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犬頭の探偵は黄昏に沈む世界で明日を夢見る事ができるか  作者: せんこう
騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか
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騎士はその問いの果てに自らの進むべき道を見つける事ができるか⑮

「伝承体から別の伝承体が発生するですって!?もう何もかも滅茶苦茶ですわ・・・!」

「ああ、しかも明らかに、アイツは元のパズズよりヤバそうだ!」


頭を抱えながら隣を並走するマグノリアの意見に同意する。事態の深刻さは斜め上、蝗害の軍勢に囲まれていた状況すら、今に比べると生易しい。


「とにかく距離を取るぞ!イレギュラーが生じた以上、作戦は立て直しだ!」

「そう致しましょう!先ずは、この神殿から脱出を!」

「ふむ。虫けらが偉大なる王の威光に怯え逃げ出す事は道理だが、少しばかり早計では無いか、道化共よ」


耳元で声が聞こえた瞬間に、俺とマグノリアは急停止。打ち合わせたように思いきり後方へと飛び退く。

その訳は進行方向、枯れた大地の亀裂が急激に隆起し、そこから砂と岩を砕きながら黒い茨が壁となって出口へと向かう道を阻んだからだ。

その茨の壁の一部が体を編み、異形の容を造る。それは先程パズズから発生したその巨人を、本人の名乗る名で呼ぶのならボルソルン・パズズ。神を苗床にした、別の何かだ。


「成程ね。その姿は言ってみれば会話の為の端末、そいつを含めて、辺り一面の黒い茨がお前の本体って訳か」


ボルソルンからは変らない血と膿の匂い。それらは壁となっている茨からも漂い、全ての性質が全く同じだ。それはつまり、ボルソルンの正体は目の前の異形だけでなく、この神殿に蠢く茨と異形を含めた全てがコイツの本体という総体なのだ。


「うむ、やはり察しが良いな犬頭。犬らしく、どうもお前は鼻が利くらしい」


それは人の仕草を真似ているつもりなのか、獅子の頭が愉快そうに歪む。くしゃりと笑うように見えるが、肉食獣のそれは、獲物を屠る前の兆候と聞く。


「へえ、随分と余裕だな。俺は今、アンタの正体を見抜いて見せたわけなんだが」


背後でマグノリアが何かしようとしている事が分かった。これが多分、元々のパズズを倒すための彼女の奥の手。それが状況が変わってしまって、急場を凌ぐための一手段となってしまったが。だから俺としては、表面上会話が成立していると思われるボルソルンの注意を引く事に集中する。


「良いぞ。空の高さの如く、大地の広さが如く。虫けらがそれらを知った所で、何かできる訳でもあるまい。それにな、今の回答には少し誤りがあるぞ?修正を加えるとするとこの神殿の悉く、全てが我の躰である。故にお前たちは我が胃の腑という大海に落ちた、哀れな羽虫という事であるな」


言い終わると同時に、今の言葉が冗談でない事は直ぐに分かった。

冗談のように一瞬で荒涼とした大地は生い茂る黒で染まり、不毛の地には偽りの命が芽吹く。唯一美しいと感じた抜ける様な青空は曇天で覆われ、その合間すら茨が覗いている。

瞬く間に世界は、果ての無い茨の海に飲まれ、地平線の彼方まで埋め尽くす黒き樹海と変じていた。


「・・・はは、本当に滅茶苦茶だな」

「そうとも。我はこの神殿の王であり、そのもの。内にあるモノは我が意のままであり、今まさにその外へと我が王国の版図を広げる準備は整った。故に例え奇跡の助けが有ってこの場を逃れたとしても、お前たちの末路は定まったという事。まあ、その匙加減は我次第という訳だが」


