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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか
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騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか⑯

「成程、現状は把握した。敵は高位伝承体、を装う別の敵性存在。黒い茨を本体として物量としても膨大、欠片でも残っていれば再生可能。だが特に注意すべき性能として、自らが形成する神殿に引きこもったまま、無尽蔵のリソースで致死性の高い厄病を媒介する軍勢を生み出せる。今は手傷を負っているが、時間にしてもう半日後には完全復活して現実空間に侵攻してくる見込み、という事だな」

「テロリスト、では無くマグノリアさんによる襲撃時の戦闘記録から、蝗害の軍勢という実体に関しては通常兵器で撃退可能でしょうが、神殿内部の本体となると攻撃に特化した神秘で補強された伝承兵装でしか有効な効果を望めないでしょうね。特務に応援を求めるか、対霊的実体戦用装備が間に合えば良かったのですが。テロリスト、では無くマグノリアさんの立場、というより連盟とバルドルとの戦争回避を念頭に考えると、現在バルドル本社に、というより会長に事態を知られる事は避けなければいけません。連盟との約定では、悪神の発生が九界内で認定された時点で彼らの戦力が送り込まれてしまいますし、そもそもの原因がニヴルヘイム総督に在りますのでどんな難癖をつけられるか。口惜しいですが、神殿内部への突入とボルソルン・パズズの討伐はベオさんとテロリストに任せるしか無いですね。我々は敵の侵攻部隊への対応と、後方支援に徹しましょう」

「そうと決まればとにかく時間が足りないな。三千年級の神性由来を持つ疫病になると、手持ちの材料では精々予防的な治療薬を作成する止まりだ。が、戦闘に参加する人員分ぐらいはどうにか間に合わせる。すまないがアヤナ、学校に間借りしている私の工房では手狭だ。近場で利用できそうな研究施設に心当たりは無いか?」

「助かります。純粋な防疫ならともかく、警備局には伝承体が媒介する感染症に対する備えなんて有りませんから。急いで前線に展開する人員を選出し、人数を出しましょう。施設に関してはバルドルの研究室を、ああ、テロリストを治療したという心霊医師にもその知見から協力を要請する必要があるでしょうね。それから、月夜見さんにも出張ってきてもらわないと。あの昼行燈なら、薬学はともかく伝承体の知識は多少あるでしょうから」


なんて頼りになるのだろう。正座する俺を尻目に、これからどうしようと考えていた、現実的な対策案が次々と進展している。えっと、些細なことかもしれませんがアヤナさん、話の途中で誰かの呼び方が変わってはいませんか?

いや、しかしだ。このまま無関係の人間を巻き込んでも良いものだろうか?

マグノリアはその使命として、俺は成り行きでも自分の信念から。相対する敵がどれ程に恐ろしくとも、そう決めたからこそ戦う事に迷いはない。だから、今は勢いに任せてしまっているが、よく考えると恐ろしくなる。

俺の勝手で、俺が死ぬのは仕方ない。けれど、他の皆はそうじゃない。だというのに、俺が関わっているからと言って、このまま死地へと連れていく事は正しいのか?


「ちなみに、相手は神様っていうくらいだからさ。俺的には、今更だけど無関係な皆を巻き込むのは気が引ける、といいますか」


そんな消極的な提案に、アリスは殺意のこもった視線を向けて、アヤナは呆れ気味である。


「無関係、だと。お前は今更何を言っているんだ?」

「ええ、本当に今更というか」

「いや、しかしだな」


二人の実力を疑っているわけでは無い。それでも、最悪の結果が脳裏にこびりついて離れない。もしそうなってしまったら俺は。

悪い予感が浮かべば、次々によぎっていくもしも。全て上手くいけば上出来だが、全て上手くいかなければ駄目だ。一つでも欠ける事になってしまったその時に、俺は正気でいられる自信がない。

今更に自覚した。俺は、俺自身を失うよりも。隣に居てくれる誰かを失ってしまう事の方が恐ろしいのだ。


「いいか、ベオ」


俯いていた俺の頬にアリスが触れる。彼女に促される形で、その翠色の瞳と視線が合った。


「お前が想ってくれている様に、私もお前を想っているんだよ。だというのに何故、お前は私を頼ってはくれない?」


彼女の事を子供だなんて侮った事は無い。それでも、やっと未来が拓けた彼女に、何処か遠慮していたのかもしれない。こんな俺の側じゃなくて、もっと他に、アリスが本当に輝ける場所があるのではないかと、そう勝手に考えていた。


