体は損傷もしてはいまい。局地運用のオプションはあっても、基本的に特別な改造もしていないとの事だが、特別なのは操縦者たちなのだろう。
さて、保安部の持ち場は正面入り口に面した道路を半包囲し、封鎖区域外へ敵の進出を防ぐ事だ。
如何に警備局が優秀とは言え、想定する敵兵力の数が圧倒的に違う。グラニ三機によるかく乱に、遠距離からの狙撃と既に相当数の敵を倒してはいるが、無尽蔵とも思える後続が次々と総督府の入り口から吐き出され、流石に押されつつある状況を自覚している。だが、それでもなお、この場から決して離れまいという覚悟があった。
ニヴルヘイム保安部、総員二百余名は約半数が戦闘前に離脱している。その殆どはやはり警備局らから陰口をたたかれる様に、いわゆるエリートというやつだ。
彼らにとって、保安部は足がかりに過ぎない。本社ならともかく、支社であるニヴルヘイムでの主な業務内容は安全な会社の中で、少しばかり偉そうに一般の社員には振舞って、上司にはおべっかを使い、数年過ごせば拍が付いたと内勤に移る。
警備局の装備と比べると保安部のソレは前線での戦いに耐え得るほどに高規格ではあるが、それでもあんな怪物を相手に絶対はない。そんな彼らに命がけで化物と戦え、などとは言えるはずが無い。
だから、半数も残った事に驚いた。自分一人残るのが当然で、思わず何故、お前たちは逃げないのだと、その理由を問うたくらいなのだ。
「まあ、仕事ですからね。それを途中で逃げ出すのは性に合わないってだけですよ」
かっこつけている場合か。下手をすると、本当に死ぬのだぞ。
「そいつと違って、僕はそんなごまかしのかっこつけた理由じゃありません。会社がどうってよりは、隊長が心配だから、仕方なくってやつですよ」
俺が、心配だと?
「そうですよ。何時も難しい顔をして、あのクソ総督の理不尽にも文句一つ言わないで。そりゃあ心配するなって方が、無理でしょ?私達、一応直属の部下ですから。あ、命令系統がどうとかってのは、今はナシですからね?」
そんな理由で、お前たちは。
「そんな理由で、命かけます。逃げてった奴らはともかく、俺達は皆アンタの部下なんだからさ!」
「そうさ、俺達はニヴルヘイム保安部、浅木中隊!アンタが鍛えたんだ、アンタが率いているんだ!ならアンタが往くなら、何処へだってついて行くのさ!」
ああ、そうか。俺も大概だが、いや、俺が馬鹿だからこそ、部下たちも馬鹿揃いなのだ。
警備局の事を言えたものでは無い、エリートが笑わせる。だが、だからこそ誇らしい。
「いいか、貴様ら!浅木中隊はこの作戦での一人の脱落者も許さん。全員でこの場を越えて、俺達はもっと強くなる!ニヴルヘイムに、バルドルに!我ら在り、だ!」
かっこうをつけて宣言するが、蝗害の軍勢一体に対して数人がかり。守勢で応じ、目立つ活躍など出来もしない。
だが、それで良いのだ。俺達の仕事は、バルドルを守る事。そして今は、敵の只中へまっしぐらに進む二人が、帰ってくる場所を守る。それだけに全力を尽くす。
少し情けなくもあるが、偉そうに他の社員に威張ったり、嫌味な上司に頭を下げたり。そんな何時までたっても慣れない仕事より、ずっと保安部らしいじゃないか。
そう思うと何だか楽しくて、こんな死闘の最中に、浅木シロウは久しぶりに笑い、周囲の部下たちはそんな隊長の普段とは違う様子を目にして。理由は分からなくても、何だか可笑しくて、つられて笑っていた。
ボルソルン・パズズの神殿への再突入時。事前に、内部の状況が激変しているだろうことは予想されていた。
というのも、神殿という伝承体が現実を侵蝕する事で形成する空間という性質上、その神殿の主の伝承に沿った環境を構築するという前提があるからだそうだ。
実際に、初めて足を踏み入れた時は荒涼とした荒野にジグラットという、ある意味古代中東においてはテンプレート的な光景が広がっていた。そして、その主に異変が起こり、撤退する際には全てが茨に埋め尽くされるという別の空間が形成されつつあった、という事で。
次は何が起こっていてもおかしくはない。一歩踏み入れると、そもそも踏み出す大地すら無いかもしれないという予想すらしていたのだ。
そうして、乗り込んでいたエレベーターが停止する。
到着の表示は変わらず最上階。互いに顔を合わせて、マグノリアが撤退時に施していた封印を解除すると、軽い機動音が響いて内部へと通じる扉が開いた。
エレベーターからでは内部の状況が分からない。目の前には通常空間と神殿の、本当の境目が漆黒の壁として其処に存在していた。
「行くぞ」
「はい、参りましょう」
覚悟は、既に出来ている。一歩、足を踏み入れて、一先ず一歩目を踏みしめる大地が存在している事に安心した。
そうして、二人の体が神殿内部へと完全に侵入した。一瞬立ち眩みの様な感覚が有り、眼を開くと其処には。
其処には、砂の荒野の代わりに、森が広がっていたのである。
前回、変化した神殿の光景を茨で埋め尽くされた空間と表現したが、これは厳密に言えば正しい表現では無かったと思う。