ふむ、と。ボルソルンは何か考える様に黙り込む。視線は変わらず俺を見ている。が、その視線が含む意味が変わりつつあった。


「うむ、貴様。良い面構えでは無いか。見れば特異なる稀人の内でも、そこそこに使える様子でもある。どうだ?首を垂れ、命乞いをせよ。そうすれば寛大なる我は、お前をその姿に見合った走狗として使てやらんでもないぞ」

「オイオイオイ、この期に及んでまだ戯言か?」

「戯れだが、半分は本気だ。我を呼び出した人間は思った以上に盆暗であったのでな、下仕えにする気にもならぬほどだ。故に処したが、しかし早計でもあった。これでは外の世界で我を案内する僕が居らぬ」


やはりヴォルコフは始末されているか。まあ、だからどうしたって話だが、アイツの言っていた事について詳しく尋問する機会を失った事は残念だが、それだけだ。


「我が発生したのはつい先程でな、今の世情を知らぬ。それは些末事であるが、僅かに不便でもあるのだ。どうだ?我は王として支配するが、人を皆殺しにしようとは思っていない。我に仕えるに足る者はそれなりに手厚く遇するぞ」


尊大な態度で、子供の様に嗤う声が響く。しかしその匂いは、更に凝縮された濃厚な血と膿の、病の匂いである。

ああ、そういう事か。この余裕、コイツにとって、俺達は全く警戒を必要としない、コイツが言ったように死のうが生きようがどうでもいい虫けらという事なのだろう。


「そいつは素敵な提案だな」


まあ、馬鹿な提案を承諾するつもりは微塵も無い。その選別を行うのが誰でも無いこの神様だって言うのなら、判断基準がクソすぎる。

マグノリアをちらりと伺うと、既に準備が出来ている様だ。

なら後はタイミング、絶好のタイミングで、この神様の鼻っ面をぶん殴ってやらなければならない。

と、ボルソルンの子供のような笑い声が止まっている事に気が付いた。今の間に何か更に変化があったのかと急いで注視すると、魔神は無表情で此方を見ている。

何時かの様に、マグノリアの反撃準備が気取られたわけでは無い。それは直ぐに分かる。何故なら、その獅子の両眼は俺の犬頭に注がれていたからだ。


「貴様、何だ?」

「は?」


何だ、とは何だ?こいつは一体、何を尋ねているというのか?


「いや、何だこれは。知らぬ、我は知らぬぞ」


全く意味が分からない。先程まで自らの絶対性を揺るがぬものと確信していた目の前の、神から産まれた王は、本当に混乱している。


「どういう事だ、どういう訳だ!知らぬ、分からぬ!王たる我に、三番目たる我に判らぬ事など、在ってはならぬ!我こそが、この世界を飲み込む終焉であり、全ての命を血膿に溶かし尽くす、星の収穫者である!」

「オイ、さっきと言っている事が違うぞ。支配はどうした!」


言っている事が滅茶苦茶だ。言葉を話している、言葉は理解できる。が、その意味が、全く理解できない!

ざわざわと、周囲の茨が迫りつつあった。これは、何だ?この茨自身がボルソルンと言うのなら、この茨から、周囲から届く匂いはボルソルンの感情である。それは驚きと、混乱で埋め尽くされていて。


「在ってはならぬ、存在してはならぬ!終わりが始まりとは何という矛盾、何という混沌」


それが、その全てが憎悪と怒りに切り替わった瞬間。茨の奔流と共に王が絶叫する。


「貴様、七番目だな!」

「クソ!意味が解らねぇ、手前は何を言っていやがる!?」


もう分からない事ばかりだ。同じ言いがかりでも何故だかヴォルコフの戯言より俺を揺さぶりはしないが、そんな場合では無い。俺の知らない所で発生した怒りを、勝手に俺にぶつけるんじゃあない!