「馬鹿だな」


そういって、俺の弱気を笑ってくれた。これじゃあ何時かと逆になってしまったなと思う。


「馬鹿、かな」

「ああ、馬鹿だ。だが嬉しくも思うぞ。私の事を心配してくれる事が嬉しい。私の、未来に期待してくれる事がとても嬉しい。それはきっと、私自身が諦めていた事で、お前がくれたモノだから」


本当に、アリスはいい顔で笑うようになった。心から、そう想う。


「けれど、そんな事よりも。私はお前が頼ってくれる方がずっと、ずっと嬉しい。想う人に、頼られる事がどんなに嬉しいか。これもお前が教えてくれたのだぞ?」


思わず言葉に詰まる。アリスの言葉に嘘は無い。けれど俺自身、本当にそう想ってもらえる様な人間なのだろうか?たった一年と半分の記憶と人生に、それ程の価値があるというのか?


「全く、自分の事になると変に卑屈な所がベオさんの悪い所ですよね。誰かの為に命を掛ける事を惜しまないくせに、誰かが自分の為に命を掛ける事は嫌がるだなんて、なんだか矛盾していませんか?」


気が付けばアヤナの、栗色の瞳にも見つめられていた。子供の話を聞く様なしゃがんだ姿勢に見下ろされて、少しだけ恥ずかしい。


「そう、かな」

「そうです。そもそも、前提が間違っていますから。いいですか、ベオさん。貴方が危険な目に遭って、命がけの場面に在ったとして。その相手がどれ程強大な存在であっても、たとえバルドルそのものであったとしても。貴方の味方をしてくれる人は結構いると思うんです。少なくとも私達二人はそうですし、それは貴方がこの街で過ごした、貴方の言うたった一年と半分で。どれだけの人と出会い、関わって来たかを意味している。それだけ、貴方は誰かの為に必死で走って来た。これは、決して軽い事では無いのですよ」


そう言われても、正直自信は無い。俺は、あくまで自分勝手に、俺が助けたい人を助けて、俺が許せない事に怒って来ただけだ。


「それが、貴方なのです。そんな貴方だから、独りにしたくはないって、助けたいって想うのです」


けれど、それでも帳尻が合わない。俺は、俺の勝手に皆を巻き込んで。


「その果てに、命を失う事になったとしても、皆は納得できるって言うのかよ・・・!」


その言葉があまりにも真っ直ぐだったから、思わず濁していた最悪を口にした。

我ながら情けない。二人の決意を聞いてもまだ、自分が一番、自分の価値を信じることが出来ないのだ。


「ああ、その結果であれば私は笑って死ねるだろうな。まあ、そうならない様にベオが護ってくれるのだろう?」

「そういう事です。それに私を護ってくれるベオさんは、私が護ってあげますから。それで何も問題は有りませんからね」


そう言って、俺の大切な二人は、俺の弱気を笑ってくれたから。それで、ああ、そうだったのかと。俺は俺の思い違いに気付かされる。

俺が考える俺の価値じゃなく、皆が信じてくれる、俺という容を。俺が信じなければ、俺に向けてくれている信頼に意味が無くなってしまうっていうのに、台無しにしてしまうところだった。それこそが、俺が大切にしたいと想っている人たちが望んでいてくれる事だっていうのに。

二人は既に、その決意を語っている。ならば俺が言うべき言葉は、一つしかない。


「悪い、アリス。アヤナ、俺だけじゃ、どうにもならない。このままじゃ、悪い結末しか望めない。だから、だからさ」


初めからこう言うべきだったのだ。皆を信じて、二人を信じて。

何より、そう望んでくれた俺自身を信じる為に。


「助けてくれ。二人の、皆の力が必要なんだ」


この選択が正しいのか、結局今回の事件が解決するまでは分からない。

けれど、先ずは一つ。目の前の二人の、真っ直ぐな信頼に応える事が出来たと思うから。

後は走るだけだ。何も問題なんてない。勘違いしていただけで、何時もの様に。俺は独りきりで走る訳では無いのだから。





「避難誘導を急げ!隣の区画も範囲内だ。あとそこ、マスコミ!一般人は立ち入り禁止だと言っただろうが!」

「横暴よ!皆さんご覧になられましたか、当局の検閲です!我々は権力に屈しない!」

「危険だからって言ってんだろうが馬鹿!」


警備局と、驚くべきことに犬猿の仲であった筈の保安部の職員が協力して周囲の避難誘導を実施している姿が見える。人手が足りていないとは言っていたが、シロウの尽力も有ったのだろう。部署の垣根無く、今、この時の脅威に対抗する為に協力できるという事は良い事だ。