と言うのも、本当にその空間全てが茨で覆われているという訳では無いのだ。冷静に考えると精々自分の周囲数十メートル、質量としては膨大だが、それでもその時点で、黒の茨が世界を覆いつくしているなどとはとても言えまい。あくまで比喩的な表現の範疇である。
それが、今の光景はどうだ。
見渡す限り、黒い茨と樹木で埋め尽くされた大地。
樹木に遮られ、風は吹き抜ける事すら出来ずに、腐れた空気が地上には重く、沈殿し続けている。
生い茂る茨で太陽は遮られ、暗く冷たい常夜が支配する空間には、蠢く蝗の兵士が生産されていた。
生産という表現は、正しいだろう。黒い森に実る、病の果実。卵胞の様にも見えるそれが、至る所に垂れ下がり、肥大化し、落ちてはその内側から蝗が産声を上げる事無く産まれ落ちる。
その瞬間から彼らは兵士であった。既に武装し、茨の鎧を纏い、茨の剣と槍をその手に。歩き出せばすぐに隊列を組み、進軍を開始する。
こんなものが、命の誕生の瞬間である筈が無い。正しく、ボルソルンの宣言通りに、目の前のソレは支配の為の先兵を生産している光景としか言えなかった。
「流石に全部を相手に出来ない。皆を、信じるしかないな」
「ええ、急ぎましょう。これ以上の想定外は、御免被りますわ」
木々の合間から見える、それを睨む。
この距離からでも、この視界の悪さでもハッキリと見て取れる事の出来るそれは、場所としてはジグラットが在った場所と同じく、多分それを基に造られた建造物であろう。
「・・・ジグラットが神を招く塔なら、あれは、何を招くのでしょうね?」
天を突く様に空へ伸びる、茨で編まれた黒い塔。
それが何を呼び込むのか、まともなモノで有る筈はないし、少なくとも俺には興味が無い。
「これ以上、好きにはさせねぇ。アイツも根元からへし折って、派手な焚火にしてやる」
問題はその方法という訳なのだが。
「やっぱり分からないか、ボルソルンの神核ってのは」
「はい。この距離でも、まともに捉えられません。もっと本体に近づかなければいけませんわね」
マグノリアが確認するのは小さな真鍮製のランプである。外見は装飾の施されたランプにしか見えないが、奇妙な点が一つ。内部は空洞で、光源が見当たらない。
であるのに内部から放たれる赤い光は、先程からせわしなくぐるぐると回転しながら明滅している。
「少なくとも初めてパズズを補足した時点では、アストライアの瞳に迷いは有りませんでしたわ。色はともかく、神殿内部でもこうして方向すら定まらないのは異状ですの」
この伝承体を探知する輝きを灯すランプ、アストライアの瞳。そもそもパズズがニヴルヘイムに侵入した事を察知したのはこいつのお陰なのだ。
付近に伝承体が存在すればその危険性について色で判別、マーキングし、方向と距離を教えてくれる。マグノリアが初め、無謀にも一人突撃する事になったのも、その記録したパズズという伝承体の危険性を示す、赤の炎が灯っていたからという事らしいが。
俺も確認するが、色は赤のまま。しかしその軌道は定まらず、内部をフラフラと動き回っている。
「模倣とはいえこの反応であれば性質は同じはず。神核を砕かねば、伝承体は討滅出来ません。この広大な空間の中でもその位置さえわかれば、切り札でケリが付くと踏んでいましたのに」
此方の切り札その一、マグノリアの剣が放つ流星の再現、その炎は強力な武器だが、そう何度も使えるモノでは無い。
普段から内部へとマグノリアが肌身離さず魔素を送り込み、最大で三発。内一発を使った訳で、残りは二発。再装填は一回分に一月掛かるという事なので、今の残弾そのままが俺達の命綱だ。
こうなってしまえば俺が託された切り札その二だけでも、マグノリアの剣だけでもボルソルン・パズズには届かない。残り少ない回数で最適なタイミングを計る為にも、今はとにかく神核を捉えなければ。
「・・・ただ一つだけ朗報がある。腐れの中に、別の匂い。僅かだが、何とか辿れそうだ」
赤い、心臓の匂い。アイツが自らを三番目と言った理由、先に戦った二体と共通する匂い。これだけは、この坩堝の中でも俺には補足出来ている。
周囲を囲み、数を増やしつつある強化された蝗害の軍勢。
迷う暇はない。今この瞬間にも、俺達が侵入した入り口を出口とし、無限に供給され続ける敵の侵攻を許してしまっているのだ。俺達を信じて、帰る場所を守ってくれている皆の所へ。
「雑魚に構ってる暇はない。走るぞ、マグノリア!」
槍斧で目の前に迫っていた虫頭を砕き、蹴りつけて道を拓く。目指すは匂いの先、やはりと言っては何だが目の前に聳える、黒い茨の塔。
「続きますわ!ベオ様は、ひたすらに前へ!」
後方へ焼夷手榴弾を投擲しながら応える彼女の声への返答の代わりに、茨を折り、踏みしめて前へ。
前回逃走の距離から考えて。徒競走なら数十分、しかし障害物走なら所要時間は如何ほどか。
「上等だ、世界新記録で駆け抜けてやる!」
大言壮語のつもりは無い。この茨の主は此処でくたばるのだから、このクソッタレな催しもこれっきり。同じ種目は二度と開催されないってワケだ。
それなら完走前提で、俺が世界記録保持者だと胸を張っても間違いじゃないだろう?