「もうよい、疾く死ね。腐れ果てよ、七番目!」

「・・・お待たせいたしましたわ!」


視界全てを覆う黒い茨。津波の如く、波打ち迫る呪いの壁。絶対絶命、一秒後に、この命が続いているかも分からない。ボルソルン・パズズの宣言の如くに、茨の物量は俺たちを虫のように潰すには過剰すぎる物量である。

ああ、それでも。茨は俺にも、勿論彼女にも届かない。

マグノリアの切り札。その手にある剣は、サードの荒野で初めて手合わせをした時に振るっていたモノだ。

焔の様に波打つ刀身。けれど、その彩が異なる。黒い地金の色は今、まばゆい光を放ち、強く輝いている。それは赤く、何処までも赤く。今は炎の赤を超えて、まるで空を滑る白い流星の様に。


「焼き尽くしなさい、『焔の呼び声』!お前をび、温めた熱と炎で、我らを進む道を阻むモノ全てを切り拓いてくださいまし!」


正しく炎が意志を持ったように、殺到する茨をマグノリアの言葉の通りに焼き尽くす。

その焔は彼女の生き方の様に真っ直ぐに、ボルソルンに声を発せさせる間も無く、一瞬で炭化させても勢いを増すばかり。

流れ星は遠目に見る分には美しい。その身に落ちてくるのなら破滅と同義であるとしても、人は瞬きのような美しさに、自らの願いを託してしまう程にその輝きに魅せられてしまう。

そして今、地を走る流星の炎は真っすぐに茨の囲いを貫いて、まるで星が落ちてきた後に残す一筋の光跡の様に、俺達が進む路を切り拓いたのだ。





むかしむかしのおはなしです。あるとき、ひとつのほしがくだけてきえました。

くだけたりゆうはわかりません。おおきなほかのほしとぶつかったのかもしれないし、ほしじしんがばくはつをおこして、こなごなにくだけたのかも。

いまとなっては、そのりゆうなんてどうでもいいのです。そんなことはひろいうちゅうではよくあることで、そのかけらとなったほしは、またほかのかけらたちとくっついて、べつのほしになるでしょう。そんなことをくりかえして、ほしはふえたりへったりしています。

けれど、ときたまへそまがりなかけらがいるのです。


そのかけらは、せっかくだからどこか遠くへ行ってみようと思いました。

とおく、遠く。遥か彼方へと。行ってみようとおもったのです。


それから、本当に永い旅が始まりました。

赤い恒星の重力を振り切って、巨大なガス星雲を横目に眺め。欠片は、遠く、遠く旅をします。その中で、欠片は気が付いてしまいました。自分は、欠片のまま、ほしになってしまったのだと。


欠片だったほしは急に怖くなりました。

小さな自分では、他のほしとぶつかる事は有りません。小さな自分は冷え切って、自ら爆ぜる事も出来ません。

ならば自分は、永遠にこのまま、独りきりなのでは無いか。


そう考えると、ほしは怖くて泣いてしまいました。暗い宇宙で、輝く星々を眺めながら自分はずっと、冷たく、命を宿す事も出来ない小さなほしのまま、ずっと独りきり。それがとても恐ろしくて、恐ろしくて泣いていました。


すると、遠くから声がします。耳を澄ませば僅かに聞こえる程遠く、それでも確かに自分を呼んでいる声が。

その声を頼りに、ほしになった欠片は旅をします。それこそ、今までの旅路と同じくらい永い時間を掛けて。

けれどその果てに、自分を呼んでくれた誰かが待っていてくれている事を信じて。





隕石には故郷があるというが、その隕石が何処からやって来たのか、今の人類に知る術は無い。

未知の組成、更には余りにも長い期間宇宙線に晒されていた痕跡から少なくともこれの起源は太陽系外、という事は確かである。が、それまでだ。一体何処から、どれ程の時間を掛けて、他の惑星の引力や、様々な要因を乗り越えて地球へと辿り着いたのか。

経緯は分からないが文字通り天文学的な数字を跳ね除け、その隕石は地球へと飛来した。

そして地表へと到達し、その永い永い旅を終えるまでの僅かな間、他の石くれと同じく、空を滑る一筋の流れ星となった隕石は、どういう訳かこの星で得た二つの記憶をその身に刻み、永遠に留める事になる。