あれからアリスは紹介された研究室に篭り、要請に応じたタチアナと疫病に対する予防薬造りに取り掛かっている。アヤナも現場の指揮から作戦立案、選抜した実働部隊への確認作業など忙しそうだ。

それで、俺はと言うと。


「よし、何とかなりそうだな」


すっかり慣れてしまったフェンリルの解除を行う。残り二回、この度に死に近づいているというのに、今はそんな事より考えなければならない事が有る。

周囲の魔素をフェンリル越しに思いきり吸い込んで、そのありったけを込めた柄から確かな手ごたえを感じていた。流石に本格的な起動は危険だが、予備起動で確認出来た。最大出力に必要な一回分、これならば何とかなるだろう。これは、言ってみればフェンリルを充電に使うようなものだから、そう考えると少し笑えるが。

マグノリアの長剣、焔の呼び声と対となるそれに、簡易封印の布鞘を巻いて、一息つく事にした。

少し前には只の槍斧としてしか用いれなかったこいつが、この作戦の要。犠牲を前提としていた作戦を、マグノリアを失うことなく、生還させる為に必要な最後の欠片。

確認を終えて時計を見るとそろそろ日暮れの時間で、外へと出てみると丁度夕日が彼方へと沈んでいる所である。


「ああ、ベオ様。準備はどうです?」

「大丈夫だ。君の方はどうだい?」


その光景に、滲むように佇んでいたマグノリアの姿を見つけた。奇しくも初めて手合わせしたサードの荒野とは違い、此処はファーストのビル群中心だが、眺めが変ればそれぞれに美しさがある。


「ええ、問題は有りません。託してくれた皆の期待に応えるために、確実に事を成しましょう」


首から下げるそれは、神殿突入時に身に着けていた厄病除けでは無い。

それは連盟の最終兵器。十の騎士隊に一つずつ、その長が使用を許される奥の手。

天使と呼ばれる伝承兵装。見てくれは、華美な装飾も無い古びた十字に見える。


「良い眺めですわね。サードの荒野も好きですが、私は、この風景も好きですの」

「ああ、そうだな。皆頑張ってくれている」


警備局の三馬鹿が、再三の警告を無視して侵入したテレビ局のカメラクルーを追いかけている。

その向こうでは手伝いにやってきてくれたアキトが、何か言いあっている警備局と保安部の仲裁をしている様だ。

また、アリスの応援に駆け付けたタチアナを送って来たサードのクラン、アラハバキの連中が手が空いているからと手伝っていた陣地の設営、バリケードの設置を終えて、夜に備えた炊き出しなどを始めていた。

皆、それぞれに自分の出来る事を、率先して行っている。


「なら、後はやるだけだ」


俺が、その信頼に応えるために。俺自身の容を信じられる様に。


「ベオさま。少しよろしくて?」


そんな風に考えていると、不意にマグノリアが声を掛けてきた。


「ああ、どうした」


彼女は決戦前だというのに少しも気負う様子無く微笑んで、聞いて欲しい事が有るのだという。


「少しだけ話したことが有りましたわね。私のおじい様は先代のネツァク隊長であり、代行ではありますが、その任を私が引き継いだのだと」


確かにそう言っていた。しかし、伝えられなかった事も有る。それこそが、彼女が無茶をするようになった理由であり。今はもう、遠く過ぎ去った過去の話だ。


「連盟の騎士は、誰でも一つの権利を持っているのです。何時いかなる時も自らを率いる隊長に、その実力が有るか否かを問う戦いを挑むことが出来る、そんな権利を」


此れは組織を健全に保つ、というよりは純粋な実力主義の思想を反映したモノらしい。

力なき正義に意味は無い。実力の足らぬ長は、台頭する次代へとその道を譲らなければならない。しかしそれは、決して残酷なだけでは無いのだ。


「それは、戦い続けた騎士に対する優しい報いでもあるのです。自分より優れた者に、次代を託す。その時まで自分は、その任を全うできたのだという誇りを、称賛と共に残る者が去る者を送り出す。そんな報いを」