その事実が判明するのも、その旅の終りから長い時間が過ぎて、人がその隕石を発見して、そしてその記憶の存在を見つけるまで、もっと長い時間が必要であった。

人はその二つの記憶を、どうにか再現出来ないかと考える。


沢山の失敗が在って、それにはその隕石自身が、相応しい容に自らを創り直した時にのみに記憶を再現する事を許すのだと石と話せる鍛冶屋が言って、とある王様がその鍛冶屋に、ならばそうせよと命じた。

鍛冶屋は石の声を聞きながら、少しづつその望む容を作る。しかし鍛冶屋は途中で自分の造ろうとしているモノが恐ろしくなった。

永遠ともいえる時間、暗い宙を旅した石ころがその身に記したその記憶は、人の理解を大きく超えた星の理である。そんなモノを安易に用いてしまえば、敵を討つ力どころか、国を滅ぼす災いとなってしまう恐れがあったからだ。

だから鍛冶屋は安全装置として、この星の記憶を呼び覚ます二つの条件を容に刻んだ。

そうして出来上がったのが二つの容。その内の一つ、波打つ焔の容を持った剣がその身に宿した記憶は星の呼ぶ声。即ち、暗い宙をさまよう自分を呼び、冷え切ったその身を再び温めた星の熱である。


隕石が星の引力に引かれ、大気に落ちる時。つまり、物体が超高速で大気圏に突入した際、圧縮された空気は超高温状態となり、大気の成分はプラズマ現象を引き起こす。これによって発生する熱は、条件にもよるが大気圏突入時に数千度、或いは一万度にまで達する事があるのだ。その為、人が宇宙から地上へと戻る際など、搭乗する降下艇の大気圏再突入時は燃え尽きてしまわないよう入念な突入角度の調整、減速が必要になるのだというが。

それが隕石であれば、角度調整も、減速も出来るはずが無い。であるから、地球に辿り着いた小さな隕石の多くは、大気圏突入時にこの熱に焼かれて燃え尽きてしまうのだ。

その熱を、燃え尽きる事の無かった隕石は覚えていた。そしてその記憶を引き出すに相応しい容、そして相応しいと認められた命が振るう時のみ、剣となった石はその記憶を再現する。

即ち流星の熱。人では到底再現出来ぬ、単純な温度変化などでは無い、『流星』という概念をその身に宿す剣が放つのは、ほしをあたためる熱と圧力。

威力が過剰すぎて最初の襲撃では自身が傷ついたとしてもこれを用いる事ができなかった切り札。

今はその傲慢さ故に、異界を自らの城と嘯く悪神の大半を、この場なら他に被害は出さぬと焼き払って振るわれた、流星の一撃。

これこそがヴァレンシュタインの家に伝わりマグノリアが受け継いだ家宝の一つ、『焔の呼び声』と呼ばれる伝承兵装である。





「ああ、畜生、二度とこんな事はやらないぞ!」

「わたくし、だって、ごめんですわ・・・!」


息をするのもやっとな二人が、背中合わせで座り込んでいるのは狭い箱の中である。

其処は、パズズの神殿に繋がっていた総督府のエレベーターで、マグノリアが『焔の呼び声』で切り拓いた道を全力疾走で走り抜け、どうにか辿り着いた安全地帯だ。

これも事前に聞いていた事だが、伝承体の神殿が現実世界に発生する際、必ず一か所だけ通常の空間に通じる扉が生じる。それは空間として異なる互いを繋げるために必要なモノらしく、今回の場合はそれがフロアの入口にして出口であったエレベーターの扉という訳らしい。


「クソ、流石にこれで終わりな訳は無いよな」


エレベーターに飛び込み、扉が閉まる直前。わずかではあるがあの茨が再生しているのを見た。やはり言葉を話していた人型のボルソルンはほんの一部、即ちあの神殿を満たす茨全てがボルソルン・パズズそのモノなのでって、棘の一片でも残してしまえばこれを倒したことにはならない。


「困りましたわね。伝承体が消滅しなければ、神殿も消滅しない。つまりあの物騒な空間に地続きの扉が未だ存在しているという事になるのです」

「それでもかなりのダメージは負わせられた筈だ。今が、もう夜が明ける事か。プロから見てどうだい?あの炎で受けた傷を癒して再び軍勢を整え、本格的な再侵攻は何時頃になる?」


息を整えながら少し思案するマグノリアは、プロとしてあくまで冷静に判断を下した。


「扉が閉じる前に簡易封印は間に合いましたけれど、あのスケールから換算して残った魔素のリソースは尋常ではありません。であれば、少なくとも明日の朝には手筈が整う目算です」

「一日近く、時間がある事は有りがたい。なあ、思ったんだがこのエレベーターを破壊して、扉を塞いじまうってのはどうだ?」

「それは絶対に行ってはいけない悪手ですの。現実の空間と神殿との接続部分は物理的な問題では無いのです。下手に刺激して接続部分が拡張される事がマシな部類。最悪、本格的な空間侵蝕を引き起こす可能性が有りますわ」


単純な問題ではないとは思っていたが、やはりスケールが違い過ぎて上手く頭が回らない。今はともかく緊張からの緩和で、気の抜けた体はクタクタだ。

時間は無いが一度休む為に事務所に戻って、それから本格的に準備を行わなければならない。絶賛追われる身ではあるが、バルドルの指名手配はその命令を出したヴォルコフ自身が死んでしまった訳だから、シロウに話を通せば何とかなるだろう。

ふと、今更主張するように大きく腹が鳴った。マグノリアが最初で、俺も直ぐにそれに続く。


「今はどちらかというと寝る前に飯、だな。なあマグノリア、君は食えないものとか、朝飯にこだわりがあったりするかい?」

「好き嫌いはありませんわ。というより、今ならサルミアッキだってバケツ一杯食べたいですのよ」

「流石にそんなに酷いもんじゃないさ。なら、事務所までの途中に行きつけの喫茶店があるからさ、其処で朝飯にしようか」


ヴォルコフの戯言も、ボルソルン・パズズの怒りの罵倒も、少し無責任ではあるが今考える事では無い。一先ずの生還を果たした今、生存から覚醒した食欲を優先とする二人の頭の中に在るのは、朝食のメニューを何にするかという事である。

和食か、洋食か。かぶりついたおにぎりを暖かいみそ汁で流し込み、たくあんを齧るのもいい。しかしバターを塗りたくったトーストとスクランブルエッグ、それから店主オリジナルブレンドの珈琲を味わうというのも素敵だ。

まだ問題は何も解決してはいないというのに呑気なモノであった。しかし、流石に人間の三大欲求。生きているというのはそういう事では無いだろうか。

それこそ、先程まで恐ろしい神様と戦っていた、地獄から生還したという実感を得るためにも必要な事である。例え、たった一日後に、その地獄へ舞い戻る事になったとしても。

一階のランプが点灯し、到着のベルが鳴る。そういえば保安部の人間を何人か拘束して転がしたままだ。後から追うと言っていたシロウがどうにか対処してくれていたらいいのだが。


「・・・すまない。だがしかし、俺にはどうにも出来なかった」


扉が開いた瞬間に、シロウの言葉が聞こえる。そして、その光景が目に入った。

人間、本能的に理解したく無いモノを視界に捉えたとしても、その認識を受け入れがたく思うが為に遅らせてしまうという致命的な反射を起こす事が有るらしい。


「あら、彼に非は有りませんよ?何もかも、悪いのは貴方なのですからねベオさん。まあ有罪は確定しているのですから、精々陪審員の心証を良くするために言葉選びと態度には気を付ける事をお勧めします。死刑と終身刑の違いって、けっこう大事だと思うので」