それでも、戦いの中で生きる騎士の全てが、そんな風に穏当な引退を迎えられるわけでは無いのだと。





「私は、おじい様をそう送ってあげたかった。早くに息子夫婦を失い、ただ一人の後継である私を立派に育ててくれて。大変だったけれど、貴方のお陰で孫娘はこんなに立派になったのだと。だから、安心して道を譲ってくれて、その背を見送って欲しいと、そう、言いってあげたかった」


けれど、そんな願いは叶わなかった。

大柄で、何時も頼もしく見上げていた祖父は、その日何時もの様に自分の足で任地に向かい、随分と小さな棺に納められて帰って来たのだ。

黒く焦げて炭の塊の様になってしまった祖父を連れ帰ってくれた、涙を流しながら、祖父に護られているだけで何もできなかったと謝罪する騎士たちに礼を告げる。こんな形でも帰って来てくれた。それだけでいい。きっと、祖父にも後悔は無かった筈なのだから。


「けれど、私には一つ、後悔が残ったのです。私は、おじい様に、私の背を見送る機会をあげられなかった。それだけがたった一つ、私に残った心残りでした」


だけど、今は違う。


「私の未熟も不足も、きっと意味は無いのですわ。たった一つ、信じた生き方だけ。それだけあれば、どんな末路に行き着こうと、後悔は無いと。そう、おじい様は言いました。そしてそれは、私に、『マグノリアにかっこいいと言ってもらいたい』だなんて、そんな騎士らしくは無い、おじい様らしい生き方でしたの」


ああ、本当に。それだけで良いのだ。今も、そしてこれからも。私はずっと、祖父の事を誇りに思う。彼にとってはそれだけで良かったのに、自分が勘違いをしていたせいで随分と心配を掛けてしまっただろう。


「それを気付かせてくれたのは貴方ですのよ、ベオ様」


全く、罪作りにも程がある。

これまでずっと、こんな女らしい気持ちの在り様が、自分に存在していたなんて知りもしなかったのに。それに彼には既に親密な女性がたくさんいて、私なんて周回遅れの横槍ではないか。


「けれど、そんな事はもう知りませんわ。私は、もう決めました。私が信じる、私だけの騎士としての在り方を識ってしまいましたの」


初めは疑いで、人となりを知ってからは興味で。剣を合わせ、言葉を交わし。共に夜空を見上げて、沢山の話をした。

それでも、まだ信じてはいなかった。だから私は独りで戦い、あっけなく失敗して、その果てに惨めに死を迎えようとして。

そんな私を助けてくれました。情けなく泣き言を言う私を、励ましてくれたのです。それから共に戦ってくれて、信じてくれた。こんなのもう、私のせいってだけではないでしょう?


「私は、貴方に。『ベオ様にかっこいいと言ってもらいたい』。そんな生き方で、この道を行きますの。そう、決めましたの」





頬を染めて、そう朗らかに笑う彼女が言ってくれるように。本当に俺は、それ程の価値のある人間であるのだろうか。こればかりは、何時までも解決することの無い疑問であると思う。

けれど、それで良いのだ。本当の自分なんて、誰にだって分からない。それがより得体の知れない自分だから変に悩んでしまっていただけで、答えはきっと、何処にも有りはしない。


「なら、俺は不確かな俺を信じる。皆が信じてくれる、俺の価値を信じる。そう想いたい、そんな俺を信じてみようと思う」


例えこの犬頭の下の正体がどんなものであったとしても、過去も未来も曖昧で、何一つ分かりはしなくても。


「此処に在る今を、俺は信じる。皆と共に在る今を、君が信じてくれる今を。俺は信じて生きていく」


それだけあれば、俺はいい。それさえあれば、神様だって怖くは無い!


「そろそろ、時間かな」


今日最後の陽光はビルの端に滲んで、もう間も無く日没だ。

突入はその直後。此方の準備が整い、相手が完全復活を果たす前。


「では、行きましょう」

「ああ、行こうぜ!」


待ち受ける壁が何であれ、ヴォルコフの言っていた戯言が何であれ、ボルソルンが驚いていた事実でさえ、今の俺には何も関係は無い。


「待ってろよ、ボルソルン・パズズ。手前が何を言ったって、俺はもう少しも迷わない」


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