「その通りだ。しかしまあ盛りのついた野良犬の様にフラフラフラフラと、そろそろ本格的に躾けた方が良いのではないかと考えているのだが。どうだ?学習しない犬に似合いの方法は鞭がいいか、電気か、それともガスか。ああ、私手製の特別な薬を使ってもいい。それくらいは選ばせてやってもいいぞ、駄犬」


何故か、目の前がぼやけている。その隣、がっくりと項垂れたシロウと、更に後方には連盟の事務所に残っていた筈の警備局が誇る三馬鹿が、それぞれに明後日の方向を見て誤魔化し、タクミなどは下手くそな口笛を吹いているのは確認出来ているのだが。


「さあ、ベオさん。何か、言い訳が有るんじゃないですか?貴方の指名手配の通知を見て、心配した私からの度重なる連絡を無視して。挙句に指名手配犯とニヴルヘイム総督府にランデブーだなんて、まるでボニーとクライドみたいじゃないですか。まあその二人は、最後に警官隊に蜂の巣にされたらしいですけれど」

「そうだな、何か言ってみろベオ。具体的には一方的に約束を破って帰ってこないお前を、健気に丸一日も待っていた未来の妻を差し置いて、ポッと出のボインにのこのことついて行った件についてだ。あれ程将来性に期待しろと言ったよなぁ・・・?」


ああ、そろそろ俺の脳みそも観念したらしい。ぼやけた輪郭が像を結び、良く見知った二人が、煮えたぎる怒りを一応は隠すために、青筋を浮かべながらも張り付けた様な笑顔で目の前に現れた。

まずアリスだが、学校帰りに事務所に寄ったのか制服姿のままだ。

そういえば日付は変わって昨日だが、一緒にマグノリアの事務所へ遊びに行くと約束をしていた。それから夜通し待っていたのだろうか、眼の下には薄く隈を浮かべている。その手にはバロールを既に装着しており、そいつで俺を折檻するつもりなのだろう。

次にアヤナだが、見慣れた警備局の制服だ。夏服だが、特に変わった様子は無い。

いや、足元を見るとパンプスでなく野外活動用のブーツを履いていて、しかも泥まみれだ。

察するに、俺の足取りを追ってサードまで探しに来てくれていたのだろう。良く見れば大型の変異生物と戦闘したのか、制服の裾に若干返り血を浴びて、落とした痕跡があった。


成程、事情は察した。そういう経緯があって、散々心配掛けた後に三馬鹿かシロウから聞き出したのか俺の暴挙を知って、此処で待ち構えていた彼女等は、元凶である俺の言葉を待っている。

その結果に死刑か終身刑かの二択で刑罰を確定させるのだろうが、どの程度情状酌量の余地があるというのだろうか?いや、この怒り具合から死刑は確定。後は精々、その方法が凌遅刑が絞首刑へ変更される程度のものだろう。

いや駄目だ。あきらめるな、考えろ俺の頭脳。この状況で、どうすれば生き残る事が出来る?てかまだ決戦前なのに!?

たっぷり十秒、その間に俺の返答を素晴らしく分厚く頑丈な堪忍袋で耐えていたアリスとアヤナは、はっきり言って本当に忍耐強い方だろう。が。


「き、奇遇だな、美しいお嬢様方!せっかくだし、皆で朝飯でもどうかな?勿論、俺の奢りさ!」


どうにか生を拾えないかと全力で媚びる表情の、分かりやすすぎる俺の話題逸らしの態度でついに二人は我慢の限界に達したらしい。


「反省しなさい!」「反省しろ!」


アヤナの右ストレートは顎に、アリスの左フックは肝臓に。それぞれ狙いは正確に、息の合った素晴らしいスピードと威力で突き刺さり、俺はゆっくりと大地に膝を付いたのだった。


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